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影に生まれて

作者: 時田柚樹
掲載日:2018/10/14

腹に響く声が促す。

「成敗!」

短刀を持ち直し、男の腹に刃を刺す。男は崩れ落ちた。私は相棒と共に片膝をつく。

こうして今日も、私利私欲をむさぼっていた害が片付いた。

私は影。上様のお力の一端として働く。たとえ人を殺めることだとしても。


「姉上」

「小太郎。どうしてここに?」

御庭番が集う小屋に懐かしい顔があった。

「下も育って来たんで実戦をさせてくれと長から連絡があった」

「宗弥、実戦ってまさか上様の下ではなかろうな?」

「ある意味、下かな。御庭番1人につき下っ端1人面倒みろってことらしいから、俺にも1人、お前にも1人付くことになった」

相棒の宗弥が言うのは、困ったような顔のくせに声は嬉しそうに聞こえる。

「唯一の家族だ。面倒みてやれ」

ため息しか出なかった。1人で動く方が楽だ。相棒はいるが、一緒に動いてる時間は多くない。ましてや、面倒をみるなんて。

「宗弥、美耶。上様がお呼びだ。先に行ってこい」

「はい」

御庭番頭に一礼し、城へ上がる。


お奉行様が来るまで待つということは、市井で起きている事件だろうか。害を片付けてもすぐに次が出てくる。上様のお膝元でなんたることか。

「上様」

「おお、やっと来たか。して、どうであった?」

「は。思ってた通り大奥御用達の看板を盾にしているようです。大問屋のかしわ屋がこれでは、新鮮な魚が町人達の口に入るまで、どれほど値が上がることか」

上様は庶民の味方であらせられる。心を痛めておいでだろう。さっさと解決すべきだ。

「そうか。大奥御用達の吟味をさせよう。だが、その前に盾がそれだけか調べる必要があるな。宗弥、お美耶。かしわ屋を見張れ」

「は」

一礼し、下がろうとした時、上様が続けた。

「ああ、そういえばそなたら、弟子がついたらしいな。一緒に連れて行ってもいいぞ」

頭から聞いていたのか厄介なことを口になさる。だが、断るわけにもいかない。

「は」

上様の御前から下がると、すでに用意をしていたのか、弟子といわれた子らが待っていた。頭、手際がいい。

「町へ出る。実戦だ。気を引き締めていくぞ」

宗弥と子影その1と、子影その2の弟を連れて門をくぐった。


かしわ屋は、川沿いの大きな屋敷だった。魚を船で運んでいるらしい。

「美耶と小太郎は、表を頼む。俺らは裏へ回る」

宗弥の言葉にうなづき、出入りする人と荷物に目を光らせた。

荷物は頻繁に運び込まれている。全て魚だろうか? 店が大きいといっても、人足がこれだけいて雇い賃が莫大になるのではないか? 見張る時は疑ってかかってしまう。悪い癖だろうな。

見張ること誰そ彼。

「姉上。僕がこの実戦を終えたら引退してください」

「いきなり何を言っている」

「姉上もいい年です。引退して女としての幸せを送っていただきたいのです」

久しぶりに会って引退を勧めるか。

「お前の言う女の幸せというのは、私には性に合わん。というか、私は今が不幸せとは思ってない」

「相手が動くまでじっとしてるだけで、日が暮れてしまった。姉上達はいいようにこき使われているだけです。どうせ誰か出て来たりしても後をつけて、そこでまたじっと待つのでしょう? こんなこと姉上じゃなくても出来ます」

「言葉が過ぎる。口を慎め」

「嫌です。姉上はわかっていない」

「お前こそわかってない」

目はかしわ屋から離さずに済んだが、語気が多少強くなってしまった。

「我らが在るのは、自由に動くことの出来ない上様の手足となって働くためだ。それ以上でもそれ以下でもない。直接、御指図があることをありがたく思えばこその存在なのだ」

小太郎は完全に目を離してる。視線が背中に突き刺さっている。

「それがわかってないというのです。上様の手足となるものはいくらでもいるじゃないですか。姉上である必要がないと言っているのです。まさか上様に恋慕なさってるのでは」

「馬鹿なことを」

振り返って殴りつけたかった。待つだけというが、それがどれほど大変か。3日動かずにいたこともある。ましてや、上様に恋慕など畏れ多い。このような愚弟を御庭番になど、教育し直さねばなるまい。

店の主人が出てきた。いそいそと小走りで道を行く。

「尾けるぞ」

集中力を取り戻す。まだ私も修行が足りないようだ。


かしわ屋の主人は、花街の暖簾をくぐった。

「私は中へ入る。お前はここを見張ってろ。それくらい出来るのだろう?」

ムッとした小太郎を置いて中へ忍び込んだ。

踊り子のお姉さんに紛れ、奥座敷へ行く。かしわ屋の姿がない。裏口に回ってみる。

「ち、通り道として使っただけか」

ホーホーと音を出す。小太郎も訓練はしてるのだから、このくらいの合図はわかるだろう。細い横道を左に入る。右に行かなかったのは通じる道が表だからだ。小太郎からの合図はなかった。ところが進んだ先の道は幾重にも分かれていた。一旦、小太郎と合流するか。

裏口に戻ったが小太郎がいない。合図に気づかなかったのかもしれない。表に回る。いない。任務放棄だろうか? さすがにそれはないか。思案していると、キンッと甲高い音が聞こえてきた。刀を合わせた音。

「小太郎!?」

急ぎ駆けつける。小太郎が浪人に囲まれている。2、3人は倒したようだが、まだ5人はいる。振り上げられた刀と小太郎の間に入り込む。左手の籠手で受け止め、右手で短刀を抜き刺す。他の奴らを牽制しつつ、次の浪人に斬りかかる。

「引け!」

浪人達がザッと走り出す。

「姉上!」

「大事ない」

左手から血が流れていた。布で縛り言う。

「追いかけるぞ。勝手に持ち場を離れた言い訳は後で聞く」

気づかれぬよう足音を忍ばせ後をつけた。子半刻もしないうち、浪人達は大きな屋敷に入っていった。

「弓月……代官か。小太郎、宗弥に連絡してこい」

何か言いたそうな顔をしていたが、素直に「はい」と闇に消えた。見送ってから塀の中に入り込み、床下へと滑り込んだ。

かしわ屋と代官の会話をきっちり耳にしてから、屋敷の表で見張る。問題は証拠がないことか。証文でもあれば楽に片付くものを。

「美耶」

「宗弥、上様にお知らせしたか?」

「ああ。小太郎からの知らせをそのままお伝えしたが、あいつどうした? 不機嫌さ満載で報告してきたぞ」

返答は肩をすくめるだけにとどめた。

「そこの茶屋に来られてる。小太郎も一緒だ。ここに忍び込んだんだろ? 新たな報告してこい」


茶屋の赤い長椅子に上様が座していらっしゃる。なぜか対面に小太郎も。知らぬ顔して上様の背後に陣取る。主人がお茶を運んできてから口を開く。

「お耳にされたかと思いますが、代官、弓月様の屋敷にてかしわ屋と浪人達が集っておりました。明日、大奥へ御機嫌伺いに行くようです。気になることがひとつ。弓月様が浪人に虫を片付けろと指示しておりました。我らのことだとよいのですが」

私達が狙われるなら好都合。返り討ちにしてくれる。

「うん。どうやら大奥御用達に選ばれた経緯に疑問が残るな。入れ札で決めたと聞いたが、果たしてそれが公正だったかどうか。宗弥に浪人達を見張るように言おう。お美耶は大奥へ行ってくれ」

「は」

「この若いのは借りるぞ」

小太郎が何か粗相をしなければいいが。

私の受け持ちである大奥は、はずれだったようだ。本当にご機嫌を伺っていただけ。大きな鰤が偉そうに御局様の前で寝ていただけ。呆れと一緒に空気を吸い込んだ。屋敷に戻るための道を歩く。

門へ張り付く前に小太郎が来た。

「御用達を決めた入れ札を仕切っていた同心が殺されました。自分に何かあったらと娘に書き置きがありました。上様が娘を説得なされて、お奉行様に届け出たので、代官が手を回していたことがわかりました。その情報を弓月様側に洩らしたので、話し合いのためにこの屋敷に集まることと思われます。上様は、今日にでも屋敷に乗り込む所存のご様子。姉上にも準備をとのことです」

入れ札の流れを探っていたらしい。上様自ら足で稼ぐのは如何なものかと思うのだが。

「わかった。宗弥が戻り次第、上様に付く。お前達はそれぞれで入口を塞ぎ退路を断て」

「僕も行きます!」

「浪人にすら遅れをとったお前が? 修行し直してからにしろ」

小太郎はうつむいた。ギュッと拳を握りしめて。


夜半、屋敷に明かりが灯り、男達が膝をつき合わせていた。

「まずいことになったな。お奉行の耳に入っては追及をかわすのも苦労する。どうしたものか」

「申し訳ありません。まさか書き置きを残しているとは思わず。殺した時に家にも火をかけるべきでした」

弓月様とかしわ屋には、残された娘の心内なぞなんともないのだろう。はらただしい。

「火つけは極刑。代わりに俺が引導を渡してやろう」

「誰だ!?」

庭の中央で上様が構える。

「余の顔を見忘れたか」

「……上様!」

代官以外は目を見張り、膝まづこうとしたが、代官の次の言葉で我に返った。我に返っただけならまだしも、刀を抜くとは。なぜ害は一辺倒な発想しかしないんだろう。

「ええい。もはやこれまで。上様の名を騙る怪しい奴。やれ!」

奥からも刀を持った男達が出てきた。慣れというのは怖い。思ったことが「でしょうね」。

上様の斜め後ろで短刀を抜く。上様が斬り合いを始めたのを合図に、宗弥と目を合わせながら散らばる。上様は、逆刃なのでかかって行く奴は気絶するくらい。御手を汚すことのないよう、きつく言われている。奴らは後でお奉行様によって裁かれる。しかし、私達にかかってくるのには血を見てもらう。どっちがいいかは勝手に選んでくれ。

私は刀を振るう中にも、視界の端に必ず上様をとらえている。綺麗な殺陣だと思う。小太郎は恋慕と言った。そうかもしれない。憧れや尊敬、そんな好意がなければ、お仕えするのに不安になろう。小者達を片付けて、短刀を構え直す。そう私は幸せだ。

「成敗!」




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