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エトワール・モンド  作者: 篠芽 えりす
第一章『不思議な力との出会い』
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エトワール・モンドへ


エトワール・モンド

七つの奇石



太陽が照らしていた大地が影に覆われていく。陽射しが月に遮られ、鳥は驚いて狂ったように鳴きながら羽ばたいていった。時間はどの辺だろう。何も情報がない。


映画のようにスクリーンに映し出されたものをただぼーっと観ている感覚に近かった。次に映し出されたものは写真のように断片的だ。焼けた街、黒い煙で汚れた空、壊れた飛行機。そのどれもがいい気分がしないものだったが、実感は湧かない。ニュースでよく見るような、どこかの国で起こっていることと思うのと同じで、日本で本当にこんなことが起こるはずがないと高を括ってしまいたくなる。でもこの胸騒ぎは一体なんだろう。太陽が完全に姿を隠すと、モゾモゾとうごめく黒い影が見えた…。


ジリリリリ!!


目覚まし時計の音で飛び起きた。開いていたカーテンのせいで窓からの日射しが直接顔面にあたる。よく寝た、という印象がないまま時計を見てノロノロとベッドから這い出る。いつもならすっきり朝は起きられるはずなのに少しひっかかる。何か夢でも見ていたっけ。


欠伸をしながら階段を下りると、真っ先に朝の挨拶をしてくる母親に挨拶を返す。適当に作ってくれていたワッフルの隣には控えめにオムレツとサラダがついている。ワッフルにバターを塗ってかじると学校の準備に取り掛かった。テーブルの端に置いてある新聞の日付が目に入る。命照22年11月2日。そろそろカーディガンが必要かもしれない。

学校は普通に好きだ。というより友達とVR鬼ごっこしたり休みの日には季節によってスノボーやサーフィンをしたりして遊ぶのが好きだから、その友達に会える学校は楽しい場所だと思っている。


「いってきまーす」

家から歩いて25分の場所に通っている高校がある。ちなみに教材は全部SDチップに入っているので、昔のような重たい鞄を持つ必要がなくなった。文明が進化したおかげで便利になったと思う。たぶん。昔のことはよく知らない。

教室に着くとクラスメイトに挨拶しながら席に着く。

「はよー、冬馬。お前数学の宿題やった?」

後ろの席から今日の話題を振られる。教室に入ってからその話題で持ちきりのようだった。

「やったよ」

「は〜?まじかよ…授業寝てたから全然わかんねー。てかさ、そろそろ宿題という古い文化をどうにかしないと駄目だと思うね、俺は。知ってるか?研究で明らかになったんだが宿題ってのはあんま意味無いらしいんだぜ」

「確かに宿題やる時間あったら遊びたいな、俺も。今の若者に必要なのは遊びで身につける能力だね。ゆとりが欲しいよ、ユトリ!」

「お前は遊ぶのがほんと好きだよなー。好奇心旺盛のアウトドア派。そんで人気者」

お調子者のこいつが人を褒める時は必ず何かして欲しいことがあるのだ。じっと見て探るようにきく。

「何が狙い?」

「宿題みせて」

案の定だった。

「同じとこ間違ってもいいなら、はい」

「サンキュー!!後で奢るからな」

「じゃあ放課後サッカーとカラオケに付き合ってくれよ。なあ、お前も行く?」

近くにいたやつに適当に声をかける。人数は多い方が楽しいと思う。サッカーだったら尚更、チームをつくるためにはまず人数集めが大事だ。

その後行く予定の人数が当初より上回り、結局19時まで遊んで少し遅めの夕食をとりベッドに転がる。友達は多い方だと思う。人と接するのは得意だった。そのまま横になっていると遊び疲れもあって睡魔がウトウトと忍び足でやってくる。




目が覚めたのは草原のなかだった。初夏の新芽に近い匂い、それと、近くに川があるのか水の流れる音も聞こえてくる。すっきりしない頭のまま見渡し、そしてすぐにここはただの草原ではないことに気づいた。


星だ。一瞬そう思ったのだが、よく見ると光るそれは石ころの姿をしていた。だけどただの石ころじゃない。それぞれ色が違う。燃えるように光るものと、点滅しているもの、ぼやけた光のもの。まるで宝石のように綺麗だった。


俺の世界でこんなところは見たことが無い。ここは今住んでいる世界で合っているのかと一瞬焦りながら状況把握に努める。宝石箱の世界にでも来てしまったのだろうか。

「…持って帰ろうかな」

目の前にある赤く光る石を手にとって眺めながら呟く。売ったら高く売れそうだ。売らないけど。

「あ〜、ここどこだよ…」

途方に暮れたい己と、はやく現実世界に戻るために何かしなければと思う己がせめぎ合う。そうしていると背後から誰かの気配を感じた。


素早く振り向くと、まず視界には高いヒールの靴。次に細い体のラインを強調する黒い中国式の服が目に映る。

「見つけたぜ。あんた、ソフィアの遣いだな?」

襟元は龍の刺繍。更に上を辿ると、艶やかでそれは綺麗な長い黒髪を結びもせず背中に流している。

「はぁ…すみません、貴女誰」

「名乗って欲しければあんたが先に名乗れ。図々しい。これだから女は嫌いだ」


………ん?


「あ、あの、女って…?」

非力だと思われても仕方ないと自分でも思う体型だが、いくらなんでも女性から女だと間違えられたことなど今まで一度もない。

「自分の性別もわからないのか?」

彼女が指さした方向に水の雫がふわふわと飛んでいる。それが上下左右に広がっていき、鏡のように目の前に現れた。

魔法のようなものを見せられこれは夢だと自分に言い聞かせようとするが、夢は潜在意識が映し出すものだとどこかで聞いたことがある。ということは頭の中の空想世界が夢に反映したということなのか。例えそうだとしても、自分じゃこんなの思いつきそうになかった。

その雫は己の姿を映しだす。その姿を見て心臓がひとつ大きく跳ねた。


「ハルカ…」


幼い頃に眠ったまま起きなくなった双子の姉が、驚いた顔をして立ち尽くしている。自分の両手を確認する。女性の手、自分のより細い腕。紛れもない姉のものだ。自分の姿が、春鹿になっている。同じくらいの年で。

自分の身に一体何が起こっているのだろう。こんなこと普通なら起こるはずがない。とにかくこの女性には自分の身に起きている一部始終を話してしまおうか。もしかしたら何か知ってるかもしれないし。そう思って口を開きかけた、その時。

(トーマ!だめ!!)

直接脳に響き渡る。一瞬分からなかったが、随分聞いていなかった春鹿の声で間違いない。その彼女が静止の言葉を放った。慌てて水の鏡を見ると、映っていた春鹿が安堵した表情で微笑んでいる。

(私の声、聞こえてるんだね?トーマ、そのまま何も見えないふりをして。あいつには私が見えてないの)

春鹿が指をさした先は黒く美しい謎の女。

(そいつを信じちゃだめ。怠惰の悪魔。女性を付け入って堕落させる力を持つ悪魔だよ。今トーマは狙われてる。走って川に飛びこんで。ソフィア様のもとに。はやく!)

現実的ではない存在の姉。彼女は眠っているはずだ。なのに今、魔法のように現れよく分からない指示をしてくる。悪魔だなんて信じ難い単語を喋っている。だけど不思議と誰よりも信頼できる声だと確信できた。

「わかった」

「あん?」

口に出して言うやいなや、両の足を動かした。運動なら人よりできる自信がある。走り出した俺をやはり謎の女は追ってきた。弓の形のものを手のひらから出現させ、光る矢を自分めがけ飛ばしてくる。それを叫びながらすんでのところで躱し、川に飛び込む。


いつの間にか気を失い、次に気がついた場所は映画で見たことのあるような絢爛豪華な宮殿の中だった。いちいち驚くのはやめにしようと気持ちを切り替え、まるでファンタジーの世界をゲーム操作しているようにそのまま進む。VRゲームでもリアルと同じ感覚でできるが、目元を触ってもゴーグルをかけている気配はない。

歩いている方向から誰かの足音が聞こえてくる。なにやらこちらに向かっているようだった。

「まずい」

身を隠せるような物を探すが残念ながら今はない。今歩いているこの廊下も長く、枝分かれもしていなかった。どうしようと冷や汗をかきながら頭の思考回路を叩き起こしている間に、例の足音は正体を現した。

「見つけましたよ。雌黄冬馬(しおうとうま)様ですね」

「はぁ…そうですけど」

現れたのはまたも若い女性。背が高く白に近い金髪で、そして特徴的な耳の形をしている。

「…あの、もしかしてですけど、貴女はエルフとかいうやつですか?」

鎧のようなものを身につけ光を纏っている目の前の人物に、ファンタジーもので見たことのある名前を出してみる。

「ええ。よく分かりましたね。正式にはリョースアールヴといいます。他の種族や人間からは"光のエルフ"と呼ばれているわ。私達は人間の味方です」

やっぱりな、もう何が起きても驚かないからな!と天井に向かって叫びたくなる。

「てことは、もしかして"闇のエルフ"とかいうやつもいるの?」

そんでそいつを倒せって言うんじゃないだろうな!?と身構えてしまう。

「近いものなら確かに存在します。私達リョースアールヴの(つい)の存在、デックアールヴ。しかしそれよりも脅威となるものがあるのです。ついてきなさい」

そうしてくるりと背を向けると来た道を帰っていく。

そういえばこのエルフは俺のことを冬馬と呼んでいた。春鹿の姿をしているのに、何故分かったのだろう。


宮殿の廊下の突き当りに厳かな扉があった。その扉が何もしていないのに自然と開く。眩い光に目を瞑り、しばらくして恐る恐る開けるとそこには椅子に腰をかけている一人の美女。

「ソフィア様。冬馬様をお連れしました」

「ありがとう、ディナ」

赤い髪を後ろに束ねたその女性は誰もが想像する"お姫様"のイメージそのものだ。従者に礼をする雰囲気も気品を纏っている。

「はじめまして。わたくしはソフィア・アイビス・ムートン。こちらはわたくしの忠実な友、ディナ。貴方とお話がしたかった、冬馬」

あまり笑う印象を与えない無表情な顔で自己紹介をすませると、手を差し伸べてくる。無下にもできず、とりあえず握手をしてみた。

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