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08

「それで? 莉緒ちゃんの容態はどんな状況なんだ?」


 奏子が入院手続のため離席すると、男たちは缶コーヒーを片手に談話室の一角を陣取った。

 大和から怪我の具合は聞いていたが、処置後の容態については克之しか知らない。

 俊輔はグビッと一気飲みすると、開口一番尋ねた。


「重傷だが命に別状はないそうだ。具体的な外傷としては、顔や頭、肩から腹部・大腿部にかけて暴行を受けた痕。肋骨もひびが入ってるらしい。他にも、額は割れて出血、首を絞められた痕、手足を拘束された際にできたと思われる傷。また、左大腿部の火傷と煙を吸い込んだことで喉を傷めてる。処置中に一旦意識が戻ったので大丈夫だろうというのが担当医の見解だが、今は麻酔が効いているので眠っている。しばらくは容態が安定するまで集中治療室で様子を見るそうだ」

「大和からザックリと報告は受けていたが、言葉がないな……」

「いくらなんでも、小学4年生の女の子が受けるような怪我じゃないぞ……!」


 医師の所見を交えて克之から容態を聞いてみたものの、幼い身に受けた数々の外傷は、大人ですら眉をひそめたくなるほどのものだった。

 大久保も俊輔も、沸々とわいてくる怒りを堪えていた。


「あと、担当医に打診されたのが、莉緒の現在置かれている環境を変えてみてはどうかという話だった」

「え? 克之、それはどういうこと?」


 克之は、複雑そうな表情を浮かべて言葉を続けた。


「莉緒の担当医は、前の事件でお世話になった山本医師だった。まぁ、この1ヵ月半で2度も救急搬送され、しかも今回に至っては殺人レベルの重傷で集中治療室だ。普通に考えれば、そういう事件に巻き込まれる環境にあると思ったんだろうな。外傷は2~3ヵ月もあればきれいに治るだろうが、短期間でひどい暴行を受けた心の傷は簡単にはいかないだろ? だから、生活環境をガラッと変えて養生したらどうだと勧められた」


 俊輔は、ハッと克之の顔を見た。


「克之、まさかお前……」

「あぁ。莉緒の容態が落ち着いたら、東京を離れようと思っている」

「うわぁ……、隼人になんて言えばいいんだ……」


 両手で頭を抱えて項垂れる俊輔。

 その背中をポンポンと叩くと、これまで黙って話を聞いていた大久保に向き直り居ずまいを正した。


「東京を離れる前に、今後のことで内藤家に諸々ご協力をお願いしたいのですが――」


 克之は、莉緒を守るための最善策を講じようとしていた。




「まず1点目。今回のこと、隼人には一切告げないでいただきたい」

「えっ……?」


 それまで頭を抱えていた俊輔が反応した。


「篠宮が犯人だと前提で言わせてもらうが、莉緒が再び篠宮から危害を加えられたことを隼人が知ったらどう思う? しかも、前回とは比較にならないひどい暴行だ。担当医からは『これは殺人未遂だ』と言われたよ。聡い隼人のことだ、自分のせいでこうなったと悔やむだろう。そして、莉緒を守るために自ら遠ざけるだろう。俺は、二人の仲を裂きたくない」


 俊輔は、克之が何を言いたいのか理解できずポカーンとしている。

 大久保は、一見矛盾する発言の真意を読み取ろうとしていた。


「しかし、克之。隼人の意思で莉緒ちゃんを切るのと、何も知らない隼人から莉緒ちゃんを物理的に引き離すのは同じじゃないか。お前、言ってることが矛盾してると思わないのか?」

「いいや、まったく違うことだし矛盾していると思わない」


 俊輔は納得できないと不服そうにしているが、克之はそのまま言葉を続けた。


「親の転勤で住み慣れた場所を離れ新天地に旅立つことはよくあること。これは、子供自身の力でどうにもなることではない、いわば『不可抗力』というやつだ。莉緒の状況を知らぬまま『不可抗力』で物理的に離れ離れになるだけなら、二人が大人になったとき自力で互いを求めればいい。しかし、今、真相を知った隼人が自責の念にかられて莉緒を手放したら、それが隼人の意思である以上莉緒は隼人の元に戻れない。だから、隼人には一切を告げず俺たちは東京を離れる」

「悪い、克之。俺、まだちょっと理解できてない……」


 依然として俊輔が困惑する中、それまで黙って聞いていた大久保が口を開いた。


「隼人が原因で莉緒ちゃんは二度にわたり暴行を受け重傷を負った。莉緒ちゃんは、幼いながらも全身で隼人を信じ、愛している。なのに、事件の真相を知った隼人の身勝手な決断で莉緒ちゃんを遠ざけたら、どうなると思う? 傷だらけの体でボロボロのところへ隼人本人によって心を傷つけられるのは、親として許容できるものではないと思うよ」

「あ……」


 俊輔は、ようやく言葉の真意を理解した。


「克之くんの要望は当然のことだ。内藤家は、全面的にそれを受け入れるよ」

「大久保さん、ありがとうございます……。俊輔、悪いな。隼人の気持ちを考えれば、事実を包み隠さず話すのがベストだとわかっているが、それ以上に俺は莉緒を全力で守りたい」

「いや、親として当然だ。まして、莉緒ちゃんの怪我は、すべて隼人に起因している。これ以上、莉緒ちゃんが傷つく必要なんてないんだから」


 大久保も俊輔も子を持つ父親である。

 克之の子を守りたい気持ちは痛いほど理解できた。

 ましてや、莉緒は女の子である。

 怪我してなんぼの男の子とは違う。

 こうして3人の父親たちが最優先事項を共通認識できたところで、克之は次の協力を要請した。




「2点目は、警察の事情聴取と篠宮対策については、内藤家の全面バックアップをお願いしたい」


 この点については、大久保も俊輔も異論はなかった。

 麻酔が切れれば莉緒は目覚める。そうなれば、間もなくして警察の事情聴取が始まるだろう。

 当初「警察と隼人に伝えたらどうなるか……」と犯人から脅されたが、拉致監禁・暴行・放火・殺人未遂が公になった以上警察に隠す要素は何一つない。この際事情聴取には全面協力するが、莉緒の証言を誘導されたり心の傷を抉るようなことがあってはならない。今更スキャンダルまみれで行方知れずの篠宮議員に味方する者はないだろうが、玲子の周辺か篠宮コンツェルン執行部あたりが手を回してこないとも限らない。

 こうした要素を踏まえながら、警察とのやりとりや篠宮家の動向確認は内藤家にすべて任せ、加えてこれ以上危害を加えられないよう木下家・内藤家にはボディーガードをつけることで話はまとまった。




「3点目。これが最後だが、タイミングよく転勤できるよう内藤家の力添えをお願いしたい」


 克之の勤める会津商事は、土方コーポレーションと取引関係にあるがグループ会社ではない。

 しかし、互いの社名に「土方」「会津」とついている縁で社長同士の仲が良く、家族ぐるみのつきあいをしていた。


「俺は、会津商事の末端に身を置いているが、もし内藤社長がうちの松平(まつひら)社長に口添えをしてもらえれば、異動しやすくなると思う。異動後は、定期的に木下家の動静を必ず連絡すると約束する」

「あぁ、そうか。克之くんは松平(まつひら)社長のとこだったな。末端に身を置いてるなんて謙遜するなよ、食品事業部の木下部長さん。うん、口添えは問題なくやっておくよ。人事部長は弟だから根回ししておくし、社長にも伝えておくから」


 大久保は、克之の要望を即座に快諾した。

 即決すぎて、克之も俊輔も拍子抜けした間抜け面を晒している。


「二人とも、どうしたんだ? 四十路男が間抜け面晒しても可愛くないぞ?」


 大久保は、キョトンとした顔で二人に問うた。


「あの、大久保さん。人事部長って、松平(まつひら)社長の次男の浩司さんのことですよね? その浩司さんが弟って……? でも、名字が違うしなぁ……ブツブツ」


 克之の動揺が激しかったのか、大久保に話しかけているのか独りごとを言っているのかわからぬ程の小声でブツブツと喋っている。

 俊輔は俊輔で、「両家顔合わせの時に弟なんていたっけ……?」と頭を抱えている。


「あれ? 二人に何も話してなかったか? 会津の社長は実父の松平(まつひら)幸太郎、実弟は人事部長してる松平(まつひら)浩二。初婚の時、家同士の都合で大久保家に婿養子に入った。前妻とは死別したが、自分の意思で大久保姓を名乗っている。つまり、世間一般からすれば土方と会津の社長は仲良しと見られるが、実際は姻戚関係にあるんだが……」

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」


 思わず大声をあげてしまった二人は、慌てて口を押えて周囲を見回した。

 談話室とはいえ、ここは病院。ほかの患者さんやご家族に迷惑をかけてはいけない。

 まして、こんな場面を看護士に見られたら――


「木下さーん、談話室とはいえ病院なんでお静かに願えますかね?」


 入院手続を終えて談話室に戻ってきた和泉が入口で仁王立ちしていた。

 その横で、顔を真っ赤にして平謝りしている奏子の姿があった。


「次に大騒ぎしたら、莉緒ちゃんのお父さんといえども出禁にしますからね~」


 笑顔でサラッと吐かれた台詞が恐ろしい。

 男たちは、米つきバッタのように頭を下げて許しを乞うた。




 そして、この翌日――、莉緒は目覚めた。

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