05
うまく区切れず、私にしては長々と書いてしまいました。
お父さんたちの奮闘ぶりをご覧ください。
「克之。空港がよく見える大田区の工場というと、どこだと思う?」
運転する俊輔が、後部座席に声をかけた。
犯人からのヒントを受け、克之は先程から地図アプリで場所を確認している。
「ヤツが言ってた条件に最も近いと思われるエリアは……、京浜島だと思う」
「その根拠は?」
克之は、うーんと唸る。
「大田区で空港に近いとなると、他には海老取川を挟んだ羽田・大森があるだろ?」
「そうだな」
「しかし、どちらかと言えば羽田は住宅街だ。空港まで距離があって見えにくい。」
「ふむ……。では、大森は?」
俊輔は促した。
「大森は、羽田に最も近い部分に中学校や公園、病院がある。それに、羽田同様空港までの距離がありすぎる」
「なるほどな。対する京浜島は、中小工場や倉庫があり、首都高湾岸線で羽田に乗り入れることもでき、空港の様子もよく見えるということか……」
「そんなところだ」
克之は頷いた。
「ただ……」
ミラー越しに見える克之の表情が曇る。
「ただ……、どうした?」
「城南島も大田区なんだが……、空港から距離があるものの、そこそこ工場や倉庫があって滑走路側が見えるという点では城南島も候補に入ると思う……」
俊輔には、親友の迷いが手に取るように伝わってきた。
条件に適合する場所は2箇所。
愛する娘の命がかかっている中で、どちらを選べば救うことができるのか。
子を持つ親にしてみれば、究極の選択である。
しかし、俊輔は克之の直感を信じていた。
学生の頃から克之の直感はよく当たっていたのを目の当たりにしてきたからだ。
「克之。もっとも可能性が高いと考えているのは、京浜島か城南島か?」
「……」
克之は答えなかった。
「克之、思い出してみろ。学生の頃から、お前の直感はいつも正しかったじゃないか。だから、今一度問う。お前自身は、どちらの可能性が高いと思っているんだ」
克之は、ギュッと眉間にしわを寄せて「京浜島……だと思う」と答えた。
「なら、自分の直感に自信をもて。どうしても不安だというなら、手の者を城南島にも差し向ける。だから、俺らは可能性が高い京浜島に向かおう。ちなみに、京浜島へのルートは?」
俊輔の力強い言葉で、克之の迷いは晴れた。
「京浜島まで……、環八から途中環七にのって標準走行時間は30分程度だ。ここから3番目の信号交差点を左折してくれ」
「了解」
俊輔は、克之のナビに従って車を走らせた。
克之は、親友の力強い言葉に「ありがとう」とつぶやいた。
それから10分後――。
――RRRRRR,RRRRRR,RRRRRR……――
俊輔の携帯が鳴った。
「身内からの着信だな……。克之、ちょっと車を停めるぞ」
そう言って、車を路肩に寄せた。
「俊輔です」
『莉緒ちゃんの居場所、特定できたぞ』
静かな車内。微かに聞こえる会話の中身に耳を澄ませていた克之は、目を見開き俊輔の顔を見た。
「お義兄さん、それはどこですか」
俊輔も緊張した様子で場所を尋ねる。
『京浜島2丁目の海沿いに、篠宮が管理する現在稼働していない小さな倉庫兼作業所がある。GPSが途切れた場所と空港がよく見える大田区の廃工場というのを照合すると、ここが濃厚なセンだ。後で地図データをメールするから確認してくれ。こちらも、現場に人を差し向ける』
「わかりました。あぁ、お義兄さん! ひとつお願いが」
一方的に電話が切られそうになって、俊輔は慌てて阻止した。
俊輔の父が経営する日本屈指の大手商社「土方コーポレーション」を支えるやり手営業本部長大久保(義兄)が調べ上げた情報なのだから間違いないだろうが、後顧の憂いがないよう克之の迷いを払拭しておかなければならない。
俊輔は、大久保に提案をした。
「念の為なのですが、城南島にも人をやってらえませんか?」
『城南島だと? しかし、あそこは羽田から距離があるだろう。お世辞にも空港がよく見えるとは言えないんじゃないか?』
予想通りというか、こちらの提案に疑問を呈してきた。
「お義兄さんの仰ることはわかります。しかし、城南島海浜公園の側からだと、空港滑走路側が見えるはずです」
『……』
電話の向こうで、大久保が誰かに指示している声が聞こえてきた。
「お義兄さん……!」
『俊輔の言う通り、少しでも可能性がるなら手を打つ必要がある。今、城南島にも人を差し向けた。情報が入り次第連絡する』
「ありがとうございます!!」
『莉緒ちゃんを無事に救出しような』
「はい」
大久保との電話を終えると、俊輔は後部座席にいる親友に声をかけた。
「克之、安心しろ。GPS追跡の結果京浜島が濃厚なセンだが、念のため城南島にも人をやってくれるそうだ」
「……!」
それまで表情を硬くしていた克之は、大久保の素早い決断に安堵した様子であった。俊輔は、さらに安心させようと自身の携帯を手渡した。
「克之、見ろ」
そこには、大久保から送られてきた地図データが表示されていた。
「お前の直感通り、総合的にみても京浜島が最有力だったな。京浜島に入ってからのナビ頼んだぞ」
克之は親友の顔をチラと見ると真顔で答えた。
「当たり前だ。愛する娘を救出するためなら、最速最短ルートをナビしてやる」
「へいへい、愚問だったな」
俊輔は、ニヤリと笑った。
20分後――。
2人が乗った車は、篠宮が管理する京浜島の倉庫に到着した。
倉庫の特定をすると、念の為付近に不審な人物や車輌がいないか確認しながら1周した。
そして、倉庫を見張れる場所に車を停め、車内から様子を伺った。
「とりあえず、ざっと周囲を見る限り、見張りとか不審車両とかは見られなかったな……」
「そうだな……。てか、むしろ俺たちの方が不審車両だろ」
付近の様子に目を凝らし軽口をたたく克之を見て、俊輔は意外そうな顔をした。
「おい、なんだよ。俺の顔に何かついているのか?」
克之は合点がいかぬと不機嫌になった。
「そうじゃない、そうじゃないけど……」
「なら、なんだよ」
俊輔は、逡巡しながらも思ったことを口にした。
「いやさ、お前のことだから、到着するなり車から飛び降りて倉庫に駆け寄ると思ったんだ。それが、思いの外冷静だし、冗談を口にできるのを見て不思議に感じただけだよ」
克之は「何を言ってるんだ」と顔をしかめた。
「莉緒が攫われたと発覚した時はひどく取り乱したが、今は頭が冷えてる。さっさと莉緒を救出し、どうやって犯人に礼をして……。あっ!」
不意に声をあげた克之は、勢いよく車から飛び出すとそのまま走っていった。その前方には、グレーのパーカーにジーパン、真っ赤なスニーカー、紺のキャップからポニーテールを揺らし走る小柄な人物がいた。もう少しで追いつきそうになったが、脇から出てきた黒のレクサスに小柄な人物が乗り込み、そのまま逃げられてしまった。
咄嗟のことだったので俊輔も続いて車外に出たものの完全に出遅れてしまい、遥か前方を全力で駆ける克之の後姿を見送るしかできなかった。
チャリン……
俊輔の足元で、何か金属製の音がした。
音のした方に視線を落とすと、それは赤い業務用キーホルダーのついた鍵だった。
それを拾おうと屈んだその時――
ドカーーーーーンッ!!
大きな爆音とともに強い衝撃を受け、俊輔はそのまま地面に突っ伏した。
幸いにも、ちょうど姿勢を低くしていたことと車が障壁になってくれたおかげで、現場の至近距離にいながら俊輔は奇跡的に無傷だった。しかし、克之の車には吹き飛ばされた外壁が突き刺さっていた。
よろよろと立ちあがり振り返ると、爆発の衝撃で倉庫の屋根は吹っ飛び半壊していた。
倉庫は炎に包まれ、黒煙が周囲を覆う。
何故、こんなことに……!!
「あ……! 莉緒……ちゃん……?」
救出するためにここまで来たというのに、目の前の大惨事に頭がついていかない。しかし、助けなければという無意識が体を動かし、ごうごうと音をたてて燃える倉庫に飛び込もうとした。
「おい、死ぬ気か! 中に入るのは無理だ!」
誰かに羽交い締めにされ倉庫に駆け寄ろうとするのを止められたが、それでもなお振り切ろうと俊輔はもがいた。
「離してくれ! 中に女の子がいるかもしれないんだ……!!」
「俊輔、落ち着け! 莉緒ちゃんは無事だ!!」
「!!」
俊輔が動きを止めゆっくり振り向くと、必死の形相で羽交い締めにしている大久保の顔があった。
「お義兄……さん……?」
大久保は俊輔が抵抗しないことを確認すると、拘束の手を緩め向き合った。
「莉緒ちゃんは、城南島で発見された。外傷や火傷で重傷だが、命に別状はない。既に救急車で搬送され、克之くんも病院に向かっている」
「よ……」
「よ?」
「よかったぁ……!」
俊輔は、顔を両手で覆いヘナヘナと座りこむと、そのまま号泣した。
「あの爆発で莉緒ちゃんを失っていたら、皆に顔向けできないところだった……」
大久保は、俊輔の隣に屈むと肩をポンとたたいた。
「あの時……、俊輔が『城南島にも人をやってくれ』と言ってくれたから莉緒ちゃんを救うことができたんだ。よくやったな」
「お義兄さん……」
大久保は、俊輔を立ち上がらせると背中をバシッとたたいた。
「さて、一応内藤家の弁護士を同席させるが、このあと消防と警察から事情聴取をうけることになる。覚悟はいいな?」
「はいっ!」
二人は気合を入れて警察官のもとに歩いていった。
京浜島や城南島などの地理は、地図サイトと航空写真を見比べながら妄想で書きました。
地元の方からすれば「??」という点があるかもしれませんが、そこは適当にスルーしていただけるとありがたいです。
読んでいただき、ありがとうございます。