01
短編にあった、二度目のプロポーズ前に莉緒が大怪我をした事件から物語が始まります。
『週末の早朝、閑静な住宅街で、黄色い歓声上げて馬鹿じゃないの?』
小学生と思われる少女が、女子高生たちに怒りの声をあげた。
ひとりの男子高校生を芸能人のごとく追いかけまわし、挙句、早朝から御近所の迷惑を顧みずキャーキャー叫んでいる姿にひどく腹が立った少女は、さらに辛辣な言葉を投げつけた。
『そうね、私はお姉さん方から見れば確かにガキだけど、お姉さん方がやってることは非常識よ。※※※の家はもちろん、ご近所さんにどれだけ迷惑かけているのかわからないの? ついでに言わせてもらうと、私は義務教育の一環として、今から運動会のために登校しなくちゃならないの。遅刻しちゃうからお姉さん方と遊んでいる時間はないの。天下の公道で私の行く手を遮らないでくれるかな』
急に口撃を始めた少女の剣幕に押され、女子高生たちは一瞬ひるみ静かになった。しかし、すぐにリーダー格と思われる女子高生が怒り全開で詰め寄ってきた。
『ちょっと、このクソガキ! 先程から聞いていれば、私たちが非常識だっていうの? 失礼じゃない』
※※※が慌てて制止するも間に合わず、体重の軽い少女は強烈な平手打ちで見事に吹っ飛んだ。
「おはよう、お姫様。なんだかうなされていたようだったけど、気分はどうだい?」
お姫様と呼ばれた少女がぼんやり目をあけると、そこには白い天井と心配そうな顔をして覗き込む父親の顔が見えて、ツンと鼻につく消毒の匂いがした。
見覚えのない場所で混乱した少女が起き上がろうとすると、父親は慌てて制止した。
「まだ体を起こしてはいけないよ。栄養やお薬の点滴をしているところだからね」
少女は、ズキズキと痛む頭でぼんやりと「なるほど、ここは病院だったのか」と思った。
おそらく、女子高生たち相手に喧嘩売って平手打ちされた衝撃で意識が飛んだのだろう、と。
「お父さん。私、どうして点滴しているの?」
身動きできず視線だけ父親に向けると、しゃがれた声でボソボソと問いかけた。
少女は自分の声にゾッとした。まるで老婆のように声が潰れていただけでなく、唾液もうまく飲み込めないほど強烈に喉が痛い。覚えのない痛みに驚き父親に訴えようとするが、思うように口が動かない。口だけではない、顔も頭も手も足も、体全体が脈打つ度にズキズキとひどく痛み、そして熱い。
思いっきり強く平手打ちされてふっ飛んだだけなのに、どうして体中が痛みと熱で身動きできないのだろう。どうして、喉が潰れているのだろう。
覚醒しきらない頭では夢と現実の判断がつかず、混乱するばかりだった。
「莉緒、動くと点滴が外れるだろう? 看護士さんを呼ぶから、そのままおとなしく寝ていなさい」
父親――木下克之――は、肩まで布団をかけ直すと看護士を呼びに行った。
莉緒は、父親の後姿を見送りながら「平手打ちされたのは、夢だったのかなぁ……。あの高校生の※※※は……」とぼんやり考えているうちに、再び深い眠りに落ちていった。
【小学生暴行事件関係者の社長令嬢】
遡ること、2ヶ月前――。
それは、見事な秋晴の日だった。
週末の早朝、閑静な住宅街で、小学4年生の女子児童(Aちゃん)が複数の女子高生らに揉みくちゃにされた挙句、リーダー格の女子高生(B子)が暴行を加え、Aちゃんは全治1ヶ月の大怪我を負う事件が起きた。
被害を受けたAちゃんは、その日行われる運動会に登校することになっていた。隣家に住む男子高生(C君)が付添のために迎えに出たところ、隠れて待機していたB子らに取り囲まれてしまった。そこへ自宅から出てきたAちゃんが「週末の早朝から近所迷惑だ」と抗議したところ、冒頭の事件が起きてしまったのだ。
C君が通う高校の生徒らの証言によると、C君は生徒会長をつとめる優秀な生徒で教師の信頼厚く、生徒たちからも慕われ校内では一目を置かれる存在であったという。そんなC君と事件の被害者となったAちゃんは、両家が認める許婚の仲であったという。C君を知る人物は「許嫁を溺愛するあまり、他の女性に見向きもしない一途な男」と評している。にもかかわらず、自分に振り向かせたいとする一部の熱狂的な女子高生らが暴走して、曜日や時間帯を問わず自宅周辺に押し掛けるようになった。当然近隣住民からの苦情も増え、エスカレートするつきまとい行為に辟易したC君は、弁護士同席のもと警察に相談し、万一の際は立件できるよう対策を講じることにしたと友人らにもらしていたそうだ。
警察には早朝と夕暮時の1日2回の地域巡回をお願いし、自宅を含め近隣数軒の協力を得て防犯カメラを設置してもらった。何か異変が起きたら即通報できるよう、できる限りの策を施した。
その10日後、巡回中の警察官が冒頭の暴行現場に出くわし、応援要請によりパトカー数台が駆けつけるほどの騒ぎとなったのだ。
しかし、この事件が後に日本中を揺るがす大事件に発展する。
傷害とストーカーの現行犯として警察署に連行された生徒らの中に、父親が国会議員で、日本経済を牽引する四天王のひとつS社の社長令嬢がいたのだ。この令嬢がどのような立ち位置で事情聴取されたのか不明であるが、別件で本誌記者が警察動向を取材していたところ、迎えに来た母親と社長秘書に連れられ疲れた表情で車に乗り込む姿をキャッチすることができた。
そこで、早速S議員事務所に問合せをしてみると、「そのような事実は確認できておりませんので、コメントは控えさせていただきます」と一方的に電話を切られた。続いて、S社広報に問合せたところ「そうした話は全く情報として入っておりませんので、コメントのしようがございません」と、これまた取り付く島がない回答であった。
これが事実なら、清廉で理想的な家族像を演出してきたS議員のイメージ悪化は避けられず、次の選挙戦では有権者から厳しい声が出るものと思われる。
次号は、「S議員の虚像と家族」について報じる予定です――
(週刊春夏秋冬―○月○日号)
大手の週刊春夏秋冬(略して四季)が、「高校生同士のトラブルから傷害事件に発展した」と大きく報じた(通称『四季砲』)。
通常なら「何故ここまで報じるの?」と思えるような事件であるが、事件の加害者側に現役国会議員の娘がいたことでスクープになったのだ。
その記事が載った号が発売された頃、被害者のAちゃんである莉緒がようやく退院したばかりで、参加するはずだった運動会の勝敗も、授業の進み具合も、毎週欠かさず見ていた大河ドラマの進展も、何もかも知らされないまま大きなお屋敷で療養することになり、完全に世間と隔離されていた。
思うように動かせない体は、お屋敷のお手伝いさんらに助けてもらい、話し相手が欲しいと思えば大きいお兄ちゃんと小さいお兄ちゃんが相手をしてくれた。
1ヶ月程経った莉緒の誕生日にやっと帰宅することができた。
しかし、家族も周囲も世間の騒ぎを莉緒に見せないように注意を払っていた。それゆえ、警察に連行された女子高生の顛末がどうなったのか、莉緒は全く知る由もなかった。
そんな中、四季砲第2弾が出た。
読んでいただき、ありがとうございます。