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I・Reach・ON - IRON -  作者: 旦那
第一部 生まれ出ずるところ
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第六話 王家の御旗






 呼吸を。まずは、何より呼吸を。呼吸さえできれば俺たち人間は生きられる。通常無意識で行うことを故意に行うというものはエネルギーを妙に消費して、疲労感と倦怠感が一気に襲ってくる。だが、先生の言葉を脳裏で何度も反芻する。

 呼吸を。まずは呼吸を。

 感覚を全て外側の異質な金属に奪われる――いや、わざと奪わせるというのは、こんなに恐ろしいものなのか。搭乗口となっている頭部のカバーを開かせ、腕と、足と、意識につながった神経を金属から切り離させる。椅子状に改造されたコックピット、『マナ』でいう心臓部分から自分の指一つを剥がすだけでも何かにごりごりと引っかかっているような感覚がして、相当の精神力と時間を費やした。


『無事かしら。自分の名前が言えるかどうか、それから感想も余裕があれば教えて欲しいものだけど』


 先生の声がする。俺は無線の音をちゃんと言葉として理解できているのに安心しながら、わざと何度も呼吸を繰り返す。意識していないとふっと全てが持って行かれそうだ。


「……すみません、先生。こちらアルスです。ですが、感想は戻ってからでもよろしいでしょうか」


 神経が全て『マナ』から放たれると、一気に自重を鉛のように感じ、椅子に逆戻った。だが動けと思わない限り『マナ』を操縦することはできないし、また食われ沈んでいくような感覚にはならない。まあ最も、この生命体は俺を食わせてもなお・・・・・・・・・ピクリとも動かなかったのだが。

 わかりました、と返ってきた、相変わらず淡々とした先生の声に、なんとか苦笑できるくらいには自分が戻ってきた。

 その時、脳裏に浮かんだのは日本人の少年の顔。軍では名高い、前代未聞のパイロットだ。ふと勝手に顔の表情が抜け落ちていくのに、ああ、あの子のことを考えていればまるで戦鬼のように、死神のように俺も動けたのかもしれないなあ、なんて思ったのは、ずるいことだろうか。






第六話 王家の御旗






「おかえりなさい、お兄さま!」


 扉をあけるなり飛んできた人影を受け止めると、張っていた気がやや緩んだ。まるで弾丸を腹に受けたようだ、と思う尖った意識はだんだんと体温を感じて、軽やかな妹が触れているだけだと丸みを帯びてくる。その脇に手を差し込み、ひょいと目の高さが同じになるまで持ち上げてやった。


「ただいま、アンリ。ルネはどうしたんだい?」

「えっとねー、お兄さまが帰ってくるまで、アンリと寝てたの。でもね、アンリはお兄さまが帰ってきたってわかったの!だから起きて、走ったの!」

「おっと、じゃあ今も寝てるわけか。静かにしないとだめだよ」


 どうやらかわいい妹を起こしてしまったらしい、とみて忠告をしてみるものの、アンリは抱き上げられるのが楽しくて仕方ないらしくきゃっきゃっと騒いでやまない。どうしたものかと胸に小柄な体を抱きかかえ、寝室に向かってみることにした。開けっ放しの扉からのぞいてみれば、子供用のダブルベッドには確かにひとりの姿がある。妹、アンリとそっくりだが、アンリより少し目がきりっとした同じく妹のルネ。きちんとそこに、その姿があったのにひどく安心して大きく息を吐いた。しかしそのせいかくらりと目眩を感じ、思わずアンリを抱えたままよろめき、ダブルベッドに手を片手をついてしまう。その衝撃でゆるりと目を開いたルネは、喚きだしたアンリにつられてぎょっと驚いたように俺の服を掴んだ。


「お兄さま、どうかしたのですか!」

「お兄さま!す、すみません、ルネ、起きられなくって!」

「大丈夫、大丈夫だよ二人とも。ありがとう、でもちょっと、僕も寝たいかな……」

「たいへん!今すぐお休みになりましょう」

「そうです!私たちとお休みにしましょう」


 双子の猛攻に俺はあっさりそのままベッドに横たわることになった。べッドに潜り込んできた妹たちに片手ずつをにられていると、不意に、その横にもうひとつ並んだベッドが気になり出す。それが持ち主を失ってから、もう一週間が経とうとしていた。

 妹たちの顔を見ると、相当に俺が心配なのか双方からの視線が痛いくらいで、俺は笑顔を浮かべてみた。そうすると二人とも同時にふふっと笑ってより擦り寄ってきてくれる。次第に傍らの呼吸が緩やかになっていくのを感じ、俺もつられるように瞼を落とした。『マナ』に持って行かれそうになる心配も、恐怖も何もないまどろみ。あるのはただ、安心感とひとつの喪失感。

 心配、させてられないな。

 兄さま、ともう一つ違う声を遠くの方で聞いた気がしてもう一度だけベッドの方を見やるけれど、そこにいるはずのヴィオラがいるはずもなく。夢の中でなら会えるだろうか、と考えてしまう甘さを、今くらいは許してもらえないだろうか。







 日本に来てからというもの、結局捕虜にされることもなく、情報を吐かせようとする素振りさえ見せられることもなく、逆に美味しいご飯さえ振舞われ、私は療養生活を過ごしていた。


「サオリ、このお魚の名前はなんというのですか」

「そちらは……ブリになりますね。さすがに今時、天然物ではないのですが。おいしいですか?」

「とても」


 私が頷くと、田宮たみや沙織は嬉しそうに笑った。

 今日も昼餉の時間になって、定時にこの看護師は食事を運んできてくれた。アライジアにいた頃に比べ色数のない食事であるのに最初は抵抗があったものの、一度口にしてみれば日本食というものはなかなかどうして美味しい。聞く話、沙織の他数名の看護師が私の専属の班となっているらしく、彼女らが食事の栄養管理も手がけているそうだ。だから料理を褒めれば彼女たちを褒めたことになって、彼女たちは喜ぶ。それはもう、嬉しそうに。

 私はそれにどうしようもない既視感があって、視線を手元のフォークに落とす。


「……ここの人たちは、よく笑顔になりますね。ジョーも同じように笑います」

「ジョーさん、ですか?」

「ええと、その……ジョウセイ、オニヅカ」

「あら、少尉さんですね」

「日本の人名はとても難しいです。英語圏の言語文化が入ってきても、名が廃れないのはよいことだと思いますが、発音がとても」


 日本にアライジアを襲撃させれば、『地球型マナ』の力をもってすれば全てはきれいに進むだろうと思っていた。もちろん、それが簡単に行われる規模ではないのは承知の上だし、私自身のこの身が安全でいられる保証などはどこにもないのをわかっていて『アライジア製マナ』に潜んだのだ。

 なのに。

 ぐ、と手のひらに喰い込むほどフォークを握る。


「……日本は、とても、理解しがたいものが多いです」


 ならせめて、監禁でもすればいいじゃないか。あなたたちを何度だって殺しにかかった国の娘なのだから、厳しくあたればいいじゃないか。敬遠するなり悪口を吐くなりすればよいのに日本の人間はそんなことをしない。私にとってそれは好都合なことにかわりないが、それで状況が変わると思わなかった。

 こんなことを言葉にしたとして、困らせるのはわかっていた。だからそろりと、すこし伺うように沙織を見上げた。だがやはり、日本人というものはそれを顔に出さなかった。


「……アライジアのことは、私たちはほとんど知りません。情報が回ってきませんから」


 海外に自国の情報を一切流さない、特に日本にはその体制が強いアライジアのことであるから、きっとこの女性はもちろんのこと、ジョーも他のパイロットも、アライジアがどういう生活をしているのか、どういう人種で成り立っているのか、『地球外マナ』をどうしているかなんて知りやしないのだろう。

 沙織は空になった皿を重ねていきながら、そんな不安もあるのかないのかわからないような微笑みで語ってくれる。


「ですが、ここは日本です。あなたの身はこれでも、確保しているのですからね」


 ひどいことを言っているのだろうけれど、ふふ、と綺麗な笑顔を浮かべる女性に向けるべき表情がわからない。

 兄さまは優しかったし、妹たちも優しかったけれど、それよりもアライジアを恨んでいた。憎くて、憎くて憎くて、だから歯向かっている。でもいざ飛んできてみれば日本は、多くの人が最初から壁なんて持っていないかのような勢いで踏み入ってくる優しさに満ち溢れていた。『地球型マナ』を持っているくせにそれを何に使うわけでもない平和主義の、甘い国。


「……本当に、甘い」


 なのにこんなに白いご飯がおいしいなんて。

 最後にお椀に残った一粒がなんとなくもったいなくてフォークですくい上げてみたけれど、それにも沙織が嬉しそうにするのだから、私は面白くなかった。







「やはりヴィオラ様ほど面白い結果には至りませんねえ」


 椅子がカラコロと音を立てて近づくものだから、振り向いてみれば卑しい笑みがそこにはあった。なんとなく相手は予想できるものであるから、無視をしてディスプレイに表示された数値を過去の資料と見比べていく。やだなぁ無視ですか、趣味が悪いですよ。軽い声とともに臀部を叩かれるのに反射して腕を振りかざすと、パシンと乾いた音がした。

 手のひらでこちらの拳を受け止めたアクセルは、笑顔をきれいに貼り付けてこちらに見せる。


「やだなぁ、先生・・。大事なお嬢様の行方不明はやはり気がかりですか」

「……貴重な人材を失うのは、勿体無いと思っただけよ」

「まあ彼女は異端も異端ですけれど。彼女よりはお兄さまの方が実戦向きだと思いますが」

「アルスでは『マナ』が拒絶反応を見せてしまう。抗体値が51では『マナ』の本質を引き出せない、それにもうあの『機体』はヴィオラのものだわ」

「お厳しいこと」


 アクセルに触れた手が忌まわしくてパンパンと払っていると、彼がまたへらへらとするものだからディスプレイだけに視界を固定した。

 感覚としては、何かがずっと、精神のどこかで引っかかっているようなものです。『マナ』が嫌がっているのかな…みたいな。悔しいですね。

 仮眠を取っていたらしいアルスからつい先程もらったばかりの感想は、予想できる範囲のものだった。それはそうだろう、抗体値が50より多いのだから『マナ』に嫌われて当然なのだ。それに比べ、ヴィオラは『マナ』を全て受け止めてくれるというのに。そして計画通り順調に事が運んできていた、なのに――苛立ちが募るがアルスをこのまま主軸から外すこともかなわない。もし既にあの『機体』がヴィオラのものになっていたとしても、そこにアルスが入れない可能性はゼロではないはずだ。そのまま時たまキーボードを叩き、情報を整理していく。


「……彼の育成より、お嬢様を探すほうが先決ではないのですか?」


 椅子の背もたれにアクセルが腕を乗せると、キィ、と嫌な音がする。古いものは取り替えなくてはならない、と脳裏に小さくメモをして、それから、この男はなんと言ったのだったかと思い出す。


「……ああ、それなら、ある程度は予想もついているから」


 お構いなく。再びディスプレイの数値に集中しだしたこちらにアクセルが何か言ったようだったけれど、聞こえない。聞かない。集中。それからいつ男が去っていったのかもわからないほどディスプレイを眺め続け、数値が完全に頭に叩き込まれたころに、私は全ての電源を落とした。

 ヴィオラ。

 彼女は普段は朗らかで、そして時折あまりにもまっすぐ、まっすぐに『マナ』を見つめる少女。自ずから『マナ』を求めている少女。まるで彼女の本能にそう刷り込まれているかのように、彼女は動いて働いた。それはいつからだっただろう――もうわからない。だがそれを利用しようと思って、こちらはこちらで散々に利用した。好都合だったのだ。だが彼女の勢いがここまでであるとは思いもせず、それを今になって改めて考えれば全く予想できなかった範囲ではない。

 かといって、止めるよりもこのまま放したほうが得るものは大きいでしょう、と遠くの方で声がする。そうだ、そうだこのまま、もっと。あまつさえ、彼女がどうなろうと――

 だがそれに、幼い、きれいな笑顔の、もっと遠い昔の少女がぶれて重なる。


「……あなたはとことん、先生には向いてないわね」


 それは溜息にはならなかった。わかってることなのだから。だから、今はアルスを先に見るべきだ。

 先生、先生と幼子が呼ぶ声がどこかでする。

 呼応するべきだろうか、という迷いはない。

 だって私は、とうの昔に先生ではなくなったのだから。






 寒くなってきた時期だと鍋を取り出した俺の腕輪の端末に、連絡が入ったのが三十分前。エスパーなのかと頬を引きつらせつつ電話をしてみると、これまた心臓がどきりとする内容で、晩飯の誘いだった。誘いというか、俺の部屋にくるという話だった。了承して、煮込みだした鍋はもうすぐできあがるだろう。味噌と、野菜と、肉ときのことを山盛り煮込んだ基本的な鍋だ。


「いい匂いしてきたねえ」

「そうね、私、味噌って好き」

「俺も〜」

「……おたくらなんでほんとジャストで来てんの?」


 決して広くはない普通の軍兵寮の一室に、管制塔勤務の藤堂安司と菅田マリがちょこんと居座っていた。安司はへらへらとしてこちらを眺めているし、マリに至っては勝手に『地球型マナ』の模型を触っては観察していやがる。マジでやめろ、壊したらほんと、マジで殴ると思う。けどマリの手つきがそっと、大切そうにしているのが見えるから俺は何も言えないのだ。


「いや、だって俺と定清、何年の仲だって話」

「俺はお前のことまったくわかりません……」

「いいじゃない、鍋はみんなでつついてなんぼよ。どうせいつも一人なんでしょ?」

「だから一人でいいってのに……」

「というか何にも面白みのない部屋よね相変わらず、改装とかできないの?お金はあるでしょ」

「できるわけないだろ……」


 おそらくは俺がネスト内の店で食材を買っているのをどちらかが、もしくは誰かが見たのだろう。その噂が立ったとして、忌まわしい優遇パイロットさんの部屋に近づこうとするようなやつはほとんど居やしないから気にすることじゃないのだが、いるのだ。ほんの少数。この背後に居る二人が。

 つれないの、なんて笑う安司の声に本当にそう思っているような色はない。十数年来の幼馴染には多分、俺が慣れてないだけっていうのは知れたことだ。安司はとても社交的で誰とも壁を作らない――のか、誰にでも細い溝で隔たりを作っているのかはわからない――から、こういう事する機会は多いんだろうけども。マリもマリで、七年ここにいる俺よりは後輩だが、はっきりした性格と仕事の上質っぷりは既にネストに浸透していることだろう、で、友達も多いんじゃなかろうか。知らないけど。

 その二人がわざわざここに来るっていうか、来てくれるってのは、俺にとってはすごいことなんだけどなあ。

 鍋が煮立ってきたのを見て、電源を切る。俺が布巾を取り出すといち早く反応したのはマリだ。


「できた?できたのね!もうお腹すいたわ、はやく食べたい」

「わがまま言うなよ、誰の飯だと思ってんの、もう……」

「少尉殿」

「少尉なのに普通の部屋で悪うございましたねえ」


 マリが棚の上に模型をどけ、できた机の空間に鍋敷きを敷いてから、俺はどん、と鍋を移動させる。マリと安司の妙な拍手に迎えられたと思ったら、即、箸の催促をされる。

 ちょうだい、と手を差し延べられたところで俺ははっとする。


「……箸二人分くらいしかねえわ」

「あー、そういえばそんなだったっけ」

「はあ?いや、ちょっと、どれだけぼっち慣れしてるのよ」

「一人ばっかなんですよーほんとに。……でもどうすっかな、スプーンならあるけど」


 マリに咎められたが返す言葉もない、事実だ。素直に悩んでいると二人もからかうのをあっさりやめてしまい、俺別に手じゃなきゃなんでもいいよ、とかスプーンでも支障ないでしょ、とか言葉をくれる。いいのかなあ、お客さんって滅多に来ないからどんな対応していいかほんっとにわかんねえからなあ。

 なんとなく出し渋っていると、部屋にコンコン、と音が響いた。

 三人は一気に静まる。全員が見たのは、扉だ。

 誰かノックしたみたいよ、とマリが小声で言ったのを筆頭に誰もが息を呑む。悪いことしてるわけじゃないんだけども、つられて首が縮こまってしまう。とりあえず部屋の主である俺ははい、と声を上げ扉を開きに行くことにした。


「瀬尾だ、時間は取らせないが少しいいだろう、か……」


 その先に現れた人物を見て固まったのは、やはり全員だ。俺の部屋の二人もそいつらを見るジュリオも含め、全員。

 誰?誰?

 背後で声がする。いや、初めて俺もこの扉越しにジュリオを見たわ。というかこないだといいこいつはよくも俺なんかに会いに来るな。そのジュリオは、あー、と小さく咳払いをする。


「……邪魔をしたようならいいんだが」

「いや、いいって別に。話か?入ってけよ」

「そのほうが申し訳ないだろう」

「ねえ定清、だーれこの人?」


 すぐ背後からぬっと這い出た安司にジュリオはひどく驚いたようだったが、こいつが驚かしに――というか遊びにかかるのはいつものことなので、俺はそうか管制塔のやつらは軍人を名前は知ってても顔は知らないのか、と思いながら「前言ってたろ、入院中のパイロットの瀬尾ジュリオ」と指して教えてやると、俺の肩に腕を乗せた安司はまっすぐジュリオを眺め始める。それを、いや、とジュリオが訂正した。


「退院したんだ」

「お、早いな」

「明日には鍛錬にも参加できる。一応報告しておくべきかと思ってな」

「お前律儀だよなぁホント。あ、じゃあ退院祝いで食ってけよ」

「……は?」

「あと箸何本か持ってる?部屋近いだろ、お前」


 感嘆しているとぱっと浮かんだ考えにジュリオの綺麗な目が丸くなった。いーじゃんいーじゃん、と隣の安司も楽しそうにするのはよしとして、唯一の女性のマリはどうだろうか、と振り向くとちょうど鍋をお玉で漁っているマリと目があった。


「あーっ、お前、勝手に触るなよ!」

「た、食べたりしてないわよ!ケチくさいわね!」


 ぎゃあつくと騒ぐ女はもう知らない。知ったことか。なら問題はジュリオ次第なのだが、そこまできてはたとする。

 俺の知り合いと、俺なんかの知り合いと一緒にいるのは軍兵さんは嫌か。

 常に敬遠されている身としての振る舞い方を忘れていたのがやや不思議なくらいで、頬を掻いて間を稼ぐ。そんなもんゴメンだと扉を閉めてくれたらいいのだが、うん、最近のジュリオがおかしいのか、こいつのせいで俺がおかしくなってんのか。


「……箸なら何膳か余裕がある。いいのなら、そうだな、なにか食材を持ってくるが」


 ジュリオは鍋を覗いて、小さく頷いてしまった。

 やっと食べられると喜ぶ安司と、魚とか魚とかある、と騒ぐマリ。同年代ということもあってか安司の社交性もあってか、ジュリオと安司は勝手に話を進め、じゃあ少し待っていてくれと部屋に戻っていったジュリオの背中を見るうちに、俺はどこかに置いてかれていた。

 当たり前みたいに安司が隣にいるのと、マリが嫌がりもせず模型いじりに没頭しているのも、あれだけ俺を避けて遠くてやまなかった軍人が俺の部屋にやってくるのと。


「……とりわける皿も、頼んどけばよかったなあ」


 そこでこぼした呟きに、えーっないの、と背後で声が呼応してくれるのも、慣れていいものなのだろうかと、とりあえず俺は笑ってみることにした。





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