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I・Reach・ON - IRON -  作者: 旦那
第一部 生まれ出ずるところ
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第五話 白の鼓動



 戦場利用以外での『マナ』の利用は原則禁止。それはなぜか。答えは簡単で、『マナ』さえあればどんなルールも基本的に無駄であるからだ。つまりはパイロットが『マナ』を動かせさえすれば、ネストなどというコンクリートの塊はただの瓦礫に成り果てる。だが、『マナ』を強制的に鎖でがんじがらめにしたり、最先端の電子磁力の力で固定したり、外部の空気を完全に遮断するなどして守ることはどうしてもできなかった。

 それも至って、単純な話である。

 彼ら、もしくは彼女は、生きているからだ。





「海!聞こえるか、指先だけでもいい、少しでいい、反応をしてくれ!」


 肉と神経を介してまるで意識までも食われてるんじゃねえかってくらい、声だけがなんとか理解できた。わからん。指の動かし方も、呼吸の仕方さえ忘れてしまったような気がする。つーか今俺呼吸してんのかな。わかんねえわ。レナの声じゃねえな。助けか。呼んできてくれたのか。まあどうにもなんねえだろうけど。ぼうっとした意識をなんとかつなぎ止めて自分の足元を見たら、金属に埋まって、なのに沼に沈むみたいに生暖かくて、いや、そんな感触も失われるような、その金属が失わせようとしているかのような、奇妙な感覚がした。

 ああ、そうか、調査途中で食われたのか。

 どこか他人事に金属と足の境目を見た。右腕と、両足が金属に埋もれていく。吸われていく。おいおい、こいつ腕だけでちぎれてんだぞ。なのに生きてんのか。生きようとしてんのか。俺たちが何のためにエサも与えねえでお前を放置したと思ってる。そのせいか。

 なんとなく自嘲気味に口元が歪んだ。

 遠い場所で音がした。破裂音のような、鈍く重い音だ。

 なのにそれが、おかしなくらい温かみをもっているような気がして。

 俺は顔を、瞼を、つられるようにしてあげた。


 合金の壁がアルミホイルを破るみたいに割れていく。めりめりといとも柔らかそうに。いや、誰かが引き裂いているのだ。それを制止しようとしている声がする、周りで怒号がする。でも俺はそんなものが全く耳に入らないくらい、逆光に照らされる白い巨体に目を奪われていた。

 大きな手がこちらに伸びてくる。伸びてくる。ごつごつした、骨よりもまさに無骨な、金属の指が伸びてくる。幾度となく整備――否、世話をしてきた指先が初めて意志を持ってこちらへ伸びてくる。

 ――こんなにも、あったかかったのか。

 まるで天使のお告げみたいだな、と思ううちに、俺は完全に意識を飛ばしていた。







第五話 白の鼓動







「やっほ。鉄格子越しに見る顔も悪くないんじゃない?」


 足音がすると思ったので、まどろみの中から顔を上げると、思ってもみなかった笑顔があった。俺をわざわざ見に来て笑う奴がいるとも思わなかったし、そもそもこいつが来てくれるなんぞとは一切期待もしていなかった。それが顔に出ていたのだろう、格子の前でしゃがみこむ安司は頬杖をついて、やっぱり笑顔で悪態を吐く。


「……わざわざできた暇に来てやったんだけど」

「え、いや、なんで来たの?」

「幼馴染が懲罰房にぶち込まれてるって聞いたから遊びに来た。あと噂のお嬢様もどっかにいるんだって?」

「……隣じゃね?別々に突っ込まれたから俺はよく知らないけど」

「うーん、外からなんも見えないからなあ。そうなんだ」


 安司の言うとおり、ここはネストの地下にある懲罰房だ。鉄格子に出入りを阻まれ、さらにその周りをた分厚いコンクリートの壁に囲まれた、窓も光もない名前の通りの懲罰房。『水星型マナ』と海に治療を施し、吸収されかけた男を救出してから俺とお嬢様とレナは懲罰房にぶちこまれた。監視カメラが全て物語る通り、規則を破ったことに関して全員共犯とみなされた。ここにあるのは天井の小さな空気孔だけで、そりゃもう暇してたとも。壁のへこんだ穴を数えるのも六つ目で飽きた。そんなところに幼馴染が来たのだ、嬉しくないわきゃない。が、聞きたいのはそこじゃなくて。


「なんで安安と入ってきてんの」


 こちとらいつまでここにいなきゃいけないんだと分厚い扉を睨んでいたのに、それがこんなにあっさり――とはいかないものの何十時間も経たず開くとは。懲罰房に入るのは初めてじゃないが、にこにことした安司をここで見るのは初めてだった。

 問いかけられた幼馴染はというと、用意していたように台詞をさらさら吐いていく。待ってましたと言わんばかりに。


「お出迎え」

「うん?」

「もう出ていいらしいよ。ほら、俺ってわりと信用あるから、おじいちゃん中佐に頼まれちゃった。軍の人もめんどくさそうにしてたから、ちょうどいいって話を掬っただけだよ」


 からりと取り出されたのはカードキーの束。見るところ三枚あるプラスチックでできた板だが、その貴重性は言うまでもなく。

 唖然とする俺を見て、やっぱり安司は嬉しそうに笑いやがるのだ。


 懲罰房から出るさなか安司が暴露してくれたことによると、レナもお嬢様も既に解放されたらしかった。無論解放したのは彼のはずで、おまえお嬢様のこと知ってたんじゃねえかという文句はこいつには無駄なので飲み込むとして、なんでも救出された海とかいう技術部隊員の手術はこの数時間のうちに済み、戻った意識で彼は真っ先にレナや俺、『マナ』のパイロットのことを問うたそうだ。で、懲罰房に規則違反でぶち込まれたと知るなり大激怒したらしい。

 戦場利用以外及び無断での『マナ』使用により、だと?ふざけんな、実際俺が助かったのは誰のおかげだと思ってる、あいつらを悪いと思うなら俺の首も撥ねやがれ!つーかとっとと開放しねえと俺が俺の首撥ねっからな!それでもいいってんだろうな、知らねえぞ『マナ』の整備ができなくって苦しくなっても!こちとらあんたらより長くウン十年ずっと『マナ』の整備で食ってきてんだぞ、年下だからってなめてたら承知しねえぞ!


「両足の膝から先と右手がない状態でだよ?医療部の人から聞いたけどホントすごかったんだって、びっくりしてた」

「いや、うん、やべえな」

「それで上官に無線つなげて説教の説教。他の何人かも一緒にとりあってくれて、開放がこんなに早まったって話」

「何人かって」

「おじいちゃん中佐とか」


 中佐。先日の会議で見た顔を思い出してなんとなく驚いてしまう。温厚な性格だとは聞いていたものの管制塔勤務の人間だからなんとなく距離は遠くて、でも、ああそんなことがあったから早く出してもらえたのかってなんとなくすとんと腑に落ちた。それに、あの『マナ』に食われかけていた人が助かったのもひどく安心した。


「ま、定清を出さなきゃいけなかったのはそれだけじゃないんだけど」


 指先でくるくるとカードキーを束ねるリングを器用に回して、安司が呟く。俺は自室のある階に足を向けていたが、地下からの階段を上った所で袖をぐいと引っ張られ廊下を曲がらせられる。そのまま寮のある二階に上がることもなく平坦な道を歩く羽目になるが、途中でなんとなく、どこに連れて行かれようとしているのか理解した。

 白い機体は、俺が無理やりに降ろされた『水星型マナ』のいる保管庫、その場にまだあった。動かされることもなく、壁を破った体制のまま、青空を背景にした長年の相棒を見るのは、戦場以外では初めてだよなあ。


「抗体値が確か…49の奴が乗っても動かなかったんだって。49の、コンマ4だったかな。もっと抗体値が50に近い奴は乗れない状態らしくて」

「……瀬尾は今病院だなぁ」

「じゃあその人か。まあともかく『マナ』は拒絶するわ言うこと聞かないわって状況なんだけど、暴走したら怖いから、無理に引っ張って動かすのもできなくてさ」


 まるで『マナ』がここから動きたがらないような。俺はふむ、と思って『地球型マナ』を見上げる。まわりで作業していた数人がやってきた俺たちに気づいて頭を下げてきたが、たぶん対象は俺で、俺に礼をするってことは軍の兵隊じゃないな。倉庫の壁を破って強行突破とわかってがいたが、仕事を増やしたようでやや申し訳ない気分になる。

 要するに数時間ぶりに『マナ』に乗り直せってことなのね、と肩をすくめるが、それまで情報を教えてくれた安司が不意に気になって隣に視線を下ろす。眠たげな印象を受ける優しい目元は保管庫に入ってからずっと『マナ』を捉えている。

 こいつが俺の隣にいなくなってからも、7年経ったのか。いや、いなくなったのは俺の方なのかなあ。

 あくまでも優しげな目と目が合って、俺はもう一度、おまえなんで来たんだと聴きたくなった。


「ん、どしたの。わかってるでしょ、コレを倉庫まで戻して欲しいんだって」


 だってこいつは誰にでも同じような笑顔を向けるから。でもその下で渦巻いているであろう感情は、俺にはなんとなくわかっているから。こいつは、生まれつきの数値なんぞのせいで、俺と一緒に来てくれなかった人間だから。

 ――やっぱり俺が隣にいたら迷惑だろう。

 脳のどこかでそんな声がして、俺は顔には笑顔を貼り付けながらも、歩みだす足には自然と蹴るような勢いをつけてその場から進み出した。

 その声が安司のもので再生されなかったあたり、俺はどこまでも安司に甘えている、と思った。




 抗体値は58。俺ってば生まれつき『マナ』に嫌いだって言ってるようなもんなんじゃないんだろうか。常人でも50プラスマイナス5の範囲に収まるのが通常だっていうのに、そんなこと言われたら余計に嫌いになっちゃうっての。抗体値は生まれつき変わることはないっていうのが通説だけど、今の俺って60くらいになってんじゃないかな。測る機械とかないのかな。長いこと軍人やってないからわかんないけど。

 無事に動き出した機体を見て、俺はとりあえずあくびをした。

 瞼の裏に幼馴染の下手な笑顔が浮かぶ。


「……もう寝ようかな」


 カードキーを揺らして、俺は踵を返した。

 なんで、俺が行きますよなんて言っちゃったのかなあ。そのワケをあんまり考えたくなくて、俺はさっさと退場することにした。






 ヴィオラはあれから病室に戻った――というより多分戻らされたんだと思うけども――というのを管制塔の職員に教えてもらったのがきっかけであることには違いないのだが、別に明確にお嬢様に会おうだとか、軍のお仲間の顔を見ようだとか決めていたわけじゃなくて、ふらりと病棟まで来ていた。『地球型マナ』を倉庫に戻してからというものあっさりと解放され、気づけば窓からは夕日が沈む時間になっておりそういえば昼飯さえ食っていなかったなと思い出すが、空腹の具合を見ても晩飯をしっかり食べればいいだろうと忘れることにした。

 本当になんとなくぶらついていただけだった。だから、思わず目についた『海明間様』の文字に足を止めた矢先、特に考えもせず扉を開けてしまっていた。

 横たわっていたのは褐色の肌をした男だった。最近やけに怪我人に遭遇しすぎている気がする。静かにベッドに歩み寄り男を観察。年齢は若くも見えるし、早見あたりと近しい年代にも見える。瞼の閉じられた顔をじっと見ていると、『マナ』越しに見た姿を思い出す。腰辺りまで布を被っているので分からないが、手のない右腕に包帯を巻いていて、ほかに誰もいない個室であるあたり、この人物が海であることには間違いない。


「……少尉、さん?」


 薄ら目が開いたのに俺は思い切り体を揺らして驚いた。てっきり気を失っていると思ったためだ。慌ててこくこくと頷くと海は右腕を顔に持って行き、ふとそこで手がないことを思い出したようになにもない空中を見て、溜息とともにベッドに深くもたれかかった。それになんと声を掛けようかと迷ううち、海は天井を仰いで呟く。


「天使かと思ったんすよ」

「はい?」

「あんたらが来て。すっげえあったかくて、あー、俺逝くんだなって思うくらい安心したんすけど、死ななかったですね」

「……はあ」

「ありがとうございました」


 夢心地のような、半ば掠れた声で海ははっきりと言ってくれた。おうおう、人の気も知らないでだれだって素直にあれそれと言ってくれやがって。迷っても迷ってもそもそも選ぶ言葉すらないので意味がない、と俺は頬を掻いて困ってみる。しかしふと記憶が思い至ってぱちんと指を鳴らす。


「いや、お礼はこっちこそ。あんたでしょ、俺たち解放するよう説教してくれたっての。すげえよなあ、上司怖い人ばっかなのに。あんたいくつなんです?」

「36っすけど」

「……おお」

「だってありゃあおかしいでしょうよ。レナだってとっつかまってたっていうんだからムカついて」

「レナ?ああ、そうか、あいつ技術部だから。お世話になってます……?っていうのか?ちょっと違うか」


 思ったより年上だったと驚くまもなく、知り合いの名前が出てきたことに反応する。とっつかまったレナ、というと早乙女という苗字の彼女に間違いないだろう。すると今度驚くのは海の番だったようで、真っ黒に近い瞳が丸くなる。あちこちの種族が入り混じった今の日本で、純粋な黒の瞳を見るのも久しい気がした。


「……本当だったんすね、レナと知り合いっての」

「まあつい最近の知り合いってだけですけど。いい子ですよね」


 結局あの日、レナを成り行きで助けた後から交流はなかった。技術部は今まで一年ほどあったスパンが四ヶ月と、極端に短くなった『地球外マナ』の襲来および捕獲したその機体の調査に追われていたというのは知っていたから、話をつける気にもあまりならなかった。正直めちゃくちゃ嬉しかった。『マナ』を好きだと言ってくれる人間がいて。機械のような外見だから彼女は『マナ』を好いたのだろうけれど、俺はそれでも良かった。長いこと『マナ』と一緒にいる俺には、喋りもしないあいつが大切な仲間に思える程だからだ。

 俺は素直ににっと笑う。すると海は困ったようにつられて笑ってくれる。


「……あんたはなんか、すごいんだか可笑しいんだか、尊敬すりゃいいのかよくわかんないですわ」

「お、うーん、そう言われたことはあんまないです」

「俺たち技術やってる人間からしたら、パイロットさんはすごいと思いますんでね」


 とてもじゃないがあんなんには乗りたくない。言葉とは裏腹に海は眉を下げてまっすぐ俺を見上げる。それが何を言わんとすることなのか、俺にはよくわかった。そして食われかけたこの人間にもよくわかることだろう。『マナ』に乗るってのは、乗ってみないとわからない。どこまでもそれは、機械と程遠いからだ。


「……そりゃあどうも。でも食われたってことは抗体値、低いんじゃないですか。よく今まで何もなかったですね」

「らしい。長らく測ってないんで覚えてないんすけど」

「危ないな!いくつくらいなんですか」

「んー、ほんと覚えてないっすね」

「ええ……っていうか、敬語じゃなくていい、んですけど」

「少尉さんなんで」


 海はからりと笑ってくれた。数日前までそこに存在していたはずの体の一部を失っているのに、俺を目の前にしているのに。

 ああ、ここまで『マナ』のことをわかってる人間にもまだ嫌われてはいないようだ、とやけに安心した。

 俺は男の失われた腕先を見て、それでも恐怖が浮かんでこなかったあたりに、逆に自己嫌悪が沸き起こってきた。何も感じない俺の意識のどっかも、『マナ』に食われてんじゃないかなって、たまにそう思わずにはいられないんだ。





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