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I・Reach・ON - IRON -  作者: 旦那
第一部 生まれ出ずるところ
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第四話 殲滅の火種




 2217年に初めて『海王星型マナ』が襲来し、その二年後に『タイタン型マナ』、翌年に『冥王星型マナ』が立て続けにやってきた。それから二年を置いた2222年に『火星型マナ』が飛来し、その後の2223年、春。確かに『レア型マナ』が日本防衛支部を襲撃した。それなのに、たったあの出来事から四ヶ月ほどしか経っていないのにもかかわらず、『水星型マナ』は姿を現した。





「『地球外マナ』の襲来ペースが早くなっているということでしょうか」


 脳内にある資料を整理しながら、私は大きな大きな赤い槍を見上げた。旧式の足場に囲まれ、くくりつけられた巨大な武器は、赤い機体が私たちに敵対心を持って振るったもの。その穂を拭いていた足場の上の上にいる先輩は、私の声に気づいたのか手すりに寄りかかった。


「さあ、なんだってあいつらはわざわざやられにくんだろうなぁ」


 決して頑丈ではない足場だから危ないですよ、と声をかけようとしたら、先輩は滑るようにしてはしごからさらりと降りてきた。私の仕事は終わっていたので、次の段階に進めるだろうかと先輩を見上げるとぽふんと頭に手が置かれ、そのままわしわしと撫でられる。


「わっ、な、なんですか」

「手が汚れてたからフキンがわりに」

「ひ、ひどいです!そりゃあ、きれいな髪じゃないですけど」


 灰色の髪だから、汚れているかは触らないとわからない。軍手をしたまま気休め程度の気持ちで、指先でつまむように髪を梳く。

 そのうちに先輩はもう私のことなど気にしていないといふうな素振りで視線をよそに向けていた。つられるようにして私も目を向けるも、その先にあったものにすぐに顔を背ける。赤い機体があった。五体のちぎれた、標本のように縛り付けられた痛々しい機体がそこにはあった。機体と便宜上はいうけれども、その傷口にはまるで人間の怪我のように赤い赤い血液が、もう黒くなってこびりついている。やはり、人間のように。

 これが、今日の大一番の仕事だ。ネスト内ではどんな仕事でも複数人で行わなければならない。その規定におさまる最低限度のたった二人で行う精鋭の仕事だ。

 私は急に緊張してきた。でも、と、もう一度だけ赤い機体を見上げる。

 ぼろぼろになった彼、もしくは彼女、いやそのどちらでもないかもしれないものは、もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。でも私はその調査をしなければならない。しろと命じられた。命じられるまでの身になった。なることができたのだ。それは、それなら、少しでも少尉たちの役に立てるようになったのかもしれない。例えそれが優秀な海

(かい)先輩がいなければ行えさえしない仕事であるとしても、それでも任されたのだ、だれでもないこの私が。

 口元が自然と緩んでくるのを感じるのと同時、刺さる視線に気づいて先輩に顔を向ける。なんでしょうか、と口を開こうとした矢先、むにと胸を掴まれた。


「だわっ」

「にやにやしてんな、仕事だぞ」

「揉まないでくださいやめてください!おもちゃじゃないです、ぎゃっ、脇はくすぐったいです」

「……色気ねえな」

「ひ、ひい、もう、もう……」


 先輩の褐色の肌が離れていくのにほっとしつつ、その間にも私には大きいつなぎは腰から少しずり落ちていて、ぐっと持ち上げ袖を縛りなおす。先輩はわざわざ汚れた軍手を外すと、今度は撫でるためだけにその手を私の髪に置いてくれた。思わず目を丸くして見上げたけれど、その先に赤い機体があるのにどうしても顔は強張る。

 でも、私は先輩のサポートをしなくちゃならない。

 ネストにきてからずっと、ひよっこでダメダメだった私を支えてくれた先輩を、今度は支える番なんだ。そして、ずっとずっと私たちを守ってくれているパイロットさんに、少しずつでも恩返しをする番なんだ。


「いくぞレナ」


 名前が呼ばれた。その声はいつだって無気力で、でもどこか厳しそうで、厳しいもので。

 ありがとうございます。

 なんとか、私は口の中でそうつぶやいてから、先輩の隣に並んで進みだした。


 食われるかもしれない。

 殺されるかもしれない。

 相手は機械じゃない、思考を持った、生物なのだから。

 私はそれを、今日、そう、強く思わずにはいられなかった。






第四話 殲滅の火種






「なんだって俺たちこんなとこにいるんでしょうね」

「アライジアのお嬢さんの考えていることは、俺たちにはわからんよ」

「まあまあそう言わないであげましょうよ、少佐」

「大佐、あまり無駄口を叩く場ではありません」

「はーい、だまりますよ。中尉に怒られるのは苦手です」


 上司たちの談笑――と言うにはあまりにもこう、緊張感のある空気感がつらく、それでなくともアライジアのお嬢さんからのお呼び出しということで集まった官位持ちとしては、俺は黙らざるを得なかった。先程から机に突っ伏しているが、お咎めを受けることもなく十朱城とおすじょう大佐からへらへらと「少尉くんはお疲れなのかなあ?」と突っ込まれたくらいで済んでいる。そっと顔を上げ、目だけをテーブルに向ける。

 俺の隣に、唯一の女性官位持ちの医療部所属、高津戸たかつどみや中尉。ちなみにものすごく怖い。俺が無視されているのが不思議なくらいだ。その隣の席は現在外出中の御美川おみかわ達也たつや大尉のものだが、所在は誰も知らないという始末。で、怖い怖い早見はやみ哉太かなた少佐が続き、隣には巨漢でずっしり構える、そのナリで管制塔所属の永留栄一郎中佐。そして一番端っこには俺たちの大先輩でもって上司の十朱城とおすじょうれん大佐が並ぶ。

 この六人――いや、この場にいるのは五人だが、彼彼女らは一様にして、敵国であるアライジアの一種の姫君に呼び出された。話したいことがあるのだ、と。

 ああわかっているとも、むしろこの中で俺だけがやっと来ましたかと身構えているんだ。だって俺にはあのお嬢さん先に話しやがったんだ。いや、もしかしたら既に他のやつにも話しているのかもしれない。でも、だとしたらヴィオラに呼び出されたという時点で、あの姫君は売国奴だそうだ、と論争を始める奴らしかここにはいない。俺みたいにぼっちでああだこうだ悩むような人間じゃない。そして例え敵国の姫君が相手であろうともその呼びかけには応じる律儀な人間でもある。ってことは俺しか腹が痛い人間はいないってこった。初めから分かっていましたとも。

 さてしばらく暗闇の中で悩んでいると、ドアの開く音がした。足音はない。そっと顔を上げてみると車椅子に乗ったヴィオラがいた。


「わお、お嬢様。大丈夫ですか?とても出歩ける見た目じゃないですけど」

「お構いなく、十朱城大佐。まだ足の痺れが残っている程度です」


 はっきりと――彼女はどこまでも凛として首を振った。この静かさだ、彼女の持つ恐ろしさは。初対面であろう十朱城は目を丸くし、流されちゃった、と隣の永留の肩に手を置く。永留は全く反応しない。毛深い体つきのせいで目元さえまともに見えないが、このじいちゃん寝てんじゃねえだろうな。

 俺が目を向けると、ヴィオラはばちっと、まるで視線が本当に刺さったんじゃないかというくらいの瞬発力でこちらを向いて、また何かが変わったような雰囲気になって、ややはにかむ。嬉しそうに。いやいやなんでそんな顔するんだ。やめてくれほんとに。その様を見てまたも十朱城は軽く口を開く。


「少尉くんは、そうか。お嬢様を二回も助けてくれたんだったっけ」

「助けたっていうか、んー、いやまあ」

「はい、そうです。今回、皆さんにお伝えしたかった話も、彼には既に伝えたことなのですが、この場には席をおいてもらおうと思い、声をかけさせていただきました」


 会場がざわつく。何事だ、なんの話だ。俺に視線がぐさぐさと向いてくる。これもわかってましたとも、だから腹が痛かったんだ。俺は頬杖をつくふりをして指先で耳を塞ぐ。くもった聴覚の中でもヴィオラの声はつんざくような勢いで通り抜けてくるのだ。


「気軽な世間話とはいきません。手短な話ですが、簡単に切り上げられるものでもありません」

「ならばはっきりと言ってもらって構わないのですよ」


 促すように手のひらを向けたのは高津戸だ。高圧的な態度とも取れる言動に一気に空間に緊張が走り、俺もヴィオラに目を向けざるをえなくなった。

 なんとなく、彼女に同調するように、口を予想して動かして遊んでみる。このお嬢様なら、なんと言うだろうか。それがたった数回しかあっていないのにも関わらず、なぜかわかるような気がした。

 お嬢様が唇を開いた。


「わたしは、アライジアを売りに来たのです」


 きっと一言一句、音さえ違わぬ宣言。彼女らしかった。数人から息を呑む音が聞こえた。真っ先に立ち上がったのは早見だったが、それを制するのは十朱城が早かった。


「お嬢様さ、僕たちがそれを鵜呑みにすると思う?じゃあ買ってやろう、値切らせてくれってさ」

「そうとは思っておりません」

「じゃあ、お嬢様にもなんか考え合っての強行突破?」

「……」


 十朱城からの疑問符の連投に、ヴィオラは考えるように唇を紡いだ。まさかこのお嬢様、考えもなしに俺たちに己の身を売るような話を持ち出したというのか。席に着いた早見と高津戸がなにやら小声で話し出し、永留は相変わらず黙って腕を組んだまま微動だにしないし、俺と十朱城だけがお嬢様をまともに真っ向から捉えている。それでも、威嚇としては十二分なはずだった。

 だがこのお嬢様は、怖いものなど何もないかと言うような目で全員を見渡す。


「私は『地球型マナ』に会うためにここまでやってきました」

「それは、何が目的だ。諜報か?」

「いえ、私は一人で、自分の意思で動いています」

「ふうん……?『マナ』に接触して、内部から日本を壊そうというわけ?」

「いえ、戦争を止めるためです」

「……では、あなたの身はこちらで確保をしても、よいという話か」


 初めて口を開いた永留に場の全員の視線が一度向くが、ヴィオラが頷いたことによりその視線は困惑したようにあちらこちらへと投げられる。俺はというと、ヴィオラから顔を外せなかった。他の人間に助けを求める余裕も、そんなふうに仲の良い上官もここにはいやしないからだ。

 このお嬢様の目的が『マナ』であることはなんとなくわかっていた。だが接触してどうする。戦争を止めるだと?この一端の人間らしき女に何ができるのかわからなかったが、何もできるわけがないと笑う気は起きなかった。むしろ何かをしでかしてきそうな予感さえした。だって、このなんでもない俺の中にも他人とはどうしても違うところがあるのだから。


「まあ、君ほどの人質がいたらそりゃアライジアはちょっとは動くかもしんないけど。僕は戦争を止めるほどの価値があるとは思わないなあ」

「それは承知しています。ですから、アライジアに戦争を止めさせるのではなく、アライジアを破壊して戦争を止めるべきかと」

「……マジで言ってる?」

「あ、あんた、もしかして俺たちにアライジアをぶっ潰させるために来たってのか?」


 ざわめきが濃くなった。俺も思わず腰を浮かせ、ヴィオラに数センチだけ近づく。もし、もし彼女の言うことが本当に『それ』だというのなら、動くことになる、そして彼女が最も利用したがるのは俺のはずだ。日本はこの何十年も、あくまで防衛の立場をとっていた。それを崩すための、燃え上がらせるための油が自ら脚を持ってやってきてしまった。

 ヴィオラはまたしてもはっきりと頷いた。


「私は、『マナ』について多くを研究してきました。日本側に流せるものも」

「ちょっとちょっとお嬢様、あのね、僕たち簡単に信用はできないよ?なんだって母国じゃなくて僕たち側を動かそうとするかね。それで僕たちが返り討ちにあうことだって考えられない訳はないでしょ」

「……やはりまだ、信用には足りませんか」


 遮った十朱城の意見には、たぶんヴィオラ以外の人間は同意することだろう。なのにヴィオラは子供めいて眉を下げ、本当に困ったというような様子でまた悩みだした。ペースを崩されてばかりの俺たち側はたまったもんじゃない。俺はというと、もう帰りたいの一心だった。

 聞かなくても分かる、純正の『地球型マナ』を保有する日本が本気を出せばそりゃあ勝つも勝ってしまうだろうよ。それが分かっているから世界は取り繕って敵対心を見せてこない。偽物の友好関係を築いている。だがそれをしないのがアライジアだった。危険を承知していても、『地球外マナ』を入手しても、多額を技術につぎこんでも、日本を、『地球型マナ』を殺しに来た。

 また彼女は落ち着いて、告げる。


「私は――そうですね、では、こうしましょう」


 それをこの女が。アライジアの、にっくきアライジアのお嬢様が。どんな心持ちでやってきたか知らないけど、ズタボロになってまで海を超えてやってきて。今だってもしかしたらこの場で殺される可能性さえ無きにしも非ず、であろうに。


「私は、『アライジア製マナ』の爆薬庫に身を隠して日本までやってきました」

「……というと、まさか、先日の」

「はい、戦闘中に抜け出すのは困難で、怪我もしてしまいましたが。……爆薬庫は『マナ』の腿の裏に設計されているので、なんとか飛び降りても骨折程度で済んだのが奇跡だったものです」

「……」

「多少の信用には値しましたか?……では、本当に手短ですがこれで。もう戻らねば怒られる時間になってしまいます」


 俺は数日前の戦場を思い出した。あの、俺が、俺たちが殺そうとして殺されかかったあの黄色い機体にこいつが潜んでいたというのか?あの戦場に自ら身を置いたというのか?

 ヴィオラはそれだけを言うと、身を強ばらせた日本軍の官位持ちをなにやら満足したように見て、綺麗に微笑んでから頭を下げた。結局、車椅子がドアの外に出ていくまで誰も拳銃を取り出そうともしなかったし怒号を飛ばそうともしなかった。できなかった。

 俺は彼女の言葉を整理するので手一杯で、頬を引きつらせてさえいる上官たちを理解できずにいた。恐る恐る、まだ一番年の近い大先輩に伺うことにした。


「……えっと、大佐、つまりどういうことっすかね」

「……あのね少尉くん、簡潔に言うと彼女は本気で自分を売国奴にしたってことだよ」

「うん?」

「少尉くんは『アライジア製マナ』の機体をきれいに持ち帰ったことってある?」

「ないですけど」

「そりゃそうだ、この何十年で一回もない。『アライジア製マナ』は、たぶんこっちに情報を漏らさないようにだけど、どういう形であれ最後は爆散するように設計されている。何百年前の特攻隊だっていう話だ」


 ふん。つまりは?また問いかけようとした俺の口は、先に状況の演算を終えた自らの脳に静止させられた。理解した。


「だから僕たちは『アライジア製マナ』の情報は戦場で得るものしかない。……なのに彼女は、叩けば壊れる弱点を自ら教えたようなものだよ」


 ため息さえ深く交えて、十朱城はその綺麗な顔に嫌悪やら一種の嬉々やらがぐちゃぐちゃと混ざった色を浮かべた。美人が怒ると怖いって言うけどそんな感じだな。男だけど。なんとなく他の強面と本当の美人さんの顔を見渡すと、一様に苦い顔をしていた。

 たぶん俺は、まだ状況を理解できていない。

 俺はどうにも、ヴィオラという女自体を気にしてやまないからだ。

 あいつは、俺たちより、俺が知ってる誰より、強い。俺はそれにこの数日で何回もたたきのめされてきた。ぐるぐる渦巻く重い鉛は、嫉妬だとか苛立ちだとかそういう汚いもんだ。まだ子供の俺は、大人とちがってそういう内面のことばかりを気にしてしまう。

 あーあ、やだなあ。めんどくさいのがきた。これからどうすりゃいいんだろ。

 俺は腕を組んでのけぞって、ストレッチで気分を紛らわそうとした。


 その場に電子音が走った。


『少尉、中尉、少佐、中佐、大佐!聞こえますでしょうか、技術部より緊急の連絡があります!』


 耳にかかった無線が全員に起動。管制塔絡みとあってのっそりと、だが大きく動いた永留含め、全員が聴覚に集中。声の主は、俺の知らない管制塔の女のもの。それが、ひどく焦っているように聞こえた。


『『水星型マナ』の調査にあたっていた技術部のかい明間あすまが、『マナ』に吸収され、その、救出作業にあたっているのですが、現在重症に重ね意識不明となっています!』


 それを聞いて、本来なら軍努めの俺たちはどうこうするものではないのだろう。ひとつの情報として、そうかと脳内にとどめておくだけなのだろう。

 でも俺は違った。

 椅子を倒す勢いで立ち上がると、その場を置いてけぼりにして走り出した。咎められることもない。いつものことだと放り出されているのだろう、でもそのほうが俺には好都合だった。


 七年も一緒に闘ってきた『マナ』を、遠い存在には思えない。『人工マナ』にしか乗らない奴らにはそいつらはただの人殺しの機械なんだろうが、純正の『マナ』は機械なんかじゃなく血も流すし考え事だってする生き物だ。それをわからないやつらが俺は嫌いだった。わからないやつらがいるから、敵の、『俺たち』に近い『地球外マナ』の理解を間違っているやつもいるし、こんなことだって起きる。エゴかもしれないけど、エゴでいいから、こんな『マナ』のせいで誰かが傷つくようなことも嫌だった。


 俺が向かったのは、『地球型マナ』のいる倉庫だった。

 そこには、人影がふたりいた。どちらも顔見知りの女性だった。


「……なんであんたらがこんなとこに」


 車椅子の女性と、眼鏡の女性。ヴィオラと、確か、レナだ。ヴィオラの方は驚いた顔をしているが、レナの方は汗さえ滲んで歯が震えてかちかちと鳴っている。すると彼女は走り出して、よろけるような勢いで俺の手を掴んだ。


「せ、先輩が、先輩が大変なんです!」

「先輩って、あの海ってやつか?なんであんたがこんなとこにいるんだ」

「『地球外マナ』や人を治せるのは、『地球型マナ』じゃないと、ダメなんです、ダメです。だから、だ、だから、私なら、ここ、あけるパス、わかりますから、でも、パイロットの方が誰もいなくて。でも、この女の人が入らせてくれって言うから、それはダメで、でも、でも」

「わかったわかった、ちょっと落ち着けってば」


 全身が震えているレナの状況がわからないが、言うことはなんとなくわかった。


「俺もそう思ってここに来た。けど、ヴィオラはなんでこんなとこに?なんとなくわかるけどさ」


 レナの体を支えるように片腕に抱いてからヴィオラに目を向ける。緑の目はまっすぐこちらを見上げてきて、俺は気まずくなる。なんていうか、めちゃくちゃ俺こいつのこと苦手だなあ。羨ましいってかなんか、やだ。ぐうと歯噛みをしていると、お嬢様は閉まったままの扉に顔を向けた。


「あなたが来ると、思ったので」

「ははあ」

「彼女の話を聞くに、『地球外マナ』が暴走したのでしょう。それなら彼女が前述したように『地球型マナ』を操るためにあなたが来るかと」

「……やだなあもう、俺あんた苦手!勝手に動くし見透かすし!」


 淡々と話されることが全て突き刺さる。ぷつんときて素直に言ってやりながら、レナを連れて扉のそばまでくる。ついでに車椅子の背も押してやる。揺れた車体にヴィオラから小さく悲鳴が聞こえたが、俺は手早くレナに扉を開けるよう促す。レナはまだ落ち着かない様子ながら、やや震える指先で扉のパスを押していく。重々しく開いた扉は本来戦場に赴くときに通るもの。きっとこの全てが管制塔にまで伝わって、この場にいる三人はそれはそれは怖いお仕置きを受けることだろう。

 だが。


「おいあんた、レナ。そのー……先輩?は『水星型マナ』に食われたんだよな」

「は、はい。……下半身が、腕の断面に吸収されて。そのまま、今、どうなっているか」

「もういいよ、わかった。ヴィオラも見とけ。恋焦がれてた『マナ』を見せてやる」


 やはりこのお嬢様は俺の考えることを見透かすように、俺と一緒に進みだした。レナはわたわたとこけてしまいそうな足取りでついてくる。

 この大嫌いな戦争を終わらせられるというなら、俺は割とやる気だぞ。今やる気になった。気に食わないしまだよく知らないお嬢様だが、乗ってやろう。

 俺たちが近づくと、白い機体が薄く動いたような気がした。それに少し驚きつつも、お前も生き物だったな、と思うと普段の落ち着きが戻ってくる。こいつのことを考えると、こいつのそばにいると、なんとなく落ち着けるのだ。まるで友達といるように。そう思うと脳裏にへらへらしたとある青年の顔が浮かんで、自嘲気味に口元が緩んだ。

 行く覚悟の有無は関係なく巻き込んでやる。やるしかない。注がれた油の使いどきではなかろうとも、燃やしてやろうじゃないか。変えてやろうじゃないか。





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