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I・Reach・ON - IRON -  作者: 旦那
第一部 生まれ出ずるところ
12/14

第十二話 つわものの記憶



 ヴィオラ・マークエル・ハイネスについての情報は、あまりに限られている。

 ハイネス家は――その以前にアライジアは外交をほとんどせず、ほぼ完璧といえる情報管理のもとで成り立っており、外部に情報が流れることはないに等しい。そのため、外部に情報を流すような行為である『アライジア製マナ』の出撃においても、その機体から情報を奪われないよう、自爆の爆薬を潜ませていた。その機体が回収できたことのない日本は、きっと特攻のような、そういった仕組みがあるのではないのかという程度の予測はしていた。だが兵士の育成と地球外からの襲来、そして敵国への応戦に追われ、技術および工業面での成長を疎かにしすぎてしまったのだ。


「日本はあまりに甘すぎる」


 そのアライジアのお嬢様の口癖なのかなあ、と思うセリフは、自分たちに嫌というほど響いた。その通りだ。もっと抗体値についての研究や、『アライジア製マナ』への対処法に重点を置きながら行動すればいいのだ。

 だが、それができない。できない現状が、日本の今だった。


「レナ」

「は、はあい」


 調査機器に映る文字をなんとなく流し見ていたところで声をかけられ、焦って振り向く。いけない、集中しなくては。私の思考の渦中にいたお嬢様はそうであると全く知らないような顔をして、そんな綺麗な顔に油の汚れをつけて「『地球型マナ』の修復が終わったようです」と報告をしてくれた。


「あ、お疲れ様です!よかった、予定よりも早い修復でした」

「それでも数日はやはりかかるのですね」

「『地球型マナ』といってもやはり生物ですから」


 『マナ』の修復作業は、基本は栄養となる餌を与えること。『マナ』は雑食で、金属も、肉も、人間も食べる。それら全てを己の栄養にして、修復と生命活動にあてるのだ。自分たちはその最中に『マナ』に異変が起こらないかを観察しながら、より『マナ』が消化し栄養に変換しやすいような餌を与え続ける。そこに恐怖を、畏怖を、震えを覚えないわけじゃない。鮮明に、目前で見た光景が浮かぶ。だがそれを無視しようと努力をしてでも、先輩に追いつかねばならない立場にある。

 私の強ばった顔を見て、ヴィオラは瞬きを二度ほどゆっくり繰り返す。


「……大丈夫です、私も努力をします。やっと、『地球型マナ』のそばにいられるようになったのです。それに、海さんの分も働かなくてはならない」


 そうしてかけてくれた言葉は、激励だったのだろうか。

 ヴィオラ・マークエル・ハイネス。ハイネス家次期当主とも名高かったはずの時の人が、今目の前にいる。己の母国を滅ぼそうとして、その身一つで敵国にやってきた。その身にあるのは知識と、いまのところいくつかある疑問点。彼女が『地球型マナ』をわざわざ動かせようとする理由が、完全体だからというその程度の理由で済んでしまうものなのか。彼女は本当にスパイなどではないのか。自分の、母国を殺そうとするまでの何かが彼女にはあるのか。

 返す言葉を探す前に思考の中に意識を手放していたので、ぼうっとしてしまっていたのだろう。気づいたらヴィオラは私と同じようにしゃがみこんでいて、エメラルドのような瞳が思いのほか近くにあった。


「わっ」

「レナ、お疲れですか」

「い、いえ、少しぼうっとしてしまっただけです」

「そうですか」


 わざわざ腰を下ろすという労力を働かせてくれるということは、心配をしてくれているということで。

 何も知らない無知なお嬢様、という印象は全くなく、しかし親しみやすいかといったら、随所に現れる凛とした態度がそれを邪魔する。豊富な『マナ』の知識――具体的にこの最近で触れたのは『マナ』にどの程度触れていいのか、『マナ』の生命活動を安定させるための餌をやるタイミングなど、経験でしか詰めないような慣れ――も相まって、きっと、只者ではないのだろうと思う。なんとなく私は、海先輩と同じくらい、彼女が頼もしい。


「あ、ありがとうございます」


 でも、きっと、怖い人なわけじゃないんだと思う。優しくないわけでもないと思う。

 だって、私がこういったら、ヴィオラは、敵国のお嬢様は、こんなにも優しげに目を細めてくれる。







第十二話 つわものの記憶






 ぼんやりした景色が見える。夢か、夢だ。

 ぼんやりとして、曇って、それでも見えるのは幼い顔。人は記憶を客観的なものにかえて脳の中にしまってあるというが、見える子供は二人。俺と、それと。俺に並ぶ子供ということは、ああ、安司か。そう広くはない部屋の中で、よく見れば俺たち以外にも子供がこんもりといた。名前、まだ覚えている。七年たっても孤児院の仲間のことはよく覚えていた。くせっ毛の黒髪は嵐、その隣の最年長の少女はライラ、そして彼女に抱かれている弟がダンクだ。それから、それからと数えようとする前に安司の幼い声がする。


 そろそろ俺たちの番かなぁ!


 その声が楽しそうな色をしていたのをよく覚えている。こりゃ悪夢ではないな。だが、俺にとっては、もしかしたら今の安司にとっても悪夢なのかもしれない。楽しいくせに、明るいくせに、恐ろしい記憶。さあくるぞ、と思うと記憶の通りにお役所勤めの大人がやってきて扉を開ける。男はまっすぐに俺の方に向かってくると、鬼塚定清だな、と声をかけてくる。俺は素直にもうんうんと頷いてしまう。すると、ぐいと腕を引かれ立たされた。そして部屋の外へ向かおうとする。一人、たった俺一人を連れて。安司は。思わず振り向いた俺にまで伝わるほどの衝撃が大人からびくんと伝わってきて、俺はびっくりする。安司が大人に飛びついていた。


 定清をどこに連れて行くの。


 思いのほか必死な声だった。そんな声だったろうか。なんでここはあまり覚えていないんだろう。そんな俺と、記憶の中の焦りに焦った俺を置いて、男はネストだ、と一言呟く。幼い俺達でもそこが軍人という怖い人間が集まるところだというのを知っていた。俺はびっくりした。なんで、と聞く前に男が抗体値の適合があったのだと、特別な人間が見つかったのだと説明をしてくれて、でもそこは俺たちにはまだ難しくて、理解はすんなりできなかった。安司はというと始めからそんなことを理解をしようともしないで、男にすがりつく。


 危ないところでしょ。俺も連れて行けよ、定清一人なんていやだ。俺も行く。


 そのさまはやけに必死だった。あれ、これもか。これも、あまり覚えていない。あれかな、今の安司が俺にここまで必死になってくれるかってったらそうじゃないよなあ、なんて固定概念があるせいかな。多分そのせいだろう。すると男は片手に持っていた資料のようなものを見て、まあいい、多くて困ることはないと呟いて安司の背中を軽く叩いた。そのまま進みだすと、部屋の外に俺と安司が出たところで扉を閉めてしまう。追ってくるものは誰もいなかった。

 この時の俺は、怖いとは一切思っていなかった。それが、今思うと不思議でたまらない。

 しかし確かにこの日、俺と安司は、ネスト――日本防衛部に入隊することになった。

 その先で、俺はひどく、初めての孤独を味わうのだけれど。




 三十年の激戦の末、日本はある問題に至った。

 それは、人口不足。

 多くの親世代の人間が戦争で死んだ末、日本がやっとのことで防衛シェルターや『マナ』の解析にこぎつけたものの、それはもう遅れに遅れた結果。『マナ』に搭乗する、搭乗できるパイロットもそれらを管理する職員も、『マナ』の知識を持つ整備員も圧倒的に足りなかった。例え純正の『地球型マナ』を所持しているとしても、あまりに膨大すぎる敵国に太刀打ちできる確信は、可能性は低かった。

 だから手を出すことにした。

 戦争で親を亡くした子供に。

 国は役員を全国に配置し、調べ上げた孤児たちをそれぞれ選別した。

 その中に、運良く、七年を無事に守り通してしまうほどのパイロットがいた。それだけの話である。


 そしてこれは、何も、はじめての出来事ではない。

 親世代にあたる人間もまた、三十年前に親を失った人間が、同じ境遇にあったのだから。

 そうなのか、とどこかで納得するような感覚がする。

 遠いところで。

 それは、誰のだ?

 いや、そりゃあ、俺が感じてるんだから俺のことだろう。

 ――だから俺って、なんのことだ。





「起きたか」


 今度は起きるなり瀬尾ジュリオがそこにいると認識した。自分の息が荒いのに続いて気づいて深く呼吸をする。ふー、とひとつ最後に大きなものを吐き出しては目も覚めてきて、少し腰を浮かせるほど驚いていた体を柔らかい布に沈めた。


「……今何時でしょうか」

「もう午後の訓練も終えた」


 そう応えたジュリオは何やら腕の端末を操作して連絡をとっている。俺が目を覚ましたということについてだろうか。いや、確かにここ最近は意識をはっきりとさせているときのほうが少ないのだけれど、そういうのは看護師さんの仕事じゃなかろうか。先日数日ぶりに目を覚ましてからというものの、俺は昼夜を逆転するかのように、一日のほとんどを眠って過ごす生活をしていた。したくてしてるわけじゃない、そうなってしまったのだ。起きようと思っても変な夢ばかりを見るし――といってもやはり今思い出すと何を見ていたのかも一切浮かんでこない。でも確かになにかの景色は見たような、いや、堂々巡りになりそうだ――、起きたとしても眠っている間にチューブから液体状の栄養を送られているから食事もいらないし、というかまだ傷が言えないから飯も食えないしでやることがない。ので、結局寝る。筋肉がものすごい落ちている気しかしなかった。


「……よくない夢でも見たのか」


 端末から目を離したジュリオが俺に向かい直ってくる。まるで俺の脳みその中がそこらへんに映し出されているのか、と真顔で疑ってしまう。ジュリオは――というかなんでこいつがここにいるんだろう。看護師からあなたが寝ている間にたくさん人は来たのよと聞かされたが、俺が目を覚ましてからというものの会ったのはヴィオラお嬢様だけだ――きっと変な顔をしているであろう俺を見てため息を吐く。


「そりゃあ、あれほど苦しそうな顔をしていれば分かるぞ」

「……悪夢じゃなかったと思うんだけどなあ」

「どんな夢だった」

「んー、覚えてねえ」 

「なら悪夢だった可能性もあるだろう。ひどい顔だったぞ」


 今以上に。なんて冗談めいた呟きをくれるほど、どうしてこいつは俺に懐いているんだろう。寝てる間になんかあったっけ。一回食事をしたこっきりの付き合いだと俺は思うが、ジュリオからしたらそれよりも多い付き合いがあるのかもしれない。なんでも、ジュリオが一番長く見舞いに来てくれているとか聞いたし。


「……わかんねえ。夢の内容は、わかんないけど、なんか気持ちいい感じじゃないんだよなあ」


 あまりにも夢らしすぎる夢で、遠すぎて、不安になるくらいで。そんな感覚をなんと言葉にしていいかわからずにうーんと唸っていると、部屋の扉があいて、俺はぎょっとした。ずんずんと堂々たる足取りでこちらにやってくるのは、綾瀬一心だった。それはもう覇気のある表情をして、殺すような勢いでベッドに向かってくる。幸いにもその手には刃物もなにもなかったが、そういうこっちゃない。ちらりとジュリオに助けを請うように目線をやったが、彼はなんだかその行為が自然であるかのように流し見ているだけで。


「いっし、一心、ちょ」

「鬼塚」

「はい!」


 お前ジュリオと仲直りしたの、なんてとても聞く余裕はなく距離が詰められる。だん、と最後の一歩でキレイに両足を揃えて立ち、一心は俺の名を張った声で呼ぶ。反射的に姿勢を正してしまうのは軍人の本能か。それでも上体を起こしただけ、寝たっきりのこちらとしてはいささか気分は悪く立場も弱い。嫌な緊張感に鼓動が早まっていくのを感じつつも一心から目は逸らせなかった。こいつは綺麗な純真の黒い瞳をしている。不意に瞳が見えなくなった。かわり、童顔によくみあった丸い頭が勢いよく下がる。


「先日はすまなかった。俺の非だ。俺のせいでお前にこのような怪我を負わせてしまった」


 張り叫ぶようなはっきりとした謝罪だった。それでも病院であることを考慮してか声量はさほどなく、それなのに俺は驚かされて仕方なくなる。思わず身を少し引いて、すぐに真面目な綾瀬一心という男はその良心のせいで、言いたくもない奴にこんなことを言わされているのだと気持ち悪い気持ちが沸き起こる。


「いや、いいって。俺が勝手にしたことだし」

「あの時すぐにお前を助けていれば」

「お前がすることじゃないって」

「するべきことだったのだ、どんな感情を差し置いても」

「まあ、嫌なもんは嫌だろ。いいって、死ななかったんだし」

「どうしてお前はそうなのだ!!」


 そこは確定的な叫びだった。さすがのジュリオも丸い目になって一心を見上げていた。その一心はというといつかにも見た激怒の表情で、しかしその矛先の温度はやや異なっていて、こちらに向いてきている。と思うと、その手が俺の肩を思い切り掴む。痛みは、強くない。怪我に響くほどではない。だが両の肩を掴まれれば俺はもう動けなくなる。


「何もかも自分が悪いかのように言う、あの時だって、俺に怒鳴ればよかっただろう!働け、言う事を聞けと!」

「っ、いや」

「今だって俺を思い切り殴り飛ばせばいい、なぜそうしない!」

「……いや」


 真正面から、怒られることって、あったっけ。俺はどこか他人事に考えて、それから途端に胸筋の中の方が苦しくなる。首を横に必死に振ってしまう、拒絶が浮かんでくる。そうしなければと刷り込まれたものが浮かんでくる。拒絶のために手を触れることさえ疎い。

 このような怒号を俺は知らなかった。

 一心は俺の否定を見て、少しだけ手の力を抜く。


「……わかっているのだ、本当は、お前に聞かなくても。ずるいのはこちらだと、全てこちらのせいなのだと知っているのに、わざわざ聞かなくちゃあ理解したくないんだ」


 それからするりと手が離れていくと、その柔らかい勢いに調和した調子で言葉は続いた。俺はもうジュリオはどんな顔をしているだろうかとか、考える余裕はない。なんとか一心の言葉を理解しようと意識を集中した。ここで普段の俺なら、何を話されていようとも意識を別のことに向け、はぐらかすだろう。それが楽だったから。だがそれを一心は許さない。

 この綾瀬一心という男も『俺達』の同期だ。全国から集められた子供。俺たちの同年代の軍人が多いのは、国が孤児を集め、軍人に仕立て上げたからである。その中でも、俺と同じように抗体値が50にほど近いという理由でパイロットにさせられた人間の一人。そして、それを誰よりも誇りにし、誰よりも軍人らしく努めているのが綾瀬一心だった。


「俺はお前が嫌いだ。何をどうしたって、結局はお前が勝つ。俺では純正『マナ』をお前のように操れないし、乗ったとして、正直、恐怖がないわけではない。なぜあんなにもお前が拒絶もせず『地球型マナ』に乗るのかがわからない」


 一心の顔色を伺うならば、俺への恨みがそれはよく見える。だがそれだけじゃないな、と今の俺は思えた。なんだろう、ジュリオのおかげだろうか。俺からも、少し踏み入ってみようという勇気が、ほんのわずかに見えてくる。一心は何かを悲しむように、軽蔑するように、結果的に泣きそうな顔をしていた。


「……だが一番気に入らないのはお前の態度だ。そうさせたのは俺たちなのに、お前は誰よりも人に好かれるような優しい人間でいて、変わらない。変わろうとしない」

「……そうかね」

「そうだ。へらへらして、誰を嫌いとも言わず。俺が悪いとわかっていて言うぞ、お前のせいで俺たちは、俺は考えも改められん」

「言いたいことはなんとなくわかったよ」


 言葉とは裏腹にお前が悪いんだ、と押し付けあう子供の戯れと真逆の行動をしているな、と自覚すると妙に小っ恥ずかしくなってきた。慣れてないのだ。

 気味の悪い奴だ、とか、あんな奴に関わっていいことはないとかならよく言われたんだけど。優しいとか、いや、そうだろうか。わっかんねえなあ。かゆくなってきた頭をぼりぼりと掻いていると、一心はなにかカチンときたようでまた顔を不機嫌に染める。あれ、また間違えたかな。身構えていると、一心はすっと背筋を正した。


「鬼塚」

「はい」

「俺を殴れ」

「へ?いや、無理」

「無理じゃない!やれといっている!」

「無理だって!何言ってんだいきなり!」

「お前が俺を殴るまで俺はお前を一切信用しない!だからやれ!」

「馬鹿言うなよぉ、できねえってばあ!」


 いきなりものすごい剣幕で何を言い出すかと思ったら、強い力で手を掴まれた。俺はぎょっとする。なんかもう、泣きそうだった。わけがわからん。またジュリオを見ると、呆れを含ませた仕草で背後から一心を指す。

 頑固だろ。

 口の動きが読めてしまうと、途端になんだか、笑いたくなった。


「おい鬼塚、俺は本気だからな、笑って流そうとするな阿呆!」

「だーかーらー無理だって」


 ここまできた俺はもう夢のことはすっかり忘れていた。

 かわりに思い出した、一心とジュリオは仲直りしたのかという話題の提案を、いつしようか。俺は初めてまっすぐ純粋に暴言を投げてくれた相手を見上げ、今度こそぷっと思い切り笑ってしまった。


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