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I・Reach・ON - IRON -  作者: 旦那
第一部 生まれ出ずるところ
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第一話 鉄の意志



 おかしな感覚だ、という違和感に七年かかっても慣れそうにはない。自分の足ではないはずの重い金属の塊が地に着いた感触が、神経を伝って脳に流れ込む。爆風の衝撃を避けるために飛び上がっていたが、そこから降りた風圧で土埃が吹き飛んでいく。眼球を下に動かして脳に映り込んできた映像――景色を見ると、一気に胆汁のような苦いものが込み上がってきて喉を締め付けてきた。

 俺たち(・・・)の体の白色とは違う、外国のものだと主張する、黄色に塗られた機体のかけらがそこには落ちていた。金属の割れ目から、まるで人間みたいに赤い液体が溢れ出しているのが気味が悪い。そっちは人工の機械だろう、何もそんなところまで本物である俺たちの再現をしなくてもいいだろうに。


『お疲れ様、少尉さん。もう敵の反応もないし、帰ってきても大丈夫だよ』


 耳元の、外の体ではなく俺の耳元にある通信機から声がしたことにひどく安心した。

 『マナ』に乗っているとどこがどこまでが自分なのか、境界が溶け合うようによくわからなくなるから、はっきりと自分に届く感覚が脳みそを突いてくれるのは新鮮で喜ばしかった。

 俺のため息には確かな湿気があった。『マナ』は呼吸をしない。人間らしいそれに安心して自分の髪を掻くと、外の機体も同じようにガシャン、と腕を上げた音を聞いた。

 俺の意識と動きに従順な『マナ』がなんとなくおかしくなって笑いそうになったが、足元の金属の存在を思い出してすぐに集中した。意識を動かして、鉄の指でかけらを掴んだ。すると自分のすぐそばにある『俺じゃない別』の意識が、こう、あからさまな拒絶反応をする。なんというか、神経から嫌だと伝わってくる。これは違うのだと。だから俺は分かった、わかったよって金属を手放してやった。こうやって本当に俺たち(・・・)は近いところにあった。


「こりゃ今日も手ぶらだな。偽物しか出してこねえつもりなのかね」


 長い長い戦争の果ての産物。ただの鉄の塊をコツンと蹴飛ばして、俺たちは胸に靄を抱えたまま――抱えてるのは俺だけなんだろうけど――本部に帰ることにした。


 本日の戦果は人工物である『アライジア製マナ』二体。収穫は己の経験値のみ。だが、敵のパイロットは確かに『アライジア製マナ』の中にいたはずだった。

 アライジアから襲撃してくる『人工マナ』は、戦闘後にその姿を残すことはない。搭載した爆弾を起動させて、機体の形すらも止めないほどに爆ぜ散る。情報抹消のためだろうが、そんなものが今まで何十年間、何体も日本にやってきた。その数だけパイロットが死んでいった。殺したのは俺たちだろうって、いや本当にそうだろうか。なんで俺たちはあんな場所と戦い続けて、山ほど殺されて、かといって殺しにかかることもなく戦争を続けてきたのだろう。

 ああ俺は一体どうしたらいいんだ、お前、なあお前、意識とやらはあるんだろ。それでも言語はないのか。応えてくれと思ってもお前は曖昧な反応しか寄越すつもりはないのか。すぐそこにある意識に呼びかけても、反応はやはり無かった。


「……はぁい。鬼塚おにづか定清じょうせい、本部に帰還します」


 まあこいつが喋ってくれたとしていい予感もしないんだけど。

 今日だけで数えてももう何回めかわからないため息を吐いて、俺たちは我が家に帰るために飛び上がった。





 第一話 鉄の意志





 この俺たちが住む地球とやらは馬鹿みたいに長い年月をかけて、とある生命体を生み出した。そりゃあもう世界的に有名な話で、50年だかそこら前にまさにこの足元の土地で発掘された超巨大金属生命体は『マナ』だとか名付けられて、ちょうど自国でたまたま掘り出した日本のものになった。『マナ』――その構造はいわゆるロボットとほとんど同じらしいが、なんでも生命体っていうだけあって意識があって、拒絶反応はするわ暴走もする。今のところ搭乗者がいないと勝手に動くことはないらしいが、その搭乗者もとある適正があるやつしか乗れないということになっていた。

 だが一度動き出した『マナ』はとんでもねえ代物で、飛ぶわビームは撃つわバリアは張るわで、現代の兵器がてんで敵うもんじゃない。そりゃ誰だって欲しがった。だから戦争が起きた。

 『マナ』を求めて偽物の『マナ』を人造した各国の奴らは、『マナ』の所有権を奪おうと戦争に戦争を重ねた。日本は純正『マナ』を防衛目的でのみ使用するという妙な条件を自分たちで勝手に取り付け、他国の攻撃を鎮圧し続けてきた。謎の生命体に機械が敵うわけもなく、その戦争は日本の勝利――ではないにせよ、純正『マナ』は日本のものという事実が不動であり続けると各国のメディア及び評論家がなんとなく同じ波に乗ってきた頃が20年ほど前の話だ。

 驚くべきかそうでないかは人によるだろうが、地球の他の惑星でも『マナ』が産まれ、あろうことか地球に存在する純正『マナ』――これを『地球型マナ』と呼ぶようになったのもここのあたりからだ――を狙って日本を襲撃してきたのだ。その流れに乗って、また各国との戦争は激化しだした。

 ばっこんばっこん、各地大爆発の三つ巴戦争だ。そりゃ大変だ、さあどうする。それでも日本は頑として攻める姿勢は見せなかった。

 ――で、日本が置いた防衛支部にいるパイロットの一人が俺というわけだ。



 はー、とでっかい溜息をこぼすと、隣にいた藤堂安司とうどうあんじに苦笑で拾われた。


「溜息ばっかだなあ、幸せ逃げるよ?」

「その幸せについて考えてたんだよなあ……」

「定清ってたまにクサいよね」

「俺は真剣だよ!」


 彼は防衛支部の管制塔勤務の、俺の幼馴染だ。この支部に呼ばれてからというもの、こいつくらいしか軽口もたたける奴がいない人生を寂しいことに送ってきた。へらへらといっつも浮かべている笑顔は変わらないまま安司が毒を吐くのも俺だけだと思うし、そこのとこはお互い様なのだと思う。いい関係だ。

 うっすらと芝の生えた丘。そよ風の吹く『マリアの丘』。ここに俺は寝転がって、安司は体育座りをして昼休みを過ごすのが日課のようになっていた。丘を下った足元には、何年も立ち入り禁止の荒地がある。俺の、俺たちの相棒の『地球型マナ』が発掘された場所だ。

 ここにきたのももう七年も前の話になるのか。

 風がそよぐ。

 戦争の真っ只中だってのに呑気なもんだ。

 いやいやなんだって、戦争なんざするかねえ。

 小さく、ただの吐息に不服を混ぜて青空を見上げた。

 瞬間。

 青の中、遠く遠くに囁かな赤が煌く。目を見張る。瞬間その場に警報が、けたたましいベルが鳴り響いた。


『地球外マナの反応!鬼塚定清少尉、鬼塚少尉!出撃の要請!いい!?』


 耳元の無線から声がして、俺は弾かれるように飛び上がった。


「わーってるよ!『日本製マナ』の奴らの配備も頼んだぞ、マリ!」


 管制塔勤務の顔見知りの娘の甲高い声に反射して叫んだら、無線はどうも既に切れていたらしい。とっとと動けということか。最後にちらりと安司を横目に見ると、まったりした顔立ちがうすら笑みをたたえた。


「がんばってね、『少尉』さん」


 皮肉を含まれているのがありありだ。

 わーってるよ。

 小さく口だけを動かして、俺は機体のある整備場に走った。マリアの丘から整備場まで、そう遠くない。そう遠くないから俺はここにいるのだ。


 何故『少尉』なんぞという官位をいただいた俺が、俺だけが真っ先に純正『マナ』のパイロットに呼ばれるのか。もっと上のお偉い方はどうした、この素晴らしい生き物は今の所地球に一個しかいないのに。

 それはどうにも生まれつき地球様に与えられた能力が、俺のものが抜きん出てすごいっていう話らしい。

 『マナ』が拒絶反応をしない程度の体質。かといって、マナの意識に飲み込まれてしまうまでの低い抗体力でもない体質。

 『抗体値』と呼ばれる能力値がジャストで50%の珍しいんだか珍しくないんだか、どうにも珍しいらしい珍妙な体質。『マナ』に嫌われない、だけど好かれもしない体質。

 それが重宝される世界なんざ、どうかしてるに決まってた。





 戦場に降り立ったとき、既に二機の白い『日本製マナ』がライフルで応戦していた。ビームやバリアを張れない人工機械は重火器を手に戦う。その威力は、俺たちとは比べ物になるものではないことは目に見えている。二体を相手にしていた『地球外マナ』の様相は『俺たち』とは少し形が違って、まず槍のような物体を獲物にしていること、俺たちが角ばっている体をしているのに比べてその『地球外マナ』は少し尖ったような形が目立つこと。加えて地球のは真っ白だがどこかの星のは真っ赤な色をしていて、俺そっちのがいいなあって思ったら、右の指がびくりと勝手に動いた。拒絶反応かもしれない。なんとも難しい半分ずつの相性だ。

 ま、それはいいとして。俺は無線だというのに無駄に声を張って叫んだ。


「おいあんたら、現状は、なんかあったか!」


 飛ぶ二体の白い『日本製マナ』に声をかけたものの、銃を撃つ勢いはぴくりとも止まらない。『地球外マナ』が赤い槍のような物体を一体に向けて薙ぎ払うと、その一体は腕の装甲を斜め下に叩き落とすようにして撃墜。振動で赤い『マナ』の機体が止まるその隙にもう一体がライフルを放つ。あろうことか銃口の向かいに俺たちが位置するその場所でだ。


「っ、あぶねえな!」


 人工の銃弾にそう大した威力がないとわかっていても、慌てて俺たちは避けた。その拍子にはっとして、『地球外マナ』が逃げるであろう方向に先んじて集中型の細いビームを手のひらから飛ばすと、ちょうど飛び上がった赤い足の装甲に当たって欠けた。貴重な純正『マナ』の欠片がもったいない。いやそれよりもだな、おい待てさっきから完全に無視してくれるとはいい度胸だな。苛立ちをバネにすると俺のそばにある意識はよく反応してくれた。内部のブースターが爆発して赤い『地球外マナ』に急接近、その赤い頭が、『マナ』の生命源である頭が振り向いた直後に鉄の指が食い込んだ。槍の穂がこちらに向かう。それが俺たちに届くことはなかった。地上のふた方向からの射撃が『地球外マナ』の腕を叩き、隙が生まれた。

 俺たちは思い切り頭部を握りつぶす。硬い硬い金属を潰しただけのはずなのに、中からはまるで生き物のように――いや、生き物の証であることをありありと見せるように、赤い液体がごぷりと溢れ出た。槍が地面に重い音を立てて落ちた。俺たちが手を離すと、赤い生き物は比較的綺麗な体のまま槍の上に崩れ落ちた。

 うん、最速かもしれない。1対3ではこうも急所を狙いやすいのか。


「ふー、おつかれさん。」


 地面にゆっくりと着地し気持ちのいい溜息を吐くと、ようやく味方の一機から通信が入った。


『貴重な機体に傷をつけられては困るからな』


 この嫌に落ち着いた低音は瀬尾せおジュリオだ。仲間たちに嫌われている、と知ってはいるとはいえそっけない態度は心地がいいもんじゃない。そうですか、と肩をすくめてみせてばもちろん『マナ』にも伝わって、外の方でガシャ、と重く音がした。その鉄の手を見るとべっとりとした赤が付着していた。奇妙にも星が生んだ生命体は見た目こそ異質でも、内部は生物と何ら変わらないような構造をしているのだ。なんとも不思議で気持ちが悪い事実である。


「まあそんなところでいいよ。じゃあ、この『マナ』は回収していくか」


 パン、と平手に拳をぶつける動作をしてみせると『機体に傷が付いたら首を飛ばされるぞ』とジュリオのお小言が飛んでくる。まだ怒ってくれるだけいいやつだ、もうひとりは喋りもしてくれない。いつもこんなんだ。搭乗者が誰かもわかりゃしないまま戦が終わる。よくあることだった。

 そういうわけでくよくよするよりも先に、まだ管制塔にいるであろうマリや仕事に戻っているであろう安司に連絡を飛ばそうとしようか。

 耳元の無線に手を伸ばした。

 瞬間。

 ジュリオの低い悲鳴が無線に走った。


「ジュリオ?!」

『瀬尾、どうした!!』


 そこでもうひとりの搭乗者がジュリオとよくつるんでいる綾瀬一心あやせいっしんだとわかる。視界を下げると、赤い腕が槍を振るい、ジュリオの機体の脇腹を貫いていた。目を見張る。そんな、しんぞうを潰されただろうが、おまえはゴキブリかよ!まだ頭が潰れたことのない俺には『マナ』のことなどよくわからなかったが、それはこの場にいる誰もに言えることであった。誰もに異様と思わせる光景だった。それでも先に踏み出したのは俺。槍が横腹に突き刺さった機体の真逆の方向をめがけて蹴飛ばし、槍だけを残して二機から『地球外マナ』の体を引き剥がした。その別方向から不意に銃声がして反射的にバリアを張り跳ね返した俺たちも、ぐらりと揺れたジュリオの機体もそれを支えた一心の機体も目をある一点に向けた。そこいたのは、黄色の機体。


「なっ……」

『アライジア!』


 ジュリオの機体も黙ったままだが頭部を動かして黄色い『マナ』を睨んでいた。その脇腹からは赤い液体が溢れ出ている。白い機体だから余計に目立つ赤は人工の『マナ』といえども、まさに人間の血液のような役割をする重要な生命線だった。

 戦場で感覚が研ぎ澄まされているのか、相手が人造の『アライジア製マナ』であることがピリピリとしたあの拒絶感でわかる。『地球外マナ』の反応を見てこちらに飛んできたのだろうが、このタイミングで乱入してくるのか。

 思っているうちに黄色い機体はこちらにめがけて突進してくる。

 おまえ、馬鹿じゃないのか。今の見てただろ、こっちには負傷者がいるし、まだ『地球外マナ』が生きてるんだぞ。いやだからこそやって来たというのか、わざわざ、今。

 煮えた苛立ちに同調するようにブーストを爆ぜさせたはずなのに移動はかなわず、視界がぐらついただけだった。弾かれるようにして見下ろす。足元に這いずって来た赤い腕が俺たちの足を掴んでいた。思い切り足を振るが離れない。得物はジュリオの機体に刺さったままで手ぶらだがこいつは純正だ、未知だ。俺たちがバリアやビームなどといったことができるのだから、敵とはいえ同様。何をしでかすかわからない。その間にも黄色い機体は接近。今度踏み出したのは一心の機体だ。機体の右腕を刃の形状に展開させ、真正面から『アライジア製マナ』の機体にぶつかる。黄色いそれは銃で刃を受けた。金属音が嫌な衝撃波になる。俺たちはその隙に足元の腕に殺意を投げると『地球外マナ』がどくりと鼓動したような気がした。痙攣のように震えた赤い腕を自由な片足で踏み砕いたが、あとで上部のやつらにせっかくの貴重なからだを、もったいないだとかお小言を喰らいそうだ。知ったことではないけども。その間にも俺たちめがけ飛んでくる弾丸からするに、アライジアの目的は『地球外マナ』もだが俺たちでもあるのだろう。一石二鳥ってか、ふざけんな。

 ジュリオの機体の肩を支え、槍を思い切り引き抜く。通信を切る余裕はなかったのであろう、ジュリオの悲鳴がはっきり電波を介して聞こえてきた。


「俺たちじゃ応急処置しかできねえ、悪い」


 その機体の頭部に、パイロットが乗る心臓に鉄の手を添えると、あとは小さく念じれば金属が肉体に親しみをもって近づく。純正の『マナ』は鉄は直せないが肉体細胞なら多少は治せる。『マナ』と神経と肉体を繋げたパイロットは『マナ』と同様に傷つくが、何も人工の『マナ』でもそこまで再現せにゃならんのかね、と俺は思っていた。なんでもそのほうが効率的で、やはり地球が生んだシステムは素晴らしいからねとかそういや誰かが言ってたような気がする。

 よろめいた機体の肩を軽く叩いて飛び出せば、無線の先から舌打ちが聞こえた。慣れっこだから、残念だが気にしてやらねえよ。気付いたら一心の機体のブレードが折れていた。これだから普通の金属は信用できねえ。俺たちを見るなり『アライジア製マナ』は一気に標準を変え、銃をしまい一心の機体をすり抜けこちらに向かって来た。反射神経でも備わっているかのように白い純正『マナ』は勝手に薄桃色のバリアを身の前に張る――いや、俺が勝手に張ったのかもしれないけど、どちらが行ったことなのかはもはやわからない――。俺たちが『アライジア製マナ』を引き付けるうちに『日本製マナ』が銃を握る黄色い左腕を真正面から、同じ左腕で体をひねる勢いで掴んだ。おお、バキバキ嫌な音がした。ぐらついた機体とずれた銃口をいいことに、俺たちは鉄の手のひら全体から刀状にビームを伸ばす。日本には二兎を追う者は一兎をも得ず、ってことわざが日本にはあるんだよ、残念だったな。このまま全身を、たたっ斬る、そう決めた。


 だが不意に、銃口を見下ろしたのはどうしてだろう。運命だったかもしれない。

 人工『マナ』は生命体じゃない。機械だ。爆発もするし、その破片は純正『マナ』以外を傷つけてしまうだろう。

 その銃口の先に、小さな影を見た。

 人間の体があった。

 こんな戦場の荒野に。

 人間が。


 なぜ、と思う前に手刀を解除し、右足を蹴り上げる。足は『アライジア製マナ』の体にめり込んだ。変なねじれ方をした黄色の機体から火の粉が散った。その勢いに乗せて、銃を弾き飛ばした俺たちは背中を向け四つん這いになるようにかがみ込む。無線の先から何やら怒号が聞こえたような気がしたが、瞬間の爆音にかき消されて無線が途切れた。





 砂埃が晴れるまでに一分は経った。

 『マナ』越しの視界に人影の姿をとらえた。人影はいつからか横たわっていた。先程からの戦闘からいたのか、細かな金属片の散った大地に、『マナ』よりも随分小さな体に比例して少量の血液を体中から流して、瞼を落として倒れていた。いや、少量に見えるのは俺が今『俺たち』になっているからだ。彼女は、彼女だった。女だ。溢れんばかりの長い金髪の、綺麗な、俺たちみたいな白い衣装をまとった女だった。

 俺たちはそっと両手を使ってで彼女の身体を手のひらの上に乗せた。どくん、と鉄の肌の上から鼓動が聞こえる。生きている。


『――い、おい!やっとつながった。おいお前、鬼塚!敵に背中を向けるなど何をしている!』


 ブツブツ、と嫌な音から無線が修正され、一心の声が聞こえた。振り向けば機体は停止して、頭部のコックピットから一心の姿が見えた。いやいや、帰還するまでに生身出しちゃう方が危険だろうて。

 俺たちは手のひらの上で少女を回復させながら、だがそれと同じ以上の速度で彼女の生命活動が停止に向かっていることを悟った。この日本の土地に似合わねえ姿をしたやつだが、敵なら敵で捕虜にもできる。でもこいつはとてもじゃないが軍人にも見えねえ細っこい女だった。


「怪我人を確保した。なんか、どーにも逃げてなかったらしい。早くしねえと死んじまいそうだ、弱ってら」


 管制塔まで全体に通信を飛ばせば、先からどよめきが聴こえてくる。


『……お疲れ様。その怪我人を、じゃあ運んでもらえるかしら。綾瀬は帰還して機体の整備に入って。瀬尾はそこに残ってて、すぐに手配をすませて回収をかけるから』

「へいよ。マリ様の言うとおり」


 立ち上がって、なるだけ振動を与えないよう静かなブーストをかけて飛び上がれば、一心はもう機体の中に戻っていた。俺よりも激しくエンジンをかけると、先に飛んでいってしまった。おいおいこっちにゃ怪我人がいるんだぞってのに。残ったジュリオを振り向けば、彼はやはり性格なのか律儀に言葉を返してくれる。


『……俺はいい、早く帰ってやれ』

「ほーい、全く、『マナ』の警報がでたらシェルターに入れってのに。ここのシェルターも多いのになあ、迷惑なもんだぜ」

『早くいけ』

「はいはい、あんたも怪我ちゃんと治せよ」


 両手は離せないので首を振って見せてから、俺たちは本部に向かって飛び始めた。最後に困ったような息が聞こえた気がする。ジュリオもジュリオの機体の怪我も、治るのには時間が少しかかるだろう。





 青い空の中で、俺は手のひらの上の娘をもう一度見た。

 治癒は続けている。だが、それも限界がある。純正『マナ』も生命だ、すべての活動に限度がある。生命なのだ。生きているのだ。これは俺じゃない、『俺たち』だ。俺はそれを、よくわかっていた。『抗体値』が49の奴に比べて『マナ』は暴走することもないし、51の奴に比べて『マナ』が嫌だと拒絶することもない。俺たちはどっこいどっこいの存在だ。だが俺でいいのかね、お前、おれよりもっとすげえじゃん。俺のどこに半分の要素があるのかほとほと理解できなかった。

 脳内で語りかけても『マナ』は言葉を持たない。

 でもこいつはすげえんだ。

 だから、戦争なんかが起こるんだ。

 こんなふうに、傷つくやつが出ちまうんだ。

 俺の心臓が重く動いたとき、『マナ』もなんとなく、重くなったような気がした。気づいてブーストの力を上げたが、手のひらの上の女が反応することも、まだなかった。




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