土を掘るもの
“私”と“あいつ”は九歳だった、晩夏の、早朝だった。“私”と“あいつ”は虫取りをした後の帰り道の途中だった。様々な緑色の草が生い茂る中、五枚の青紫の花弁をつけた花が一輪、真っ直ぐに伸びた細い茎の上に咲いていた。
“私”と“あいつ”はその花に駆け寄った。そして、その花の前にしゃがみ、上から、下から、左から、右から、その他のあらゆる角度から見た。“私”が、初めて花を綺麗だと思った瞬間だった。しばらく見とれていたが、“私”はその花を持って帰りたいという衝動に駆られた。“あいつ”は花の周りに咲いている草を掻き分け、土を掘った。花を根っこから取ろうとしていた。しばらくの間、土を掘り進むと、カブトムシの幼虫かと思うものが出てきた。それを捕獲しようと掴んでみると、“私”は異常な冷たさを感じた。
“あいつ”がつかんだものは、人の指だったのだ。
“私”と“あいつ”はその場から動けなかった。逃げ出したいと思った。しかし、一方で、どんな人が埋まっているのかとも思った。“あいつ”は、さらに土を掘り返していった。そして、“私”は、それが少女であることを確認した。
その日、“私”と“あいつ”は警察で聴取を受けた。だが、“私”は漆黒の暗闇の中で、ひたすら沈黙していたので“あいつ”も同じく黙っていた。
“私”と“あいつ”は、あの時と同じ体験をした。凛とした、あの花を見つけ、“あいつ”は土を掘り返した。また、あの時のように、綺麗な少女が埋まっていた。“私”と“あいつ”は警察に連絡した。そして、第一発見者として事情聴取を受けた。聴取は、九歳の頃とは違った。
三時間後、“私”と“あいつ”は警察に拘束された。そして、何年も収容された。また、多くの人から憎まれてもいるようだった。
“私”は“私”や“あいつ”が何をしたのか分からない。“私”はいつも暗闇の液体の中に浮き、微弱な電気を流し、その電気信号を受け取った“あいつ”が勝手に動くのだ。
はっきりしたものはないのだが、あの時、“私”はいつもと違う信号を発したかもしれない。その時、“あいつ”は少女を抱きしめた。力いっぱい。そして、彼女は動かなくなった。“あいつ”は、しばらくすると少女を車で運び、あの花の下に埋めていた。翌朝、“あいつ”は現場に戻り、土を掘り返し、電話をした。
“私”は何も悪くない。“私”は“あいつ”がいなければ、動くこともできない。あの花にも、土にも、少女にも触れることができない。“私”は言葉を知っているが、“あいつ”がいなくては、話すことも、書くこともできないのだ。
“あいつ”はもういない。私から離れてしまった。“あいつ”を救おうとしていた人々は“あいつ”は悪くないと主張した。そして、悪いのは“私”だというのだ。“私”に欠陥があるから、“あいつ”がおかしくなったのだと。
“あいつ”がいなくなり、切り離され、“私”は、もう何年もこの水槽の中にいる。時折、誰かが“私”をいじくり回している。“私”を一体、どうするつもりなのだ。“私”には“あいつ”が必要だ。“あいつ”でなくてもいい。“あいつ”の代わりになって、“私”のことを理解し、動き、話せるものが欲しい。
“私”は悪くない。“私”は、ただ漆黒の闇にある液体の中に浮き、電気信号を発しているだけだ。“私”に欠陥があるとしても、それは“私”のせいではない。生き残りをかけて生物が進化する中で、適応できない個体がいるように、進化や発達の過程において、全ての個体にミスは起こりうるものだ。いや、完全に適応している個体などないのだ。今回のミスが、今のお前たちの世界で受け入れられないかどうかなど、“私”の知ったことではない。もし“私”が悪いのならば、お前たちは“あいつ”を追いやったことはどうなるのだ?
水槽の前にいるお前たちよ。“私”はまだ生きている。“私”には“あいつ”の代わりが必要だ。早く代わりをよこせ。退屈で仕方がない。