Everlasting Memory
「私さ……自分が思っているよりもずっとずっと多くの人に支えられてて、手を伸ばしてもらえてて幸せだったことにやっと気づけたんだ」
卒業をテーマに、一人ぼっちの「私」が大切なことに気づくことができた理想の物語です。少々くどいような文章になってしまいましたがよろしくお願いします。
最近投稿が遅れ気味なので頑張っていきたいです
誰もいない教室で私は一人、時間が止まったかのようにずっと虚空を見つめていた。外からは生徒の笑い声や泣き声が聞こえてくる。私はそれを聞きながら自分が使っていた椅子に座り机に突っ伏していると終わったんだという思いがこみ上げてくる。あっという間の3年間だった。
高校や家でたくさん嫌な出来事があって、何度もどこか遠くへ逃げ出したいと思っていたら、いつの間にか卒業の時がやってきていた。来週からはずっと楽しみにしていた都会での一人暮らし。私は正しい方法でつらい場所から逃げ出すことに成功したのだ。
この席で私は授業を聞いたり、こっそり別なことをしたり高校生らしい生活を送っていたと思う。ただ、心残りがあるとしたら……。
「あ、優花こんなところにいた」
「絵美は最後の最後に忘れ物でもした?」
教室に入ってきたのは私と3年間ずっと同じクラスだった親友の絵美だった。彼女は女子からも男子からも人気があるから、てっきり今頃みんなに写真をせがまれて大忙しだと思っていたのに。
「そうよ。そこに大きな忘れ物」
「あと机と椅子しかないけど?もしかして、思い出とか言って持ち帰るつもりじゃ……」
言い切る前に彼女の手刀が私の頭に振り下ろされた。私が変なことを言う度にしてきた彼女の得意技だ。地味に痛い。
「馬鹿なこと言ってないで早く行くよ?私の親友が過去を引きずっていつまでも外に出ようとしないんだもん。私が引っ張ってやるしかないじゃない」
そんなかっこいい台詞を照れもせずに私を真っ直ぐ見つめて言うから、思わず顔を伏せてしまった。そういうのは男の子に言ったほうがいいのに。いや、男の子が言うべき言葉なのかもしれないが、今はどちらでもいい。
私が動くそぶりを見せないのを見て、彼女は溜め息をついて私の1つ前の席に体を私の方に向けて座った。いつもの光景だ。休み時間はいつもこうして話していた。私だけの特等席で彼女の綺麗な顔を見ていた。なんてことを言ったらまた叩かれそうだから言わないけど。
「あんたさ、いっつもそこの席でつらそうな笑顔を私に向けてたよね」
「つらそうな笑顔ってそれ矛盾してない?」
絵美の言いたいことは分かっていたけれど、なんとなく誤魔化そうとしてみた。
「つらいくせに笑顔の仮面を顔に貼りつけてることよ」
3年間の付き合いにこんな誤魔化しが通じるわけがなかった。図星で言い返すことができない私は微笑んで顔に出さないことで精一杯だ。数分の沈黙に耐えられなくなった絵美は溜め息をついて机に突っ伏した。私は外から聞こえてくるみんなの楽しそうな声に耳を傾ける。
「ねえ、なんでずっとそんなんだったの?」
「そんなんってどういうこと?」
これももちろん小さな抵抗。何を聞いているのかなんてすぐに分かった。話したくなかったわけでもない。ただの子どもの試し行動みたいなものだ。
絵美は右腕をゆっくりと上げ、また叩くと思いきや私の頭をくしゃくしゃと撫でた。もうすぐで大学生になるというのに、恥ずかしさよりも心地良さの方が上回っていて私は黙ってしばらく撫でられていた。
「この恥ずかしがり屋め」
「それは言わない約束でしょ」
「そんな約束した覚えないし。つらいならつらいって言いなよ。私はちゃんとここにいるんだからさ」
「……うん」
優しい言葉に視界がぼやけてきて、目から何かが流れてくるのを必死に堪えた。また馬鹿にされちゃう。本当に泣き虫だねって。
涙は静かに私の頬を流れていく。再び思い出される3年間の思い出。周りと距離を置いていた私と仲良くしてくれたみんな。そして、これ以上距離を置かないように手を引っ張っていてくれた絵美。つらいことも苦しいこともたくさんあったけれど、同じくらい楽しいことだってあった。だから私は嬉しい涙を流しているんだ。心では笑っていられるんだ。
窓から見える卒業生たち。みんなやりきった顔をして、別れを惜しむ顔をして、未来に進む顔をして、それぞれの道を歩いていく。その先に何が待っているのか全く分からないというのに。
「あのさ優花。私、あんたが思ってるより強くないんだよね」
「……突然どうしたの」
「私の想像が間違ってなければ、あんたは周りの人間はみんな強くて前に進めてると思ってない?」
たしかにそう思っている。みんな強くて、立派で私なんかとは全然違うって。
「私だって泣く時は泣くし、つらい時はつらいよ。でも、それをちゃんと誰かに伝えるし誰かが側にいてくれるからこうしていられるわけ」
誰かってあんたのことよと言うかのように彼女は私にウィンクをした。だからそれは男子にしてあげればいいのに。
「それにね、誰だって未来のことなんて分からない。どうなるかなんて一切分からない。だったら楽しいことを、幸せなことを願った方がいいと思わない?」
「想像したところで現実は変わらないのに」
「気持ち次第で変わることだってあるわよ。そんな辛気臭い顔してたら得られるはずの幸せも取り逃すよ」
絵美は手刀の代わりにデコピンをくらわせてきた。地味に痛い。そんなに痛いわけではなかったのに私の頬には再び涙が流れていた。何でと思ったがもう遅い。私の意思に反して涙は流れる一方だった。それを彼女には見られたくなくて俯いていると、絵美はそっと近づいて私を優しく抱きしめた。優しくて、温かくて私は声をあげて泣いた。今までの苦しみを吐き出すように、外の声に混ざって私は泣き続けた。
呼吸がいつものペースに戻り、ちゃんと話せるようになった頃には絵美の制服は私の涙と力強く握っていたせいでぐしゃぐしゃになっていた。
「あっ、絵美ごめん……!」
「あんたが抱えてたもの吐き出せたなら安いもんよ。もう大丈夫?」
私は黙って頷いた。心に溜まっていた汚れは洗い流すことが出来たような気がするけど、私の根底にあるものは消えなかった。ここに絵美とずっといたかったけれどそういうわけにもいかない。私は彼女の手を引き、教室の外に突き飛ばした。
「優花……?」
「私はもう大丈夫だからみんなのところに行って」
もちろん嘘に決まっている。でも、教室から出るのが怖かったから。大人になるのが怖い。でも、みんなは私と違って前に進んでいく。私の時間は止まったままで。どうしようもない、やり場のない感情が心の奥底に溜まっていく。どうすればいいのか分からなくなって、私はその場にうずくまるしかなかった。こうしていれば彼女は呆れて私のことを諦めて行ってくれるだろう。それでいいんだ。私はずっとここに一人でいれば……。
じっとしていると階段の方から大きな足音が聞こえてきた。こんな時に校内を走り回る人は普通に考えたらいないと思うが、どこの誰だというのだろう。
その人たちは私たちの教室の前で立ち止まったから、私は顔をあげてみるとクラスメートたちだった。息を荒げているけれど表情は最高の笑顔だ。
「あんたたちこんなところで何やってんのさ!」
「みんなで写真撮ろうって時にいなくなっちゃ駄目じゃん。高校最後の記念はしっかりしなきゃ」
たしかにこれでみんなと会うのは最後になるかもしれない。同窓会とかで会えるかもしれないけれど、高校生として全員揃うのはこれが最後。だから、絵美はみんなの元に行かないといけない。クラスの人気者がみんなのところに行かないなんておかしいから。
「優花も何やってるの?ほら、一緒に行くよ?」
「私も……?」
「当ったり前じゃん。クラスみんなって言ってるのになんで優花だけ抜きなんて話になるのさ。わけ分かんないでしょ」
あまり関わったことのない子からこんなことを言われるなんて思ってもいなかった。私なんていてもいなくても変わらない。ずっとそう思っていたのに。
「優花ちゃん、写真に写るの苦手っぽいけど今日くらいは写ってもらわなきゃ。絶対逃がさないんだからね?」
この子も私がクラス写真の時とかにこっそり逃げていたことを知っていた。ちゃんと私のことを見てくれていた。壁を作っていたのは私だけだったんだ……。
「先行ってるからねー!」
「2人仲良くちゃんと来るんだぞ?」
先行くクラスメートたちの姿が見えなくなると、何度目か分からない涙が零れ落ちていく。
「優花、あんただって一人じゃないんだよ。みんなちゃんといるんだからさ」
「私さ……自分が思っているよりもずっとずっと多くの人に支えられてて、手を伸ばしてもらえてて幸せだったことにやっと気づけたんだ。でも、それに気づくのがちょっと遅かったよ……」
「大丈夫だよ。また会った時に笑って楽しく話せばいいの。だから、次の場所では同じ間違いはしないようにね」
「……うん」
彼女が差し出した手を握り、私たちはみんなの元へ走り出した。残り少ないこの時間を、みんなで笑っていたいと心から思えたから。
ちゃんとみんなと笑えるように、ちゃんと助けてが言えるように、次の場所では頑張ってみようと思う。だから、みんなにはありがとうを伝えたい。こんな私を見ていてくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。手を差し伸べてくれてありがとう。最悪だと思ってたこの3年間を、最後の最後だけど最高だって気づくことができたよ。
この記憶が永久に続きますように。