1 証言録
本日2話目です。
【証言一人目】 五十根一樹 桜崎大学 芸術学部美術科一年
『消えてしまいそうだ』……それが彼女と出会った時の最初の言葉だった。
それはまだ夏の暑さが残る九月の半ば頃。
その日は、中等部から学園祭のために見学者が来ると聞いていたけど、僕は学内に幾つかあるアトリエの一つで、いつものように絵の課題を仕上げていた。
ほんの半年前まで小学生だったから仕方ないけど、中等部一年生達は騒がしくて、僕は苛立って思わず振り返ってしまった。
今思えば、思った色が出なくて少し苛立っていたんだろうね……。
けれど、そんな思いで振り返った僕は、一瞬で目を奪われた。
僕は彼らの中に『彼女』を見つけてしまった。
まだ子供にしか見えない同級生達の中で、彼女の存在は、稚拙な絵画に後から加えられた天才の筆の如く、その場の光景から切り離されたように浮いていた。
淡く儚げな琥珀色の瞳。
陽の光に溶けてしまいそうな、細く真っ直ぐな黒髪。
夏も過ぎたばかりだというのに、驚くほど白い肌。
そして……
ほのかに香る…甘い花の香り。
たぶん僕は見蕩れていたのだろう。絵の指導をしてくれていた先輩が、不思議そうな顔をしていたから。
急に恥ずかしくなって絵を描く作業に戻ってはみたけど、それに集中することは出来なかった。
まるで幻のように儚い女の子。
不安になって僕がそっと振り返ると、彼女は消えたりせずに……ずっと近くで僕の絵を見つめていた。
僕の視線に気付いた彼女は、少しだけ恥ずかしそうに微かな笑みを見せて……、その微笑みに僕は初めて、『人物画』を描いてみたい。……そう思った。
それが僕と彼女……御崎小花との出会いだった。
【証言二人目】 小室美夏 桜崎大学附属中学校 一年四組
初めて出会った時は凄くビックリしました。
小花ちゃんと出会ったのは、小学校四年生の時です。
私は転校生で、春の新学期に合わせて引っ越ししてきたんですけど、教室に初日からずっと空いている席があったんですよ。
先生が病気で入院している子がいるって言ってたんですけど、その時の私は、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。
内心、病気でもいいから学校休めて羨ましいとか、馬鹿なことを考えてた。
ねぇねぇ、私の髪って何色に見えます?
お祖母ちゃんが英国の人で、私ってクォーターなんですよ。
今はそうでもないけど、転校した当時はもっと栗色で、……まぁぶっちゃけますと、クラスの女子から苛められていたんですよ、あははー。
そんな日々が二ヶ月ほど続いたある日、嫌々学校に行くと、なんと空いていた席に女の子が座っているではありませんかっ。
もぉ…ビックリしたなぁ……。雰囲気というか空気というか、…その女の子があまりにも綺麗で……。
思わずボケっとアホ面で眺めていた私に、小花ちゃんは笑って挨拶をしてくれた。
それから何度も話すうちに凄く仲良くなって、三年経った今でも、小花ちゃんは私の一番の親友ですっ。
【証言三人目】 司薫子 桜崎大学 芸術学部美術科三年
小花ちゃん…? ああ、確かに驚いたわ。
うちの学校のアトリエはね、学年関係無しに勝手に絵を描きに来るから、油絵とかの匂いがこもるんで窓はだいたい開いているのよ。
当然のようにエアコンも止められているんで、夏場なんて講師の人も滅多に来ないから、私が高等部時代の美術部の後輩連中に教えていたんだけど、その時は驚いたなぁ。
何がって? そりゃあ女子中学生に見蕩れていた一樹君によ(笑)。
まぁ、かなり雰囲気の良い女の子だったから、気持ちは分からんでもない。
うちの学校ってさ、中等部と高等部は、女子の制服がちょっと変わっているのよ。
腰の両脇から出た布を腰の後ろでリボン状に結ぶ、ワンピースタイプのセーラー服なんだけど、可愛いのは見た目だけで、着るのも脱ぐのも面倒くさいし、だぼッと着れば野暮ったいし、きちっと着ればスタイルもろバレの本当に扱いにくい制服なのよ。
……見た目は可愛いんだけど。
それでも高等部になると丈を短くしたり色々考えるんだけど、中等部だと上の学年が怖いから、だいたい規定通りの丈なのよね。
でも小花ちゃんのセーラー服は、丈が手直しされていない長いまんま。
ほら、うちの学校って半端にカトリック色入れて、学内に教会とかあるじゃない? 小花ちゃんの長いスカートはまるでシスターみたいに見えるのよ。
あと何年かしたら、あの子は後輩の女の子から手紙とか貰うようになるよ、絶対。
【証言四人目】 シスターエレナ 桜崎学内教会責任者 ロシア人宣教師
御崎さんですか? はい、存じていますよ。
中等部の女生徒さん達にはお手伝いに来ていただけることになっていますので、半年もあれば一年生の顔と名前くらいは……
……すみません、嘘です。
でもまだ全員は覚えていませんが、彼女は目立つので良く覚えていますよ。
目立つと言っても、素行が悪いとか、クラスの中心的人物だとか、そんな感じではありませんね。
彼女が歌う賛美歌はとても綺麗で皆感心していますし、どちらかと言えば大人しくて物静かなお嬢さんですわ。
言い方は良くないのですが雰囲気に酔っているような他の生徒さん達とは違い、彼女の態度や仕草には真摯なものを感じます。
例えれば、騒がしい天使達を優しく見守る聖母のような……
……すみません、大袈裟に言ってみました。
けれども一つだけ……、御崎さんが神様に祈り言葉を捧げる時、彼女はほんの少しだけ眉を顰めるのです。
何か辛いことでもあったのでしょうか……。