10 告白 ②
□小花 11:50
「こっはなちゃ~ん、おっべんと、たっべよ~~~」
授業が終わって昼休みになると同時に、美夏ちゃんが私の席に駆け込んできた。
その勢いに前の席の男子が慌てて避難すると、そこに滑り込んだ美夏ちゃんは、私のお弁当を開けて中身を確認する。
「ちゃんと、おばさまが作ったお弁当だな…。食って良しっ」
「……え? どっかの軍隊ごっこ…?」
私の笑みが若干引きつると、美夏ちゃんは左右で結んだ栗色がかった髪を、ぶんぶんと横に振る。
「だってぇ…小花ちゃん、最近たまに、お弁当持ってどっかに行っちゃうんだもん…。それも、小花ちゃんの『手作りお弁当』の日は特にっ!」
どうしてか『手作りお弁当』の部分で、周囲の男子たちが一瞬私を見たんだけど、そんな視線をお箸に刺した肉団子を振って追い払い、美夏ちゃんはそれをマイクのように私に突きつけた。
私は何となく、目の前の肉団子を半分食べて。
「美夏ちゃんちの肉団子は美味しいねぇ」
ほんわかしそうになりながら微笑むと、美夏ちゃんはガックリした様子で浮かしかけていた腰を椅子に戻した。
美夏ちゃんは半分になった肉団子を、少し視線を泳がせながら自分の口に放り込み、ニコニコしている私をしげしげと見つめる。
「小花ちゃんってさぁ……最近、可愛く笑うようになったよね」
「え…、そう?」
面と向かってそんなこと言われると恥ずかしいな…。火照ってきた頬に手を当てているいると、美夏ちゃんは何か少し考えて。
「……はぁ~…」
と溜息混じりにボソッと声を漏らした。
「やっぱ、『男』かぁ~~~……」
「ちょっ、」
思わずお箸を落としかけた私は、慌てて美夏ちゃんの口を両手で塞ぐ。
「ちょっと美夏ちゃん、いきなり何を言うの!?」
「…だって、その人にお弁当を渡すために、大学まで行っているんでしょ?」
「そ…それは、お礼だって言ったじゃない…。それに一樹さんは大学生だから、中学生なんてそんな対象には…」
「かずきさんっ!? この前は『先輩』とか言っていたのにっ!」
また細かい部分を良く覚えてるなぁ……。
何故か凄く驚いていた美夏ちゃんは突然席から立ち上がる。
「行之丈っ!」
仁王立ちで呼ぶ声に、その横から…あれって職員室の来客用湯飲みだよね?…に入れたお茶をお盆に乗せた行之丈くんが足音もなく現れた。
「ご主人様、お茶が入りました」
「違う! 大学生、名は『かずき』。至急調べなさい」
「かしこまりました」
「ちょっと待って!」
優雅に一礼して背を向けた行之丈くんを、私は慌てて制服をつかみ引き留める。
「美夏ちゃんも待って。……何で調べようとするの…?」
思わず泣きそうな声でそう言うと、「…うっ」と呻いた美夏ちゃんは、その場にしゃがみ込んで床に『の』の字を書き始めた。
「だって…心配なんだもん…」 、あ
「………」
ホントにもぉ……。でも美夏ちゃんは、小学生の頃から私の身体を気に掛けてくれたんだもんね……。
「だったら……一度、一樹さんに会ってみる…?」
*
□美夏 12:20
「私、大学のほうに行くの二回目だ…」
一度目は文化祭の参考のために行った見学会。
行こうと思えばいつでも行けるけど、行くためには、私達にとっては先生よりもよっぽど怖い高等部を通り抜けなくてはいけないので、用がなければ普通は行かない。
不安でドキドキして色々テンパっている私に、小花ちゃんはそっと手を握ってくれたので思わずニヤけてしまう。
「…ところで」
多少落ち着けた私は、肩越しに後ろの『あいつ』に振り返る。
「なんで、あんたまで来てるの…?」
私達の数歩後を影を踏まずに歩いていた行之丈は、無表情のまま眼鏡をクイッと指で上げた。
「私にも分かりかねます」
「分からんのかい」
たぶん、小花ちゃんが行之丈の制服を握ったままだったからだと思うけど、とりあえず流れで一緒に来ただけで他意はないのか。
そんな感じで話す私達に、小花ちゃんはクスッと笑う。
「一樹さんも他の人も優しいから、三人で行っても怒られたりしないよ?」
「いや、そうじゃなくて…、」
分かっていたことだけど、小花ちゃんの世間ズレのなさ過ぎに冷や汗が出る。
やっぱり私がしっかりしないとダメだね。
「…まぁいいや。ところでその『かずきさん』ってどんな人…? 見学会の時に初めて会ったんだよね?」
私もその場にいたけど、全然覚えていないなぁ。
「えっとね、あそこで、とても綺麗な菜の花畑の風景を描いてて…。なんかね……とても懐かしい感じがしたの…」
「そうなんだ…」
遠くを見つめるような優しい瞳で話す小花ちゃんに、私は胸が苦しくなるような思いがした。
「ねぇ…出来れば会うんじゃなくて、こっそり見るだけでもいいかな?」
「美夏ちゃん、会いたくないの?」
「ううん、…ちょっと恥ずかしいから」
小花ちゃんにはそう言ったけど、私の本心ではあまり会いたくない。ただ、私の目で見て安心出来る人かどうか確認したかった。
小花ちゃんが懐いているくらいだから善い人だと思うけど、世間一般の『善い人』が小花ちゃんにとって『良い人』か分からない。
……ううん、違うよね。
私は小花ちゃんが、私の知らない人と仲良くしているのを見たくないだけ。
小花ちゃんがその大学生のことを話す時の優しい瞳。……それが私以外に向けられていることに胸がモヤモヤした。
……私って嫌な奴。
「一樹さん…いるかなぁ」
「……え?」
私達が大学構内に着いた時、勢いだけで昼休みに来たので、『かずきさん』の予定をまったく考えていないことに小花ちゃんの発言で気付いた。
「えっと…いる?」
窓から『アトリエ』とか呼ばれていた場所を覗き込みながら尋ねると、同じように覗き込んでいた小花ちゃんが首を振る。
「今は居ないみたい……。お昼は購買部で買っているって言っていたから、ここで食べていると思ったんだけど…」
「この時間帯に学内食堂に行っているのでしたら、私どもが捜すのは困難かと」
行之丈の言う通り、制服姿の中学生が大学の食堂でこっそり人を捜すのは、困難と言うよりも無謀だと思う。
そもそも今でも目立ちまくりだから。
窓から顔を覗かせて校舎を覗き込む中学生三人組に、通りすがりの人達が不思議そうな視線を向けて通り過ぎていく。
さてどうしようか…? 私達がそんなことを思っていると。
「あれ、小花ちゃん?」
「ひゃっ!?」
コンビニ袋を持った男の人に、後ろから声を掛けられた小花ちゃんが、奇妙な悲鳴を上げた。
その声に私の心臓がドキンッと跳ね上がる。
「ごめん、驚かせた?」
「い、いえ…、私のほうこそ変な声を出して…」
小花ちゃんは胸を押さえていたけど、特に問題もなく普通に笑っているのを見て私もホッとした。
「今日は友達も一緒なの?」
「はい、…その…友達と大学を見学していたんですけど、一樹さん、居るかなぁ…って思いまして」
「そっか、顔を見に来てくれたのかぁ」
お花畑が似合いそうな緩い会話をして二人は微笑み合い、その大学生の人は私と行之丈に気さくな笑顔を向けた。
「こんにちは、僕は五十根一樹、よろしくね。君達は小花ちゃんと同じクラス?」
その人…五十根さんが挨拶をして。
「初めまして五十根様。私はお二人のクラスで学級委員長をさせていただいております深見行之丈と申します。お気軽に行之丈とお呼びください」
朗々とそんなことを言って行之丈は深々と頭を下げる。
でも私は…
「……小室です」
少し不機嫌な声で返すしか出来なかった。
「よ、よろしく」
ある意味対照的な私達の挨拶に、五十根さんの顔が若干引きつっていた。
五十根さんは、優しそうなお兄さんだけど……。
小花ちゃんを驚かせて、この人は何も知らない。
「そうだ、小花ちゃんが読みたいって言ってた本、家にあると思うんだけど、まだ探せてないんだ、ごめん」
「いえそんな、ゆっくりでいいですから…。私の我が儘なので…」
「これくらいなら何でもないよ。小花ちゃんはもっと我が儘言ってもいいくらいだからね」
この人と話をする小花ちゃんは、あの可愛らしい笑顔になって、五十根さんも私達と話す時とはどこか顔が違って見えた。
良く言えば、私達と話す時の五十根さんは、もっと気楽そうな感じだった。
たぶんそれは、私と行之丈を見た目のままの『子供』として見てくれたのだろう。
でも…それは、小花ちゃんを子供扱いしていないってこと…?
何も知らないのに……。何も知らないくせにっ。
お弁当まで作ってもらって…
朝早くに起きてお弁当を作るなんて、小花ちゃんにどれだけ負担になっているのか、あなたは知っているのっ?
目まぐるしく回る思いが、私の口から言わなくてもいい言葉をこぼれ落とす。
「五十根さんは、…小花ちゃんのことをどう思っているのですか?」
「美夏ちゃんっ!?」
私の唐突な言葉に小花ちゃんが声を上げた。
その声の響きに、私は言葉にしたことを後悔した。でも、放ってしまった言葉を途中で止めることは出来ない。
「小花ちゃんを大事にしていますか? 大事に出来ますか?」
「それはどういう…」
五十根さんは何か言いかけたけど、私の意図が読めずに言葉を途中で止めて、その替わりに小花ちゃんが声を出した。
「美夏ちゃん、どうしたの!?」
「五十根さんはもっと小花ちゃんを大事にして、もっと気を遣ってあげないといけないんですっ!」
私は小花ちゃんの声を遮るように大きな声を出して、小花ちゃんもようやく私が何を言いたいのか気付いたみたい。
「…や、やめて」
「小花ちゃんは無理しちゃ駄目なの! 無理をさせたら駄目なの! 走ったり驚かせたりしたら……駄目…なのに…」
私の声が涙声に変わり、私は少し青い顔になっている小花ちゃんに顔を向けた。
「美夏ちゃん、ダメっ」
「だって小花ちゃんはまだ、心臓の半分が動いてないんでしょっ!」




