ハッピーセット
阿部のんは泣き虫であった。
「うええぇっ!酷いよーー!」
可愛らしく、愛らしくもある幼女は泣く時は大抵喚く。場所と時を考えずに泣く。
約束を破られてスーパーのど真ん中で叫んだ。
「買ってよ!買ってよ!のんちゃん、欲しいんです!」
こんな子が1人で買い物に行くわけがない。相方が必ずおり、その男はとても嫌そうな面でのんちゃんを見ていた。
「馬鹿かお前!夕飯の買い物で玩具を買う余裕はねぇよ!」
「広嶋くん酷いよ!なんで!?ミムラさんが好きな物を買っていいって言っていたよ!」
「アホか!?もらったお金は6人分もねぇーんだよ!ミムラの金銭感覚がおかしーんだよ!あのラッキー馬鹿女!」
親子という関係には見えない歳の差。この会話。
広嶋健吾は、のんちゃんの仲間に過ぎない。今日は仲間達との交流を深めるため、夕食会の買い物を頼まれた。
『あんたが買って来なさいよ。どーせ、調理も後片付けもしないんだし』
『そーですよ!タダメシ食いたいだけなら買い物してください!(また私の家を拠点に選ぶし)』
『私達がちゃーんと調理しますから!愛を込めます、広嶋様!』
『まぁそうだな、……失敗しにくい料理をお前が選べるぞ。女3人は分かっていると思うが、調理は上手くないはずだ』
家で待っている4人は調理と後片付けを担っており、仕方なく買い出しになった広嶋とのんちゃん。のんちゃんの方は何か玩具を買っていいと言われていたから、ついてきたに過ぎない。一方、広嶋は仕方なくが半分以上。マズイのは食べたくないのが半分ちょい。ミムラがたぶん……味の保障はできる。しかし、困った事に
「1000円分しか支給されてねぇんだ。手料理とか馬鹿やる金額じゃねぇーんだ。舐めてんのあいつ?」
もしかすると、広嶋の財布からのんちゃんの玩具を買えと言っているのか。
「でも、欲しいんです!」
「アホか!お前等ガキの玩具なんて、1年経てば要らないゴミとなるんだよ!」
「大切に扱うもん!するもん!」
「それはお前がガキでいられる内だ!なんでこんなのに俺のポケットマネーを使わなきゃいけねぇーんだ!殺すぞ!」
「ふええぇっ……えぅっ」
広嶋の当たり前だが、容赦のない現実にのんちゃんは言葉が止まってしまった。涙だけが流れてしまった。
手を引っ張られながらのんちゃんは玩具コーナーを後にしてしまった。お金が欲しいと感じる子供だった。
「あーぁ」
「ちっ」
玩具コーナーから離れても、その方向をずっと向いているのんちゃんに広嶋も少しイラついたのか。
「わぅ」
のんちゃんの髪をぐしゃぐしゃといじってやってから、あるところを指差した。
「あれで我慢しろ!買ってやるよ!もう泣くな馬鹿!」
幼女なのんちゃんが泣いているだけで周囲から冷たい目が飛んで来る。親じゃないが、明らかに怪しい男としてみられるのは勘弁だ。というか、のんちゃんは幼女体型のくせに、10年以上は生きているれっきとした少女だ。
広嶋がのんちゃんを連れて行ったところは目的と、願いを同時に叶えてあげられるところだった。
そして、沖ミムラ家。
「で。なんで買ってきたのは……」
「ファーストフードなのよ!?」
広嶋、マックでハッピーセットを6つ買うという選択。上手くはないが、不味くもない選択に加えて玩具までのんちゃんに渡すというプレー。
「美味しいです、広嶋様!」
「買ってくれてありがとー。広嶋さん!」
裏切、のんちゃんはハッピーセットでご満足の笑顔を作った。とくにおまけの玩具は2人にヒットしたようだ。外国人が扱う玩具のような耀きで遊び始めた。
「妥当だ、……不味くはない。旨くもないがな」
好きでもないし、嫌いでもない藤砂も頷きながら頂いた。しかし、広嶋には気になったところがあるのだが口にしなかった。
「お前等の手料理なんか食う気になれねぇからだ。どーせマズイんだろ?見た目も悪いし」
「なんだとー!?私の華麗なフライパン捌きと味付けで黒焦げの美味にするよ!」
「それダメじゃねぇか!」
広嶋はハンバーガーを食いながらグチグチと、ミムラと灯を同時に口喧嘩の相手にする。
しかし、1000円で6つもハッピーセットが買えるわけがない。そして未だに領収書を見せない辺り……。
「広嶋、……一人で自腹切ったのか」
素直じゃない広嶋であった。