第53話:原動力
※11/9 誤字を一部修正しました。
「だぁ!」
カァンと言う音が、朝の静かな道場に響く。もう何回、この音を聞いただろうか。
※太陽などは無くても朝と言う概念はあります。朝とかを決めるのは時間です)
「甘い!」
かなりの速さで繰り出される技。それは攻撃力は低くとも、確実に相手の攻撃を流すことに重点を置いた技だ。
「!?」
勢い余った俺は、体勢を崩し、顔から地面に落ちそうになるのを、柔道の受け流しの様な方法で体勢を直そうとしたが。
「ふんぬぁ!」
―――ゴンッ!
「げふっ!」
突如、後頭部に来る衝撃。それと同時に俺の体が垂直に床へ落下する。そしてそのままドスンと床に叩き付けられた。
「……まだじゃの、形がまるでなっておらん、鍛練せよ」
そういうと、先生は剣を下げ部屋を後にする。あとに残った俺は、一人道場の真ん中で仰向けで大の字になっていた。
「あーあー、また駄目だったのね」
先生が出て行ったドアから、今度はテリュールが入ってくる。今日は綺麗な白髪を、ツインテールでなく、自然のままに下ろしていた。
テリュールは、俺の胸元にタオルを置いた。俺は起き上ると、そのタオルで汗だくになった、顔を拭く。
「……ねぇ、なんで剣術に拘るの? 初めて会った時みたいに体術でも十分に戦えると思うのだけど」
「体術だけだったら、手を出せない相手もいますからね。例えば、全身を針で覆っている敵に素手で挑む、なんていう無謀な挑戦はしないでしょう?」
「ああ、なるほど……そういう意味だったのね」
「それにしても、テリュールさんのお父さんは強いですね」
「あれだけをやって来た馬鹿だからね。クロウにまだ負ける訳にはいかないと思っているのだろうね」
「はぁ……これでもう1年か」
俺がこの世界に来て、もう1年が経過した。あれから毎日のように朝から夕方まで剣を練習している。もちろん、剣だけではない、俺の高いステータスを活かした体術も独自に研究、試行、練習を重ねている。
だが、もう何年もスキルによる上達に慣れてしまった俺が、剣術を覚えるのは容易ではない。スキルを使っていた時は漠然と繰り返していても、経験値を得てレベルが上がって勝手に体が覚えていた。
その恩恵が無くなった今、一から覚えるのは楽ではない。どうしても、漠然とやってしまう。
人間一度楽をすると、ズルズルと流れていくとはこの事を言っているのだろうな。
さて、長老に紹介された剣術の先生とはテリュールの父親のことだった。娘を助けてくれたお礼に、快く快諾してくれた。
以後、ここでひたすら訓練に明け暮れていると言う訳だ。
「何言っているの、まだ、1年じゃない。ほぼ、ゼロからスタートしたにしては、早すぎる程ですよ」
「はは……それはどうも」
「じゃ、私は朝食を作るのを手伝ってくるから、一息ついたら来てね」
テリュールは、そう言うと道場を後にした。
「……1年か……あいつら元気にしているかな……」
離れ離れになった仲間の顔が、次々と脳裏に浮かんでくる。
「……くっ……焦るなよ……俺……」
思い出すたびに、戻りたい衝動に駆られる。その度に自分を無理やり、押さえつける。毎日の事だ。
エリラ……獣族の皆……元気にしているかな。誰かに助けられてるといいんだけど……もしかしたら、ローゼが助けてくれているかもしれない。
そんな、淡い期待をする毎日だ。正直、何度折れかけたかわかったもんじゃない。
一度だけ無断で近くの森に行ってみたが、その時は散々だった。怪我こそは少なかったが、見事に返り討ちにあった。数の暴力の恐ろしさを改めて感じた。
その時のことを思い出し、落ち着く。今、行っても駄目だと。ミイラ取りがミイラになるなんて真似はしたくない。
あの時は、もう思い出したくないとか考えていたけど、今となれば俺の心を制御する材料になった。そういう意味では、あの時の返り討ちはある意味、良かったのかもしれない。
「……いつまでボケッとしておるのか……」
ハッと我に返ると、目の前にテリュールの父親……俺の先生が立っていた。
「……私はいつになったら出れるのでしょうか……」
「それはお主の努力次第だ。剣の道は楽ではない。一年やそこらで身に付けれるような生半端な物ではない。ましてやお主のように、遠出を考えておるならば、私に勝ち、その上を行かなければならない……私に負けているようでは、まだまだ、だな」
「……精進します」
「……自分のかつての力をいつまでも覚えていては先に進めぬぞ」
その言葉は、俺の心に深く刺さり、同時に俺は「何かを変えなければ」と思ったのだった。
さらに数週間が経った。相変わらず前に進めない日が続く。そんなある日、俺は木剣を片手に村の外れにやって来ていた。
俺の目の前には両手を広げて囲むなら、10人は必要なほど太い巨木がそびえ立っていた。
剣を構え意識を集中させる。村の外れと言うだけあってここら辺にやって来る村人はいない。魔物に襲われない、かつ一人で集中するには、まさにぴったりの場所だ。
近くの木に生えていた葉が一枚、枝から離れ、ゆらりゆらりと落ちていく。もちろん当の本人は気づいていない。
そして、葉が地面についた瞬間―――
―――ガン!
鈍い音が辺りに響く。俺の目の前に立っている木には、先ほどまでは無かった僅かな傷が見て取れた。
「―――!」
巨木とぶつかり合った木刀から伝わる振動に、俺は思わず剣を離してしまう。カランカランと言う軽い音が辺りに響き渡る。
俺は手を匿うように蹲る。
「イテェ……」
だが、少し間を開けて、再び剣を拾い上げ、先程と同じことを繰り返す。
これは、テリュールの父親がクロウに与えた試練だ。ただの木剣で木を斬ると言う試練。だが、テリュールの父親がやってみせたのは、村の中にある木で、太さは大人が一人で囲めるほどの太さだ。
だが、クロウはあえて、その何倍もの太さの木に挑んでいた。
昔の彼なら、間違いなくこんなことはやらなかっただろう。
彼を突き動かしているのは、ただ一つ。『元の世界に戻る』。その思いだけが彼を動かす原動力になっていた。
木を斬っては、痺れて剣を落とし、また拾い上げと繰り返す。
彼はひたすら、その動作を繰り返し行うのだった。
感想を書いて下さった皆様、本当にありがとうございます。おかげで元気が出ました!
ただ、出たのは元気だけで文は中々思い通りにはいきませんね。
でも、何を書くかは決めているので、少しずつですが、前に進んでいきます。
この場を借りて、応援して下さった皆様に改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございます。
これからも応援、よろしくお願いしますm(_ _)m




