第43話:目には目を歯には歯を
※10/22 後書きを加筆しました。
※10/22 誤字を修正しました。
「あいつは確か……ウグラだったな」
俺がエルシオンに初めて訪れた時に、喧嘩を売って来て、一撃で沈んだ奴だ。確か、エルシオンの領主の息子だったか?
そして、後ろにいる男子生徒の顔は、ほぼ全員覚えていた。中には俺の依頼を奪おうとしたジーンもおる。どうやら、俺が絡まれた時と、メンバーは殆ど変らないみたいだ。
ウグラは、ぶつかった女子生徒の胸倉を掴み引き寄せると、思いっきり顔を殴った。ゴスッ! と言う鈍い音と共に、女子生徒は吹き飛び、地面を二転三転と転がって行った。
……ぶっ殺していい? たかが、ぶつかって水を掛けてしまった事に対する報復のレベルを、悠に超えていると、俺は思った。
女子生徒の顔を見ると口の中を切ったのか、口から血が出ていた。
「ウグラさん、俺も一発いいですか?」
ウグラの後ろにいた、男子生徒の一人が、ウグラの前に出て来ながら言う。
「別にいいぜ。もう一発行きたかったが、お前にあげるわ」
前に出て来た男子生徒は、少し姿勢を低くし、一瞬、動きが止まるとふん! と言いながらなんと女子生徒のお腹辺りを目がけて蹴りを繰り出した。
しかも足の甲で蹴らずにつま先を立てた状態で蹴り込んでいた。女子生徒のお腹に、強烈なキックがめり込んでいる。
「!!!!」
女子生徒はその場に倒れ、激しく咳き込んだ。咳き込むのと一緒に、血も出ているのでその惨状が余計に目立ってしまう。
「へっ、お前、蹴り弱すぎ」
「ウグラさん俺もいいですか?」
完全に遣りたい放題の彼ら。だが周りの生徒は、誰も動こうとしない。何人かはチラッ、と見てはいるが、すぐに視線を逸らす。先生を呼びに来るとかを、する者もいない。これが日本だったら説教どころか大問題になりかねないほどなんだが……。
何故、誰も動かない? いくらエルシオンと言う都市を治めている領主の息子と言っても、この学園には他にも同地位の人位いるだろ?
食堂のおばちゃんも、何か言いたそうだが、見るだけで何も、しようとしない。
その時、周りのヒソヒソ声から聞こえて来た会話が、俺の疑問に対する答えをくれた。
「お、おい、これ、いつにも増してやばくねぇか?」
「で、でもあいつらに歯向かえないよ、下手をしたら決闘で半殺しになりかねないし……」
決闘? 模擬戦とは違うのか?
「それに最初にあいつ等を止めようとした奴、最近見てねぇだろ? 噂によれば捕まえられてどこかに閉じ込められているとか」
「い、いや、さすがにそんな事ないでしょ、そんな事をしたら、いくらなんでも国やギルド辺りが黙っていないだろ」
「確かにな……でも俺、よくこの噂聞くぜ」
「冗談で言ったのが、そのまま噂になってしまったんだろうな」
まあ……やりそうだな。
うーん、面倒事は嫌いなんだけどな……特に、あいつの顔はもう見たくないと思っていたんだが……。
仕方がない、ここは天誅と行きますか。
二人目の男子が、再び、構えに入る。女子生徒はまだ地面に倒れたままだ。
「よっしゃあ行k―――」
行かせないよ。俺は構えた男子生徒の足元に素早く魔力を送る。俺と男子との距離はおよそ30メートル。普通、こういった罠系に近い魔法は、仕掛ける場所まで一回行かなければならないのだが、俺にはそんな事は関係ない。もちろんそんなに遠くまでは、届かないが、あいつらの所までなら問題ない。
女子生徒と同じ顔面にぶち込んでやろうかなとも考えたが、どうせやるんだったら、とことん痛めてやろう、と考え直し、男の弱点を狙う事にした。正直顔を殴られるより痛いし(自己体験より)。『目には目を、歯には歯を』だ。
構えた男子生徒の股の下の地面が少し、盛り上がったかと思うと、行き成り何かが飛び出し、そして……
(ドスゥツ!)「はうっ!?」
さらに、少し前屈みになっていたのに加え、狙った場所が狙った場所だったので、そのまま空中を半回転し、地面に顔面を強打すると言う、結局両方受けてしまったじゃねぇか! と言うオチに……あれは決して狙った訳じゃありませんからね。
一応、俺はバレないように机の上で腕を組んで、そのまま机に俯せ、腕の上あたりから、こっそりと様子を見ている。傍から見れば寝ているように見えることを、願っておこう。
俺の一撃と天からの罰により、二重にダメージを負ってしまった男子生徒は、鼻血を出し、股間を押させ、悶絶しながら転がり回る、と言う何とも言えないシュールな光景を作り出していた。
たまたま見ていた男子生徒の何名かが、自分の股間を押さている。気持ちは分かるぞ。
「なっ!? だ、だr―――」
ウグラが後ろを向いた瞬間、ウグラの尻に向かって強烈な土塊をぶつける。「あふぅん!」と何とも気が抜けるような声と共に、空中をお散歩するウグラ。俺がぶっ飛ばした時を思い出すな(第12話参照)
そして、ウグラは誰もいない机へと一直線に飛んでいき、その机に頭から突っ込んで行った。
「ウグラさぁぁぁんん!」
と、部下……と言うか、舎弟見たいな奴らがウグラのもとへと駆け寄って行く。ウグラは頭と鼻から血を出して気絶をしていた。時折、ピクッ ピクッ と痙攣している。
「誰d―――」
先程、女子生徒に腹蹴りを食らわせた、男子生徒が叫ぼうとした時、最初に股間をやられた生徒と同じような棒が地面から飛び出し、そのまま大事な所へとクリーンヒットする。そして勢いそのままに、空中に一瞬だけ浮かぶとその後、地面へと垂直落下をし地面へキスをするような体勢で激突した。まあ……分かりやすく言うならば、最初の男子生徒と同じように、顔面から落ちたと言う事だ。
ウグラの生き残りの舎弟らは全員口を思わず手で隠していた。彼らは悟ったのである。自分らが一言でも話せば、その瞬間そこに転がっている3人のようになると。
無言になると彼らはウグラを始め撃沈された仲間を抱え、逃げて行ってしまった。
まあ、あれくらいやれば、今後、少なくとも食堂で、あんなマネをすることもないだろう。
俺は、椅子から立ち上がると、倒れている女子生徒のもとへと歩いて行く。女子生徒の周りには既に、人が集まっており、「誰か保健室に連れて行くの手伝ってくれ」や「大丈夫?」と声を掛ける者がいる。
俺はその人混みを掻い潜り近づく。女子生徒は意識はあるようだが、まだ痛いのかお腹の辺りを両手で抱え込んで、蹲っている。顔の殴られた部分は内出血をしているのだろう、黒ずんでいるのが見えた。。
俺は、女子生徒の傍までやって来た。
「大丈夫ですか?」
女子生徒は蹲ったまま頷くが、どう見ても大丈夫じゃないな。腐っても冒険者である、あの男子生徒の蹴りは普通の(かは不明だが)女子生徒には少し強すぎだと思う。
「《女神の祝福》」
俺の治癒魔法の光が女子生徒を優しく包み込んで行く。辺りの生徒が呆然と見ている中、彼女の頬からは黒ずみが消えて行く、表情も次第に柔らかくなって来た。
彼女の傷が完治したのを感じ、俺は魔法を止める。
「……えっ?」
女子生徒は何が起きたの、と自分と辺りをキョロキョロ見回す。
「治癒魔法を掛けましたので、たぶん大丈夫とは思いますが、まだどこか痛い所はありますか?」
「い、いえ、どこも……」
周りの友達かは分からないが女子が「本当に大丈夫なの!?」と聞いている。女子生徒は頷きサッと立ち上がって見せた。
周囲からは歓喜の声が上がる。
「すげぇ、顔の痕なんか残っていないじゃないか」
「一瞬で治しやがった、あいつ……」
まあ、これで多少は俺の印象も良くなるかな? こんなイベント望んでいた訳じゃないが、俺の誤解も多少は解けるだろうし、あのアホ共も少しは懲りただろうし。たぶんこれで問題ないはずだ。
もっとも、彼らがこれで完全に懲りたかは分からないけどな。なんか変な噂も流れているようだし、変なイチャモン付けられなければいいけど……。
「あ、あの……」
顔を上げると、そこには、先ほど倒れていた女子生徒が立っていた。やや薄紫色をした長い髪に、同じ色をした、吸い込まれてしまいそうな程の綺麗な瞳。体はまだ成長途中だと思うし、俺にロリ○ンの趣味は無いが、成長したらもっと可愛くなるだろうなと率直に思った。何歳ぐらいだろ? 俺よりも20センチほど高いな。
「その……えっと……」
モジモジしながら何かを言いたそうにしている。
「あ……ありがとう……」
女子生徒はぺこりと頭を下げた。やばい、何と言うか……大勢いる中で面と向かってお礼されると、何だか恥ずかしいな。
「いえ、困ったときはお互い様ですから、私はクロウ、アルエレスと言います」
前世の癖からか、つい礼をしてしまうが、別に問題ないよね?
「えっと……リネア・フォールです……よ、よろしくお願いします……」
リネアがもう一度お辞儀をする。礼儀いい子だな。
「では……また困った事があったら、力になりますので」
「あ、……その……本当にありがとうございました……」
リネアが再びお辞儀をして、この騒動は幕を下ろした。
もうすぐ昼休みが終わるのだろう。騒動終了後に、慌てて教室に戻っていく生徒がちらほらと出始めていた。
俺は午後は特に用事はないので、あの二人が戻って来るまでは、のんびりと待たせてもらおう。水を一杯もらい、俺は元の席へと戻った。椅子に座りふう、と一息つく。
「ふぅ……」
何とか収まってくれてよかった。でも、あのバカ共はしばらくは監視がいるな。下の奴らは分からないが、ウグラは恐らく相当お怒りだろうな。
もしかしたら、再びリネアを襲うかもしれない。あの魔法を撃った奴が分からない以上、助けられたリネアに矛先が向いてもおかしくないと思う。
「先程の攻撃はクロウ様ですよね?」
カイトの従者が俺に問いかけて来た。この人良くわかったな。
「秘密ですよ」
「いえ、ありがとうございます。私も彼らの行動には、怒りを覚えていたので……」
まあ、あの光景を見て喜ぶ人とかいないよな……。
ちょうどその時、エリラとカイトが戻って来た。二人ともスッキリしたような顔をしている。どうしてそのような顔をしているのか気になるが、おおよそ見当は付いているので、聞かないでおこう。
その後、俺とエリラはカイトたちと別れると、もう一度図書室に行くことにした。エリラがえーと言う顔をするが、帰ったらお菓子あげると言うと「行く!」と言い、俺を逆に、図書館まで引っ張って行く。あれ? 何かこれ違うぞ?
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同刻、???。
広い部屋に二人の男の姿がいた。一人は、黒い鎧を全身に身に纏った男。顔を隠しているため、どんな顔かは分からないが、声からして恐らく男性だろう。もう一人は、灰色の皮膚に、赤い瞳、そして、耳の少し上の部分から、真上に向かって伸びている角。黒髪は腰の辺りまであるような長さで、男性にしては伸びすぎでは、と思うほどの長さである。
「ほう、おもしろそうな奴だな」
「ええ、しかし、このままでは……」
「ああ、わかっておる。あの学園には、面倒な人材が多いからな、このまま野放しにして置くつもりはない」
「では、どうするのですか?」
「こうするのじゃよ」
角の生えた男が、一枚の紙を差し出す。鎧を来た男は紙を受け取り、目を通して見る。
「!? こ、これは……」
「お前なら可能だろ? 面倒な芽は早めに摘んでおくに限る」
「はっ、しかし、これでは」
「心配するなアレを準備させておく。それにあそこなら、お主の実力も十分に発揮できるし、万が一負けても問題はなかろう」
「問題ありません。今度こそは必ずや」
「期待しておるぞ」
黒鎧の男は一礼すると、その場を後にする。あとに残った男は一人だけになると「楽しみだな」と呟き一人、笑うのであった。
【大幅加筆修正報告】
・第2話
・細かい部分、及び戦闘の所を一部修正しました。物語に変化はありません。