第265話:アルゼリカ理事長に休日を(3)
どうしてこうなった……。
俺は今、自宅のお風呂にいる。本当は後で入る予定だったのだが、アルゼリカ理事長の意味不明な暴走により俺自身もお風呂にダイブ。ずぶ濡れとなってしまった。
それはそれでいいのだ。俺は《換装》持ちなので着替えも一瞬で終わるし、アルゼリカ理事長の命を救った(?)と思えば実に安い代償だ。
しかしだ。ずぶ濡れになってしまった俺を見たアルゼリカ理事長は何を思ったか。
「い、一緒にお風呂に入りましょう!」
だった。いや、どうしてそうなったし。まだ思考回路が完全に治っていないか? 回復魔法かけた方がいいか?
「だ、だって私のせいでそうなってしまったので、クロウさんに後でと言うのは……そ、それに、この『だいよくじょう』って言う場所の使い方が分からないので、出来れば説明が……」
「いや、それなら同じ女性のエリラとかに説明をさせますので……俺がやると目のやり場に……」
「そ、それは……既に全部見られたので問題ない……です……」
お風呂だから当然だが、現在のアルゼリカ理事長は真っ裸だ。大きいというより美乳と言った方が正しい綺麗な胸が目の前にある。流石に手で隠しているので全部見えているわけではないが、さっきのアルゼリカ理事長自身の暴走の時に見えた残像から容易に想像できる美しさだ。
という訳で、アルゼリカ理事長の説得に負けた俺は一緒にお風呂に入ることになった。何故こうなったし。いや、男の俺にとってみれば大万歳なシチュエーションなんだよ? 嬉しいんだよ? 俺のエクスカリバーも全開なんだよ? でも、そこに行きつくまでの経緯が経緯なので素直に喜ぶことが出来ないのだよチクショウ。
一先ず、アルゼリカ理事長に付いた泥を落とすことにしよう。先ほどの湯船へのダイブを防ぐために咄嗟に《土壁》を横向きに伸ばすことで回避したのだが、お風呂場という湿気が多い場所で地面に転ぶのと同じことをやってしまったので、アルゼリカ理事長の体は泥だらけだ。
湯船の水は浄化装置で綺麗にするとして、それまでにアルゼリカ理事長の体を綺麗にしようと判断したのだ。
……間違っても誤解されないようにエリラたちには《情報共有》でお風呂に入ることと、そこに至るまでの過程は伝えておこう。
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「ひゃぁぁぁあ! な、なんですかこれは!?」
「これはシャワーと言って、お湯を放出するための道具です。先端はシャワーヘッドと言ってここでお湯の出方を一定方向に絞ることで、細かくお湯を放出させることが出来るという訳です」
シャワーから飛び出すお湯に驚くアルゼリカ理事長。この世界にシャワーという道具は存在しない。というかそもそもポンプ自体が存在しない。それはお風呂のことを少し説明した時にお話したとおりだ。
井戸の水を汲むときは滑車が使われており、手押しポンプなど存在しない。そもそも前の世界でも手押しポンプが開発されたのは18世紀。日本に至っては大正時代に導入された手押しポンプが、それよりもずっと時代が遅れているこの世界に無いのは当然と言えるかもしれない。もっともそれは人間の世界での考えで、他の種族はどうかはしらない。手先が器用なドワーフは持っているかもしれないな。
「取り敢えず、それを使って泥を落としてください」
俺はその間に着替える事にしよう。流石にシャワーぐらいならアルゼリカ理事長でも問題なく使えるだろう。そう思った俺はアルゼリカ理事長から一瞬だけ目を逸らした。
「わ、分かりました……ん? こちらのレバーは……?」
そのわずかな隙に、アルゼリカ理事長はシャワーを出すときに捻ったレバーとは別のレバーに気付き、そして……シャワーを出した時と同じように捻った。
「……? 何も起きない―――あついぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
なんということだ。アルゼリカ理事長が捻ったレバーは温度調整をするレバーだったのだ。しかも使い方を知らないが故にレバーに付いている目盛は真っ赤なラインの一番下、つまり一番熱い温度を指定していたのだ。一番熱い温度はおよそ60度で、当然生身の人間が浴びれば火傷待ったなしの温度だ。ちなみに、このお風呂を設置したことに同じ間違えを獣族の大人たちがやらかしたことがある。しかし、俺も説明してない訳では無い。前もって「高い温度は本当に熱いから必要な時以外は使わない事」と散々言っていたのに関わらず、遊び半分で故意に温度を高くし自滅をしてまったのだ。子供たちは一度も触っていないのにな……。
あまりの熱さにシャワーを放り投げるアルゼリカ理事長。そして、床で盛大に転がる。なんのギャグだこれ……?
って、そんな場合じゃねぇ! 慌ててアルゼリカ理事長に水をぶっかけ冷やしにかかる。1分後。そこには地面に寝そべるアルゼリカ理事長の姿がそこにはあった。
「何故分からないのに触ろうと思ったのですが……」
「……つい好奇心で……」
こんな有様だったので、結局アルゼリカ理事長がシャワーを使っている間、俺は背後で監視をする羽目になった。
その後、俺も服を脱ぎ(股間は隠しているよ)付いた泥を落とした頃には、湯船の水も元の綺麗なお湯に戻っていた。
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「はぁ~……気持ちいいですね」
「そうですね」
魂が抜けてくかのような声を出しながらアルゼリカ理事長が率直な感想を述べる。それに俺はある一部に視線が行かないように気を付けながら相槌を打つ。
ちなみに隣同士なので視線を下げればすぐに見えそうな位置にある。一応、俺もアルゼリカ理事長もタオルを持って入れているが……アルゼリカ理事長、俺たちの目の前でプカプカ浮かんでいるあの白いタオルはアルゼリカ理事長のですよね?
「ちなみに、このお湯には疲労回復の効果がありますので、浸かっているだけで体力が回復しますよ」
「すごっ! そんな効果があるのですか!?」
仕組み自体は簡単だ。お湯に【体力回復薬】を混ぜて俺の回復魔法をお湯に付与しているだけだからな。
つまり、このお湯全てが回復薬ということになるのだが、それを言うとアルゼリカ理事長がひっくり返ってしまいそうなので、黙っておくことにしよう。それに皮膚経由での回復かつ人体に負担がかからないレベルの効能なので回復薬ほどの即効性は無い。
「……そういえば魔法学園ってどれくらい忙しいのですか?」
「家に帰れないくらいは」
「ブラックですね」
元凶は俺だけどな。
「ここは良いですね。家に帰れば皆さんが待っていて、こんなお風呂があって……羨ましいです」
「……そうですね。俺は幸せ者でしょうね」
「それはエリラちゃんや、あの獣族たちも同じ事でしょう。あなたという人物と共に生きていけるのですから……私なんか、家に帰っても冷たい家しか待っていませんよ」
……あれか「温かい我が家が待っている~」ならず「冷たい我が家が待っている~」ってか。
「家族は今どうしているのですか?」
「分かりません。前回の戦争ののち安否を確認した際に少し連絡を取っただけですので」
「……魔法学園がこちらに来た後の住処はどうするのですか?」
「あっ……そういえば考えていませんでした。どうしましょうか……私も寮に入りましょうか」
「……じゃあ、ここに住みます?」
「ふぁい!? ななななななななななな何を言っているのですか!?」
突発的な俺の発言に驚くアルゼリカ理事長。可愛い。
「噛み過ぎです。といいますのもね、サヤとリネアがいるじゃないですか? あの子たちもエルシオンに来るそうですが、その時に『ここに住み込む』と言ってこの家に住む事になっているのですよね」
そう。それは魔法学園の移設が発表されてから間もない頃。何度か魔法学園に顔を出した際に訓練をしているサヤとリネアに出会ったのだが、その時に彼女たちからお願いをされたのだ。
別に俺としては拒否する理由は別段見当たらない(また訓練馬鹿にならなければだが)ので、了承をしていたのだ。
「俺としてはアルゼリカ理事長が住むことに問題無いのですが」
「か、か、か、か、か、か、か、か、か、考えておきます!」
「まあ、あと少しだけ時間がありますので考えておいてください(噛み過ぎだな)」
「は、はいぃぃ!」
「……まぁ、今は忘れてのんびりしましょう。家に帰れないぐらい忙しいのは分かりますが、それで倒れたら元も子もないですよ。きちんと休むことも仕事の内ですからね。特に生徒の前であんな寝ぼけたこと言っていたら威信なんてあっさり吹き飛びますよ?」
「気を付けます……ですので、あ、あれは忘れて下さい!」
「無理ですね。あんな可愛いアルゼリカ理事長を忘れろなんて無茶言わないでください」
「か、か、か、可愛くないです!」
ほっぺを真っ赤にしながら、ブクブクとお湯の中に沈むアルゼリカ理事長。それが可愛いのだよ! と叫びたいけど、それを言うとまた暴走しかねないので自重した。
「むぅ……クロウ君の前であんな姿を見せたくありませんでした……」
「そうですか? 俺は人間味があって少し天然なアルゼリカ理事長が好きなんですけどね」
「す、す、す、す、す、す、好き!?」
「好きですよ……あっ、いや恋愛という意味での好きではなくて―――」
「好き……好き……(バシャーン)」
「アルゼリカ理事長!?」Σ( ̄ロ ̄lll)
何を勘違いしたか、好きを連呼したのち唐突に湯船へと沈むアルゼリカ理事長。慌てて湯船から引き上げると、そこには目を回したアルゼリカ理事長の姿があった。のぼせたのもあるだろうが、あの様子から察するに勘違いしたことによる思考のショートが原因の8割と占めていると見た。
慌てて、更衣室に彼女を背負って連れて行き近くにあった椅子を連結させると、そこに横にさせ冷やすのだった。
なお、この数分後無事に目覚め、俺の言い訳タイムが始まるのだった。
アルゼリカ理事長は称号【天然思考回路】を取得した(笑)
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===2018年===
01/15:誤字を修正しました。




