第263話:アルゼリカ理事長に休日を(1)
「えっと……理事長に渡す書類はこれだけで良いですか?」
「そうだよ。理事長も忙しいから急いで渡してきてくれ」
会話をしているのは魔法学園で教師たちだった。アルゼリカ理事長ほどにないにせよ、彼らもここ最近は残業続きとなっており職員室はまるでお通夜のような静けさが支配していた。
そんな中では仕事の話とは言っても、どことなく話しにくいものである。用事を任せられた教師は早々に職員室を後にすると理事長を目指し小走りで急ぐのだった。
学園内は閑散としており、生徒の声は全く聞こえなかった。と言うのも生徒たちにも事は伝わっており皆それぞれが今後の準備をするために学園は休校となっていたのだ。エルシオンに移動する生徒は無論のこと、エルシオンへ行くことを拒否した生徒たちもやることは大いにあるだろう。
さて、そんな静かな校内を移動し、いよいよ理事長室の近くまで来た教師はそこで初めて理事長室の扉に何かが貼ってあることに気付いた。「なんだこれは?」と扉に近づいた教師は貼ってあったメモ書きに視線を移す。そこには―――
『教職員及び生徒の皆様へ。
アルゼリカ理事長を今日一日お借りします。
用件がある方は明日また改めて訪れて下さい。 クロウ・アルエレスより』
「……なに……これ?」
メモ書きを見た教師は唯々疑問に思うことしか出来なかったのであった。
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「え、えっと……ここは?」
「エルシオンですが?」
「えっ、いや、ちょっと待ってください。私つい数分ほど前まで魔法学園にいましたよね?」
「細かいことは気にしない。ほらついて来て」
午後はこれからという時刻。私は何故かエルシオンに来ていました。え、えっと……まず何から理解をしたら良いのでしょうか?
私はハルマネにある魔法学園でお仕事をしていました。で、そこにクロウ君がやって来ました。そこまでは別に問題ありません。問題は次からです。
「アルゼリカ理事長。今日は休みましょう」
私を散々おちょくった彼はこう言いました。
「えっ、い、いやまだ仕事が残っていますし、それに他の方も仕事しているときに私だけ休むのは―――」
「拒否権はありません(笑顔)」
「えっ、え、ちょっと待って―――」
「大丈夫です。明日は俺もお仕事手伝いますから」
「そういう問題じゃあ―――」
「じゃあ、《門》使いますのでちょっと酔うかもしれませんが我慢してくださいね」
……そうだ。で、その直後に目の前に紫色でぐにゃぐにゃしている壁が現れて、クロウ君に押される形で壁に押し付けられたと思った次の瞬間にはエルシオンに着いていたんだ……どうやって? 高速移動? 瞬間移動? あのぐにゃぐにゃした壁に何が? えっ、そもそもここは本当にエルシオンなの?
「く、クロウ君。きちんと私に説明―――」
「はいはい~俺の家に着きましたよ~」
目の前に現れたのは貴族が住んでいるような豪邸。1階部分にはこの町の住民? らしき人々が机の上で何かを書いていたり受付らしき所にいる少女と何か話していたりしているようでした。
見た感じだと豪邸を改装して役所みたいにしていると思ったのですが、クロウ君は「俺の家」と言っていました。つまり、一階の一部だけ役所にしているということなのでしょうか? いや、そもそもクロウ君は一体どんな豪邸に住んでいるのですか!? 冒険者ですよね? 今は領主かもしれませんけど少し前まで冒険者でしたよね!? いきなりこんな建物を建てたようには見えませんし前々から持っていたということですか!? 冒険者ってそんなに儲ける仕事でしたっけ!?
そんな私の考えなどつゆ知らずクロウ君は私の手を引っ張って中へと入っていきます。ああ、こんなところに来るのならもう少し身だしなみをきちんとしたかった……。
「あっ、クロどこ行ってたの……ってアルゼリカ理事長!?」
中に入って見ると真っ先に出会ったのはいつの日かクロウ君の従者だったエリラさんでした。
「ご、ご無沙汰しております」
「い、いえこちらこそ……」
「クロ、一体どうしたの?」
「ん? ちょっとあまりにもあれだったから連れてきた。ああ、そうそう。今日一泊させるから部屋一つ用意しててもらえない?」
「ふぇっ!? く、クロウ君!? 私そんなこと聞いていませんよ!?」
「そりゃあ、今さっき俺が決めた事ですから。あ、あとエリラ、お風呂も用意してもらえるか?」
「え、わ、分かったけど、何も準備していないから少し時間かかるわよ?」
「いいよ。とりあえず用意が出来たら声をかけてくれ。アルゼリカ理事長。お風呂の入り方は知っていますか?」
「お、お風呂!? え、えっと……軍人時代に少しだけ入ったことあるけど……っていやいやいや、ここお風呂あるのですか!?」
「ありますよ(キッパリ) じゃあ、誰か付き添いで連れて行かなくても大丈夫ですね。それじゃあこっちに来てください」
引っ張られるがままに私は二階へと連れていかれました。二階へ上がって見ると何やら元気な子供の声が聞こえてきました。
「あっ、クロウお兄ちゃんお帰りなのです!」
見ると猫耳の子供がこちらに向かって走り寄って来ました。は、話は聞いていましたが本当に獣族が住んでいるのですね。そ、それに今クロウ君のことをお兄ちゃんって……クロウ君はそんな呼称まで許しているというのですか……。正直私には理解しにくい考えです……。
「ただいま~、フェイは今から外か?」
そんな獣族の子供の事を全く気にもとめずクロウ君は、フェイと言った子供をよしよしと撫でています。
「はい! 今日はみんなともぎせんをするのです!」
「そうか、気を付けてやるように。怪我をしたらすぐに俺やテリュールに言うんだぞ?」
「はいなのです! ところで後ろのくさいお姉さんはだれです?」
「く、臭い!?」
「はい、何日もおふろに入っていない人の匂いなのです!」
「い、いやそもそもお風呂は毎日入るものでもな―――」
「こらこら、分かっていても女性に向かって面と向かって言うものじゃないぞ?」
「く、クロウ君!?」
「はいなのです! じゃあ、行ってくるのです!」
「おう、気を付けてな」
そう言いながら一階へと降りて行く獣族の女の子を笑顔で見送るクロウ君。一方、私はというと先ほどのフェイといった女の子とクロウ君からのダブルストレートにノックアウト寸前でした。
「臭い……私って今そんなに臭います?」
「まあ、獣族は鼻がいいですからね」
「……そういえばクロウ君も学園で―――」
「さて、着きましたよ。とりあえずここで私と一緒に待機しておきましょうか」
案内された部屋は少し広めの一室でした。ベッドが一つなあたりクロウ君の部屋でしょうか? あれ? でも、その割には女性の服とかも置いているから違うのでしょうか?
「ここはクロウ君の部屋ですか?」
思わず気になってしまい、私は椅子に座ろうとしていたクロウ君に聞きました。
「そうですよ」
「で、でも女性の服とかが見えるのですが……? ま、まさか女装が趣味―――」
「な訳ないでしょ。あれはエリラの持ち物です。この部屋は俺とエリラの部屋ですよ」
「……えっ? で、でもベッド一つ……」
「そりゃあ俺とエリラで一緒に寝ていますからね」
「……へっ?」
「取り敢えずお風呂の準備が出来るまでは適当にくつろいでいてください。基本他の部屋は殆ど使用中ですから入らないようにしてくださいね」
「……」( ゜д゜)ポカーン
「……ん? アルゼリカ理事長? どうしたのですか?」
「え、え、え……つ、つまりはそ、そ、そ、添い寝とか……」
「あー……まあ、添い寝だけじゃなくて夜の営みもまましていますし……って人に言うことじゃないですね」
「……はいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
あまりに唐突かつ別次元の回答に私の思考回路は全く追いつきませんでした。クロウ君を目の前に私は顔を真っ赤に染め、何の意味もなく左右を振り向きそして地面にへたり込んだのち再びあわあわする始末でした。
そんな私を見ていたクロウ君は「えっ、どうしたの?」と啞然とするだけでした。いやいやいや、クロウ君! あなたは自分が何を言っているのか理解しているのですか!?
「ど、どういうことですか!? 一緒の部屋ってだけじゃなく、添い寝とよ、よ、よ、夜の営みまでって……」
「あー……やっぱり珍しいですよね」
「いや、珍しいとかそんなことではあ、ありません! そ、それはお互いに了承していることなのですか!?」
「了承も何も……この家に住みだしてからずっとそうですし、俺もエリラも了承しているに決まっているじゃないですか」
「そ、そんな……」
何故でしょう。私は今までクロウ君のことは生徒や領主とかの地位は抜きにして少し年下の青年という見方があったのかもしれません。しかし、今の話を聞いてしまった直後から彼が物凄い大人に見えてきました。
「わ、私なんて……営みどころか添い寝なんて……」
「い、いや、アルゼリカ理事長もまだまだこれからですから、そんなに愕然としなくても―――」
「そ、それを年下に言われも説得力がありませんよ!」
「い、いや、俺が異常すぎるだけですから! アルゼリカ理事長が普通ですから! アルゼリカ理事長ぐらい美人ならこれからドンドンそんなお話が来ますから!」
地面にへこたれる私にクロウ君は慌ててフォローをして下さいましたが、このときの私は既にそんな声など聞こえてもいませんでした。
「……そういえば故郷の友達も何人か結婚していたわね……」
「え、えっと……」
「フフフ……私はいつになったらそんなお話が来るのでしょうかね……アハハハハ……」
「アルゼリカ理事長……素直に休みましょう……」
「……はい」
こうして、私は今日一日クロウ君の家でお世話になることになりました。
今年のクリスマスは仕事と歯医者とボッチです(´・ω・`)




