第262話:嘘は良くない
お待たせしました。色々考えたこともありましたが、今後の流れが一通り決まったので続きを投下します。
でかい。第一発声はこれだった。
俺の目の前に見えるのは、前の世界の大学を思い浮かべるかのような学園だ。基本的な建材はこの世界で一般的に使用されるレンガを使用しており、アーキルドが頑張って作ったそうだ。ちなみに材料集めたのは俺だ。粘土は地層さえ見つかればいくらでも集められるが、量が尋常じゃなかった。具体的な量は俺も分からない(集めたそばからアーキルドに渡していたため)一体、どうやってこの量のレンガを焼いたのだろうか……? いや、日干しレンガなら焼く必要はない……いやいや、まずこの量をどこで乾かしていたんだよ!?
ま、まあ出来たのなら問題ないのだけどね。
内部も見た感じ完成しており、今更ながらにアーキルドの能力の高さに驚かされる。あと、建築に対する情熱も……いや、あのレベルまで行ったらもはや情熱じゃなくて中毒だな。実際、そんな称号手に入れているし。
基本的に生徒が寝泊まりする寮も学園の前に立っており、こちらもレンガを材料とした巨大建造物だ。
これらの建物の各部屋の明かりは魔力を使用して電気で照らされるようになっている。魔力の供給元はいつかの下水道と同じで自然にある魔力を使用しているので環境にも優しい作りとなっている。
……あまり、思い出したくないが、この魔法道具アーキルドに見せた瞬間、子供のように大はしゃぎをしていた。いや、ただ子供のようにはしゃいでいたなら問題は無かったんだよ? その時のアーキルドの目は嬉しい眼差しなどではなく、どことなく狂気じみた目であったことさえ無かったらな……アーキルド……マジでごめんな。いや、アーキルドにとってみれば本望かもしれないけど。
それにしても学園と寮を組み合わせてみると、敷地面積は一体どれほどになるのだろうか……よくテレビで大きさを比較するために使われていた某ドームがあったが、アレに当てはめてみると10個分ぐらいにはなるかもしれない。
なんにせよ。アーキルドには感謝だな。もっともあいつに礼を言った場合「そんなことより建築させろ」と言い出しかねないが、いや絶対言うなあいつなら。
さて、学園関係はこれで問題はないだろう。あと残るのはハルマネにいる生徒や先生たちの移動ぐらいで、そこから先はアルゼリカ理事長たちが頑張る番だ。えっ、移動は心配しなくてもいいのか? という声があるかもしれないが、通常の魔物や山賊程度ならサヤとリネアが対応出来るから特に問題にはしていない。
気になることと言えば一体どれほどの生徒がこちらにやってくるかだ。人数の確認はアルゼリカ理事長に頼んでおり、俺は全く知らない状況だ。今度、顔を出したついでに聞いておくことにしよう。
顔を出すと言えばラ・ザーム帝国の反乱鎮圧後からグラムスに全く顔を合わせていないな。
あと三か月もすればエルシオンと交易を始めると言うのに何も連絡がないというのはちょっと気になるところだ。前の反乱でラ・ザーム帝国の精鋭は全滅に近い被害を受けたらしいからあっちこっちで問題が起きているのかもしれない。というか、まず死者戦死者数千名以上の時点で既に国として成り立つのか疑問に感じるが、実際に成り立っているのでこれは置いておこう。
なんにせよ、エルシオンと公式で取引を行ってもらえる国が簡単に崩壊されても困るので、こちらも後で顔を出して色々と聞いておくことにしよう。そういえば、前にフォート城で魔物と戦っていたアルダスマン国の軍隊って結局ラ・ザーム帝国に収拾されたのかな? アルダスマン国の首都周辺はラ・ザーム帝国が支配しているらしいから、おそらくそうだろう。もっとも、別の魔物に襲撃を受けて全滅していたら話は別であるが。
……う~ん……やる事が多すぎるなぁ。やっぱり俺一人でやるとなると時間が圧倒的に足りない。裏方作業はいつの日かエルシオン中の奴隷商人をぶっ潰し回ったときに保護した面々やうちの子たちでも出来ないことは無いけど、どうしても表向きに活動できる人物が圧倒的に少なすぎる。てか、俺以外にいないよね? エリラは未だに冒険者ギルドでブラックリスト入りしているから、いくら国にとして立場を保証しても相手方の内部にまで納得させることは難しいだろうし、ミュルトさんはギルドとして表立って動けないし、ソラは年齢的に難しいだろうし……いや、そもそも今でも手伝ってくれるだけ有難いのに、それ以上の要望は俺としてはしたくないしなぁ……。
まあ、今までがとんとん拍子だったんだよな。ここら辺で一度じっくりと腰を据えて動かないと、後になって手遅れでしたなんてごめんだからな?
一先ず目下の優先順位は魔法学園とラ・ザーム帝国の件だな。魔王(笑)の方は……ちょっと後回しになるけど仕方が無いか。もともとそういう約束だったし。
そんじゃ、まずは魔法学園の方からだな。
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季節は肌寒い冬であったが、それでも日中に部屋の中から鏡越しに降り注ぐ日光は睡魔という一部の人間は即座に負けてしまう魔物を連れてくる。
そこに部屋に用意された暖炉と連日の激務による疲労が合わさればより強力な魔物となって人間に襲い掛かり、負けた人間は睡眠という快楽へと落ちて行く。
そして、魔法学園の理事長であるアルゼリカも、またこの魔物の犠牲者であった。
「……( ˘ω˘)スヤァ」
机の上で書類を枕にして眠るアルゼリカ。この3か月間間違いなく彼女が一番働いたであろう。
魔法学園の移設。それは魔法学園そのものだけではなく、その周辺に取り巻く者たちにもただ事ではなかった。
連日のように押し掛ける元貴族の使者やハルマネに拠点を置く商業者。そこに追加して周辺に住む住民からの説明要求……魔法学園も何度かにわたり説明は行っていたが、それだけでは納得がいかない一部の者への対応に魔法学園の職員たちは困り果てていた。
そんな中、特に激務だったのが他ならないアルゼリカであった。学園の代表者ということで日中は外部者への説明と質問に対する応答、夜は夜で魔法学園長としての作業に加え移設準備。「あの人が最後に自宅に帰ったのっていつだっけ?」そんな声もよく聞こえるようになった。何人かの職員が一度休まれては? と再三意見を言ったのだが。
「気にする必要はありません。これは私がやらなければ誰も出来ないことですので―――」
実際、魔法学園の殆どの決定権は理事長であるアルゼリカが持っており、他の教職員はあくまで生徒に教えるだけの教員という立場だった。補助員的な存在もいるのはいるのだが、前回の戦争で半数ほどを失っており、また残った半数もアルゼリカ同様、日中は外部への説明にあたり、夜は書類整理などの作業で全員手が埋まっている状態なのだ。で、そこに過労でぶっ倒れる人が続出しその人のフォローも結局、アルゼリカが行うしかないという今、世の中で度々問題になっているブラック企業顔負けのブラック具合である。アーキルドの場合のブラックは自主的なものだったが、こちらは正真正銘のブラックである。残業270時間超えのサービス残業である。何故過労死しない? と言われてもおかしくないレベルである。いつの日かネリーが理事長室を訪れた時よりも遥かに状況は悪化していると言わざるを得ないだろう。
だが、そんな地獄も残り数週間のことである。そう思うと多少気が抜けたのか、疲れがピークを超えたのかは定かではないが、気が付けば執務中でもアルゼリカはウトウトしてしまうことが増えていた。そんなときである。
―――ガンガンガン!!
「ひゃぃ!? 寝てましぇん! 起きていましゅよぉ!!」
突如として部屋に響く打撃音。その音は眠りの世界からアルゼリカを引きずりだし、椅子から飛び上がらせ更に噛んでしまうというトリプルコンボを生み出してしまった。
慌てて目を擦りいつの間にか垂れていた涎を拭う。誰が来たの!? と内心バクバクの状態であったが何とか座をただすことは出来た。
だが、肝心の来客は来ない。頭にはてなマークを浮かべるアルゼリカであったが、この流れはと窓の方を見ると……。
「アルゼリカ理事長~開けてくださ~い」
そこには、窓をガンガンと叩くクロウの姿があった。
やってしまった……よりにもよってこんな所を彼に見られるなんて……。内心はムンクの叫びのような顔と共に絶叫を上げつつも、窓に近づき掛けていた鍵を外し、彼を中へと招き入れる。
「……あなたは窓以外からここへ来るという発想は無いのですか……?」
「いや~こっちの方が一々許可を取らないし無駄に人を通す必要が無いので楽なのですよね~」
「今のあなたなら顔だけでフリーパス出来るでしょうに……全く……」
「それにしても……アルゼリカ理事長、大丈夫ですか?」
クロウはアルゼリカ理事長の顔をまじまじと見つめながらそう言った。
全然大丈夫じゃないわよ。彼女の本音はこれであったが、そんなことを彼に言う訳にもいかず必然的にアルゼリカは誤魔化していた。
「大丈夫ですよ。ちょっと残業が続いたから眠かっただけよ」
「……本当ですか?」
「……本当よ」
嘘つけ! クロウの顔からはそんな声が聞こえてきそうだった。だが、アルゼリカ自身が大丈夫と言うので早々に追及は諦めたのか「そうですか」と自身が入ってきた窓をそっと閉じた。ホッとしたアルゼリカであったが、彼女は理解していなかった。クロウが窓を閉めた本当の理由を……。
「……『寝てましぇん! 起きていましゅよぉ!!』」
「!?」
「いやぁ、アルゼリカ理事長も可愛いですね。あんな可愛らしい声と共に飛び起きるシーンなんて早々見られないもんですよ」
「……(プルプル)」
見られていた。いや、それだけでなく聞かれていた。それは彼女にとって黒歴史入り間違いなしのシーンであった。しかも、自分を助けてくれた青年に聞かれるなんて……。まさに穴があったら入りたい状態のアルゼリカにクロウはさらに追撃する。
「あっ、でも書類は乾かさないと駄目ですよ? 人に出すものであるなら書き直した方がいいのもあるかもしれませんよ? あと、椅子で寝ていると体に悪いので寝るならベッドで休んだ方が良いですよ? それからアルゼリカ理事長は魔法学園の代表なのですから、いくら連日籠っているからって身だしなみは整えましょうね。あと、汗をかいたら着替えた方が良いですよ? アルゼリカ理事長少しだけ汗くさい―――」
「や、やめてくだしゃゃゃぁぁぁぁぁい!」
耐えきれなくなったアルゼリカ理事長はクロウの胸ぐらを掴むと、そのまま激しくシェイクを開始する。
「分かっていたでしょ!? 分かって言っているでしょ!?」
「いや~、だってアルゼリカ理事長が大丈夫だって言うから少し外部的なアドバイスを―――」
「嘘つかないで! 初めから全部分かっていたでしょ! 私が徹夜続きの残業だらけって!?」
「そんな気はしたんですけどね~でも、アルゼリカ理事長が大丈夫だって言うから~いや、それにしてもアルゼリカ理事長。先ほどは随分と幸せそうな睡眠を―――」
「あああん! ごめんなさい! 私が悪かったです! ですから、それ以上言わないでぇぇぇぇぇぇ!!!」
結局、クロウに遊ばれる形で全てをまき散らしてしまったアルゼリカ理事長なのであった。
アルゼリカ理事長は可愛い。
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ここまで、これたのも皆さんのお蔭です。本当にありがとうございました。
そして、今後も異世界転生戦記をよろしくお願いします。
なお、書籍化記念に伴い特別SSを投下する予定にしております。投下する場合はおそらく、数年間放置されている「異世界転生戦記~もしも」の方になると思いますので、その時はまた改めてお伝えします!




