表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/270

第261話:魔王の胃薬が増えたようです

「その話は本当か?」


 グレムスにて報告を受けた魔王は伝令兵に再度問いかけた。


「ま、間違いございません。現在、北部治安部隊隊長のムズラム様が直接現場に急行している模様。被害状況や原因は一切不明です」


「……また頭の痛い内容だな……分かった、下がれ」


 伝令兵は一礼をするとその場を後にした。そして、伝令兵が部屋から出たことを皮切りに幹部の一人が声を上げた。


「一体どういうことだ! 村は破壊されていたが、死体どころか血痕すらも見つからないとは聞いたこともないぞ!?」


 もちろん、他の幹部も同じ意見である。そもそも魔族領の北部はどの国とも国境を接していない地帯であり、魔族領の中でも比較的安全な地域という認識が強かった。

その北部でこのような事態が起きると誰が予想出来ようか。もっとも、北部は海と面しているので海からの経路で侵入出来ない訳では無い。だが、気付かれずに上陸するためには海岸線を監視する部隊の目を盗むほかに方法は無い。厳重までは行かずともそれなりに警備がされている箇所から村数個をあっさり制圧されるほどの部隊を送り込めるとは到底考えられなかった。

さらに言うなれば、個人主義の魔族たちは普段から自主的に力を付けている。兵士ほど集中的に行っている訳では無いが、最低でも人間の一般市民程度なら子供でもあっさりと殺せる程度の強さは誰でも持っているのが常識である。


「何が襲ってきたかは知らぬが逃げたのか?」


「いや、流石に無抵抗で逃げた訳では無かろう」


「だが、死体どころか血痕、内臓一つ見つかってないのだぞ?」


「逆に無抵抗で逃げたとしても死体の一つぐらいは残ろう。もしかすると連れ去られたりした可能性は無いか?」


「それこそ、血痕一つないのはおかしいだろ? 無抵抗で連れ去れたとしか考えられぬぞ?」


「そうだな、いくら小さい村だとしても住民を丸ごと連れ去ったとなれば、並大抵の軍ではないだろう。だが、どこからやって来た? 他の地域どころか海岸線を守る警備隊からもそのような情報は来ておらぬぞ?」


「穴を掘ったり空から飛んできたりしたのか?」


「いや、穴を掘るならまだしも、部隊レベルで空を飛べる軍を持っている種族など他種族にいるとは聞いたことが無いぞ?」


「穴を掘るにせよ、北部の奥地まで掘るなど聞いたこともないぞ? それに掘るなら辺境の小さな村ではなくもっと大きな街を狙うはずだ」


 様々な憶測が飛び交う幹部たちの声を魔王はただじっと聞いていた。一見すると幹部たちの声を聴き意見をまとめているように見えないこともなかったが、このチキン魔王にそんな余裕があるはずもなく。心の中では汗ダラダラの葛藤中であった。


(いやいやいやいやいやいや、待って待ってどういうこと? 村数個分の住民が一斉に姿を消すなんて聞いたことも無いんだけど。えっ、クロウ? クロウの仕業なの? あの人なら可能そうだけど……い、いや、そんな話は彼から聞いていないし……で、でも私に内緒で勝手にやっていることも十分考えられるよね? で、でもそんなことやるメリットがどこにあるの? そもそも、姿を消したってどういうことよ? 殺された訳じゃないの? も、もしかしてどこかで捕まって人体実験を……? えっ、えっ、嫌だよ。そんないかにも痛そうな事に私は巻き込まれたくないよ!? で、でも魔王だから対処しないといけないよね? で、でもどうやって? 何をすればいいの? 手掛かりも何もないよね? 軍隊を送るにしても、そこに回せる予備の部隊なんて今の魔族にあったかしら……? そ、そうだもともと対クロウ用に作った部隊があったはずだからそれを回せばいいのかしら? そうだそうしよう。というかそれ以外に思い浮かばないのだけど。幹部たちは原因を考えているみたいだけど、どう考えても情報不足だからどうしようもないよね?)


「魔王様。いかがなされますが?」


 そうこうしているうちに、幹部たちの声は止み、代わりに幹部たちは魔王の方を全員向いていた。


「……そうだな。どうしたものか」

(訳:やめてぇぇぇぇ! みんなで一斉にこっちを見ないで! 私に言われてもどうしようもないよね!? なんなの? みんな揃って困ったときは魔王頼りなの!?)


「取り敢えず援軍要請があるようですので、誰かを送ってみては如何でしょうか? まずは現場の状況を掴むのが一番かと思われますが」


 幹部の一人が意見を申し出る。だが


「まて、どの軍団を向かわせるのだ? 北部という辺境に主力を向かわせる訳には行かぬぞ?」


「では、どの軍団を向かわせる? 第47歩兵部隊と第26強襲部隊の穴埋めも出来ていないのだぞ? 寡兵で良いのであればいくらでもあるが、このような不測の事態で信頼できない部隊を送るのはあまりにも危険すぎるぞ!」


「だが、首都の守備を疎かにするわけにはいかない! ここは、指揮者だけ信頼できる奴を付けて寡兵だけでも行かせるべきだ」


「それでは指揮者に不満が溜まるだけだ。それに寡兵を連れて行くなら数人の優秀な兵を付けて急いで現場に急行した方が有効だ」


「馬鹿野郎! 援軍と言われているのに数人の兵士だけ連れて行ってどうするんだ!」


「そもそもムズラムもムズラムだ! 援軍など弱腰になりおって。それくらい自力でなんとかしてもらわなければ治安部隊の隊長など任せられないぞ!」


 再び論争を始める幹部たち。もともと個人主義の集まりである魔族なので、このように論争になることは日常茶飯事だ。酷い時には殴り合いで決めることもあるほどだ。小田原会議よりも酷い光景と言えるだろう。もっとも、そんな人物たちは早々に幹部の座から外されるが……そういえば、殴り合いで決める人物と言えばクロウ周りにもいた気がするが、ここではその話は置いておこう。


「……静まれ」


 そんな幹部たちに魔王は《威圧》を放つ。《威圧》を受けた魔族たちは一斉に静まり返る。こんな魔族たちでも上手く回っているのは、外ならぬ魔王という存在があるからであろう。……もっとも、今の魔王の真の姿を見たら最後、威圧も何もない気がするが。


「お前たちの意見は良く分かった」


「で、ではどうするので?」


「まず、今回の件に関しては余りに情報が少なすぎる。それに村人が一斉に消えたことも気になる。よって人材としてはそれなりに信頼する人物に任せたい。なので、ついこの前新設した第99対魔人部隊を向かわせようと思う」


 第99対魔人部隊とは対クロウを想定して新設された部隊である。魔力崩壊状態の魔族を単騎で討ち取ったその強さが魔族のようだったので「魔族のごとき人間=魔人」と呼ぶことにしたのである。魔族に魔人と呼ばれるクロウもクロウであるが、自分たちの存在を現す魔という文字を宿敵の人間に付けるのもどうかも思われるかもしれないが、彼らにとって魔族と言う言葉は同士を現す共通名称であること以外に、意味も思い入れもないので本人たちは気にしていないようだ。ちなみにこの考えに唯一外れたのが魔王で「人に魔人って付けてしまった」と少しだけ気になっていた。そして、彼と出会ったことで、胃薬が必要になったのは言うまでもないだろう。

 ちなみに話は脱線するが、魔族の部隊の前に付く「第〇〇」という呼称は部隊の用途によって使い分けられている。例えば第1~10は精鋭と呼ばれる部隊に付けら、第20~29は強襲関係の部隊に付けられる名前である。なので短縮して「第1」とか呼ばれることもある。部隊が消滅した場合即座にその番号は空きとなり次の部隊が新設されるまでは欠番となる。


「あ、あれを向かわせるのですか? た、確かに隊長はハヤテですし、対魔人を想定しているためそれなりの強さを持った兵士が配属されていますが、それでは部隊の創設意味が……」


「そうだな。だが、現状動かせる部隊の中で一番の精鋭であることは間違いないだろう。実戦訓練も兼ねて部隊の総合力を確認させてもらおうではないか」


 と魔王は言ったが、心の中では「どうせならこの機会に、対クロウ用から別の部隊にしてしまいたい」と思っていた。部隊が新設されたのが、クロウが魔王と出会う丁度1週間前のことだったので魔王からしてみれば実績を上げさせて別用途にしちゃいたいという思惑があったのだろう(あと、胃薬の消費量も減らしたかったのかもしれない)

 他の幹部たちも創設意味と違うということ以外は、別段に反対をするものはいなかったため、結果として第99対魔人部隊は北部で起きた事件の調査部隊として任命されることになったのだった。

 そして、この事件が原因で魔王の胃薬の量も増えることになるのだった。

 クロウに胃薬を作ってもらおう!(提案)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ