第245話:郷に入らば郷に従え
エルシオン総合犯罪管理所。アルダスマン国時代からの名残で、犯罪の取り締まり、犯罪者を拘束しておく牢屋などがある、日本で言う警察署と刑務所の合体した施設だ。
エルシオンがクロウの統治下に置かれた今でもその役割は変わらない。ただ、管理をする人が兵士からクロウに変わっただけだ。
「くそがぁ!!」
ガァンと鉄格子を蹴った音が辺りに響く。
「やめとけ、下手な事をして拘束時間が延びたらどうするつもりだ?」
鉄格子を蹴った男を別の男が宥める。
「分かっている! だが、こんな理不尽な仕打ちあってたまるかよ! 奴隷を売ったら犯罪者になるなんざぁ、聞いたことが無いぞ!」
やり場のない怒りを言葉にして吐きだす。だが、その行為自体も無意味な事は誰の目から見ても明らかだった。だが、そんなことはこの男も分かっていた。分かっている上で行っているのだ。
「それも人間だけならまだしも、獣族までだと……!? ふざけるんじゃねぇ!」
「……気持ちは皆同じだ。だが、今は大人しくしておけ」
今、この管理所の中はたくさんの人がいた。その殆どはこの街で奴隷を売買していたことによる犯罪者たちだ。鉄格子の檻の中にはそれぞれ2~3人ほどの犯罪者が入っており、その殆どは知った顔同士だった。同業者と言う事もあり積極的に交流を行っているのだろう。
怒りを鉄格子にぶつけていた男は同じ部屋の男に宥められチッと舌打ちをすると大人しく地面へと座り込んだ。
そんな時だった。コツコツと誰かが近づいてくる音がした。犯罪者たちがいる檻は地下に存在しており、地上との出入りが行えるのは一か所だけとなっている。その為、足音が聞こえるや否や、全員が同じ方へと視線を向けた。
やがて、その足音の主が姿を現した。姿を表すや否や、全員の視線が一気に厳しくなる。無理もない、ここにいる殆どの犯罪者はこの人物によって捕まったのだから。
牢屋越しに分かる殺意や怒りに気付きつつ、降りて来た人物は声を発した。
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俺は今、地下牢に来ている。この地下牢には今現在、30人ほどの犯罪者たちが捕まって閉じ込められている。まあ、その殆どは俺が捕まえた人だけどな。
で、なんで俺がこんな所に来ているかと言うと、その捕まえた犯罪者と交渉をするためだ。
「奴隷売買の罪で捕まった奴は良く聞け。他の国や街では知らないが、お前たちのしたことはこの街では違法行為だ。それも知っている上で商売をしていたのだから言い逃れは出来ない」
「「……」」
「当然、お前たちは法律に乗っ取り罰を受けなければならない。だが、今奴隷売買による罪で捕まった者にはこれと言った罰則は存在しない」
「じゃあ、何故俺たちはここに入れられているんだよ!」
俺の言葉に一人の犯罪者が声をあげる。
「まだ、罰則の内容が決まっていなかったからだ。だが、その罰則内容が決まったから俺はお前たちに伝えに来たのだ」
まあ、俺一人で決めたのだが。
「……で、どうするつもりだ?」
「何、構える必要は無い。なんせ、お前たちは条件を飲めば今すぐにでもここから出る事が出来るのだからな」
「……なんだと?」
「内容は簡単だ。まず罰金200万Sを払ってもらい、今後この街への立ち入りは一切禁止する。以上だ」
「……?」
「なお、今後再びこの街に足を踏み入れようものなら一切容赦はしない。見つけ次第死んでもらおう。例え奴隷売買が目的でなくともだ」
「何故そんな事をする?」
先ほど俺の声に噛みついた犯罪者が疑問の声をあげる。
「それをお前たちが知る必要な無い。なお、条件を飲まないのであればここで十年ぐらいは拘束するつもりなのでそのつもりでいることだな。明日の朝、再びここに来て答えを聞くから考えておくことだな」
俺はそれだけ言うとその場を後にした。
さて、何故今回このような結論に至ったのか説明をしようか。まず、この世界の常識をおさらいしておくと、この世界では奴隷の売買は殆どの場所で合法だ。人間を売買する場合は奴隷者自身による意思が必要だが、獣族を始めとしたその他の異種族は問答無用で捕まえて売ることが出来る。中には国が率先して異種族を捕まえて売る事もあるぐらいだ。アルダスマン国がその例だな、ニャミィを始めとする家族の殆どはアルダスマン国の正式な軍隊に捕まっていた。それを俺が一方的にボコボコにして救出しただけだ。
要は、この世界で俺は異端者みたいな行動を取っているという訳だ。
世の中全てを黒白で分ける事は不可能に近い、今回の件もこの街のルールからしてみれば当然黒だが、世界の常識からしてみれば白なのだ。そうなるとこの街にも風当たりが強くなるのは必然となるだろう。勿論、そんな事は見越している。だからこそ、最初にこの街を出る期限ともいうべき時間を与えたし、奴隷の所持についても人間は禁止して異種族は手続きを行い指定の金額を払えば所持をして良いとしたのだ。その気になれば全て禁止しても良いが、そうなるとこの街に訪れる人は自然と減っていきに経済的な打撃を受ける事になる。お金は天下の回り物とはよく言ったものだ。だからこそグレー領域を作り徐々に完全禁止にするつもりだ。
で、今回の件に戻るが、奴隷商人たちをここで殺してしまうのは容易いが、そう簡単には世間が許してくれないと言うのが現状なのだ。もっと街の力が強くなれば無視してもいいが、今は出来るだけ穏便に済ませこの街の発展を阻害するような事はしたくない、そこで、今回だけ特別に条件付きで開放することにしたのだ。
まあ、意外と維持費が掛かったり、人手不足で手が回らなかったりとその他の問題も重なっているのだが……勿論、殺人とか窃盗とかは普通に捕まえておくが。
そして翌日。奴隷の売買で捕まったすべての犯罪者がこの条件を飲み、この街を去って行った。と言うか全員良く200万Sも持っていたな……流石は商人という訳か。出来ればもう二度と来て欲しくはないものだ。
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「やれやれ……結局大損だったな」
エルシオンを離れた奴隷商人たちは取りあえずグループを作り近場の街へと移動を開始していた。普通、街の外を出歩く際は冒険者に護衛を頼むことが多いが、クロウが反乱軍をぶっ飛ばした時に近くにいた魔物たちもまとめて吹き飛んでしまったので、この近辺は比較的安全だった。それ以外にも200万Sもの大金を失った事も大きかったが。
「で、これからどうするよ?」
「あっ? 決まっているだろ。取りあえず自宅に戻ってまだ商売の準備をする」
「まあ、そうなるよな」
「んで、その後商業ギルドに伝えて冒険者ギルド経由であの街に賠償金を要求する」
「……は? 何を言っているんだ……そもそもギルドは中立だろ?」
「何を言っているんだよ。そんな信条みたいな決まりごとなんか守っている訳ないだろ? 国にもたまに手を出しているんだからな」
「マジかよ……俺初めて聞いたわ」
「むしろ、お前のようなピュアな存在がまだいたこと自体が驚きだわ。冒険者ギルドの方は知らないが、商品ギルドの位が高い奴は国に媚びを売りまくっているぜ? 俺たちから徴収したお金を使ってな」
「な、なんだと……!?」
「それでも誰も文句は言わない。何故か? それは文句を言えば最後、二度と陽を拝めなくなるからだよ。いや、もしかしたら命すらも危ういかもな。商業ギルドの裏なんざドロドロの利権争いだらけだろうな」
「で、でも今回の件で動くのか?」
「動く、必ずな。上の奴らは自分が儲けていい生活をすること以外は何も考えていない。逆に言えば少しでもいい話があれば必ず飛びつき自分のものにしてしまうのさ。それもどんな手を使ってもだ。今回の相手は街一つだ。そいつらが賠償金を払うとなればそれは何千万……いや下手をすれば何億Sという大金なるだろう。しかも今後、同じ事が起きれば同じ手で稼げるんだからな。しかも失敗しても自分たちの懐は痛まないとなればやらない手はないだろう」
「すげぇな……でも、それで俺らにメリットはあるのか?」
「メリットか……まあ、今後大きな顔をして商売が出来る事ぐらいじゃないか? だが、そんなことはどうでもいいんだよ。俺はあのクロウとかいうガキが酷い目に遭えばそれで満足なんだよ。いわば仕返しだな」
「お、俺は知らねぇぞ……」
「なんだ? ビビったのか? そう言えばお前は最後まであの街で商売することには反対していたな」
「当たり前だろ。聞けばあのクロウって奴はたった一人で軍隊一人を一瞬で壊滅させたそうじゃねぇか……それ以外にも配下が滅茶苦茶強くて、ある冒険者はあいつの配下の獣族に公衆の前でボコボコにされた挙句、ズボンを切り裂かれて下半身露出されたまま街中に放り出されたそうじゃねぇか」
「ハッ、そんなのどうせデマに決まってらぁ。獣族に好き勝手にやられた奴も所詮は雑魚だっただけだ」
「……まあ、別に俺はあんたを止めはしないが、俺を面倒なことに巻き込むなよ? もう、こんな目に遭うとかごめんだからな?」
「勝手にしてろ。とにかく俺はあいつを一度ギャフンと言わせないと気が済まないんだよ! それに俺が言わなくとも、あの街で奴隷商人が消息を絶てば嫌でもあの街に調査が入る。それが遅いか早いかの違いなんだよ」
八つ当たり……と言うのはこの事を指すのであろう。罪を犯したのは自分であることを忘れ商人は笑い声を上げる。
どこに世界にも自分たちから知れ見れば常識はずれな法律や習慣は存在する。それはグローバル化が進んだ現代日本でも良く分かる事だろう。ましてや、その文化に外の人間が入ろうとするならば、それは徹底的に郷に入らば郷に従えを遵守した者のみしか成しえない事だろう。それが出来なかった者の末路は……それをここでは言うのをやめておこう。ただ、一つ言えることはその結果は本人だけでなく、元からいた人にも迷惑をかけてしまう事だろう。
07/25:商人ギルドと表記していましたが正しくは商業ギルドです。該当箇所を修正しました。




