第244話:救済は……
お待たせしました。
何故か、最近獣族たちに搾り取られます。きっとスキルの恩恵が無ければ今頃干上がっていたでしょう。
違法奴隷商売を摘発すること数日。エルシオンに存在していた奴隷商人はゼロとなった。《マップ》でいくら『奴隷商人』で検索しても出てこないので、ゼロと見て間違いないだろう。
さて、数日の摘発で保護した奴隷の数は約80人で、人間6割の獣族4割の比率だった。
取りあえず彼らは家に一時的に泊めてあげることにして、俺はアーキルドに彼らの住居の作成、及び未だに家無しの避難民(アルダスマン国の首都から逃げて来た人など)の仮設住宅の作成を優先するように指示をだした。
元々、仮設住宅は少しずつだが建設はしていた。しかし、奴隷商人が次いつまたこの街に来るかもわからない状況で、これ以上無駄に奴隷になる人を増やすわけにもいかない。と判断して最優先事項に変更をしたのだ。
さらに、アーキルドばかりを動かし続ける訳には行かないので、保護した人族や獣族にも作業の手伝いをさせる事にした。具体的には資材の確保、材料の加工を中心として、可能なら建築の手伝いといった感じだ。
あと、彼らには正規労働者として賃金も払う事にする。支払い単位は日給1500S(E級冒険者の1回分のクエスト報酬金額よりやや上)で、必要な衣類や食料などはこちらで用意する衣食住完備の仕事なので、誰も文句は言わなかった。というかむしろ「えっ、そんなに?」と逆に驚かれる始末だ。話を聞いてみるとこの世界でのアルバイトに支払われる日給は500~700程度。これだけだ。当然住み込みじゃなければ住む場所も自分で確保しなければならない。まあ、住む場所の確保は分かるけど、500~700Sって少なくないか?
……と最初は思ったが、よくよく考えてみるとエルシオンに来たとき泊った《猫亭》は一泊1000Sだったことを考えると、妥当なのかもしれない。それでも少ないと思うけど。
それから、保護した奴隷のうち、獣族については俺特製の《自由の紋章》と名付けたネックレスを付けてもらった。これはどういう能力を持っているのかと言うと。
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アイテム名:自由の紋章
効果
・《契約》の無効化
・このネックレスは使用者以外が外すことは出来ない
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とまぁ、《契約》の阻止をする装飾品だ。また、連れ去られて奴隷にでもされたら困るからな。勿論、そんな事をしようものなら速攻でそいつを捕まえて牢屋に入れてやるけどな。念には念を入れてという訳だ。
人族はそもそも奴隷になることを強制させることは世界的にも違法なので問題は無いと判断した。実際奴隷になっていた人族に話を聞くと8~9割ほどは自ら志願したとのこと。
さて、これでアーキルドの方もいくらか楽にはなるだろう。気付けば数か月ぐらい不眠不休で働いているようなのでいい加減休めと言いたい。いや、俺は言っているぞ。ただ、当の本人が「こんな仕事パラダイスで休むなど片腹痛いわ!」と言ってやめる気が無いのだ。精霊って休む必要ないのかなと一瞬勘違いしてしまいそうになる。ブラック企業では断じてない。むしろホワイトです。ただ、彼だけ何故か自らブラックの道に進んでいるだけなのです。
ちなみに、仕事の追加をお願いすると「うっひょぉ!」と狂喜していました。駄目だこの精霊、早く何とかしないと……(既に手遅れ)
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次に手を付けたのは仕事(公共事業)だ。そもそも城壁だったり治水だったり、開墾だったりと仕事は山ほどある。だが、これらほぼすべての仕事は俺一人でも出来てしまう。むしろ俺一人で行った方が間違いなく早い。
だが、それでは経済は回らない。始めは俺が出来るからいいかなと思ったのだが、そうしてしまうと、仕事が無くなりお金の入手手段が消えてしまう事になり生活が困窮、そして自ら奴隷へと負のスパイラルに陥ってしまう可能性があるのだ。
そうなってしまう前に早めに手を打ってしまおうという訳だ。
具体的な政策だが、まずこの街で不足しがちな食料を改善するために、開墾を行ってもらう。過去に俺が少しだけやったことがあるが、そんなレベルでは無い大規模な開墾だ。それと同時に治水作業も行う。水自体は魔法で作る水生成器があるが、畑にまで水を引き延ばす必要がある。まあ、穴掘りだな。あと、俺はもう二度とあの下水道には行かないからな。行くにしても消○力常備でしか行かないからな。
話を戻して、当然力仕事が苦手な女性や病弱な人もいるだろう。そんな人たちのためにも仕事を用意する必要がある。で、用意したのが薬の作成だ。
《錬成術》は覚えるまでが大変だが、覚えてしまえばこれだけで飯を食っていけるほど安定する。それを量産できる体制にしようという訳だ。輸出先はラ・ザーム帝国で、武器関係の輸出はしないが回復薬程度のものならジャンジャン送らせてもらおう。
その薬草を作るのも材料が必要なんので、栽培する人、回収する人、作成する人と作業を分けて行わせようと思う。
それらの仕事を行う人間を募集するのだが、基本誰でも問題は無いが、優先権は難民次にエルシオンの住民、最後にその他となる。仕事の日給は先ほどの保護した奴隷たちの1500Sを基準に、重労働は高く、内職関係は低く設定することにする。そして、家が無い難民たちは仮設住宅に住んでもらう事で一応、仕事と住居が確保できる。食料に付いてだが、先ほども言った通りこの街は現在不足気味なので、多少は配布出来るかもしれないが、完全は難しいだろう。魔法で作れない物はいくら俺でも集めるのは簡単では無い。この状況を打破するためにも早めに開墾が急がれる。
あと、仮設住宅の設置期間は最長7年程度と考えている。いつまでもこちらのすねをかじって生きて行かれても困るからな。悪いがそこはシビアに行かせてもらう。まあ、仕事さえしていれば数年もあれば例の50万の家ぐらいは建てられると思うのだが、怪我、病気などで難しそうならエルシオンの住民限定でお金の貸し出しも考えようか。
こうして、エルシオンに新たな難民用の仮設住宅の建設と公共事業が開始された。仮設住宅及び、公共事業への参加受付は街のギルドにお願いをした。もちろんタダという訳には行かないのでギルドにはお金を支払っている。無料で行うとギルド中立の精神に反するのだとか。一時的にギルドが街を管理していた時期があったが、あれは龍族による攻撃が原因だったので管理していただけだ。街の統治権が俺に移った今、ほいほい手を貸しては貰えないのだ。まあ、しょうがないよね。ただ、ミュルトさんはときどき、一個人として手伝ってもらえるときがある。住宅や仕事の管理のノウハウは彼女の方が持っているので、こちらとしては大助かりだ。ただ、前に一度倒れたことがあるだけに無理はさせないように気を付けないとな。
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夜も遅い時間帯になった頃。テルファニ家の一室には未だに明かりが灯っていた。
「……」
「ローゼ様」
「……来ましたわね……で、どうでした?」
「情報通りでした。エルシオンは一度ラ・ザーム帝国の統治下になったのち、現在はクロウ様が都市国家として治めているようです。ウグラを始めとしました彼らの家は早々に潰されて今はどこにもないとのこと……」
「……そう……ありがとう」
「……ローゼ様」
「何?」
「……私がテルファニ家に仕えてそれなりに年月が経ちました。ローゼ様の目標がテルファニ家の悲願であることも重々承知しています。ですが、ウグラ……彼ら一家が亡き今、もはやエルシオン奪還を行う意味は果たしてあるのでしょうか? ましてや、相手はローゼ様たちの命を助けたクロウ様でございますよ……?」
「……私も今、それを考えていましたわ」
「では―――」
「ですが、それとこれはお話が違いますわ。確かにこれが私の意志だけであるならば、早々に諦めていたことでしょう。ですが、祖父から続くエルシオンを始めとする旧領奪還を果たさなければ今までの努力は全て水の泡……つまりは、祖父たちの努力も無に返ってしまいますわ……そうなれば今まで流れた英霊たちが報われませんわ」
「……それは、生きている者を犠牲にしてまでも必要なことでしょうか……?」
「ゼノス……人間は時に、理不尽な選択をする生き物よ。例えそれが身の破滅を引き起こすことが分かっていようがね」
「しかし……今回ばかりは相手が悪すぎではありませんか? 相手は魔物の大軍を一瞬で葬り去ったクロウ様でございますよ? それに対してこちらはろくな兵も……」
「そんな事は分かっていますわ!」
「では、今一度考えを―――」
「ゼノス! 私の意志……いえ、テルファニ家の意志は変わりませんわ!」
「例えそうだとしましても! 今のクロウ様に挑むのは余りに無謀ではありませんか!? せめて、もう少し実力が縮まってからでも……」
「何を言っているのかしら? 早く行動を起こさなければ私とクロウの差はどんどん引き離されていくことでしょう。ここで動かなければ逆に私たちにチャンスは無くなりますわ……いえ、今でさえもチャンスとは言えないでしょう」
「……」
「それに勝算が無い訳ではありませんわ」
「えっ?」
「これをごらんなさい」
そう言ってローゼがゼノスに見せたのは小さな薬だった。色は紫色で色からしてこれが危険な物であることを、ゼノスは一瞬にして理解することが出来た。
「な、なんでございますかこれは……?」
「さぁ? 私にも詳しい事は分かりませんわ。ですが、これを飲めば一時的に超人的な力を得るとのことですわ、全ステータスの大幅パワーアップ、魔法の詠唱時間の短縮に威力アップ。それ以外にも様々なプラス効果があるそうよ」
「!? そ、そのような効果の薬が何も無い訳がありません! もし、これでローゼ様の身に何かあったら―――」
「何かあっても良いのよ」
「えっ……?」
「私が死んでもテルファニ家はまだ続くでしょう。しかし、私が今ここで動かなければテルファニ家の願いは未来永劫、叶わぬものとなるでしょう……それほどまでにクロウという存在は大きいと踏んでいますわ。なら、今、僅かばかりの可能性に賭けてみましょう」
「なりません! 例えそれでクロウ様を倒せようとしても―――」
「あなたの意見はもういいわ! これは決定事項ですわ! ゼノス、あなたなら分かってくれると思っていましたが、どうやら違うようですね。残念だけど暫くの間黙ってくださるかしら?」
「何を言って―――」
その時だった。ゼノスの後ろに影が出来たかと思えば、次の瞬間ゼノスの口もとにハンカチみたいな布で口をふさがれた。何が起きたか分からないゼノスは、自分の口を塞いでいる手を引き離そうとするが、ピクリとも動かなかった。僅かに分かった事は、自分の口を塞いでいる手は一つでは無く二つだった。しかも、両方とも大きさが違い別人の手である事が分かった。
やがて、息が苦しくなり視界がぼやけだす。なんとか理性を保とうとするゼノスであったが、やがてその意識を手放してしまった。
「……ご苦労様でしたわ」
ローゼがそういうとゼノスの口を塞いでいた手が離れる。ゼノスの後ろ側にはいつかクロウがローゼに家に招かれた時に部屋の片隅にいたメイドさんたちだった。恐々とした感じにゼノスの体が地面に落ちないように慎重に支えていた。
「……ゼノスは地下牢に閉じ込めておきなさい。いい? 何があっても地下牢から出さない事いいね?」
「り、了解しました……」
メイドの二人は気絶したゼノスを抱えるとそのまま部屋を出て行く。そして、その間際にローゼはボソリと呟くのであった。
「……今までありがとうね」
後半のローゼのお話は実はかなり前に伏線が貼られていたりします。どれだけの人が覚えているでしょうか(笑)
===2017年===
08/09:誤字を修正しました。




