第238話:街を整備しよう2
やって来たのは街の下水道。以前フェイがエルシオンにこっそり忍び込んだ際に使用したあの下水道だ。
「臭い」
あのときと変わらずのこの臭さ。最初は鼻に詰め物でもしようかなと思ったが、耐性を鍛えられると割り切って何も装備しないことにしていた。
で、開始10秒で既に半分後悔しています。もうやだお家帰りたい。
こんな所とは一秒も早くおさらばしたいので、さっさとやる事やって帰ろう。
さて、まず俺が何をしたいかというと下水道の拡張工事だ。現在、エルシオンにはこのように悪臭まみれ、衛生状態最悪の下水道があるが、この街唯一の下水道だ。だが、使用されている地域は街の3割程度で残りの部分には水は行き届いていない状態だ。
そのため大部分の住民たちの水の管理はかなり悪い。飲み水は共有の井戸水を使っているし、排泄物は町の郊外の地面奥深くに捨てるわで元日本人の俺からしてみればげんなりする事情になっている。
その飲んでいる井戸水ですらも一度沸かさないととてもじゃないが飲めない状況だ。沸かさないで飲もうものなら間違いなくトイレで引き籠らなければならなくなってしまう。運が悪ければそのまま感染症を引き起こしてそれが原因で帰らぬ人になることも稀にあるとか……。
ちなみに前に話したかもしれないが、俺の家は浄水機能付きなので沸かす事などやっていない。まあ、水なんて魔法で出せば綺麗な水を出せるんだけどな。
と、まあこんな事情なのでまずは水回りの整備を始めようと思ったわけだ。
下水道の工事自体は簡単だ。魔法で地面を削り下水道を伸ばしていけばいい。気を付けないといけないのは地面を掘った事による崩落と下水の最終的な終着点をきちんと決めないといけないことだが、土は魔法で硬化しておくので崩落の心配はないだろう。100人乗っても大丈夫のイ○バ製よりも安心の強度だ……多分。
下水の流れも多少高低差を付けれあげれば問題なく流れた。ただ、分岐が多くなったことで今度は水の流れる量自体が少なくなってしまった。
そこで、下水の元になっている川の付近には既に俺特製の水生成器を準備している。周囲の魔力を取り込むことで半永久的に動き続ける装置だ。水が少ない地方の人からしてみれば喉から手が出るほど欲しい代物だろう。ちなみにこれの小型版は既に家とギルドでは稼働済みだ。
まあ、量産化は無理だけど。空気中の魔力を自動的に取り込んで魔法に変換するとか《魔力支配》持ってる俺しか出来ないし。その魔法式の書き方も俺しか知らないし(と言うか俺しか分からないし)
という訳で、下水道の拡張工事は半日程度で終わった。終わったのは良かったんだが、終わる頃に
―――称号【|悪臭の探究者・初級】を取得しました。
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称号:悪臭の探究者・初級
取得条件
・悪臭漂う環境下に一定時間いること
効果
・生命+100
・《悪臭耐性》に+1
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という意味わからない称号をプレゼントされちまった。探究者って何? 俺探究しているつもりないんですけど……。ま、まあ、この前みたいに耐性低下スキルが付くわけじゃないから良しとしよう。
その後、何も問題なく家に帰ったのだが、帰った傍からフェイに「クロウお兄ちゃんくさいのです!」と言われ精神的にダウンしてしまった。チクショウ下水道なんてもう二度行かねぇよ……。
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フェイから心へのダイレクトアタックを受けた翌日、俺は新たな御触れを出した。
内容は1年間のエルシオン全体での免税。これは少し前に言っていた税収の徴収方法が無いために行う事にした。別に1年ぐらい無くても問題ないしな。、
それと同時に市民権の発行場所も決定した。場所は俺の家で、玄関付近を改装して一時的な役場へと切り替ええる事にした。
で、受付は誰がやるのかという話だが、これはエリラとテリュールにお願いすることにした。獣族が受付をするのは流石にまだ不味いからな。
どこで話を聞いたのかしらないがソラも手伝いをしてもらえることになった。そういえばこの子今までどこに行ってたんだ? 前にエリラを説教して以来姿を見なかったのでその存在を忘れかけていたよ。
ま、まあ手伝ってもらえるなら有難く手伝ってもらおう。あっ、無料で働いてもらうのも悪いから給料は出すよ。
仕事といってもカードの発行とその説明が主な仕事で他の事は今の所考えてないけどな。
ついでに説明すると今後市民権の有無や情報は一律カードで行う事にした。登録は簡単、こちらの用意した認証装置に手を当てるだけで登録完了だ。あとはカードを持って必要なときに提示すればいい。
このカードは税金を支払うとき市民のみが利用できるサービスなどを受ける時に必要となる。カードを盗まれて悪用される可能性もあるが、そんな事は予測済みだ。カードは登録者とリンク状態になっており、提示する際にこちらで用意した認証装置にかざした際に提示者とカード情報が一致しない場合はエラーを起こすようになっている。ついでに言うと登録者の情報は全て一括で俺が管理しているので、市民権を持っている人と持っていない人を見極めるのは簡単だったりする。
で、その登録できる条件になるのだが最低条件としてエルシオンに居住まいがあること、住民税を支払っていることが条件となる。住民税の支払いの有無については住民税を払った時に出る「住民税支払い完了書」の提示が条件となる。要は住民税を払った事による領収書のことだ。
その領収書は王国時代からあったらしく今回はそれを提示することで登録を行えるようにした。最低1年は所持義務があるらしいので恐らく市民の殆どは持っているだろう。無くした人は? ……1年間頑張ってください……と言いたいところだが流石に前回の戦争で家を無くした人が大半なので、取りあえずエルシオンに住んでいれば発行できるということにした。細かいルールは色々あるが大まかにはこんな感じとなる。
利用できるサービスに関しては今のことろはまだないが、運営できる準備が出来次第随時追加していくつもりだ。
さて、次は人材集めなんだが……取りあえずギルドに募集依頼のチラシを貼ってもらい募集することにした。これに関しては中々集まらないだろうから気ままに待つとしよう。
次にミュルトさんに俺の家族全員に講習を開いてもらうことにした。内部処理だけなら獣族たちにも手伝ってもらえるから、受けても損は無いはずだ。ついでにスキルや称号が手に入るだろうから能力アップにもつながるし。
そんで最後は……いや、これはまだ後の話だな。少なくとも1ヵ月程度は待ってからにしよう。御触れが知れ渡ってからじゃないと行けないしな。
その後も、街の城壁に兵器を設置したり、下水道を整備したことにより水洗式トイレやお風呂などの設置販売の準備を行ったり、ミュルトさんに講習を受けたりと忙しい1週間となるのだった。
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「「え、エルシオンに移転!?」」
「はい、1週間前に正式に決まりました」
ハルマネの魔法学園にて、理事長室に呼び出されていた特待生組はアルゼリカ理事長の思わぬ言葉に声をそろえて驚いた。
「このことは今、他の生徒たちにも知らせています。あなたたちは普段全員が中々集まらないので、私が招集をかけて直接話すことにしたのです」
「き、急な話ですわね……そういえばエルシオンと言えばこの前帝国から独立して都市国家となったばかりと聞いたのですが、なんでも新しい領主が帝国内での内乱でとんでもない功績を上げたその褒美だとか」
ローゼがそう言えばと知っていた情報を口にした。
「ええ、その現領主が帝国から直々に買ったとのことです。で、その新領主がハルマネにあったら不都合と言う事でこの度エルシオンに移転させるこということになり今回の決定が下りました」
「……エルシオンの新領主とは……?」
皆の疑問はそこに集まる。
「……あなたたちも良く知っている人よ」
アルゼリカ理事長はそう答えた。
「……クロウ……?」
戦いでとんでもない功績を上げた、エルシオンそして良く知っている人……この3つのヒントからサヤはクロウしか思い浮かばなかった。
その回答は正解で、アルゼリカ理事長がうんと頷く。
「は、はぁぁ!?」
「……ついにやってしまったのね……」
「……やりかねない……」
「まあ、クロウだしねー」
驚くカイトと呆れたローゼとセレナに冷静に感想を述べるサヤと反応は様々だった。
「すげー、あいつ領主にまでなっちまったのか!? なんかドンドン遠い奴になって行くなぁ……負けてられないぜ! こうしちゃいられない早速特訓の続きをしてくるぞ俺は!」
そういうとダッシュで理事長室を後にするシュラ。アルゼリカ理事長が待ってと待ったをかけようとしたが、既にシュラは理事長室から姿を消していた。
「……脳筋……」
「いつものことじゃないですか」
「……はぁ、まあいいです。彼には後で言っておきましょう。それで皆さんには聞いておきたいことがあります」
「? なんですか?」
「エルシオンに移転するにあたり、魔法学園に在中し続けるかどうかという事です」
「えっ?」
「エルシオンに移動するとなれば、当然そこに皆も移動となります。生活の関係上無理と言う方もいるでしょう。一応、向こうでは宿舎が用意されるようですけど、個々の事情があるだろうから皆に決めさせてくれとのことです」
「あ~そういうことね……まあ、私は別に困らないからいいけどね」
「……いつでも特訓できる……」
「……私は少し考えさせてもらいます」
「……私も」
セレナ、サヤは即決。ローゼとネリーは保留となった。
「……俺はやめるぜ」
そんな中、一人やめる判断をしたのはカイトだった。
「……何故です?」
「あいつの元に行くなんざ俺は嫌だということです。これ以上学園にいる理由もありませんしね」
「……ねぇ、カイト。あなたやっぱりクロウに強く当たり過ぎじゃない? 彼の何をそこまで嫌がっているの?」
「逆にお前らは何故何とも思わない? 獣族をあんな扱いしている奴を?」
「獣族……ああ、別に私はかまわないけどね、慣れているし」
「……同意」
「こ、個々の勝手という訳で……」
カイトの疑問は別におかしい事では無い。あれを頭のおかしい奴と言う人はこの世界はいくらでもいる。だが、彼女らからしてみればいくらなんでもカイトの拒否反応は遺脱しているとしか言いようが無かったのだ。特に、自分たちは命まで助けてもらっているのにその言い方は無いのだろうかと。
「俺は嫌だね。あんな奴の元にいくなんざ。悪いがやめさせてもらう」
「ちょ―――」
「分かりました。少し寂しいですけどそれがあなたの考えなら止めはしません」
「そうか、じゃぁな」
それだけ言うとカイトは理事長室を後にした。残ったサヤ、セレナ、ローゼ、ネリーの4人はどうしたものかと顔を見合わせるしかなかった。
「……彼は親を獣族たちに殺された過去があるらしいです」
「えっ?」
「それが理由で獣族は嫌いらしいですよ。まあ、無理もない話ですけどね」
アルゼリカ理事長の唐突な言葉に驚く4人。そんな過去の話など誰も聞いていなかった。アルゼリカ理事長だけはなんらかのときに聞いたのだろう。
「……でも、それとクロウは関係ないと思いますけどね」
「……それは彼の考え方次第ですよ。さて、セレナさんとサヤさんは後日移転の話についてもう少し詳しくお話します。それまでにローゼさんとネリーさんは答えを出しておいてください、いいですね」
「「わかりました」」
悪い空気を断ち切るかのようにアルゼリカ理事長は早々に話をまとめさせ、彼女たちを理事長室から出してあげるのだった。
子供の言葉って素直な分、ダメージが大きいですよね。




