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第233話:ミュルトさんの怒り

 魔法学園に戻った翌日。俺は再びギルドに顔を出していた。ミュルトさんに大事な話があると言って応接室で話をすることになった。


「で、大事な話とはなんでしょうか?」


 そう言いながらミュルトさんはカップを差し出した。カップの中には紅茶が入っており、その匂いだけでもオロロロしてしまいそうだ。いや、マジで吐きそうになるのでやめて下さい。折角のご厚意だが、今回は受け取れない、受け取ったところでミュルトさんに紅茶クラッシュをする未来しか見えない。


「ガラムの件です」


 受け取った紅茶をさりげなく目の前にあったテーブルに置きながら本題へと入る。目の前にある大理石製のテーブルはギルドを建てたときに一緒に作ったものだ。この世界で大理石製の家具はそれなりのお値段だが、このテーブルはメイドイン俺なので値段はゼロだ。毎日手入れをしているのか、テーブルの上には埃一つ見られない。こうやって大事に使われていると作った身とすれば嬉しいよな。


「マスターですか」


「ええ、先日の戦争時にガラムを知っている魔族に会いました」


 その言葉にミュルトさんの表情が曇った。


「……魔族ですか……?」


「ええ、で、その魔族が言うにはガラムは魔王の家臣、それも幹部クラスのようでそれなりの地位を確立している者らしいです」


「……冗談ですよね?」


「残念ながら事実かと、それと彼の行き先も魔領であることが分かっています。この二つから彼が魔族の一人である可能性は高いと思います。先日の件も含めるとその可能性は一層高まるかと」


 信じられないと言いたげな顔をするミュルトさん。無理もない、いくら前々から怪しいと思っていてもまさか、ギルドマスターが魔族でしかも幹部と言われても信じる方が難しいだろう。


「……」


「……信じるか信じないかはミュルトさんにお任せします。ですが、少なくとも俺はこれ以上ガラムを擁護することは一切ありません。完全に敵とみなします。その事はミュルトさんの耳だけには入れてもらいます」


 ミュルトさんは何も答えない。しかし、その震えている体、ギュッと握られている拳から彼女のなんとも言えない怒りを感じることが出来き、前にガラムの話をしたときと似たような雰囲気を感じた。


「……私はクロウさんが嘘を付いているようには見えません」


「……そうですか」


「……私はこの街に来て数年経ちますが、街の人たちには本当にお世話になりました。前回の戦争で亡くなった人の中には街に来て浅い私のことを気遣って下さった方々も沢山いました……」


「……」


 ミュルトさんの振るえている拳からうっすらと血が流れ出るのが見えた。彼女の口調からも彼女の怒りが静かに、だがまるで煮えたぎるマグマの様な暑さが手に取るように分かった。

 戦争で人が死ぬのは仕方が無い事だ。だが、その死が知っている人によって起こされたことであったなら? 人は怒りを他にぶつける事が多々ある。八つ当たりもその行動の一つだろう。


「クロウさん……もし、マスタ……ガラムの件で私に出来る事があったら遠慮なく言ってください……事の真相を私も知る権利を下さい……でないとこの気持ちは……」


「ええ、分かりました。そのときは遠慮なく言いますね」


 ふむ、完全に信じた訳では無いけど、その可能性は高いと踏んだのか……? いや、彼女のどうしようもない怒りの矛先がガラムに向いているだけか……?


「……この件は完全に裏が取れるまでは内密でお願いします」


「そのつもりです。まあ、あいつは用が無くなった時は消すかもしれませんけど」


 実際の所、ガラムを抹殺するのはそこまで難しくない。誰もいないところで消してしまえばいいのだから。場所も発信機で特定できているのですぐにでも実行できる。

 だが、それをしないのはあいつを泳がせておくことで、魔族の情報を得る事が出来ると踏んだからだ。もし、必要な情報が得られないと判断すればそのときは容赦なく消させてもらうつもりだ。


「そもそも、どうやって裏を取るつもりですか?」


「彼が魔族となんらかの関係を持っているのであれば、必ずどこかに書面などの物があるはずです」


「取引や交渉内容が書かれた書類と言う事ですか、確かに取引などをするのであれば証明書は必要なのでそれを奪えば証拠にはなりますけど……」


「……そこで、クロウさんにはその書類の入手をお願いしたいのです」


「えっ」


「勿論、成功すれば報酬は出します。もっとも正式な依頼には出来ないのでギルドからは出せませんが……私の出せる物であれば……」


「い、いや、別に報酬とかはいりませんから、俺も個人で動くつもりでしたし、分かった事があればミュルトさんにも伝えるので気にしないでください」


「で、ですが……」


「それにミュルトさんはギルドでの仕事があるでしょ? まだエルシオンは復興半ばでやる事も色々あるでしょうし、そちらを優先して下さい、この件は私の方で動きますので」


「……分かりました。ですが、何か手伝える時は言ってくださいね? 約束ですよ?」


「ええ、分かりました」


 ふぅ、思ったよりもミュルトさんが食いついてきて驚いた。まあ、この件ではミュルトさんとも連携を取れるようになったと思えば良かったのかもしれない。


「で、この話は終わりにして……次はエリラの件です」


 今日、ギルドに顔を出したのは7割はこのお話の為だ。


「エリラさんですか?」


「はい、お願いは一つ、エリラのブラックリストを解除してほしいのです」


「……へ? い、いや、それは流石に難しいかと……」


「エルシオン領主の俺の保証付きでも駄目ですか?」


「……あっ」


「……出来るようですね」


 エルシオンの領主になったことで、俺にもある程度の地位は確立した。一国とは行かないまでも、それに準ずる都市国家の主の保証の元エリラのブラックリストを解除できないか気になっていたのだ。

 正直な所、今でもエリラを奴隷扱いなど微塵もしてるつもりはないが、外の人から見ると奴隷という称号があるだけで対人交渉で相手にアドバンテージを与えることになってしまう。

 それに、俺もいつまでも奴隷関係を結んでおくことに決していい気分はしていない。前にエリラから聞いた話だと魔族はどうやら強制的に奴隷の主を上書きする術を持っているようなので、その対策も兼ねてと言うのもある。

 代わりに強制的に隷属関係を結ばれる可能性もあるが、それは対応策を考えているので問題は無い。


 と言う事で、俺としてはこれ以上エリラを奴隷という地位に置いておく理由は無いのだ。なら、さっさと無くしてしまった方がいいのだが、それにはギルドのブラックリストが邪魔になるのだ。


「で、出来ますけど、クロウさんはまだ主になったばかりな上に、都市国家と言っても樹立したばかりで知名度も無いのでもう少し時間が経たないと厳しいと思いますよ?」


「ちぇ、すぐには無理と言う事ですか、じゃあまた時間が経ったらお願いに来ますね」


 ……と言ったが待つのは面倒だな。


 ……こうなったらギルドの本部とやらに直訴してやろうか?


「あっ、直訴は駄目ですよ? 私の立場が無くなっちゃいますので」


「あっはい」


 あれ、顔に出てたかな? 《ポーカーフェイス》仕事しろや。あっでも俺だからやりかねないと思ったのかな?

 ともかく、ミュルトさんの立場が無くなってしまうのは嫌なので、直訴はやめておこう。


「あっでも、奴隷関係は解除してもいいと思いますよ?」


「えっ、マジで?」


「ええ、ブラックリストはそもそも町などで買い物が出来なくなる、ギルドが保証する制度の恩恵を一切受けれなくなるだけで、一国の主であるクロウさんの庇護を受けているエリラさんなら少なくともエルシオンで拒否される心配はないと思いますよ。他の街では分かりませんが」


「あー、それもそうですね。じゃあ解除だけしておきますね」


 なんか知らないけどラッキー。確かに最初話を聞いたときにそんな話をしていたけど、なんせ10年前のことだから詳しい内容は忘れていたぜ。

 なら帰って早速解除しますか。そうなると急いで帰りたくなる。今すぐ帰りたい。よし、帰ろう。善は急げと言うしな。

 この時、俺はエリラの奴隷を解除した一心だったのだろう。そのせいで他の記憶がいくつか失念してしたのかもしれない。

 そのため、ミュルトさんとの話を切り上げて、帰ろうとしたときテーブルの上に置かれていたカップの中身が何かということをすっかり忘れていたのだ。


「じゃあ、俺はそろそろ帰りますね。帰ってエリラの隷属関係を早速解除して来ます」


 そう言いながら俺は何故かカップに手を伸ばし、口に含んでしまった。


「ぶほぁ!?」


 気付いた時には時すでに遅し、口から吐かれてしまった紅茶は目の前にいたミュルトさんに盛大にかかってしまった。直ぐに顔の向きを移すことで全てかかる事は回避したが、それでもかなりの量がかかってしまった。


「……」


 何も言わないミュルトさん。だが、ついさっきまでミュルトさんの怒りを感じていた俺には直ぐに分かった。


(ああ、これは怒ってる……)


 無言の怒りは怒鳴られるよりもきつい。まるで何事も無かったかのようにミュルトさんは自分のポケットからハンカチを取り出すと無言で顔を拭いた。そして、顔についた紅茶を拭き終わったあとに一呼吸入れると一言。


「……紅茶が無理なら早めに言ってくださいね」


「は、ハイ、すいません」


 彼女の怒気の籠った言葉に俺は返事をするので精一杯だった。



―――称号【紅茶を噴き出す者ブラックティースプラッシャー】を取得しました。

―――スキル《紅茶耐性低下》を取得しました。


==========

称号:紅茶を噴き出す者ブラックティースプラッシャー

取得条件

・無意識で紅茶を規定回数噴き出すこと

効果

・敏捷+50

・《紅茶弱耐性》取得

==========

スキル名:紅茶耐性低下

分類:耐性低下スキル

効果

・紅茶が苦手になる。スキルレベルがあがるほど苦手度アップ。

==========

 耐性スキルに弱点があってもおかしくないよね?


03/30追記

 「TSUTAYA×リンダパブリッシャーズ第1回WEB投稿小説大賞 A賞」で異世界転生戦記が受賞しました! これにより書籍化が決定しました。ここまでこれたのも皆様の応援のおかげだと思っています。本当にありがとうございます!

 以下に「TSUTAYA×リンダパブリッシャーズ第1回WEB投稿小説大賞 A賞」の結果ページのリンクを貼って置きます。

 

 リンク:http://www.redrisingbooks.net/taishou20170330


03/30:《紅茶弱耐性》を《紅茶耐性低下》に変更しました。また、耐性スキルに分類していたのを新たに耐性低下スキルを作成して振り分けました。

03/30:話数を間違えていたので修正しました。

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