第216話:開戦間近の両者
クロルパルスの中心部に位置するこの街の役所……現在は軍事拠点となっている建物内では既に戦争の準備が着々と進んでいた。
「ミロ様」
兵士の一人が家臣に指示を送っているミロに声をかけた。
「なんだ?」
「帝国側の軍勢が首都ラ・ザームから出陣したとの情報が斥候隊より届きました。到着は1週間後になるとのこと」
「そうか、斥候部隊はそのまま帝国軍の動きを逐一報告をするように伝えなさい。報告は些細な事でも構いません。僅かにでも動きがあるのであれば報告をしなさいと」
「了解しました」
兵士は次に指示された事を遂行するべくミロの元を後にする。
「思ったよりも兄上の動きが早いですね……これは前々から準備していたのでしょう……でもまあ、それも予想の範囲内です」
ほくそ笑むミロ。現在まで順調な事運びには嬉しさを通り越して不気味な何かを感じさせるほどだった。
あの日……クロルパルスで演説を行った日。恐らくは演説を見たであろう帝国側の人間が皇帝の耳にいれたのだろう。そこから僅か数日で出陣を行い、このクロルパルスにやって来る。
そこで迎え撃つ。そのための新兵器も準備した。
「遠距離型兵器『爆炎筒』……これさえあればわが軍に敗北など無い」
簡単な訓練さえ行えば誰にでも扱える爆炎筒は、まさに戦争の歴史を根本から覆す兵器と言えるだろう。
今回、商人から仕入れた爆炎筒はおよそ1000丁。しかも追加金を払うのであればまだ数は用意できるとのこと。
お金は各都市の備蓄を奪えば追加できるほどの資金は手に入るだろう。
「……まぁ、この国にそれ程の資金があればの話ですけどね」
それにしても、こんな武器を何故商人が持っているのだ……? どこで誰が作ったのかもあの商人は結局何も話してはくれなかった。
もし、これが他国の技術であるならばこの聖戦が終わったのちに、爆炎筒の研究を行わなければならないだろう。
「……この話は全てが終わった後にしましょうか。今は目の前のことに集中しましょう……」
現在、クロルパルスに集結した兵はおよそ800人。元々いた兵は400人ほどだったので、演説からわずか数日で倍増したことになる。
兵士たちには今現在、爆炎筒を扱う訓練を行っている。と言っても、装填出来る魔力さえあればあとは、引き金を引くだけの簡単な訓練だ。時間はそうかからないだろう。
「……覚悟しておくことですね兄上よ……1ヵ月もあれば、ラ・ザーム帝国は新たな歴史を刻み始める事でしょう」
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「……で、取引には成功したが、肝心の本人の気分は害してしまったと」
「面目ありません。まさか、奴隷を買うと言っただけであそこまで不機嫌になるとは思いもよりませんでした」
ラ・ザーム帝国現皇帝、グラムス・ザームにエルシオンでの出来事を話すウォルスは、参りましたと言いながらあたまを掻いた。
二人がいるのは首都を出発した帝国軍の野営地のほぼ中央に設置された仮設テントの中だった。
既に、夜遅く。大半の兵士たちは床の間に就いていた。
「まあ、そのような人物もいると言う事だ。今後の教訓にすることだな」
「ハッ……」
「しかし貴様が引き抜きたいと言うとは……余程優秀な人材だったのか?」
「ええ、見れば平均レベルは30~40ほど。しかし、ステータスはそれ以上の強さでした……もし、彼らが一部隊として加わればどれ程心強いか……また、敵に加わればどれ程恐ろしい事か……少なくともまともにぶつかり合えば我らの軍は甚大な被害を出すでしょう」
「ほう、それは凄まじいな。で、そいつらの主である少年の強さはどうだったのだ?」
「少年のレベル50でした」
「50だと……? 貴様のレベルより上だと言うのか?」
「ハッ、まず帝国内でタイマンで勝てる人物はいないでございましょう」
「それは嫌でも味方にしておきたいな……いや、まずは敵にならないようにするのか先決か。そうなると先にエルシオンに向かうべきか……?」
「いえ、ミロ様……ミロの鎮圧の方を優先するべきでしょう。あの反乱が帝国全土に広がる前に手を打つべきかと、少年の言葉を信じるとするならば他の国などからの勧誘があろうとも応じないと思われます。今は高性能基礎傷薬の安定的な入手路を得られただけでもよしとするのがよろしいかと思われます」
「なるほど。それにしても我も見てみたがあれほどの効力とは……そういえばアレを量産できる目途は付いたのか?」
「……それが、あまりに作成難易度が高すぎて国の調合師では劣化版すらも作る事は不可能とのこと……いやはや、私も目論見は良く外れますな」
「本当か……? もし、そうであるならば尚更味方にしておきたいの」
「そうでございますね。もし少年を味方に引き入れれば少なくとも我が国の軍事状況はかなり改善されるでしょう」
「……そうだな。それで民の暮らしが少しでも改善されるといいな」
「……陛下」
「なんだ?」
「……私は少なくとも陛下が間違えた行いを行っているとは思いません。致し方無い事と理解しております」
「……そうか」
「……では、私はこれにて……」
ウォルスはまるで逃げるかのように退席をした。それほどまでに居づらい空気だっのだろう。
後に残された皇帝は一人、ポツンと残った。そして、そのまま移動することも無く一人天を見つめるのであった。




