第200話:敵はだれなのか(3)
次にアルゼリカ理事長が話し始めたのは泣きだしてから10分後ぐらい経った後だった。
泣いて少し落ち着いたのだろうか、先ほどほど狼狽している様子は見受けられなかった。
「怖かった……指揮をするのが、大切な仲間を失うのが。理由はどうであれ上の者の指揮一つであんな悲劇を起こせるのを見てしまった以上、私には無理なことだったのよ……」
「……」
「……今回の件が片付いたら私は理事長をやめようと思ってます」
「えっ!?」
「これ以上迷惑はかけられません。事あるたびに倒れていては学園の運営にも支障をきたすでしょう」
「……そんな……」
サヤは理事長の言葉に動揺を隠せなかった。だけどなんて言って引き留めればいいの? そんな考えを裏付けるかのようにサヤは何かをいいかけたのち、黙り込んでしまった。
「別に俺はやめる必要なんかないと思いますけどね」
「何故ですか? 私がいれば―――」
「そりゃ、指揮の度にぶっ倒れていたら困りますけどね。逆に考えて下さいよ。今回はそんな理事長だったからこそ、皆が助かったんですよ」
「それは一体どういう……?」
「自慢に聞こえるかもしれませんが、俺がいたからこそ学園、この街は被害はあれど最悪な状況を回避できたんだと思います。逆に俺がいない状態で、そのまま戦っていたらどうなっていたか想像してみてくださいよ」
「クロウ君がいない状態……」
「……死んでた……」
実際に戦場に立って、助けられたサヤは身を持ってしてそれを感じていた。もしあの時クロウが、居なかったら……そう思うと彼女は少しだけ体が震えてしまっていた。
「確かに、そのようなトラウマを持っているなら、早めに言うべきではあったと思いますが、そんな事は周りの人がフォローすれば良いだけの話じゃないですか。今回で言うのであれば、代わりの人にお願いするのは間違っていないし正しい判断だと思いますよ」
「しかし、そのせいでクロウ君の方は……」
「はは、あんな事予想出来る訳ないじゃないですか、そんな予想も出来なかったことを後で責めるのは違いませんか? その時の最善の手をアルゼリカ理事長は打ったと俺は思っていますが? むしろその状態を隠して指揮を行おうとする方が間違えていると思います。それに俺の方は俺が了承したんですから、俺個人の問題です。理事長が責任を感じる必要は全くないと思いますが?」
「……しかし」
「ああ、もう一個ありました。確かあの時渡した水晶は理事長が持っていたのですよね?」
「? これですか?」
そういうと彼女は自分のズボンのポケットに入れていた透明な水晶球を取り出した。
「それの効果はあの時説明したとおりです。で、何故それは理事長が持っていたのですか? もし本当に逃げ出してしまいたかったのなら、サヤにでも渡しておけばよかったじゃないですか? それを使う判断を行うのも立派な指揮の一つだと思いますけど?」
「そ、それは……」
「まあ、それで血を吐いてぶっ倒れていたら元も子も無いのですけどね」
「……すいません」
「でも、頑張る事はいいと思いますよ……理事長」
「は、はい?」
「あなたは本当にやめたいのですか?」
「わ、私は……」
そこで口を閉じた。しばし訪れる静寂の間。やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……まだここに来てそんなに月日は経っていませんが、私はこの学園が好きです。特待生組の皆は勿論のこと、他の教員、生徒たちも皆……」
「よしっ、じゃあ続投決定ですね♪」
「ふえっ!? で、ですが私では―――」
何を言いかける前に俺は、理事長の手を掴んだ。急な行動にびっくりしたのかアルゼリカ理事長は、そこで言葉を止めてしまった。
「俺は口だけ言って何もしない奴は大嫌いですが、頑張っている人は好きで、つい助けたくなってしまうのですよね。アルゼリカ理事長、もしもう一度頑張るというのであれば、俺も力を貸しますよ」
「クロウ君……」
「さて、もう一度聞きますよ? アルゼリカ理事長、あなたは本当にやめたいのですか?」
再び訪れる静寂の時間。その間何を考え何を思ったのか、俺には分からない。だが、次に口を開いたときの声は、どことなく明るく感じられた。
「……ふふ、酷い人ですね……そんなこと言われたらやめれないじゃないですか……」
「あー、自分勝手なことを押し付ける癖はあるかもしれませんね(笑」
「そうですね……もう一度頑張ってみましょうか……自分を変えるためにね……ですから」
今度はアルゼリカ理事長が俺の手を両手で包み込んで来た。
「力を貸してくれますか?」
今日、初めてアルゼリカ理事長の笑顔を見た。そして、その笑顔は今まで見てきた中でも一番の笑顔だったかもしれない。
「ええ、任せて下さい」
俺もそれに答えるようにアルゼリカ理事長に笑顔で答えるのであった。
「……女たらし……」
完全に蚊帳の外だったサヤがボソリと呟く。
「えっ、そう見えた?」
全然そんなつもりじゃなかったのだが……。
「……エリラが見たら……嫉妬する……」
「あっ、まって言わないでよな? マジで締め上げられそうだから」
「……私も……」
再びボソリと何かを呟いたような気がしたが、よく聞こえなかった。元々小さい声で話す上にさらに小さな声で言われたら良く分からないんだよな。
「ん? 今何て言った?」
「……別に……」
「あっ、うん」
なんだか良く分からないが、妙な殺気を感じたので、これ以上聞くのはやめておこう。
これで無事に200話になりました。いつ終わるんだよと言うくらいまったりペースな気がしますが、いつかは完結するでしょう(キリッ)
次回はまたエルシオンでの活動が始めると思います。(理事長の話の中で戦記やると言って結局できなかったので思います。と言っておきます)




