第195話:病室
「入るぞ」
とある病室のドアを開けると、そこにはベットの上で眠るアルゼリカ理事長と、それを心配そうに見つめるサヤの姿があった。
この部屋のベットの数は8。その全てが埋まっていたが、全員重症患者なのかとても静かだった。その証拠に寝ている患者の布団はどれも乱れておらず、まるで人の代わりに人形でも横たわらせているかのように見えた。
ちなみに、この世界の病室は患者ごとに区切るカーテンなどはなく、患者は隣の人の様子が24時間いつでも丸わかりとプライバシーの保護など少しも感じさせない作りとなっている。個々のプライバシーよりも収容能力を優先した結果と言えるだろう。
「……クロウ……」
サヤがこちらに気付き振り向いた。顔の表情からかなり心配している様子がうかがえた。
「一体何があったんだ?」
マップを見たときアルゼリカ理事長のマーカーが動かなかったことから、何かあった事は分かるが、具体的に何が起きているかまでは分からない。アルゼリカ理事長は今の所眠っているようですぐに、何かあるという訳ではなさそうだった。
クロウの問いにサヤは首を横に振る。
「……分からない……ただ、私が見つけた時には……血を吐いて倒れていた……」
「血?」
「……そう……医者は今は出血も止まっているし命に別状は無いって言っていたけど……」
「それだけ?」
「……外傷じゃないから詳しい事は分からない……」
日本での感覚で聞いてしまったクロウは、一瞬戸惑ったが、すぐにこの世界では当たり前だったことを思い出した。
日本……もとい現在の医療の場ではレントゲンや胃カメラなど、私たちの体内に何が起きているかを詳しく調べることが出来る。
だが、この世界では当然そのような道具は無い。医者は外傷と己のスキルを駆使して患者の症状を調べるしか有効な手段を持っていないのだ。ただ、本当にそれだけしか無いのかと言うと違う。
病院単位でや国単位で死体の解剖を行ったりすることもあるし、昔からある症状ごとにある程度の病気は見当がつく。クロウが前にかかった《技能異常熱》もその一つだ。
流石に癌や新種の病原菌による感染症などのレベルになると手に負えなくなってしまうが、例え病名が分からなくても治療スキルがあれば大抵の病気は治ってしまうので、そこまで医療機器や薬、知識がなくても問題なしらしい。その証拠にこの世界では病院を開設したり、治療をするために必要な免許などは一切ない。
「ちょっと見せてくれ」
クロウはそういうと鑑定スキルでアルゼリカ理事長の状態を調べだした。
病気は《鑑定》スキルで見る事が出来る。しかし、病名が浮かび上がるという訳では無く、肺に穴が開いているとか現在の状況程度の事しかわからない。
だが、それはあくまで現在の一般人での場合だ。
クロウの場合は少し違う。他と同じように個所によって症状が分かるが、そこから自動的にどんな病気にかかっているかが分かる優れもたスキルだ。ちなみにこれはクロウが作った訳では無く《神眼の分析》の初期からついているものだ。
じっと見つめる事十数秒。鑑定が終わったクロウがサヤの方を向いて病名を告げる。
「……急性胃潰瘍だ」
「? ……きゅうせいいかいよう?」
初めて聞く単語にサヤが首をかしげる。
「簡単に言うと胃が荒れたり、胃に穴が開いたことによる腹痛などの症状の総称だな」
「い、胃に穴が……?」
想像しただけでも胃が痛くなりそうな言葉に、サヤは思わず自分のお腹を触ってしまう。
「ああ、まあ初期で見つかれば大丈夫だ。ただ……」
クロウは険しい表情でアルゼリカ理事長を見ながら続ける。
「問題は胃潰瘍になった理由だ」
急性胃潰瘍の原因はいくつか存在する。現代ではたばこを吸い過ぎたり、アルコールを取り過ぎたりすることで起きる。また、精神的ストレスが原因でなってしまうこともある。
クロウは今回の原因が精神的ストレスだと分かっていた。先ほども説明したようにスキルを通して見ることによって身体の様々な部分で何が起きているかを確認することが出来る。それは目では見ることが出来ない物もだ。
そして、今回の胃潰瘍になってしまった原因はストレスだったのだ。
(今回の戦争が原因でなったと考えるべきか……、いやでも過去に隊長をやっていたと言っていたからそれは無いか? そもそもなんで自分で指揮を取らなかったんだ?)
クロウは全校が集まったあの日、アルゼリカ理事長とレミリオンとのやり取りを思い出していた。
(昔は出来たが今は出来ない……負傷? 剣も握れないと言っていたな……もしかしたら腕を負傷していたのか? いや、もしそうだとしても補佐をしない理由にはならない……別になにかあると考えるべきだろう……じゃあ他に何がある……?)
暫く考えていたクロウであったが、いくら自分で考えても答えは分からないと思いなおすと、直接本人から聞いた方がいいと判断した。
持ち前の治癒スキルを使用してアルゼリカ理事長の治療を開始する。ほどなくしてステータス異常にあった、胃の項目が消え、身体的には完全に回復したことが分かった。
「……これで大丈夫だ」
「……ほ、本当……?」
「ああ、さて、目が覚めたらなんでこうなったか聞くとするか」
「……話を聞く……?」
「こっちの話さ。言っても分からないだろストレスとかアルコールとかたばことか」
「? ? ?」
完全においてきぼりになっていたサヤ。その表情は今にも頭上にはてなマークが浮かびそうな表情だった。それは先ほどから蚊帳の外だった獣族も同じで「何を言っているのでございましょう?」とニャミィが全員の心の声を代弁する形で呟いた。
「こちらの話さ。一応治療はしておいたから、俺は一度家に戻ってからまた来るよ。目が覚めるまで暫くかかるだろうし、これ以上騒がれたくないしな」
「ま、まって……」
やる事はやったので獣族たちの事を考えて早めにクロウは病室を後にしようとすると、サヤが慌てて呼び止めた。
「ん?」
「……さっきは……ありがとう」
そういうと深々と頭をさげるサヤ。
「……気にするな。言っただろ? 『万が一のときは助ける』って」
「……そうね……」
「じゃ、俺らは一回帰るわ、ほら皆行くぞ」
獣族たちを再び従え病室を後にするクロウ。
あとに残されたサヤは、暫くの間クロウたちが出て行った扉を見ていたが、やがてアルゼリカ理事長のベットの傍にあった椅子に腰を降ろしアルゼリカ理事長が目を覚めるのを待つことにした。
「……よかった……」
医者が言う「大丈夫」とクロウが言う「大丈夫」とではこうも安心感が違う者なのか。サヤは安堵している自分を見てそう思った。そして、改めて自分の無力さを同時に感じていた。アルゼリカ理事長のこともだが、先の戦いで何も出来なかった自分が嫌になりそうだった。
「……私もいつか……」
少女は静かな病室で、静かに決心を固めるのであった。
「……あれ? そういえば腕……」
今頃になってクロウの腕が治っていることを思い出したサヤであったが
「……まあ、クロウだし……」
と、深く考えるのはやめておくことにした。それと同時刻どことなく新たな称号を得た少年がいたが、本人にとってももはや息をするが如く当然のことだったので、割愛させていただく。
次回戦記ものをすると言ったな。
アレは嘘だ。
あっ、まってブラウザバックしないで、マジですいません、書く時間が無くて泣く泣く前倒しで出してしまったのです、次回にはなんとかします。
話を変えて次回でこの小説も200回になるのですね。まあ、だから何かをするのかと言うとそうでもなく、私は今までどうり平常運行で行こうと思います。
多分次回も何もかわらないと思いますが、それでもよろしければ次回もよろしくお願いします。