第193話:一触即発
(くそっ、会いたくない奴らにあっちまった……)
クロウは心の中でため息を吐かざる得なかった。今の特待生に会っても良い事が一つも無い事は分かっていた。本当はこのルートを通るのも嫌だったのだが、ここしかアルゼリカ理事長の病室に移動するルートがなかったので仕方が無かった。もっとも彼にかかれば窓から不法侵入したり、屋根に穴をあけてダイナミック入室ぐらい楽勝だったが、それは獣族がいる今は出来なかったので、泣く泣く正攻法で入った訳だ。
入ったところで静かにサッと行けば問題ないなと思っていたら、今度は医師らしき人及び一般市民による「ちょっとツラかせや」状態になったりと、世の中上手くいかないなとクロウは思った。
もっとも、予想していなかった訳では無い。市民が押し掛けることは予想していたし、《マップ》で特待生組たちの位置は完全に把握していた。しかし、分かってはいても打つ手が無い以上、強行する以外に手がないのが現実だった。
「て、テメェどの面下げてきやがったんだ!」
真っ先に食いついたのはカイトだった。他の特待生たちは特に何も言わなかったが、各々良い顔をしているとはいい難かった。ただ、敵意丸出しで来ているのはカイトのみで、セレナやローゼ、シュラは苦虫を噛み潰したような顔をして、ネリーは表情一つ動かさずじっとしていて、セルカリオス、リーファはどうなることかと先行きを見守っていた。(見守っていたと言えば聞こえはいいが、要は高みの見物である)
敵意丸出しのカイトを見たクロウはやっぱりなと半ば呆れ顔になった。と言うのも、最後にここを出る前から、クロウのカイトに対する印象は決していいとは言えなかった。何を言っても反対、他人の力に頼りっぱなし、そして言うだけ言って自分は何もしない……まるで、無能な政治家の言葉を聞いている気分にクロウはなっていた。
それを見たカイトはさらに激昂する。
「お前のせいで人が大勢死んだんだぞ! お前が最初からおっとけばこんな事には―――
「ならなかったと言うのか?」
カイトの言葉を防ぐかのようにクロウが口を開けた。
「そうだ! お前のその力があれば、こんなことにはならなかったんだよ! こんなに死人は出なかった! テリーも死なずに済んだんだよ!」
「ばっ、お前―――
「シュラはすっこんでろ!」
どこの口が言うか……。もっともカイトはクロウがエルシオンに戻る事を認めた訳ではなかったので、筋は通ってはいるのだが。カイトはシュラが止めようとするのも聞く様子は見られなかった。止めようとした理由は言わずも分かろう。それはクロウも分かっていた。
クロウがテリーの戦死を知ったのはこの病院に入った直後……正確には一般市民たちがクロウに群がる前に、誰かが話しているのを聞いて、《マップ》で調べたときだ。
そのため、特に驚くことも無くクロウは淡々と答える。
「そうだな、確かに俺がいればテリーは死ななかったのかもしれない」
「なら、―――
「だが、それは所詮たられ場だ。そんなのは理由にはならない。戦争中の今、死ぬ理由なんていくらでもある。それが戦死だったというだけだ」
事実、戦時中の死は色々ある。普段の病死もそうだが、それ以外にも場所によっては飢餓で飢え死に、薬が無ければ、感染症で命を落とし、など理由を上げだしたらきりがないだろう。
もっとも、こんな事を言っても言う事を聞く奴じゃないことは、クロウは分かっていた。既に頭の中ではどうやってこの状況を打開しようかと考えを張り巡らしていた。
「そうやって逃げるのか? 結局、お前は戦争を理由に人が死んだ理由を押し付けているだけじゃねぇか! そんなの許されるはずがねぇだろうが!」
カイトの怒りが収まる気配は無かった。最初はどうやって宥めようかとも考えていたクロウであったが、ここまで来るともう、何を言っても止まらないだろうなと薄々感じてはいた。
「謝れ! 今すぐ土下座の一つでもしろや!」
ついには土下座しろまで言い出す始末。ちなみにこの世界で土下座とは屈辱以外の何でもない行動のひとつだ。人によっては土下座させられるぐらいなら死ぬと言って本気で死ぬ人も出るぐらいだ。一度公の場で土下座をすれば、その後一生涯に渡ってその汚名を着せられ、笑われ続ける事になる。
何を言っているのかというと、それくらいこの世界での土下座は周りからの目をガラッと変えかねないものなのだ。
流石にこの言葉に、今まで黙っていた人たちも我慢出来ないとばかりに動き出した。
「ふざけるな! お前いくらなんでも言い過ぎだろ!」
先ほどカイトを止めきれなかった、シュラが真っ先にくいついた。カイトの胸倉をつかみ鬼の形相でカイトを睨み付ける。だが、カイトも引く気はなく、あ゛ん?と睨み返す始末になった。
「そうよ! クロウがいればこんなことにはならなかったかもしれないけど、クロウをエルシオンに行かせたのは他でもない私たちなのよ!? それを言うなら、その前に言っておく人がいるのじゃないかしら?」
「カイトさん……あなたは少しクロウさんに厳しすぎませんか? ……その言葉を言うなれば、それは私たちの力が未熟でこの事態を招いたとも解釈できそうですが?」
高みの見物をしている三人衆の二人もカイトには決していい顔をしていなかった。セルカリオスとリーファは二人ともあきれ顔を通り越して、どことなく苛立ちの表情を浮かべていた。
獣族たちの状況はもっと悪かった。普段のホワワンとした雰囲気はどこいったやら、今は殺気に満ち溢れており、銃はいつでも撃てるように構えの前の体勢をとっていた。言葉こそ何も言っていないが、その目からは怒りを通り越して殺意を感じざる得なかった。
彼女たちからしてみれば、自分たちの命の恩人を侮辱されたのだ当然、怒るに決まっていた。普段温厚であるからこそ、こういうときの殺意はより一層恐ろしい物を感じた。
状況を理解していない一般市民と医師であったが、クロウに特に印象を持っていない彼らにとってはカイトは、自分たちを助けてくれるであろう人に、そのような暴言を振りかけたことに怒りを覚えていた。一般市民の中には、前にも助けられたことがある人もおり、その人たちはそれ以上の怒りを覚えた。
まさにカイトにとっては四面楚歌の状況だろう。だが、既に怒りで周りが見えていないのか、それとも分かった上で行動しているのか、カイトが止まる気配は微塵も感じられなかった。
「考えてみろ! クロウがいればこんな悲惨な事にはならなかったんだろが! こいつのせいだろうが!」
なおも暴れてるカイトに、獣族たちはついに危険を感じてか、一斉に銃口をカイトの顔へと向けた。銃が構えられた瞬間、魔族との戦闘で銃の威力を見ていた人たちは一歩も、二歩も後さずりをする。作られたばかりの銃は、その存在を十二分に発揮していた。
「お、おい。お前ら落ち着けって」
流石にクロウは不味いと感じてか、獣族たちを宥める。
「これが落ち着いておられますでしょうか! あの人はクロウ様を侮辱したのでございますよ!? クロウ様が助けてあげなかったら……!」
ニャミィの言葉に他の獣族たちも賛同するかのように頷く。
「分かった! 気持ちは分かったからここで撃ったら駄目だからな!? いいから銃を降ろせ!」
ぐっと悔しい表情を浮かべる獣族であったが、主人の命令であるならば仕方ないと構えを解く。
「なんでテメェらが、魔族と同じ武器を持っている!? さてはテメェ、魔族に媚びを売ってやがったな!」
ついに頭までおかしくなってしまったか? クロウはそう思わざる得なかった。そして、その言葉はクロウの命令で収まった獣族たちの感情を見事に逆なでした。
「ふ、ふざけているでございますか!? そ、それが助けてもらった人への言葉でございますか!?」
「クロウ様を侮辱するのもいい加減にしてください!」
本来、人間領土内(しかも街中で)獣族が人間に対して反発するなど、あってはならないことだ。というか、まずありえないと言っても過言ではない。当然といえば当然であるが、この時の彼女たちは、この常識をいとも簡単に破ってしまったのだ。おそらくクロウの統制によるスキルの恩恵がなかったとしても彼女たちは、今この場で反論していただろうが、それでも、普段大人しい獣族が反論するとは思ってもいなかった、クロウは「えっ、マジで?」と我を忘れて驚いた。
そんな常識を平然と破られた挙句、獣族に反論されたことが気に入らなかったのか、ますますカイトの言葉が荒くなる。
「そうだろ! そんな知らない武器を何故、お前らと魔族が持っている!? どちらかが渡したとしか考えられねーだろ! どちらが渡したにせよ、お前は魔族の味方なんだろ? それとも獣族か? そうだよな! だってそんなもしそうでないなら、クソ獣族に優しくしている理由が分からねぇもんな!」
カイトの一言についにクロウ自身もキレそうになり、事態はいよいよ一触即発の状態になったその瞬間だった。
「本当なの?」
特待生たちの動きがとまり、一斉にクロウとは反対の方を向いた。
そこには、ネリーが表情一つ変えずに立っていたのだった。
クロウがエルシオンに戻った理由は第160話あたりを、前にクロウに助けられたと言うのは第159話での治療のことです。
こうしてみれば、クロウは聖者への階段を順調に登ってますね(遠い目)
いつも感想やアドバイスありがとうございます。時間の関係上、誤字の報告などに中々手を付けられていませんが、すべての感想に必ず目を通しているので、ドンドン書いていってください。返信や誤字修正が出来ていないのは本当に申し訳ありません(土下座)
ブログなんて更新している場合じゃありませんね(汗)