第192話:戦死者
「救護班急げ!」
「くそっ、傷が深すぎる! これじゃあ治療魔法が効かねぇ!」
「ありったけの医療品をかき集めろ!」
ハルマネにある病院は混乱状態に陥っていた。
先ほどの戦闘による負傷者を運び込んだまでは良かったが、銃弾による傷は深く治療魔法は殆ど意味がない状態だった。
そこで、ポーション系を大量投入するという量に任せた治療を行おうともしていたが、制作難易度が比較的高いポーションを大量に持っている筈も無く直ぐに枯渇してしまった。
そこで、病院や魔法学園は街にいる商人から直接買うことにした。だが、既に戦争が始まってそれなりの日数が経っている中、定価で売ってくれる商人など簡単に見つかるはずも無かった。例え見つけたとしても価格は大幅に高騰して品薄状態であった。(そもそも傷を治療するポーション自体が非常に高価で数が少ないのも原因だが)
そのため、病院では包帯などを使用した一般的な治療を行うしか手は無かった。
そんな状態であるため、クロウやクロウが治療を行った人たちが戻って来た時に驚かれたのは想像に難くないだろう。
そして、当然の如くどうやって治療したんだ? と言う話になった。
当然の事ながら治療者は俺のことを話し、それを聞いた人たちが「探せぇ!」と言って俺を探し出す始末だ。
正直今すぐにでも帰りたかった。サヤとアルゼリカ理事長などに会うのもまた今度でいいかなとも思ったりもしたが、アルゼリカ理事長のことが気になっていた俺は渋々強行することにした。
幸い《マップ》で場所は把握しているので最短距離で移動が可能だが……そこは一般の人も沢山いるみたいで結局一筋縄でいかないようだ。
しかも今回は獣族たちも連れてきている。先ほどの感じを受けるここでも、彼らの目は変わらないだろう。どこかのタイミングで彼女らだけでも戻らせればよかったのかもしれない。(もっともそんなタイミングがあったらとうにそうしてるが)
獣族たちが固まって歩いていれば当然周囲の視線も集まる。そして、治療した人たちの中にはきっと「獣族に囲まれた……」とか言っている奴がいるに違いない。そうなれば俺を見つけるなんざ簡単なもんだ。
彼女たちだけ別行動に……とも考えたが、それはそれで彼女たちが心配なので却下だ。まあ、武装している彼女らに勝てる奴なんか早々いないだろうが……さっきの化け物が他にもいる可能性がしな……。
「……一応自分の判断で撃っていいが……極力しないようにな」
そう言って彼女たちには射撃許可命令を出しておき、俺らはアルゼリカ理事長がいる病院へと足を踏み込んだ。
==========
「「……」」
クロウが病院へ足を踏み込む直前のことだった。
「……嘘だろ……?」
シュラがそう呟く。口以外の顔は硬直しており表情は険しいというより悲しいと言った表情だった。一体普段の明るい彼はどこに行ってしまったのだろうか。普段の彼を知っている者ならそう聞いただろう。彼だけではない、病院の一室の一つのベットを取り囲むようにしてサヤ以外の特待生組の面々が揃っていたが、シュラが呟いた以外に口を発するものはいない。カイトは窓の外を黙って見つめ、セレナ、ローゼは見たくもないと言わんばかりに視線を下に向けてベットの上にある"物"を見ないようにしていた。
「……」
そんな中ネリーだけは、その"者"をじっと見つめていた。表情一つ変えず、ずっと見つめていた。彼女は腕に銃弾を受けており、包帯で応急手当てをされただけの傷口からは血がにじんでおり、その変わらない表情と重なり、まるで地獄でも見て来たかのような雰囲気を漂わせていた。
もちろん彼女だけではない。シュラ、カイト、セレナ、ローゼの四人もどこかしらを負傷しており、少し前に応急手当を済ませたばかりだ。
だが、今はそのようなこと彼らにとってはどうでもよかった。
―――コンコン
ドアをノックした音が聞こえたかと思うとドアが開き、二人の男が新たに病室へと入って来た。
「失礼するよ」
部屋に入って来たのは三人衆の内の二人であるセルカリオスとリーファだった。
「お前ら……」
「なんだい。現場指揮官が来たらおかしいかい?」
思わぬ登場に驚いている特待生組にそう言ったのはセルカリオスだ。いつものうざテンションとは裏腹に今日は非常に落ち着いていた。
「いや……別にそういう意味じゃねぇよ」
いつものテンションとのギャップに驚きつつもシュラが軽く返す。セルカリオスの後ろから付いてきていたリーファがセルカリオスの前へと出て来きた。その手には一枚の報告書が握られている。
「……やられたよ……完全にね」
報告書に視線を落としつつリーファは続ける。
「もう戦うことは無理だと思うよ……。元々軍としての体裁を保っていなかったところに今回の敗戦……」
「僕のマイハニーたちもかなりの子たちが散ってしまったよ……クソッ」
リーファが報告書をシュラに渡す。その後ろでセルカリオスが歯ぎしりをした。
そんな普段見れない様子に驚きながらもシュラはリーファから受け取った報告書に目を通す。
そこには、今戦闘による負傷者と死者の割合が書かれていた。
「……死者100名以上……」
そこに書かれてる"100"という数字は戦争で初めて指揮官として戦った者たちにとっては余りに重い数だった。しかもこれは現時点での数である。これから当然増えて行くことは間違いなかった。
「……」
シュラの言葉に先ほどから流れてる重い空気に拍車がかかる。
「……で、これからどうするつもりなんだい?」
重い空気に耐えかねたリーファが質問をする。
「……どうするってもな……」
シュラが話ながらチラッと視線を向ける。それにつられてリーファも視線を移す。
その視線の先はベットだった。
「……報告で聞いていたよ……」
前に聞いていたリーファはベットの上に眠る……いや、"永遠に眠ってしまった"彼の名前を呟いた。
「……テリー・ラーナ君だっけ……本当に……残念だよ」
「……」
「……全身にくまなく敵の攻撃を受け重症……まもなく死亡が確認、死因はおそらく出血死か……」
「……ああ……」
リーファの答えにシュラが辛うじて答える。
「……で、いつまでこうしているつもりなんだい?」
「お、おいセルカリオス……!!」
リーファが止めようとするのを無視してセルカリオスが続ける。
「知人が死んだのは君たちだけでは無い。リーファも僕も一緒だ。だが、上にいる者が嘆き悲しんでいる暇はないのじゃないかい? 全く……不幸ちゃんの彼氏が来なかったらどうするつもりだったのか……本当、彼以外はまるで役に立たないね、これだから特待生は嫌いなんだよ、分かるかい?」
「テメェ……!」
シュラが壁によりかけていた剣を握りしめ一歩前に出ようとする。その動きをみたローゼが慌てて止めにかかる。
「シュラ! 落ち着きなさい! 今はそんなこと言っている暇ではございませんよ!」
「分かってる! だが……!」
シュラの視線はベットを見続けているネリーに行っていた。先ほどから彼女はピクリとも動いていなかった。
(それが肉親が死んでいる奴の目の前で言う言葉かよ……!)
そう言いかけてシュラは言葉を飲み込んだ。
言っては駄目だ。それを言ってしまったら自分も同じ事になってしまうからだ。
重い雰囲気から一転、険悪な雰囲気が漂い始めたとき、事態は動いた。
「分かった! あとでするから取りあえずあっち行ってろよ!」
病室の外から聞こえる声。その声と同時に沢山の声が聞こえた。
「あの声は……!」
先ほどから黙って聞いていたカイトが病室を飛び出し廊下に出た。特待生を始めとする面々も後に続く。
「お願いします! 今すぐに治療をお願いしたいのです!」
一人の少年におっさんが一人しがみ付いていた。周りには首輪を付けた獣族たちの奴隷が十数人。そしてさらにその周りを囲むかのようにたくさんの人たちがいた。
「だからポーションやっただろ!? あれを怪我人に与えておけば大丈夫だって言ってるだろうが!」
「あんなポーション一つでどうにかなるなら今頃苦労していません! どうか、どうかお願いします!」
「だ、か、ら! アレは特殊なポーションで重症でも回復できるほどの能力を持っているって言ってるだろ!」
「そんなの信じれる訳が無いじゃないですか! 何故あなたが来て下さらないのですか!?」
「俺にもやることがあるっつってるだろ! いい加減にしろよ! ぶっとばされ―――」
そこまで言って彼はこちらを見ている特待生たちの視線に気付いた。
「……お前らか……」
「……クロウ……?」
クロウと言われた少年は黙ってシュラたちを見ていた。特待生たちも動く事無く黙っていた。
両者の間に流れる異様な空気を感じてか、クロウの腰にへばりついていたおっさん(恐らく医者であると思わる)もクロウの腰から手を離しそそくさとクロウから距離をとった。
「……」
「……」
暫くの間どちらとも口を開く事は無く、またその様子を見ていた群衆たちも決して口を開くことは無かった。