第173話:真っ赤な池
「……準備はいいか?」
「いつでもいいわよ!」
庭の中で対峙する俺とエリラ。俺の手には漆黒が握られ、エリラの手にも蒼獣が握られている。互いに本気でやり合う戦いだ。一切の手抜きは厳禁とのこと。
救済措置はエリラに対しては《不殺》スキルで死及びそれに準ずる攻撃の無効があること。そして、俺が本気を出すと街が消えかねないのでその辺も考慮されているが……。
やる気がしないと言うか……エリラには極力手を付けたくないんだけどな……ただ、今更やめようなんて言える雰囲気でも無い。
なら……せめて一撃で終わらせよう。俺は心にそう決め、大まかな戦いの流れを頭の中で組み立てておく。
っと、いつまでも待たせる訳には行かないから始めるか。
「では……始め!」
俺の合図でお互い、一気に距離を詰める。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
エリラの剣に薄い水色の色が付き、水属性の魔力が付与されたのがわかった。その付与スピードは前とは比べものにならないほどに早くなっていた。
エリラに対し俺も漆黒で対応する。お互いの剣がぶつかり合い周囲に魔力の衝撃波が飛び散る。
魔力も剣によく馴染んでいる。今のエリラの剣なら鉄すらもも容易く斬ってしまいそうな気がした。てか、斬れるな。少なくとも市場に出ている剣なんかは話にならないだろう。
だが。
「《焔斬》」
ボッ! というよりもゴウッ! と言った方が正しいような音と共に俺の刀から火柱が生れた。
火柱が生れた衝撃で、タイミングを崩されたエリラは一回後ろに引き体勢を立て直そうとした。
だが、そんな隙を俺が狙う訳では無い。
一瞬でエリラの目の前に移動。そして、つい昨日(時間にして9時間ほど前)開発した《龍渾撃》を使うべく一瞬で構え魔力を集中させる。
だが、前回と違うのは属性だ。エリラが得意な属性は水だ。火水を打てば水の効果は落ち、火属性のダメージしか通常ダメージは無い。だが。
「風雷……」
そう、風と雷なら風は通常ダメージ、雷に至ってはダメージの増加が狙える。
「《龍渾撃》!!」
アッパーに等しい攻撃を繰り出す。
だが、エリラもそれに反応して剣でガードをしにかかった。
―――バキィ!!
しかし、剣と拳がぶつかり合った瞬間、エリラの剣はまるで泥で固めていたかのように、いとも簡単に粉々に砕け散ってしまった。
そして、俺の拳は軌道の延長線にあったエリラのお腹に一直線に向かっていた。
本当は《動作中断》で止めれば良かったのかもしれない。だが、本気でとエリラに言われ、さらに一撃で終わらせるつもりだったのが重なってしまい、俺はおそらく人間に対して行うには余りにもオーバーキルな攻撃をしてしまった。
ブチッ! そんな音が聞こえたかと思えば俺の腕はエリラのお腹の中に埋まっていた。
「……!!」
さらにそこから風と雷属性のダブル攻撃。エリラの身体を突き抜け遥か後方へと消え去って行く。同時に吹き飛ばされたエリラの体が俺の腕から抜け、吹き飛び、そして地面へと落ちた。
「……」
しばらくの間、俺は無心になっていた。《不殺》スキルが起動しているのは間違いなかったので、死んではいない。頭の中ではそう考えていた。
エリラを中心に血の溜まり場が広がっていく。
そして、俺はようやくその時になって体が動き出していた。
「エリr―――
だが、俺はすぐに動きを止めた。
「……!」
俺の視線の先ではエリラが顔をむくりと上げ、体を起き上げようとしていたのだ。
「ケホッ! ゴホッ!」
せき込み、口から血が飛び出す。だが、動きを止めることなく。粉々に砕け僅かばかりの剣身と鍔を残すばかりの剣を支えにして徐々に体を起こしていくエリラ。
そして、フラフラでありながらもこちらを見ながら立ち上がって見せたのだ。
「どう……したの……? この……程度……?」
まだやれるわよと言わんばかりの表情を見た瞬間。俺の中で忘れかけていた感情が浮き上がってきた。
それは……恐怖。
だが、ただの恐怖じゃなかった。身体の心から冷え切り、気付けば俺は後さずりをしていた。剣を握っている手にはじっとりと汗が出来ていた。
《不殺》スキルには弱点がある。死なない分、痛みとして相手へと蓄積される。それは死ぬことが出来ない無間地獄……いや、その言葉すらも今のエリラには生温い言葉かもしれない。
そんな、状況下の中、彼女は立ち上がってみせた。
「なら……こちら……行く……わよ……!!」
今度は俺の前にエリラが一瞬で現れた。
何故動ける!? と言う疑問よりも先に体が動いていた。
《防壁》は間に合わない。なら、持っている刀で―――
だが、それすらも間に合わなかった。それ程までに今のエリラの動きは速かったのだ。
―――ドスッ!
折れた剣先が今度は俺の肩を貫通していた。《不殺》スキルは俺が他者に与えるダメージ量を制限することが出来る事は出来るが自分に、そして他者から他者へのダメージ量は制限できない。
これがどういうことを表しているかと言うと。
「はぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
開戦当初に叫んだ叫び声とは質も気迫も全く違ったエリラの声と共に、剣が俺の体内で回転する。言葉では表しにくいが時代劇とかで刀を刺した後にトドメと言わんばかりに手首を捻るアレのことだ。
「かッ……!!」
声にしたくても出来なかった。
グチャと聞いてはいけない音とが聞こえたかと思えば次の瞬間、エリラの剣は俺の肩から強引に引き抜かれた。
「ア゛ッ!!」
俺は素早く後ろに引き、自分の刺された右肩をみた。胴体と腕を繋ぐ関節あたりから血が噴き出し、傷口はそこからわき腹に抜けるように斬られていた。普通の人間ならこんなことはまずできないが、エリラの人間離れした(普通の人から見れば)ステータスによって強引にやったのだろう。
ズキン! と激しい痛みが襲い掛かる。肩だけでなくまるで全身を怪我したかのように。
(あっ、これやばい)
恐らく急所をやられている。普通の人間なら即死だろう。俺だからこそ何とか生きているようなもんだ。だが、このままでは大量出血死間違いなしだろう。
そう、《不殺》スキルでは、俺のダメージ制限は出来ないのなら、今の俺は死んでもおかしくないということになる。
即座に、詠唱をして傷口を塞ぎにかかった。だが、治療をするほどの集中力を維持するのは難しかった。痛みのせいで魔法が上手く使えなくなっていたのだ。それほどまでに、エリラから受けた一撃は重かったのだ。
一方のエリラはと言うと、先ほどの俺同様何をしたのか分からなくなり、頭が真っ白になっているのだろう。完全に動きを止めていた。
俺が死ねば《不殺》スキルの効果が消え、エリラもただでは済まされないだろう。今でさえ何故動けているのか疑問が残るが、そんなところにまで今の俺は回す余裕は無かった。
そして、ようやく魔法を使う事に成功し、治療を始める。そして、俺に出来ていた傷から血が止まり、そして徐々に傷口が塞がっていく。そこでようやく俺は命拾いをしたのだった。
危なかった……あと、少し遅かったらどうなっていたか……。
「~~~~!!」
我に帰ったのかエリラが動きだそうとしたが、一歩踏み出した瞬間膝から崩れ落ち、今度こそ倒れて動かなくなったのだった。
そして、俺はこの時初めて庭にはエリラの血によって出来た血の溜まり場と、俺の血によって出来た血の池が生れたことに気付いたのであった。
と言う事で、エリラの血だけだと思いましたか?
残 念 だ っ た な !
ちなみに、出血量ならクロウの方が多いです。エリラも体の一部を貫かれたとはいえ、急所は外れていますので。
次回、今回の出来た謎を回収していく予定です。
予定ですからね!?
追申
本編中にあった「時代劇みたいな~」という場面がありましたが、アレ、調べても名前が分かりませんでした。根本的に名称がないだけか、私の語彙力不足かのどちからでしょう。まあ、十中八九後者でしょうが。
誰か知っていましたら情報お願いします。速やかに訂正しますので。




