第158話:ハルマネへと
※ 7/17 誤字を修正しました。
今回の事件で色々な事があったので、調べたりセラに聞いたりなどしたかったクロウであるが、それ以上に魔法学園の方も気になっていた。
サヤやリネアたちに任せたとは言っても不安であるのは変わりがない。
そのため、クロウは必要最小限の事をやり、直ぐにハルマネへと向かう事にした。
まず、エリラの治療からだ。
《不治の剣》と言われた剣で付けられた傷は出血などはしっかりと止まっても、傷跡を強く残してしまう。調べて分かった事であるが、これは一種の状態異常が引き起こしているものだった。
そのためクロウはそれを打ち消す魔法を作りそれから治療を行おうとしたのだが、前回を見て分かる通りそれはエリラ自身の意志によって中断された。
この状態異常は《呪い》のジャンルに分類されているが、少し特殊な効果を持っていた。
普通、呪い系の状態異常は何らかの形で呪いを解かなければ消えないのだが、この剣によって出来た呪いは数日で消えてしまうようになっていた。
しかし、呪いが消えてしまうと同時に付けらてた傷跡は永遠に残る事となる。
説明をすると、《不治の剣》の呪いの効果は『対象者に傷をつけその傷の回復を阻害する』と言うものだったからだ。
つまり、人が本来持っている治癒能力を阻害し傷を消されないようにしておくと言う事だ。
これがどうなるのかと言うと、本来皮膚は傷跡を直して体内に菌が入らないようにするのだが、呪いの効果で傷跡を治せない状態になる。でも体は黴菌が入らないようにしようと動くので、結果的に傷跡を残す形で治療をしてしまうということだ。
非常に分かりにく説明になったと思うが、要するに普段刃物などで切り傷が出来た時、場合によっては縫わなければならないような怪我の可能性もある。
そのような傷を縫わないで放置していると、皮膚が再生する時に皮膚同士が少しずれてしまい跡が残るだろう。あれを意図的にかつ濃ゆくしっかりと残してしまう呪いと考えればよい。
と、少々長い話になってしまったが、それが呪いが数日で抜けるのとどう関係するのかはもう皆様はお分かりいただけただろうか?
傷跡は一応傷が塞がった状態である。つまり、次に再生するときには、同じ傷痕と言う名の皮膚を生んでしまうと言う事だ。
拷問用に作られたものだなとクロウは調べて納得をしていた。この呪いの効果を逆手に取り、拷問の時に数日の猶予を生ませそれまでに結論を出さないと否が応でも傷を残してしまうという、ある一定の人たちには地獄のような気分を味あわせるのだろう。
この世界のことを多少なりとも理解をし始めていたクロウはエリラの覚悟を心中で察していた。10代半ばで女性としての武器を捨てるに等しいことだったからだ。
もっとも、そんな姿でもクロウはエリラの事が好きと言う事には変わりが無かった。そんな彼の思いにエリラもまた、より一層クロウへの好意を寄せる結果となった。
さて、大分話は脱線したが、クロウはエリラの意志を聞いたのちに治療(傷跡は残ります)を行い拷問によってボロボロになった服に代わって新しい服を出してあげた。その服のデザイン自体は普通の民が着るようなものであったが、半袖だったのでエリラの腕に付いた傷が明るみになることに一瞬クロウは抵抗を覚えたが、それを察したのか「私はクロウが困らなければいいのよ」と言ってきた。
彼女の言葉を意訳すると、公の場に出る時などにエリラみたいな女性は敬遠されがちで、それによって主であるクロウにも悪影響が出てしまう可能性がある。
つまり、クロウがそれでもいいなら、私も構わない。でもクロウが隠した方がいいと言うなら隠すと言った感じである。
勿論、クロウとしては、エリラにいちゃもんを付けたりするものには市内引きずり回しの刑でもしてやるつもりである。が、態々馬鹿にされに行く必要もないのもまた事実なのだが、、手の甲や首にも傷跡は出来てしまっているので、正直なところ全部隠しきれるのは難しいとも感じていた。
色々悩んだクロウだったが、結局今まで通りと言う形で落ち着いたのだった。
エリラの着替えが終わったのち、二人は《門》を使いエルシオンにある家へと戻った。戻った時にテリュールを始め獣族たちにエリラの事はかなり驚かれ説明しようか迷ったが、時間も惜しかったので後でと言って、取りあえずエリラを部屋まで連れて行きそこで休ませると、クロウは魔法学園へと急ぐのであった。
「!? これは……!」
魔法学園……ハルマネに来てみればそこには壊れた民家や燃える家々がそこらじゅうにあった。
いや、それだけなら何度も見た光景だっただろう。だが、クロウの視界には初めての光景が写っていた。
そこには逃げる人々の様子は無く、代わりに燃える家を魔法が使える何人かが消化をしようと水をかけ、魔法が使えないものはバケツリレーで消したり、瓦礫の山をかき分け埋もれた人を助け出そうとしていた。
その光景にクロウは魔物に襲われたと言うよりも、震災があったのか? と思ってしまった。どちらにしても災害後であることに変わりは無かったが、エルシオンなどで度々見た光景とは違っていたことにクロウは違和感を覚えたのかもしれない。
「クロウさぁん!」
ハッと我に返り自分を呼ぶ声に反応したクロウの前方から手を振る一人の少女がこちらに向かって来ていた。
「リネア!?」
驚くクロウに、リネアはタンッと地面を蹴ったかと思うとそのまま、クロウに抱き付くように飛びかかって来た。まさかリネアがそんな行動に出るとは思っていなかったクロウであったが、飛び込んで来たリネアをしっかりと抱きしめるように受け止めてみせた……までは良かったのだが、地面に落ちていた瓦礫をたまたま踏んづけてしまい、バランスを崩しクロウはリネア共々仰向けに地面へと倒れてしまった。
いきなりこんな歓迎(?)をされるとは思わず困惑するクロウを置いて、リネアは満面の笑みでクロウの胸元で笑っていた。
「……ようやく来た……」
「クロウも無事だったのね」
そこにサヤとセレナも姿を表した。セレナはホッとした表情を浮かべていた。サヤはと言うと相変わらずの無表情であったが
「……サヤ……」
「……何……?」
「……怒ってる?」
「……いえ……」
「そ、そう? ならいいんだけどさ……」
どことなく怒っているように見えるサヤにクロウはたじろいだ。サヤが無表情な事には変わりなかったが、クロウは彼女の言葉がいつも以上に棘があるような気がしていたのだ。
事実、サヤはこの時怒っていたのであるが、それはエルシオンに戻った事では無く別にあったのだが、その本心を知るのは本人のみであった。
「クロウさん……」
気付けば先ほどまで笑っていたリネアがクロウをじっと見つめていた。リネアの綺麗な紫色の瞳に見つめられクロウは照れと困惑の表情を浮かべ、それを見たサヤの視線がどことなく強くなっているのを肌で感じていた。
「約束……守りましたよ……」
「……ああ、そのようだな……よくやった」
リネアの頭を撫でながらクロウは約束を守ってくれたことに嬉しさを覚え、撫でられたリネアはもっと撫でてと言わんばかりにクロウに頭を差し出し、嬉しさを隠すことなくクロウに甘え、それを見たサヤの視線がさらに痛くなり、そして―――
―――ドスッ!
「へばっぁ!?」
突如襲い掛かる激痛。見るとクロウの横腹にサヤの足の爪先がめり込んでいた。リネアが驚きパッとクロウの上から降り、クロウはそれによって自由に動かせるようになった身体を痛みが引くまで動き続けた。
そして、ようやく痛みが落ち着いたのかクロウは「イテテ」と横腹をさすりながら上半身を上げた。
「……遊ばない……起きたことを話すから……来て……」
「アッハイ」
別に遊んでいた訳ではないが、サヤから滲み出るオーラに負けたクロウは素直に従うのであった。