第146話:技能異常熱
「技能異常熱?」
「そうだ」
救護室に運び込まれたクロウを保険の教師が診察したのち、その結果を特待生始め、隊長格の面々に伝えていた。ちなみにリネアもいる。情報拡散を防止するため最初は隊長たちにしか教えないと言う話だったのだが、リネアが散々駄々をこねた挙句、サヤからのお願いもあって、他の人には絶対に話さないのを条件に許可をされた。
「で、それはなんですか? 俺は始めて聞きましたが?」
「私も」
「僕もです」
特待生たちは初めて聞く言葉に首をかしげていた。
「無理もない。この状態異常は滅多にお目にかかれるものでも無い。私も実際に見たのは今回が初めてだ」
「で、それはどんな状態異常でございますの?」
「簡単に説明をすると、スキルのカバー領域を超えてしまうと起きる症状だ」
「スキルのカバー領域?」
「種族ごとに各ステータスの上昇値が違うように、スキルにもまた種族ごとに上昇速度が違っている。例えば《魔力制御》のスキルは私たち人間より、森などに住んでいる妖精族の方が早く上昇する。また人間は武具制作や強化系の器用系スキル上昇が早く、妖精族は筋力などのパワー系スキルの上昇度は遅いと言うのがある」
「それは、知っています。で、カバー領域と言うのは?」
「うむ……一番分かりやすいのは作成系スキルだ。スキルレベルに応じて作れる物、質が変わって来るだろ。あれがカバー領域だ。実はそれは他のスキルにもある。例えば《見切り》スキルはレベルが上がるにつれてより素早い動作を見切れるようになるだろ? あのような感じだ。でだ、技能異常熱はスキルレベルでカバーをしうる限界を超えることで起きる一種の炎症みたいなものだ。症状は発熱、おう吐、めまい、頭痛、全身の痺れ、倦怠感、各部位の痛みなど様々なのが挙げられるな。まあ、幸いなのは命までは取られることは無いが、回復魔法は一切聞かないので自然治癒任せになるがな」
「だ、大丈夫なのですか!?」
「ああ、休んでいれば治るからそこは安心をしたらいい」
「……よかった」
リネアがホッと胸をなでおろす。その言葉を聞いたサヤや他の特待生組たちもホッと一安心と言ったところだった。あの部隊からクロウが消えたらなど想像もしたく無いものだ。
「HAHAHAHA~では、大丈夫と分かった所で私はレディーの元へ戻らせてもらおう。さらばだ! HAHAHA~」
そういってセルカリオスは得意の物理法則無視のスピンをしながら、甲高い声とともに外へと出て行った。
「……うるさい……」
サヤが不満な声を漏らす。無表情でその上小さく呟いたので、その怖さも倍増である。おそらくだがサヤのような人物が尋問とかをやったら一番効率がいいのかもしれない。
「……それにしても、一体なんであんな事に……?」
「……《人形操り》……」
「? 何それ?」
「……人形を自分の意志で自由自在に操れるスキル……先生……クロウのスキルレベル……調べて下さい……」
「えっ、わ、分かった」
そう言って先生はカーテンをめくり中に入っていった。カーテンの中にはクロウだけいる。教師が入った時にサヤは一瞬だけクロウの顔を見ることが出来た。先ほどと変わらず苦しそうな表情を浮かべていた。
(……もっと早く気付いていたら……)
「おまたせ、サヤさんの言う通りクロウ君は《人形操り》を持っていたよ」
「……レベルは……?」
「1だった」
「……1……!?」
サヤの無表情な顔が崩れ代わりに動揺の表情を浮かべていた。
「……1ってどうなの?」
セレナが動揺しているサヤに恐る恐る聞いた。サヤはしばらくの間焦りの表情を浮かべたままであったが、何とか落ち着き説明を始めた。
「……本来なら……操れる数は……数体が限界……」
「数体!? 待って! あのゴーレムたちをクロウ君が作ったのなら……どう見ても数百体はいたわよ!?」
コクリとサヤは頷いた。
「……なるほどね。本来なら数体しか操れないところをクロウは無理をしてあの数を操ったと……」
「そうだな。おそらくそれを行ったせいで脳に過剰な負担がかかってしまい、頭痛や麻痺を引き起こしたのだろう」
「……異常……普通は無理……」
どんなに無理をしてもスキルレベルを超えて操ることなど早々出来る訳が無い。魔法でどんなに遠くをターゲットにしてもスキルレベルに応じた範囲を出てしまえば、途端に無力化されてしまうのと同じことだ。そもそも範囲外に一瞬でも魔法を飛ばすことすらも現代では不可能と言われているのだ。
魔法以外のスキルにも同じことが言える。どんなに丹精込めて作り上げても作成レベルを超えるほどの高品質を作り上げることは不可能で、その限界を引き上げる為に職人たちは日々レベル上昇を目指し鍛錬をするのである。それは生産者、非生産者、冒険者関わらず全員に同じことが言える。
唯一の例外はあった。《限界突破》と言うスキルだ。ただしこれは身体能力系の数値の限界を引き伸ばすことのみ可能で、当然使用後は使用者に強烈な反動を与えるのだ。まさに『諸刃の剣』と言えるスキルであろう。このスキル使用後の反動も《技能異常熱》に扱われる場合がある。と言うのも見切りみたいに動体視力など脳にまで直接影響を与えるようなスキルに影響が渡れば、先ほどの説明と同じ通りの症状がでるからだ。
「……それほどの規模を扱ったとなると……恐らくだが、回復までには時間がかかるだろう」
「!? ……それはどれくらいかかるのでしょうか?」
「そうだな……私もこの手の事はよく分かっていないからな……数日……と言った所だろうか」
「数日……!?」
つまり、クロウは数日間、地獄のような頭痛や吐き気に耐えなければならないと言う事になる。さらに体を動かして誤魔化そうにもその体が麻痺してしまっているので、それすらも叶わないのであった。
「……と言う事は、どちらにせよ暫くここからは動けないと言う事か」
「そうなりますわね……その間の訓練のことなども私たちが受け持つしかありませんわね……」
「まあ、もっともクロウのせいで何人負傷者が出たか……全員での訓練は無理だろ……」
どこか棘のある言い方にサヤとリネアだけでなく、セレナやローゼ、シュラまでもが眉をひそめたていた。
「お前……少し言い方を考えろよ……」
シュラがそう警告したのだが
「事実だろ……もっとまともな方法だってあっただろ……」
リネアがカイトの方に動き出そうとしてサヤに止められる。どうして!? とリネアは視線で質問したが、サヤは静かに首を横に振って答えた。それを見たリネアも不満ながらも元居た場所へと戻る。
「と、とにかく! クロウ君や他の怪我人が治るまでは私たちで彼らの面倒をみましょう!」
場の嫌な雰囲気を打開すべくセレナがあえて、明るい声で発言をする。その発言に助けられたと言わんばかりに、他の人も賛成をする。
「……そうだな。じゃあ、このことをアルゼリカ理事長には私から伝えておこう」
「あれ? そういえばアルゼリカ先生は?」
「ちょっと体調不良でな。今は休んでいるはずだ」
「そうですか……じゃあ、私たちはこれからどうするか決めましょう。先生にも手伝ってもらった方がいいかな?」
「まあ、全権を握っているクロウがいない以上、そうした方がいいかもな……よし、じゃあ早速先生たちも呼んで話し合おうじゃないか!」
「ああ、ここでやるのだけはやめてくれよ。ここには怪我した一般生徒もいるんだから」
はいと了承するとシュラやセレナなどを筆頭にこれからどうするべきか話し合うために部屋を後にしていく。
「……リネア……あなたはどうする……?」
出て行き際にサヤはリネアに聞いた。彼女は隊長とかでは無いので、これから何をしようが自由だった。
「……私は、もう少しクロウさんの傍にいます……少しでもクロウさんを元気にさせたいので……」
「……分かった……あなたも無理だけはしないこと……いいね……?」
「はい、サヤさんも頑張って下さい」
「……善処する……」
そう言ってサヤも出て行き、保健室に残ったのはリネアだけとなった。リネアはカーテンをめくりクロウがいる中に入ると、近くの椅子に座った。
「……クロウさん……」
「……どう……したんだ……?」
ビクッとリネアは震えた。見るとクロウが僅かに目を開けてこちらを見ていたからだ。だが、呼吸は荒く汗だらけれで苦しそうな事には変わりが無かった。まさか聞こえているとは夢にも思わなかった。
「……いえ、なんでもありませんよ……早く良くなって下さいね」
「……ああ……」
そういうとクロウは再び目を閉じた。
自分の師匠がこんなにも弱っている所を初めてみたリネアは、どうすればいいのか分からない焦燥感と、自分には何も出来ない無力さを感じていた。だが、自分には何も出来ないかもしれないが、傍にいることは出来る。リネアはそう思い直し、クロウが早く良くなることを心の底から願うのであった。
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