第145話:あなたに……
「……!」
何も言わぬままサヤはクロウが向かって行った方へと走り出す。
「えっあっ! サヤさん!?」
いきなり駆け出したサヤに慌てて付いていくリネア。
「いきなりどうしたのですか!?」
「……嫌な予感がする……」
「へっ?」
「……いつもと様子が違った……」
「いつも?」
「……特訓期間中に少しでも良い所を吸収しようとして……彼のことは細かい所まで見てた……」
魔闘大会前にクロウの家に押しかけていたときのことだった。サヤはクロウに少しでも追いつくために彼の行動を事細かく見ていたと言う。それは動きだけでは無く、普段の何気ない声、表情、行動などあらとあらゆる事を見ていた。ただそれをクロウに言うと流石に困ると思ったのか気付かない程度に、かつ大胆に見てたとのこと。
ちなみに、夜の寝室にも忍び込んだことがあったのだが、その時にクロウと同じベットで寝ていたエリラを見て少しだけ嫉妬したのは彼女だけの秘密だ。
ここまで来ると一種のストーカー行為だと思うが、決して悪意は無く、ただ純粋にクロウから良い所を吸収し自分を成長させようとしていただけと言う事は念を押して言っておこう。
「……何もないならそれでいい……でも何かあった後では遅い……」
クロウが消えて行った場所は校舎の方だ。正門は校舎の目と鼻に先に存在したが、クロウが向かって行った方はその正門とは全く真逆の校舎があるほうだった。
この学園には正門以外で出入りが出来る正規の入口は存在しない。つまり、彼は「帰る」と言っておきながら帰る方とは見当もつかない方へ向って行ったと言う事になる。
「……急ごう」
自分が感じている予感が間違いであることを信じサヤは先を急いだ。
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「はぁ……はぁ……ぐっ……」
頭が痛い。それも尋常じゃないレベルだった。痛みのあまり意識が飛びそうになるのを何とか防ぎながら校舎裏へとクロウは到達した。
本当は正門から出るはずだったのだが、痛みに気を取られまさか移動する方向を間違えるとは思わなかっただろう。最初は切り替えそうとも思っていたが、最早そのような余裕など彼には残っておらず、結局そのまま校舎裏へと来てしまったのだ。
「こ、ここなら……」
校舎にへばりつくような形からズルズルと地面へ崩れ落ちていった。暑くも無いのに汗が滝のように吹き出して、顔から滴り落ちていた。
「くそっ……全然治まらねぇ……」
《人形操り》でゴーレムを大量に操った時から起きていた頭痛は、スキルを使う事をやめても収まることを知らなかった。
最初は、時間が経つにつれスキルレベルが上がり多少は楽になるだろうと思っていたが、時間が経てども経てども一向に収まる気配は無く、むしろ悪化の一途を辿っていた。やっとの事さ終わったかと思い、スキルを解除してもこの有様だった。
カイトに文句を言われていた時などは最早立っているのもやっとだった。それを無理やり《ポーカーフェイス》で押さえ付け何とか離脱をして来たのだ。
地面に横たわり少しでも楽にしようとするが、楽になる気配は無く頭痛のせいか、吐き気まで襲って来る有様であった。さらに体が思うように言う事を聞かず顔に付いている汗を手で拭き取ろうとしたのだが、腕が動かず、先ほどまで何とか体勢を動かせていたのだが、それすらも不可能になっていた。
結論を言うと、クロウはこの時に気付くことは出来なかったが、彼のステータスには異常が起きていた。名前は《技能異常熱》。詳しい事は後々に話すが、簡単に要約するとスキルがスキルとして擁護出来る範囲を超えてしまい、体に負担がかかっていたのだ。結果として頭痛を始め、吐き気、めまいなどを引き起こし重体になれば脳の中にも本格的に異常が起きクロウに起きている通り身体が痺れて動かなくなってしまう。
そのステータス異常で直接的に死ぬことは無いが、それでもかなりきついのは間違いない。クロウの場合、スキルレベル1で数体しか操れない状況で数百単位という行為をやっている。数体オーバーしただけでもこの症状は出るので、かなりの重症だと言う事が分かるだろう。さらにその体からの警告を無視し続け長時間に渡り動かしていたのも問題だった。
「! クロウ!!」
「クロウさん!」
そこに、サヤとリネアが追いついて来た。クロウの傍に駆け寄り仰向けに寝かせる。
「はぁ……はぁ……なんで……サヤ……たちが……」
「話は後! しゃべらない!」
普段は無口なサヤであったが、この時ばかりは我を忘れてしまっていた。
「わ、私少しなら回復魔法が使えます!」
そう言って、クロウに回復魔法をかける。だが、幾度経てどもクロウの体調が良くなる兆しは見えなかった。
「どうして……?」
回復魔法が効かないことに焦りの表情を浮かべるリネア。サヤとリネアは《分析》のスキルは持っていないのでクロウの今の状態を調べることは出来ない。
「……救護室に!」
「! そうですね。運びましょう!」
リネアが回復魔法をかけている間に幾分か冷静さを取り戻したサヤのアイディアを採用し、救護室へと運ぶことにした。担架とかいう道具は二人とも持ちあるいていないので、サヤが担ぐことになった。
「……ごめん……少し我慢して……」
そう言って、クロウを担ぎ上げる。そして出来る限りクロウを揺らさないようにゆっくりと歩く。一歩、歩くたびにクロウがかいた汗が飛んだり、落ちたりしてサヤの服に染み付いていた。
「顔色が……」
クロウの汗をふき取りながら、リネアは血の気が引き顔色を失っていた彼の顔を見て、何をしたらこうなるのかと疑問と心配の思いを浮かべていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…すま……ない……」
「……謝らなくていい……今はしゃべらないで」
クロウが倒れていた場所から救護室までは校庭側を回った方が近く、サヤもそっちのルートを通った。そうなれば、必然的に生徒たちにも見られると言う事になる。案の定、校庭を歩いているのに気付いた生徒たちがおり、シュラたちの耳にも飛び込んで来た。
情報を聞くや否や、特待生たちはクロウの元へと走っていく。それを見た生徒たちが何事と思い、戻って来た生徒から情報を聞いて、驚きの表情を隠せなかった。
「おい! どうしたんだ!?」
クロウを運び途中のサヤたちに追いついたシュラたちに、どんな状況だったかを説明をしたのはクロウの傍で彼の汗を拭いていたリネアだった。
「……分かった。兎に角先生に見てもらわないと分からないんだな? じゃあ急ごうぜ!」
シュラを始め特待生の面々たちも心配をした。だが、そんな中一人不謹慎な者がいた。
「……ふん。自分は生徒たちを戦場へと追いやって置きながら、自分が体調不良になったら人に担がれて救護室行きかよ……いいご身分だな」
その言葉を聞いたサヤがカイトを睨みつけた。その時の顔は親しい仲であるセレナも見たことが無いほど怒りに満ちていたという。
だが、そんな事よりもさらに特待生たちを驚かせた事があった。
―――バチンッ!
乾いた音が響いき、その様子を見ていた特待生たちの動きが止まる。
その音の正体はリネアがカイトをひっぱたいた音だった。無言でいきなり近寄られると問答無用のリネアの平手がカイトを襲い、勢いに負けたカイトは、そのまま地面に尻餅をついてしまう。
何をされたか一瞬分からなかった。カイトは急に叩かれた頬を抑えながら上を見上げると、そこには目から涙を流しているリネアの姿があった。
「あなたが……あなたが言う資格があるのですか!? クロウさんの気持ちを理解しようともせずただ単に、自分の意見だけを好き勝手に言うあなたが、クロウさんを侮辱する資格なんてありません!!」
涙ながらのリネアの言葉に、カイトは何も言えなかった。クロウが倒れて、今このような状況になっているのかはリネアは当然知らない。
だが、彼女は確信をしていた。クロウがこんなことになってしまったのは、きっと、自分たちの想像を絶する無理をしていたのを。
事実なのだが、どこか思い込みもあるような発言だったが、まさか学園でも有名ないじめられっ子にこんな仕打ちを受けるとは思ってもいなかったカイトだった。
「……リネア……話は後……今はクロウを運ぶのが先……」
その光景を見ていた訳では無かったが、何となく理解をしたサヤはリネアにそう促した。
「……はい」
涙を拭きリネアは、再びクロウの傍に近寄りクロウの汗を拭きだした。特待生たちも後を追う。
だが、カイトだけはその場から立ち上がることが出来るずに、ただ茫然とするだけだった。そして、その一部始終を見ていた生徒もリネアの予想外な行動に我を忘れただ、呆然とするだけだった。
《技能異常熱》については、次回しっかりと説明を行います。そりゃあ、性能以上の事をしようとしたらこうなりますよね。
それにしても、リネアもそうですが、サヤさんの評価も私の心の中で限界突破しそうです。