第132話:ハルマネ攻防戦4
魔物たちへの先制攻撃を行う直前、アルゼリカ先生はフラフラした足取りで前線から離脱をしていた。
彼女の横には二人の教師がそれぞれ肩を貸し、ゆっくりとアルゼリカ先生の歩調に合わせて付き添っていた。
「理事長……大丈夫ですか?」
教師の一人の問いにアルゼリカ先生は笑顔で大丈夫と合図をした。だが、顔は笑顔を作れていたが顔色は蒼白で足取りも覚束ないままだ。
「……私たちに任せても良かったのですよ?」
「おい、それは来る前に散々問いただしただろうが」
もう片方で支えていた別の教師が言葉を遮る。
「ですが……」
「いいからしっかりと理事長を支えてろ。理事長もこうなることを予期して行ったんだ。俺らがどうこう言う問題じゃない」
「……はい」
再び無言になる二人。
そのとき、生徒たちのいる西の方から爆音が聞こえて来た。思わず反応してしまい、後ろを振り返る二人の教師。
「……始まったか」
「先生。我々も急ぎましょう」
「そうだな……理事長もこんなんだし、早くしないとな……おい、俺が理事長をおんぶするから、お前は担架を持ってこい!」
「えっ、わ……分かりました!」
そういって、教師の一人は走り去っていった。残された教師はアルゼリカ先生を背負う体勢を取る。アルゼリカ先生はそれに身を任せるかのように乗り、乗ったことを確認した教師が立ち上がり走る体勢を取る。
「……ごめんなさい……」
アルゼリカ先生がか弱い声で呟くかのように言った。耳元じゃなければ聞こえなかっただろう。
「謝るのならクロウ君に謝って下さい。それに今はそんな暇じゃないでしょう」
そう答えると、教師は速足で魔法学園へと急ぐのであった。
==========
もくもくと立ち上る煙。流石に数百人が一斉に撃っただけはあるなとクロウは思っていた。
「HAHAHAHAHA~見たか悪魔どもめ! 僕の正義の魔法の前ではお前らの力など無に等しいのさHAHAHAHA~」
セルカリオスが既に勝ち誇ったような声がクロウの耳に飛び込んでくる。その声を聴いた瞬間クロウは思うのであった
(……それはフラグや)
と。
―――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!
そして、そのフラグは直ぐに回収をされることとなる。
立ち上る煙の中から無数の魔物がわらわらと出て来て、さらにその後ろから魔族も続々と姿を現してくる。
(……数は二千余り……と言ったところか……)
クロウは《マップ》にこれ以上のマーカーが増えない事を確認したのちに集計をしていた。こんな時でもこれほどの余裕を出せるのは、やはりチート能力持ちだからこそ出来る芸当だろう。
そんな間にも魔物たちは街へと刻一刻と近づいて来る。
《衝突まで残り70メートル》
「効いていないか……」
クロウがボソリと呟く。
魔物たちの体には魔法が当たった形跡も殆ど見受けられなかった。やはり、Cランク以上の相手には殆ど効果が無いかとクロウは思った。
実際、この時まともにダメージを入れることが出来たのはサヤとリネアの魔法ぐらいだった。他の魔法は大多数が届く前に無効化されたか、受けたところで彼らにとってみれば蚊にでも刺された程度のダメージしか無かったのだ。
この光景に、先ほどまでどこか余裕があった生徒たちの顔からも一気に血の気が引いた。魔法を撃つ前から足が竦みそうになっていた生徒たちに至ってはへなへなと地面に座り込んでしまっている者もいた。
「に……逃げろぉ!!」
生徒の中から誰か一人が叫ぶと、それに呼応するかのように一斉に生徒たちが逃げ出していく。特待生たちがそれを静止しようとしていたが、こうなってしまえばもう誰にも流れを止める事は出来なかった。
(やっぱりこうなるよな……)
《衝突まで残り50メートル》
逃げ出す生徒がいるなか、何人かの生徒が腰を抜かしたのか地面に座り込んだままの状態だった。だが、そんな人たちに手を差し伸べる人など誰一人としていなかった。
《衝突まで残り30メートル》
遠距離攻撃が出来るいくつかの魔物たちから攻撃が開始された。
「全員街まで走れぇ!!!」
クロウはそう叫ぶのと同時に、クロウの周りに白色の魔法陣が浮かび上がる。
もっとも、そんな声を聞かずとも既に大多数が逃げているのだが。
「《魔弾》!」
無属性の魔力の弾丸が魔法陣から飛び出し魔族たちへと襲い掛かる。魔弾が直撃した魔物たちは後方へと吹き飛ばされたり、そのまま体の一部を持っていかれたりする物が多数だった。
だが、その弾丸をググり抜けてくる魔物たちが何体かいた。
《衝突まで残り10メートル》
―――オオオオ゛゛!!!
「HAHAHAHA、今のは挨拶なのさ! だから許してくれたまえHAHAHAHA~」
そういいながら、全力で逃げているセルカリオス。そんなセルカリオスを守るためか周囲に女子たちが群がって、後退しながらも魔法を撃っていた。皮肉な事に、クロウや隊長を除いた生徒たちの集団的な応戦はこれのみで、残りは散発とした反撃のみだった。
「クロウさんも早く逃げましょう!」
リネアが《魔弾》を撃ちまくっているクロウの背後にしがみ付き、後ろへと引っ張ろうとしている。
先ほどのクロウの無双をリネアも見ていたが、そんな彼女でもこの数相手には限界があると思っての行動だった。
「おい! やべぇぞ!」
完全に部隊としての機能を失った隊長たちがクロウの元へと近づいてくる。だが、クロウから離れた位置に陣取っていた何人かは間に合いそうに無かった。このままでは間違いなく魔物の大群に飲み込まれるだろう。
リネアは必死で引っ張るがクロウは微動だにしない。クロウの前方の魔物たちとの距離はある程度あったが、左右を見てみるともう既に、攻撃体勢に入っている魔物たちの姿も見え始めた。
一体のオークが、地面に座り込んでしまっている生徒に目を付け、持っていた戦斧を振り上げる。恐怖によって完全に硬直してしまっている生徒はただそれを見る事しか出来なかった。
「クロウさん!」
リネアの悲痛な声が響いた。と、その時、クロウが魔法を撃ちながらもリネアの方を向いた。そして、笑顔で一言だけいった。
「心配するな」
《衝突まで残り1メートル》
振り上げられた戦斧が生徒目がけて勢いよく振り下ろされた。そして、十分な加速がつき生徒の頭を捉えたと思ったその時だった。
―――ガキィィン!!
硬い何かと何かがあった音が響いたかと思うと、オークが持っていた戦斧はオークの手から離れ上空をクルクルと回りながら飛んでいた。
「えっ?」
その光景をたまたま目にしたリネアは何が起きたのか良く分かっていなかったようだ。
さらに、似たような光景が各所で起こり始める。
火球を撃った魔族の攻撃は生徒に当たったと思われたが、火球の火の中からは無傷の生徒の姿が現れ、それを見たすぐ隣にいた別の魔族が今度は槍で襲い掛かった。
一直線に生徒の眉間に向かっていた槍は、突き刺さる直前で硬い何かにせき止められ、弾かれた反動で魔族が後ろへと体勢を崩した。
「《自動防御魔法・イージス》……術者にある一定以上の攻撃が加えられかけたとき、自動で術者の魔力を消費し特殊な防壁を張ることで、それを防ぐことが出来る」
きょとんとしているリネアにクロウが説明をする。
「昨日、《契約》をしただろ? あの魔法札にその魔法式を書き込んでいたんだよ」
「ふぇっ!?」
さらっと恐ろしい言葉を聞いたリネアから妙な声が漏れる。何故そんな反応をしたかと言うと、《自動防除魔法》は一見便利に見えるが(実際そうなのだが)、大きな弱点があった。それは魔力消費量が半端じゃなかったからだ。その燃費の悪さは現在ある存在する魔法の中で最悪の魔法とも言われるほどだ。
さらに、その魔法式も複雑すぎて理解できる者が殆どいないと来たもんだから、もはやその魔法は一般市民の間では伝説となっている魔法だった。
そんな魔法をサラッと書き、さらっと《契約》させたのだから、誰だって驚くだろう。
「さて……じゃ、そろそろ本気と行きますか」
未だにきょとんとしているリネアをガッと掴み、そのまま脇に抱えるとそのまま上空へと移動するクロウ。
「……へっ?」
上空で止まった所で、リネアが現実へと引き戻され、「はわわわ!」と手足を急にばたつかせた。混乱してよく現状が理解できていないのだろう。
「こら、暴れるな! 危ないだろ」
コンっと一つリネアの頭を叩き、それによってリネアも一応理性は取り戻したようだった。だが、現状が変わっていないことには変わりない。
「えっ……なんで……ここ、空だよね? エッ、アレレ?」
「そうだよ。しっかりと掴まってろよ」
そういって、クロウが魔法陣を展開する。その魔法陣を見た瞬間リネアは自分の目はおかしくなったのではと錯覚した。
その規模が尋常じゃなかったからだ。
まず、半径数メートル規模の魔法陣を中心にその周りに、大小様々な魔法陣が連なり、さらにそれに数えきれないほどの魔法陣が繋がっていた。さらに、円形の魔法陣以外の見たことも無い魔法陣も多数存在していた。これはリネアは後に知ったことだが六芒星や五芒星の事を指している。
そして、それらの魔法陣はその場に留まることなく絶えずゆっくりと移動をしていた。
これは、魔力消費を抑えるのと魔法式を出来るだけ簡潔にさせるためにクロウが独自で作り上げたものだった。各魔法式が様々な所に順番に移動しそこで役割を果たすことにより、魔法式の数を減らし、魔法陣を作る分の魔力量を抑えることが可能となっていた。
「……綺麗」
リネアはいつも間にか、自分の置かれている状況など忘れ、目の前の光景に見入っていた。彼女の目には一つ一つの魔法陣が踊っているように見え、とても神秘的な光景だろう。
「光の裁きを受けよ……」
そんなリネアの事は放置しクロウはいよいよ魔法を撃つ体制へと入った。リネアを抱えている方とは反対の手を掲げる。
クロウの姿は街の方からも見えたという。そして初めて見るような魔法陣と共は見る人を虜にした。その光景を見た者は口々に「神の魔法だ」と言ったとか。
巨大な魔法陣に光が収束した、その瞬間、掲げていた手を振り下ろした。
「《天上の裁き》」
その瞬間、この光景を見ていた者は全て光の中へと飲み込まれていった。
クロウが神化し始めている(汗)