第125話:彼の優しさは……
さて、いつまでもへこんではいられないな。
ニャミィに水晶を渡したのち、今度はテリュールにもある物を渡していた。
「?……これは何?」
テリュールに渡したのは銀色に輝くブレスレットだった。表面には文字が刻まれており、一見すると何を書いているのかよくわからないが、規則通りに解けば魔法式が形成されるようになっている。
本当は指輪レベルまで小さくしたかったのだが、今回は時間が足りなかったので腕輪型にした。
「まあ、話は置いといてまずは付けてくれ」
俺に促されるがままにテリュールは右腕の手首付近に腕輪を取り付けた。
「これでいいの?」
「OK。じゃあそのままジッとしててくれ」
―――スキル《契約》発動
腕輪が僅かに光を放ち、そしてすぐに何事も無かったかのように元に戻った。
「???」
当然、説明を全くしていないので何が起きたか分からないテリュール。
「今のはスキル《契約》を少しだけ改造して使った能力で、今からその腕輪はテリュール以外の人は一切使えなくしたんだ。俺を除いてな」
「えっ……で、これは何なの?」
「ほら、この前魔力の流し方を簡単に練習しただろ? あれをその腕輪に行えば詠唱無しで強力な《魔弾》を撃てる仕組みになっている」
テリュールはこの世界に来る前は魔法やスキルが使えない世界で過ごしてきた。だが、使えない世界にいたからと言って魔力が無いわけでは無く、《神眼の分析》で見てみるとしっかりとステータスの魔力欄に数値が記載されていた。
それで、魔法はまだ使えないので魔力を操作する練習を簡単ながらに行っていた。と言うのも、魔法は使えなくてもこうやって、道具に流しこめば魔法を疑似的にだが使用可能になる。
そして、この腕輪にはリネアに教えた魔法式よりも遥かに高度な魔法式を組み込んでいる。数学で例えるならリネアに教えたのが因数分解なら、この腕輪に書き込まれているのは微分、積分レベルの内容だ。(分かりにくいかな?)
そのため、僅かな魔力でも強力な魔法を撃てるようになっているという訳だ。
「俺はもう行かないといけないから、庭で一人で練習して使い慣れてもらいたいんだ。俺がいない間少しでも戦力は欲しいからな」
「わ、分かった……」
色々あったが、俺がテリュールの傍に長期間いないのはこれが初めてだったりする。色々と不安だが、ここは信じてみることにする。保険も色々とかけているしな。
「……クロウ」
「? なんだ?」
「……無茶はしないでね」
「……ああ、そっちもな」
やはり心配なのだろう。向こうの世界でも度々無理をしてきた前科があるのでテリュールに念を押されてしまった。
準備も整い出発の時刻になった。一応、俺が少し家を空ける事はミュルトさんとソラには伝えておいた。ガラムにはミュルトさんから伝えられるとは思うが、知らないで欲しいのが正直な所だ。
「じゃあ……行ってくるわ」
「気を付けてください」
「気を付けてね」
ニャミィを始めとする獣族とテリュールが玄関で見送りに来たが、そこにはエリラの姿は無かった。
(エリラ……)
エリラには色々と言いたいことがあったが、結局何も言わずに出て行くことになってしまった。彼女の事はテリュールたちに任せることになってしまったのは悔しいな。
「……じゃあ、行ってくる」
「クロウお兄ちゃん」
俺が家を後にしようとしたとき、フェイが目の前にやってきた。一応子供たちにも家を空ける事は言っておいたが詳しいことまでは話していない。もっとも、話したところでどこまで理解できるか謎なのだが。
「出かける時は「えがお」で、なのです!」
そういって、フェイがにっこりと笑ってくれた。彼女のを顔を見たとき、少しだけだが俺の心に日差しが差し込んで来た気がした。
「……ああ、ごめんな。行ってくるよフェイ」
「はい! いってらっしゃいなのです!」
フェイの頭を撫でながら、俺も笑って言葉を返す。
まさか、こんなところでフェイの無邪気な笑顔に心を救われた気分になるとは思いもよらなかった。一時期は同じぐらいの年齢だったことを考えれば、何とも不思議な感覚だな。
(……エリラ、気を付けてな……)
家を出る直前に今一度、我が家の方を振り向き心の中で、そう呟いた。
「……さて、頑張るとしますか」
俺は待ち合わせ場所の街へと急いだのだった。
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いつもは二人でいる部屋のベットに、今は私だけ潜り込んでいた。
「……」
やってしまった。つい怒ってしまった。
クロが、私の……皆の為を思って言ってくれている事ぐらい分かっていたのに……。常識的に考えればクロは当然の事をしたまでなのに。
この街から長期間離れる可能性がある話に簡単にいいよと言うわけが無い。私たちの事を考えればあの話を承諾する訳にはいかないことぐらい……。
それでも……私は知っている顔の人を見捨てる事なんて出来ない……したくない。
だから、私はクロに任せてと言った。
私だって守られるだけの存在じゃないもん!
確かに、私なんてクロから見たらまるで子供のような強さかもしれないけど……私だって強くなったんだもん。沢山特訓したんだもん。サヤとの特訓だって何回大けが負ったか分からないぐらい頑張ったもん。
私にだって出来る事ぐらいあるはずだもん。
「……私だって……」
レベル98なのよ? 普通の人だったらまず届かない領域なのよ? ……そういえば、クロの数値も一回見てみたけど多分あれは誤魔化していると思うわ。じゃないと私よりはるかに低レベルなのに、私をいとも簡単にねじ伏せれるわけないじゃないのよ……。
何よ……自分は偉そうに……
……クロって何者なんだろう……
……いや、そういうことじゃない。
「ああっ! もうっ!」
だんだん考えている内容がおかしい方向に進みだしたのに気付き、思わず布団から顔を出したけど、なんか顔を隠していないと落ち着かなかったので、今度は枕に顔を埋めることにしたわ。
枕に付いたクロの匂いが伝わってくる。
「……落ち着く……」
……いやいや、私そんな趣味持っていないからね?
「……そういえば、私って寝相が悪かったのよね?」
クロからの話だと、関節技決められたり、投げられて布団から落ちたりとかされたらしい。当然、私は無自覚なんだけど。
……よくよく考えれば、今までクロに一回も離れて寝ようって言われた事ないわ……。
出会ってからずっと今日まで、いつも隣にいてくれたっけ? 私だったらそんなに寝相悪かったら絶対離れて寝ようって言うわね……。
「ほぼ毎日睡眠を阻害される……考えただけでも体が持たなさそうだわ……」
改めてクロって優しいのだなと再確認させられたわ。
「……あれもクロの優しさなのかな……?」
そう考えると、なんだか自分が恥ずかしくなって来た。
クロがサヤやローゼさんの事をないがしろにする訳ないのに……なのに……
気付けば、夕日が山の向こうへと消え始め、月が出始める時間帯へとなっていた。モヤモヤしたままだったけど、このままで言い訳ないよね。
思い切ってベットから抜け、部屋を出て、一階へと降りた。リビングに来てみると食事の準備を進めている皆の姿がそこにはあった。珍しいことに子供たちも食器を出したり、食事を運んだりなど手伝っていた。
「……エリラ様?」
声をかけられて振り返ってみると、ニャミィが立っていた。最近、ようやく私も獣族語を理解できるようになって来た。クロは何故か話せれていたから、クロから色々と教わったわね……。
「あっ……ごめんね。邪魔だったかしら?」
「い、いえ、そんなことございません!」
「……所で珍しく子供たちが手伝っているわね。いつもだったらまだ、外で遊んでいそうなのに」
「ええ、クロウ様がお出かけになられて、自分たちも頑張らないととか言って、色々と家事を手伝い始めたのでございますよ」
「出かけた……? どこに?」
「学園の方でございます」
行ったんだ……。
「……ねぇ、私に何か言っていた?」
恐る恐る私はニャミィに聞いてみた。
「いえ……特に何も……」
「そう……」
「ただ……」
「?」
「強いて言うなれば……『帰ったらエリラには土下座の一つでもしないとな』とはおっしゃっていました」
「……嘘」
「……本当です」
ニャミィの言葉を聞いたとき、私は自分の存在がとても小さいように感じた。
「あんなこと言ったのに……」
私はクロに思わずバカと叫んだ事を思い出していた。普通、奴隷である私が主人であるクロに向かって言うことなど許されない言葉だ。過激な人なら制裁……いや、そもそも言い合いすらも許されない。
クロが私……奴隷に対しても、いや異種族に対しても決して無下には扱わ無い事は分かっている。それでも立場と言うものがあるのは間違いない……特に人前なら尚更なのに……なのに……。
「え、エリラ様?」
気付けば何故だか涙が出てきていた。ぐしぐしと服の袖で拭いたが後から後からと流れ落ちて来る。
「……ごめんなさい……」
私の様子に気付いた子供たちが私の傍に集まってきて、心配そうな目で見つめて来ていた。私はその中で、自分の愚かさとクロの優しさにしばらくの間、泣き続けていた。
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「……何をしているのですか?」
「ん? これか?」
俺の目の前には紙の束が置かれており、俺は一枚一枚魔法でその紙に文字を刻み込んでいた。
「秘密。所で人数はそれで間違いないんだろうな?」
「え、ええ。間違いないはずですが」
「そうか……まあ、余ればそれでいいか。足りなかった時はあんたをしばくからな?」
「は、はい!」
馬車の中で立ち上がり敬礼をする教師。俺はその光景には目を向けず、黙々と目の前の作業に集中する。
現在、俺は馬車で移動をしている。馬だけなら2日で着くとのことだったが、馬車に切り替えてもらった。これでも最速は3~4日かかるらしいが、その頃までに付けば問題ないとのこと。
「魔法式……? でも、こんな構文は見たことありませんね」
「当然だ。じゃないと意味ないからな」
「? 意味ない?」
「それも秘密だ」
教師がちょくちょく、聞いてくるが全て秘密で押し通しながら、俺は学園に付くまでの3日間。ほぼ不眠不休で作業を続けるのだった。
今回は後半部分にすごい悩みました。人間って訳し方次第で考え方が変わって来るんだなと思いながら書いていました。当然と言えば当然ですが。