第124話:乾いた笑い
「守れる?」
「そうさ。自分自身だけでなくテリュールたちの分も含めてだ」
「そ、それは……」
勝てる。エリラはそう言いたかった。だが一人や二人ならともかく、数百人と言う数を相手出来るかと聞かれると、迂闊には答えられなかった。
だが、サヤたち特待生組が心配なのは事実だった。少しの間だけしか一緒にいなかったが、それでも知っている人が死ぬ危険がある事にただ指をくわえて見ていと言うことはしたくなかった。
「……勝てる……勝ってみせるわ!」
やや足踏みしながらもエリラは言い切った。
「……そうか……じゃあさ、その数百人を相手にこの街を守れるか?」
「えっ?」
「国の軍隊がいるとはいえ、正直な所どこまで当てになるかは分からねぇ。そんな時エリラだったらどうする? 街の殆どの住民は戦闘能力はほぼ皆無で何も出来ないだろうな。その数千人の命を背負って、エリラは戦えるのか? それも一人で」
その質問にエリラは言葉を詰まらせてしまった。この広大な街を一人で? そんなの出来るわけが無い。エリラは素直にそう思った。だが、ここで引くわけには行かない。そう思い精一杯言い返す。
「わ、分からないわよ! でも、クロはローゼさんたちの事はどうでもいいって言うの!?」
「どうでも言いわけないだろ!!! でも、どうしろっていうんだよ! 俺の体は一つなんだぞ! どちらかは捨てないといけないんだぞ!」
「だからって、諦めるの!? こっちはまだ、来るかもってレベルでしょ!? でも、あの人たちは確実に戦地に送り込まれるのよ!? 『かもしれない』を優先して『起きる事』を無視してクロはいいの!?」
「じゃあ、『かもしれない』が現実になった時はどうするんだ!?」
「だから、私を信じてよ! 絶対に守ってみせるわ!」
「無理だ! 一人で出来るわけがないだろ!」
言ってしまった。
クロウは冷静に考えて、エリラが一人で守れるわけが無いと考えていた。俺はあくまで異質の存在。俺が出来る事の殆どをエリラたちが出来ないということを忘れなかった。
だがこのとき、彼は彼女たちを過保護に扱ってしまっている事が頭から離れてしまっていた。勿論この判断は合っている。いくらエリラがレベル100近くで強力な武器を持っていても、現時点でクロウが上げた事例に対処できるかと聞かれたら不可能だ。
だが、クロウは忘れてしまっていた。過保護にする余りに他者の気持ちを考えると言うことを。
「……もう、いいわよ! クロのバカァ!」
「あっ、おい待て!!」
少しだけ声を裏返らせながらエリラは急に走りだし屋敷の奥へと消えていった。
後に残ったクロウと教師に気まずい空気が流れる。静かな空間にギリッと歯ぎしりの音が鳴った。
「くそっ……!!」
音を出したのはクロウだった。
やってしまった。思わず叫んでしまっていた。
クロウは、エリラが前々から自分に背負ってもらっているだけだったのを悩んでいたことを知っていた。故に何かしらの機会で色々任せてみたいとも考えていた。
だけど、今回は余りにも状況が悪すぎる。龍族、魔族、人間、父親、ガラム……考えるだけでも頭を痛くするような内容がてんてこ盛りだった。
だからクロウは、これは任せれないと判断し、エリラに何とか諦めてもらおうと思っていた。だが、言い争いがエスカレートし、カッとなって言ってしまったのだ。
「……え、えーと……」
完全にばつを悪そうにする教師。心の中は「もう嫌だ帰りたい」状態だった。
「……行くよ……」
「えっ?」
「その役割を引き受けると言っているんだよ!」
クソッと言いながら片足を貧乏ゆすりしているクロウから、思わず回答を聞いた教師は一瞬自分の耳を疑った。
「い……いいのですか?」
「良いって言ってるだろ。出発は今日の午後だったな、街の門で待っていてくれ」
「は……はい! よろしくお願いします!」
机に額をぶつけそうな勢いで一礼をした教師。彼からしてみればホッとした気分だっただろう。
(……面倒な事になってきたぞ……)
頭を下げている教師を尻目に、クロウはエリラが消えていった屋敷の奥の方を見ながらこれからの事を考えるのであった。
「ニャミィ」
「? 何でございましょうか?」
教師が屋敷を後にしたのち、クロウは獣族たちがいた部屋に行った。入った瞬間、事の経緯を聞いていた彼女らは物凄く居ずらい雰囲気となっていたが、クロウはそんなことを気にせずに一人の獣族を呼んだ。
ニャミィ。獣族の大人の中で最年長の獣族だ。と言っても年齢は27とまだまだ若々しい獣族であった。クロウは彼女に前々から獣族のまとめ役を任せていた。
「これを渡しておく」
そういうとクロウはニャミィにピンポン玉程度の大きさの無色の水晶らしきものを手渡した。
「? これは何でございましょうか?」
行き成り渡された水晶らしき物を見つめながら彼女は聞いた。
「んー、名前はまだ決まっていないけど、取り合ず《伝令水晶》とでも言っておこうか」
「は、はぁ……?」
「いいか、皆もよく聞いておいてくれ、俺はこれから戦地へと出かけることになるだろう。当然、この家を留守にしないといけない。そこでだ。もし、自分たちに緊急事態が起きた場合は迷わずこの水晶を握って、俺を想像しながら魔力を送れ。そうすれば俺にその信号が届く仕組みになっている」
「? こういうのはエリラ様に渡した方が良いのではございましょうか?」
言ってはいけないような気がしたが、ニャミィはクロウに聞いた。その問いにクロウは首を横に振る。
「さっきの話は聞いていたんだろ? 今のエリラにこんな物を手渡したら地面に叩き付けられてぶっ壊すこと間違いないだろ?」
「……」
「はは……帰ったらエリラには土下座の一つでもしないとな……」
クロウは獣族たちの顔を見て乾いた笑いをしたが、その笑いに誰一人としてついていく者はいなかった。