第122話:フォートの攻防戦
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「はぁ!? あなた、自分が何を言っているのか分かっているの!?」
プルプルと体を震わし怒りを露わにした。
「いいえ、そもそも私は上層部の声を届けに来ただけですので、理解する必要も無いかと」
しらばっくれる使者にアルゼリカは怒りをぶつけていた。
「大体、生徒で部隊を作るとか本気なの!? あの子たちの大半は魔物すらも戦ったことがない子たちなのよ!? その子たちに行き成り魔族と戦え、人と戦えって言って出来ると思っているの!?」
「さぁ? 私はその辺の事は詳しくないのでなんとm―――
「ふざけないで!!!」
アルゼリカは使者の胸元を掴み自分に引き寄せる。だが、使者はなおも平然としていた。
一触即発の雰囲気に近場にいた別の教師がアルゼリカを宥める。
「落ち着いてください理事長。彼に言った所で何も変わりませんよ」
「それくらい分かっているわよ!」
使者を掴んでいた手を粗々しくだが離したアルゼリカ。頭の中では分かってはいるのだろう。
「分かったわ。あなた今から私もメレーザに向かいます。そこで一度キッチリとお話をさせてもらいますよ!」
「それは構いませんが……話が通らなかった場合を考えてこのことは生徒たちにしっかりと報告をお願いしますよ」
「……くっ、分かったわ」
「では、私はこれにて」
使者は一礼したのち理事長室を後にした。
「ふざけてるわ……」
後に残ったアルゼリカは自分の椅子に座ると深々とため息をついた。
「それほど国も追い込まれているということでしょうか」
「それでも馬鹿げているわよ。実戦経験もまともに積んでいない子たちに部隊として戦える筈なんかあるわけないのに……最悪、案山子扱いされる可能性もあるわよ」
かつての経験からアルゼリカは生徒たちの未来を想像していた。
「案山子……?」
これまでの人生で戦争など殆ど無関係だった教師は意味が分からず首を傾げていた。
「要するに囮よ。数年前に起きた戦争で龍族が使った戦法で敵の龍族も巻き込まれていたらしいじゃない。彼らみたいな事を言うのよ」
「そ、それは下手をすれば……」
「まあ、想像に任せるわ。さて、私はメレーザに向かうわ。説明は任せておくけどいいかしら?」
「あっ、はい。分かりました」
「それと、クロウを呼んで今からいう事を伝えてもらえる?」
「クロウ……と、申されますとあの今年入った特待生の……?」
「そうよ。多分エルシオンに戻っている筈だから至急呼び戻してもらえる?」
「わ、わかりましたがエルシオンと言えばこの前襲撃があった筈……彼が生きていなかったら?」
「必ず生きてるわ、彼ならね」
一体その根拠はどこにあるやら。頼まれた教師は理由を聞こうと思ったが、この前の魔闘大会でのことを思い出し、彼女なりの考えがあるのだろうと考え直した。
「ええ、それでどんな事を?」
「もし、部隊を本当に作るとなれば隊長的存在は必須。先生方の誰かに任せるのがいいのかもしれないけど、正直どこまでやれるか当てにならない。そこで彼にお願いをするのよ」
「はっ? 隊長役を子供に? それは……むしろ戦闘経験者の先生を誰か……」
「言ったでしょ? 当てにならないって。囲まれてすぐに死ぬような軟な人なんかじゃいる方が邪魔よ。それよりもその中でも戦える人がなるべきものよ」
「でもそれは、後方などにいればいいものでは? 指揮官が戦闘をしても周りの様子が掴めないだけかと思いますが」
「これは私の考えだけど、隊長が前線で戦うってね、周りに勇気を与えるのよ。指揮を執るだけ執って自分は安全なところにいる隊長に従いたいと思う? 少なくとも私は嫌よ『自分は高みの見物かよ』って気持ちになるわね。それよりも一緒に戦ってもらえると『この人は指揮も執りながらも戦っている。負けられない』という気持ちになるわね。私だけかもしれないけど」
「は、はぁ……」
未だに理解できていない様子の教師にアルゼリカは説明するのをやめ、メレーザに向かう準備を始めた。
「いいから伝えるのよ。絶対にね。伝えていなかったらすべて終わった後にあなたの首が飛ぶかもしれないわよ? あなた家族いたよね? 一家そろって路頭に迷いたくなかったら従うこと。いいね?」
「そ、そんな権力の使い方ありですか!? わ、分かりました。しっかりと伝えますよ。ですが、死んでいたら無しですよ!? いいですか!?」
「そんな理不尽な事しないわよ。その時はその時よ。あっ、でもいなかったらあなたが隊長役を探してね?」
「いや、ちょっと本気ですか?」
焦る教師を尻目にアルゼリカは準備を終え、部屋を出ようとしていた。
「本気よ。じゃ任せたからね」
「えっ、あっ、ちょっ、まっ―――」
ガチャン…バタンッ。そんな音と共にアルゼリカは理事長室を出て行った。後に残った教師はしばらく茫然としたのち
「なんでこうなるのですかぁぁぁぁぁっぁあ!」
己に降りかかった災いを振り払うがごとく大声で叫ぶのであった。
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メレーザを囲ってある山々を南東に抜けるとフォートというメレーザと同時期に建設された砦がある。建国時からメレーザを守る重要要塞の一つであった。
城壁の高さ10メートル。そこにこの地方の山岳が加わりまさに難攻不落の砦と呼ぶに相応しい城だ。
周囲にはカタパルトが40門ほど設置され、襲い掛かってくる敵に槍の雨を浴びせさせる。城壁には何か所か穴が存在しその穴から熱湯だったり、溶かした鉛などを下す専用の穴だ。
食糧も常に準備されており、万全の状態なら半年間は戦える仕組みになっていた。
“もし、ここを攻め落とすならば税と血の川を作らなければならないだろう”
とある軍師の評価だ。
だが、これらもあくまで人間同士の戦いでの場合だ。
では、魔族はどうか? 魔族も当然地上を移動するので、この砦に足はばめられるのは間違いないだろう。
だが、魔族には利点があった。
それは、飛行系の魔物がいることだった。人間はクロウみたいに魔法を使ってでなければ飛行は不可能なうえ、その飛行技術はまだ開発どころか作られたことすらもない高難易度魔法である(クロウは除く)
それに対して、魔族は生まれた直後から飛べる魔物などから出来た飛行部隊を揃えてあった。数こそは少数であったが、その少数による高空からの攻撃は強力だった。
彼らからしてみれば壁など無きに等しいと言えよう。
事実、フォートは今現在、飛行系魔族からなる部隊に襲われていたからである。
「射角を限界まで上げろ!」
一人の兵士の叫び声と同時に、城壁に並んだカタパルトが一斉に傾きだす。そしてある程度傾いたところで止め、装填を開始する。
「急げ! 次が来るぞ!」
空を見上げてみると上空から急降下してくる魔族の集団が見えた。魔物と城壁との距離はどんどん縮まっていく。
「装填完了しました!」
40門からなるカタパルトが空へ牙を剥けている。各先端には毒も仕込まれており、万が一致命傷に至らなくても死へと追いやる仕組みとなっていた。
「一斉射撃用意!」
このような兵器は一斉に使うことで威力を発揮する。一斉に放つことで回避を難しくさせ、なおかつ一気に士気を削ぐことが目的だからだ。
単発で撃てば、回避することも可能になるし、また当たったところで被害も小さく敵からしてみれば大した脅威には見えないかもしれない。
「撃てぇぇ!!!!」
合図とともに全40門。およそ1200本もの槍(シャベリンという投槍)が放たれた。槍は魔物の一団へと一直線に飛んでいく。
―――グガァ!
何とも言えないうめき声と共に魔物たちが回避行動に移る。避けきれなかった魔物には全身に突き刺さって落ちていく魔物や毒を受けて落ちて行く。
だが、その攻撃ををすり抜けて尚も向かって来た。
「撃ち漏らしだ! 魔法兵迎撃開始!」
城壁に待機していた魔法兵たちが一斉に応戦を開始した。
魔法兵の攻撃をさらにすり抜けた魔物たちが城壁にいる兵士たちに襲い掛かる。あちらこちらから怒号と叫び声が飛び交っていた。
その頃、地上の方でも戦いは起きていた。
先鋒のゴブリンたちと人間がぶつかり合う。ゴブリンは弓兵としての役割も果たしていたが、地上部隊との交戦により白兵戦を余儀なくされていた。城壁の上にいる者たちが対空に専念出来るのも、彼らの働きがあってこそだろう。
「くそっ! トムがやられた! 誰か運んでくれ!」
「馬鹿野郎! そんな暇あるか!! 目の前に集中しろ!」
数は人間の方が圧倒的に多かったが、個々の能力では魔族の方が一枚上手だった。少しでも気を抜けば一気に持っていかれかねない危険な状態だった。
戦いで傷ついて倒れた物の息がまだある兵士が平然と踏みつけられ、踏みつぶしてと戦場の足場は土が見えないほどに様々な色の血が飛び散っていた。(魔物の血の色は赤以外にも青や紫など様々な色が存在する)
「我らにはセラ様の加護があるぞ!」
セラ。人間の基本宗教で神として崇められている存在だ。実際に見たものはクロウ以外では不明だが、その存在はあると信じられ長きに渡って信仰の対象となっている。
「そうだ! 加護がある限り我らは負けぬぞ!」
「「「おぉぉぉぉぉ!!!!」」」
何かを信じることによって生まれた力は、確かに兵士に勇気と力を与えていたが、それと同時に無謀な突撃への引き金を引く場合もあった。何故なら―――
「馬鹿! 前に出過ぎるな!」
「えっ―――」
グシャと音と共にゴブリンの後ろから出てきたオーガにぺしゃんこにされる兵士。
「ジョォォン!!」
「くそぉ! 負けるな! やれえぇぇぇ!」
フォートでの戦いは尚も続くのであった。
※本編中に出てきた『トム』と『ジョン』は兵士の名前です。