第120話:風雲急を告げ
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「交渉?」
「ああ、そうさ、内容は簡単だ。俺の部下になるのとそいつを手放す事。この二つを飲むことだ」
おいおい、冗談じゃねぇ。と、言いたいところだが、一応お偉いさんっていう事で話は聞くことにした。少なくともこの前、玉踏みつぶした奴の例があるし、短気は損気と考えることにしよう。
でも、誰だって行きなりこんな事を言われたら「はぁ?」って思うと思うんだ。
「冒険者を雇う事は禁止ですよ」
「そんなの誰も守ってねぇよ。あんなの表面上だけだ」
「ふぅん……でも、俺みたいな無名を雇うのも納得行かないんだが」
「そんなこと分かっているに決まっているだろ。あんたがエリラの主人っていうなら《炎狼》を葬った奴だろ? 話はそこにいるマスターから聞いた」
チッ、余計な事をしやがって。これまでがこれまでなので、俺の心の中でのガラムの評価はもはやダダ下がりだ。どれくらいかと言うと、もう少しで地につきそうなくらい。
さて……答えは当然「ノー」だが、さてどう回避すればいいやら……流石に実力行使と言うのは駄目だ。前例がある上に、ガラムの前で下手には動けない。
「そうですねぇ……俺があなたの部下になったとして……俺にどんな利益があるんだ?」
念のため聞いておくことにしよう。俺の後ろでギュッと握りしめているエリラの手がますます強く握っていくのが伝わってくる。
「そりゃあ俺は国でも有数の貴族だ。欲しいものがあれば何でも揃うし、国でどんなことをやっても揉み消すぐらい朝飯前だ。その後ろに張り付いている小娘なんかよりもずっといい女を集める事も可能だ。まあ部下になった以上、俺の命令には従ってもらうがな」
まあ、随分と危ないお話をするもんだ。揉み消すって……あの貴族の事も揉み消してもらえたりするのか?
それは少し有難いと思ったのは秘密だな。
「で、どうなんだ答えは?」
おっさんはどうだと言わんばかりの顔をしている。顔は完全に上手く行くだろうと言わんばかりの顔だった。
まあ、俺の答えは最初っから決まっていたけどな。
「丁重にお断りさせてもらいます」
俺はキッパリと断った。
「ほう……良いのか? 俺が本気を出せばお前を取り込むことなど意図も容易いことなんだぞ」
「その時は全力でお相手させてもらいます」
「クロ……」
「心配するなって、見捨てるわけないだろ」
俺はそう言ってエリラの頭を撫でてあげる。先ほどまで強張っていた顔が緩んでいるのが見え、俺の心もホッコリし……たいです。
うん、そんな状況じゃないよね。
「ふん……あんたは国でも相手にしそうだな」
「いや、流石に国は嫌ですね。出来れば一個人だけでお願いします」
「まあいい。ほら、マスターが呼んだんじゃないか?」
ありゃ? 諦めるの!?
絶対に食い下がると踏んでいた俺の予想をアッサリと覆されてしまった。
いや、食い下がれよ。むしろそれが普通だろ? と、言いたかったが折角、諦めている今のうちにさっさと要件を済ませて逃げてしまおうと判断した俺はさっさとガラムに要件を聞いた。
で、その要件自体も居ない間に街を助けてもらい感謝するといった程度の内容で、急ぐ必要も何もなかった内容だった。
絶対何かある。と俺は思っていた。あの時のガラムのニヤケ顔もそうだし、エリラの親父がアッサリと手を引いたのもそうだし、急ぐ内容でも無い事をわざわざ急がせたり……。
あまりに不自然な点が多すぎる。もしかしてこれは別の何かがあるのではないか?
だが、それを面として向かっては言う事は今は出来なかった。そんなことを本人に向かって簡単に言うほど俺は短絡じゃないからな。
とりあえず、今はこの場からさっと身を引くことにしよう。そう考えた俺は早々にギルドを後にした。
なお、その後自宅に帰った際、エリラから抱きしめられた挙句、頬にキスをされ何度もお礼を言って、それを見た女性の獣族たちがアラアラと顔を赤くしながら見て、さらにテリュールが乱入してきて、「何があったのですか!」と問い詰められたりしたが、それはまた別の時にでも話すことにしよう。
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「ふむ、ごくろうじゃったの」
クロウとエリラが去っていた後のギルド内では、ガラムがレシュードに労いの言葉をかけていた。
「いんや、あんたにはお世話になっているからな。これくらいは朝飯前さ」
レシュードはそれを軽く返して、近くにあった椅子に腰を下ろした。
「しかし、お主はエリラの事は本当にこれでいいのか?」
「ハッ、あんな奴、もう俺の子供じゃねぇ逃げ出した奴に興味も何もあるかよ。まぁ、出来れば数発は殴らせてもらいたかったけどな」
「じゃが、お主も気付いておったじゃろ、エリラの力を」
レシュードはチッと舌打ちをした。実はレシュード自身もスキル《分析》を持っており、エリラのステータスを見たときは思わず顔色を変えてしまいそうだったほどだ。
「あの小僧は分からぬが、少なくともエリラの能力は国での随一の力をもっておるな」
「……チッ、93とか笑い話にならねぇわ」
レシュードは不機嫌そうに答えた。
「どうやってあんな力を身に着けたんだよ?」
「あの小僧に出会ってからかの」
「はぁ? 確かにあいつもそれなりだったが、それでも40ちょっとしか無かったじゃねぇか?」
「そんなの嘘に決まっておるだろ。どんな方法かは知らぬが、ワシはあ奴がステータスを誤魔化していると思っておる。150ぐらいはあるのではないか?」
「ひゃ、150だと!? ふざけるなよガラムのおっさん。伝説の英雄でも120ぐらいと言われているんだぞ」
「じゃが、ワシはそう見ておる。少なくともエリラよりかは強くないと、あのエリラの急激なレベルアップも説明が付かないからの」
と、言っているガラムも実際は全く見当違いのレベルを言っていた。この時のクロウのレベルは319。150の倍以上のレベルになっていた。そこにスキル能力も加味するとレベルは400を超えてもおかしくはないではあろう。
だが、この二人がクロウの本当のレベルを思い知ることになるのはもっと後の話だった。
「で、結局エリラは諦めるのか?」
「チッ、変わってなかったらそう言いたかったがな……だが、どうせあいつは何を言っても変わらないだろうけどな」
「なら、ワシがチャンスをあげようじゃないか」
「……はっ?」
その後、ガラムの口から飛び出した言葉にレシュードはしばらくの間呆然としていた。だが、元々野心家なレシュードに取っては、それはまたとない機会でもあった。
レシュードは少し考えたのち、ガラムのその言葉に乗ることにしたのだった。
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「隊長! 背後からも敵の襲来が!」
龍族に制圧された東部を取り返すべくメレーザを出発した東部制圧部隊を待っていたのは、死の切り裂き声と悪魔の大群だった。
「くそっ! 状況は!? どうなってるんだ!」
自らも空から降りてくる魔物と交戦しながら必死に周囲の状況を掴もうと叫んでいるのは、東部制圧部隊指揮官ロス・ガーディオンだ。
「駄目です! 各部隊ごとに寸断をされ状況が伝わりま―――」
ズンッと音が鳴り、ロスに状況を伝えていた兵士の左胸から拳ぐらいの大きさの爪が突き出し、鮮血があたりにまき散らされた。兵士の後ろを見てみると隊長2メートルはありそうな、紫色の体をしたデーモンの姿が目に飛び込んできた。
「チッィ、化け物めが!」
魔物に向かって得意な炎の魔法を打った。デーモンは回避しきれずに顔にもろに当たり、そのまま乱戦の中へと吹き飛んだ。それと同時に突き刺さっていた爪が抜けた兵士が地面へと崩れ落ちる。
「くそっ……誰か! 誰かこのことを伝え―――」
―――ギャオォォォ!!!!
バッとロスが振り返ると目の前にいたのは、頭は獅子、胴体はヤギの胴、尻尾はドラゴンの尻尾をした怪物だった。
通称「キマイラ」。危険度はAランクに指定される魔物。口から吐き出される炎は石をも焼き、鋭い牙はどんな鉱物でも噛み砕くと言われ、人々に恐れられていた。
そして、その恐怖の的であった牙がすでに目の前に迫ってきていた。
「あっ―――
次の瞬間、頭が食いちぎられた胴体がまた一つ、戦場に転がっていた。
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「撤退! 撤退!」
同じころ、第1遊撃部隊も同じく魔物の攻撃を受けていた。
「ミーロさん! 前はもう駄目です! 完全に壊滅しています!」
「くっ! ……一体どこから……」
「考えるのは後です! 今は一刻も早く離脱を!」
「ええ、分かっている。全軍後退!」
第1遊撃部隊指揮官ミーロ・ファルシムの声に反応した何人かは来た道を引き返し始めていた。だが、乱戦状態となっている戦場にその声は殆ど届いておらず。多くの兵士がその場に残り、必死の攻防を続けていた。恐らく彼らは隣の味方の叫び声さえも聞こえていないのだろう。
「クッ……」
その様子を見たミーロは剣を構えたかと思うとそのまま、乱戦の中に突入をし始めていた。
「! ミーロ隊長!」
呼び止める声も気に留めず、ミーロは今にも魔物に食べられそうな味方の兵士を見つけると、その魔物の目に向かって全力で剣を突き刺しにかかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性とは思えないほどの気迫に、魔物が一瞬怖気づいた。その一瞬を狙い一気に間合いを詰めると魔物の目に鋭い剣戟が突き刺さり、そして、魔物の頭の後ろに突き抜けていた。
「今のうちに逃げなさい!」
ミーロに助けられた兵士は何かを言いながら走り去っていく。魔物は必死で振り払おうともがくが、そのさらに上を行くミーロの力でそれは叶わず。徐々に大人しくなって行く。
「トドメ!」
グッと渾身の力を入れ一気に勝負を決めにかかったミーロだったが、次の瞬間横から凄まじい衝撃がミーロに襲い掛かった。
剣を手放してしまいそのまま地面へに叩き付けられてしまった。
「グォォォォォォォ!」
見ると、緑色のずんぐりとした体格が目に入ってきた。オークだ。
オークは突進の勢いそのままに、拳を振り上げ、ミーロ目がけて一気に叩き落としてきた。
咄嗟に横へ回避をしたが、あと一歩届かず右肩にオークの重い一撃を受けてしまった。
ズドォンと当たりに地響きが聞こえ地面に亀裂が走る。
「う゛……うう゛……」
体の大半は無事だったが、右腕は上からつけていた鎧ごと壊され、見るも無残な姿になっていた。
そこに、先ほどのオークが再び拳を振り上げようとした瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
叫び声と共に、一人の兵士がオークの足に切りかかった。その剣先はオークの足を切断することは叶わなかったがオークの気を逸らすことには成功した。自分の足を斬った者を始末するべく体勢を変えるオーク。
「来るなら来てみろ! てめぇなんざ怖くねぇぞ!」
見ると、先ほどミーロに助けられた兵士だった。遠くからでもわかるぐらい膝が笑って、腕も震えていたが、眼だけは逸らさずにじっとオークを見つめる。
「誰か……ミーロ隊長を助けてくれ!」
その言葉に……もと、ミーロを止めようと走ってきていた兵士が追いつき、ミーロを抱え上げ離脱をしようと試みる。
「待って! 彼が……彼を助けなさい!」
痛みに顔を歪めながらも尚も味方の兵士を助けようとするミーロを無理やり運んで行く。
ミーロが離脱する直前、彼女に見えたのは彼女が助けた兵士がこちらに笑いかけていた顔だった。
その後、彼の姿を見たものは誰もいなかったという。
第3章はこれにて終わりです。中途半端だという声が聞こえてきそうですが、第4章のお話的にこの辺で切らないと、きる場面を失いそうでしたので、そうさせてもらいました。
あと、更新も遅れて申し訳ありません。就活が終わったらまた、いつもの更新速度に戻させていただきますので、もうしばらくご辛抱願えたらと思います。
「第4章:アルダスマン国の崩壊」は来週あたりから始まると思います。が、詳しいことは未定です。




