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鬱とハープ

作者: 土成 謹造



これ、アッシが初めて書いた文章です。それまで作文なんて、小学校の宿題くらいしかやったことなかった。鬱病を発症して、なんか発作的に書いてみようかな、と思ってオッ始めたやつです。ですから、それなりにアッシとしちゃカワイイ。ま、難産の末、やっと生まれた初の息子みたいなもんでしょうかね。笑ってやってください。

レンドルミンとトリプタノール。


これが平生、寝る前に服用する睡眠導入剤。もう十年近く飲んでいる。

以前のきつい不眠時は、これにコントミンやレキソタン、んーと、ほかになにかいろいろあったが、思い出せない。ま、それくらい多くの種類を処方されてたってこったね。

二年前、不眠症と手酷く苦い経験で鬱状態となり、精神病院に三ヶ月入院した時は、睡眠薬だけで七種類あった。


牛でも眠るよ、とドクターに言われたけど、熟睡したな、という満足感はなかったな。

無論、人間なんだから、眠らないと死んじゃう。

だからどこかで確実に眠ってはいるのだろうけど、なかなか入眠できず、睡眠しても浅く、すぐに覚醒してしまう。


熟睡感がない、というのが一番理解しやすいかな。

死なない程度には眠っているのだが、その質たるや、極めて貧弱。ノーテンファイラ。ガキのころのような墜落睡眠、一気通貫、腹が減って目が覚めるといった、上質このうえない睡眠は望むべくもない。


人はだれでも一日のうち、最低六時間は寝床のなかにある。

無駄である、とオイラは拒否したいのだが、残念ながらそれは出来ない相談。

ならばせめて上質な睡眠を手に入れたいと思う。


酒飲んで、熟睡すりゃいいじゃん、とよくいわれる。

申し訳ないが、これは不眠症を経験した事ない人の、想像上の処方箋だね。

睡眠の質が更に悪くなる、と申し上げる。あまり覚醒はしなくなるが、そのかわり、ずっと悪夢に追いかけられてる。酒精の薬理作用が、抑圧された恐怖や不安といった汚穢を解放してしまうんだろう。

それに、酒の力は薬より数段強くて、翌朝はお約束な二日酔い。

アスピリンと太田胃散のお世話になってしまう。


で。

今だに不眠だけは残っている。

しかし、鬱病とアルコール依存で二進も三進もいかなくなり、精神病院に入院した頃を想起すれば、この程度の今は、平穏そのものといえるかもしれない。

まぁ、これからのハナシはヘッポコオヤジの三流鬱病患者記録みたいなもんだな。

繰言、と思って読んでいただければよろしい。







「典型的な鬱病ですね…」

静かなクラッシクが流れる心療内科の診察室。ドクターはオイラをしっかり見据えてそう言った。


やっぱりな、欝かぁ、スッと胸に落ち、妙な納得感が広がった。

「できれば入院してゆっくり静養する方がいいんですがねぇ、入院できますか?」


え?入院?

入院=精神病、つまりキチガイじゃないか。オイラは狂っちまったのか?ウソだろ?少しだけ欝傾向なだけなんだろ?


「いや、えーと、やっぱ、マズイっすよ、それは。だって、その、アイツはキチガイかい、とか思われるのはイヤですよ。通院と薬でなんとかなりませんか?」

ドギマギしながらドクターに尋ねた。


「個人差が大きいですからね、薬だけで治癒できる方もいらっしゃいます。しかし入院して一切のストレスを遮断するのが一番なんですよ。それにどうやらあなたは酒精依存も抱えていらっしゃるようだ。断酒の意味でも是非、入院をお勧めします」

なんてこった、こういう展開は予想してなかった。弱ったな。

あー、一杯キュッとやったら、冷静になれるのにな。

カバンのなかにウィスキィが入ってたんじゃないかな?


「あの、少し考えさせてくれませんか。家族や上司にも相談しなくちゃいけないし」

とりあえず口の端に上った言葉で、その場を誤魔化した。


絶対、入院なんてしない。

だってオイラはキチガイじゃないし、酒精依存でもない。

冗談じゃないよ、少し気分がすぐれない、眠れない、人よりちょっと多く飲むだけじゃないか、オイラがキチガイであるはずはない。

「そうですね、よく相談してください。でも鬱病の治療には薬より入院なんです。とにかくストレスを遮断する、これが最善なんです。そこをよくお考えになって、判断してください。週末にでも結論をいただけますか?」

「ええ、わかりました。週末に必ず参ります」


診察室を出た途端、頭が急にボンヤリしてきた。

いけない、こういうときは、とにかく一杯のまなきゃダメだ。

オイラは昼間からあいている飲み屋に歩を進めた。

カウンターにぶら下がるようにビールと焼酎を胃袋に入れると、頭のボンヤリが醒めてくる。周りの情景がありありと、画然と視界に入ってくる。


オイラがキチガイ?

ヘッ、笑わせるんじゃないよ。


酒精は胃の底をキュッと引き締め、腸から肛門が暖かくなる。

スイッチを捻るように、思考回路が滑らかに動き出し始める。

酒精による妄想が膨らんでいるだけかも知れないが、頭から指先、血がのびのびと回りだす。


疲れてるだけだ。

不眠は、もう5年くらいつきあってるしな。

酒は、ああ、これがなきゃ思考が平滑ならしめられぬ。

だから、病気じゃない、疲れてるだけだ。

あの酷く苦い出来事は忘れてしまえばいい、それだけだ.。


酒は嫌なことを忘れさせてくれる。酒精の摂取が進むと、分析的に過去を思い出せるようなってくる。自分が抑鬱的状態に落ち込むなんて、想像できない。

いつも陽気で、バカ話と、ドンチャン騒ぎが大好き、オイラもまわりも鬱などとは無縁、そう思ってたろ。

しかし、ドクターは立派な鬱病と診断した。

突然の雨はさけられない。

同じように、目の前にある奈落に気付かず、いつの間にかオイラは暗い底なしの負のスパイラルに落ち込んでいる、つーことかね。

最初は不眠から始まったんだったな。

四十歳過ぎからだろうか、睡眠が困難になってきたのは。


「あー、オトコにもあるんですよ、中年になるころ睡眠と覚醒のリズムが狂うことがね。女性が閉経で体調崩すのと一緒です。え?眠れない?じゃあ、睡眠導入剤出しときましょう。最近の薬は依存性がないですから、眠れないと思ったら、頓服的に服用してください」

不眠で初めてかかったドクターは、商売人のように愛想がよく、ツルリと顔を撫で、こちらを見ることもなく処方箋を書き始めた。

「あ、お酒と一緒に服用はNGですからね。薬理作用が強まってよくないです。注意してくださいね」

フーン、酒と一緒だときつくなるのか、つまりより効くってこったな、なるほどね。

その夜、オイラはウィスキィのストレートで導入剤を流し込んだ。

久々に爆睡した。

熟睡した、という満足感が満腔を満たしていた。良質な睡眠が、こうも素晴らしいものであったか、改めて身に沁みた。

初めて処方された薬はレキソタンという薬だった。

このレキソタン服用と時を同じくして、オイラは破滅的飲酒と鬱への坂道を転げ落ち始めた。

 

破滅的飲酒の理由はなんだったけ?

さぁ、なんだったかな。きっかけはこれ、といえることが思い当たらない。


そんな記憶をとつおいつほじくりかえしていると、酒の入ったコップはすぐに空になり、キャッシュ&デリバリーのコップが段々堆くなり始める。

ふかす煙草の煙が酒精臭くなり始めている。

思考回路が破れだし、シナプスがてんでんばらばらになってくる。


オイラは酒精依存じゃない!

ましてや入院のひつようなキチガイじゃない!

依存かどうか、この一杯で占ってやろうじゃない!


いま、この飲み屋でオイラはきわどいバランスの上に立っている。

右に落ちれば破滅的飲酒、左に落ちれば辛うじて人の尊厳はある。

落ちるのは右か、左か。

落ちる方向で、今夜の末路が決まる。





払暁。


胸一杯の嘔吐感で目覚めた。

トイレに駆け込み、吐く。何度も。

出すものがすっかりなくなると、酸っぱい胃液が逆流し、鼻腔まで酸に侵されている。

それでも嘔吐感は止まらない。

最後にコールタール状のものをヌラヌラと吐瀉した。

それは便槽の水を赤黒く染め上げた。胃酸で凝固した血であったのだろう。

ヨロヨロと流し台に近づき、大田胃散を生ぬるい水道水で流し込む。酸が中和され、少しだけ気分が良くなる。

(やっぱり飲んじまったな)

後悔なんてしないけど、結局、破滅的飲酒に墜落してしまった。どうやって帰宅したか、まったく記憶はない。

気付くと、きちんと服を脱ぎ、寝巻きに着替えていることが妙におかしい。

生あくびと強酸性のゲップが立て続けに出、体中に腐敗臭がする。

今になって思うが、あの腐敗臭こそ、アルコール依存の証書だったようだ。

その匂いがひどく気になるし、とてもそのまま眠れそうにないので、シャワーを浴び、睡眠導入剤を缶ビールで流し込む。

(ま、いいや、どうせ今日は日曜だし…)

目覚めているの、眠っているのか、夢をみているような、あるいは論理的思考を展開しているような、実に収まりの悪い混濁の時間が過ぎていく。


何時なのかな?

あー、七時なんだ。

起きよう、どうせ横になってても、悪夢に追いかけられるばかりだからな。


顔を洗いに洗面台に立つと、鏡の中にカサカサの皮膚をたるませたオッサンがいた。顔全体が膨張し、特に目の周りは、まごうことなくある種の破綻を窺がわせる。


ハハ、こいつがオイラかい。

情けない顔してやがんな。


歯ブラシを口に含み往復させると、また嘔吐感がこみあげてくる。

それを堪えつつ、倍ぐらいに膨れ上がり、真っ白に苔の生えた舌をゴシゴシと磨く。

間断ない嘔吐感。

(ウーッ、早く一杯入れてやんなきゃ、また吐いちまうぜ)

そそくさとタオルで拭うと、ウィスキィを瓶のままラッパ飲みにする。

酒精は喉を焼き、ゆっくりと細胞を加温させながら胃壁に滑り落ちてきた。

じんわりと胃の底が暖かくなる。

口から肛門への一本の管が、緩く暖かくじっとりと湿ってきた。

酒精依存。

なるほどね、酒精依存ってなぁ、今のオイラのことなんだろな、きっと。

白濁の進み始めた脳細胞でも、こう結論付けた。





ある人から、体痛めつけて、金と時間を浪費し、そののち暗澹たる気分になるばかりなんだから、酒なんてやめちまいな、といわれた。

確かにね。

理屈からいや、そうなるわな。

しかし、やめられない。

だから酒精依存ってことなんだろうが、もともと酒に理屈をつけて飲んでるわけじゃない。

むしろ、人間の馬鹿さ加減、んー、どういやいいかな、あ、そうだ、昔、植木等サンが歌ってた、判っちゃいるけどやめられね、あれだな。

オイラはね、酒がいかに下らない飲み物であるか、日々新たに認識を深めてんのさ。

日々認識しすぎかもしんないけどね。

それにオイラは欝であるとか、酒精依存であるとか、そのことにほとんど拘泥していなかった。

むしろ鬱の酒精依存である自分自身を素直に認めていた。

なぜなら、依存は私の血であり、鬱は私の精神だからである。いずれも切り離し不可能な自らの一部なのである。

だから、時に人から「アル中の欝野郎!」と罵倒、一刀両断されても、「へへ、おかげさんでね」と韜晦するだけだった。


だってそうだろう。

「オイラがアンタに迷惑かけたかね?」

あるいは、人にオイラの鬱と依存の履歴を公開して、「気をつけなよ」と耳に心地よい言葉を賜ったとしても、それ、単なる同情だろ?

その裏に潜む感情は「ああはなりたくないねぇ」ってとこじゃん。

ヘンッ、おためごかしのベタベタ関係はいらねぇやい。

さらにいうなら、酒精依存である自分をオイラは肯定していた。

依存は社会的には糾弾されても仕方ない習慣である。

しかし、いまある自分自身を肯定するとしたら、誰でもない、オイラしか理解肯定しえないじゃないか。

依存なんですけど、認めてくれません?なんて、そんなヤボ、誰がいえるかい。


となると、こうなる。

屈託と鬱屈がますます累々と層をなし、その重みにいつか耐えかねてしまう。出口がわからなくなる。人はさらに破滅的飲酒であるとか、抑鬱状態へと逃避してしまう。それが楽だし、居心地がすこぶるよろしいのである。

平生の心持でいることが難しいし、自己憐憫のぬるま湯で、自分をチクチクと責め、絶望へのスパイラル、即ち、その墜落感に自分を委ねる方がまだ正気でいられそうな気がする。酒精、不眠、不安、まぁナンでもよろしいが、その病的(本人は病的とは金輪際思ってないのだけど)な状態は、鬱病者の逃げ帰るべき無主の聖域、すなわちアジールなのである。





ドクターの次の診察、つまりその週の週末まで、どのようにくらしていたかほとんど記憶にない。

今振り返っても、不眠も鬱も依存も一番最悪の時期だった気がする。

こんな状態だった。


朝、起き抜けに隠れてこっそりウィスキィを流し込んで出社する。

いや、その前に会社に行く、そのことが面倒で面倒でたまらない。

これだけじゃないな。

朝起きるということ、顔を洗うということ、背広に着替えるということ、駅まで歩くということ…とにかくすべてのことが億劫だし、なにかやろうとしても、掛け声をかけて始めないと体が動いてくれないのだ。

会社に出たちころで、営業回り、報告書、売上げのPC入力、どれもこれもやりたくない。

なにをするにしても、消えかけたなけなしの気力に活をいれ、なんとかかんとか一歩をふみだすという有様だった。

(あーあ、なにもかもおっ放り投げて、酒飲みてぇな…)

となれば。

そうだよ、オイラは昼間から開いてる酒屋で、飲んでた。

無論、このときだけは億劫がりもせず、スイスイと足が進んだ。


ある日、会社の上司に呼ばれた。

「オマエなんか最近おかしいな」

「え?そうすか。変わらないと思いますが」

「馬鹿いうな。オレの目は節穴じゃないし、鼻も利くんだ。オマエ、飲んでるな」

「エッ」

朝から飲んでるんだから、上司でなくても気付くだろう。

とりわけ鼻の利く女性社員にばれぬはずはない。

相手に気付かれる、そのことにすら想像力が及ばなくなっている。

「病院には行ってるのか」

「…」

「どうなんだ、はっきりいえ」

「えー、その、しん、心療内科に…ちょっと…」

「診断はどうなんだ」

「鬱病…です、あ、軽度のアルコール依存とも診断されました」

「入院とか勧められたろ?」

「ええ、その通りです」

「休め」

「え?」

「休め。入院しろ。第一、そんなんじゃお客さんのところに出せるわけなかろう。会社の恥だ。治るまで入院しろ。これは業務命令だ」


恥。

恥かぁ。

そーだろーなー。


その程度の理解力は残ってたようだ。

それにこのところますます眠れないし、憂鬱な気分が抑えがたい。

なにかやろうという動機付けが起こらない。

帰宅すると、飯も食わずに酒ばかり飲んでいた。カウチに横になり、ボトルを胸にだいて生息としていた。TVは点けているが、なんにも見ちゃいない。

言葉が理解できない、いや「理解する」ということがどういうことだったのか思い出せない。

いつのまにか放送は終了し、ホワイトノイズのザーザーという画面になっても、その白っちゃけた画面を眺めていた。呆然と。





その頃、オイラは寝具の上で毎夜、強烈な自死の願望に苛まれていた。

てんで眠れやしないから、余計に想像が加速されたともいえる。


紐一本ありゃ、簡単だな。

でも苦しいだろうな。

リスカっていう手もあるな。

でも痛いだろうな。

飛び降り?ガス?薬物?

どれも苦しそうだな。


痛い、苦しいで実行を諦めるんだから、死は想像上の産物程度だったのかもしれない。

しかし、死はちょっと踏み出せばそこにある、身近な存在に思えてきた。

そのうち眠れない夜は白々と明け始め、とにかくシャワーだけ浴び、ウィスキーを流し込んで会社にフラフラとでていった。

通勤電車は相変わらず混んでいた。

他人に押され、踏まれ、香水や口臭をいやになるほど嗅がされ、頭の中ではアルコールまみれのシナプスが発酵しはじめた。


このままじゃ死ぬかもな。

死んでもどってことないのかな?

だけど、やり残したことがまだあるし、ちょっと勿体ないかな。

ウン、なんか勿体ない気がする。面倒だけど、も少し生きていようかな。

二年、あと二年生きよう、それくらいでいい。それでおしまいにしよう。面倒だから。

それ以上は長すぎる。

二年でまずカタ(なんのカタだ?)はつくんじゃないかな?

カタをつけたら、この世におさらばすりゃいいんだ。

そうだよ、こうやって期限を切れば分かりやすいんだ。

気付かなかったなー。

となると…だ。

入院はやむをえない選択かな。

しゃーないかな、やっぱしそうかな、入院しなきゃダメ…かな。

ふんぎれそうな予感がした。


数日後、フラフラと上司の所へ行く。

「入院します」

「そうか。それがいい。いつからだ」

「今から病院に行って、相談してきます」

「わかった。とにかくゆっくり休め」

その足で、ほんの微かな気力にすがり、件の心療内科に向かう。

あー、これでサラリーマン人生オシャカだな、という醒めた予感だけはあった。

心療内科のドアを開けながら

「先生、入院する事にしました」

まず要点だけを伝えた。

(だけど心療内科の診察室って、どうしてこんなに豪華なんだ?)

そんなことを考えていた。





ダウンタウンから車で小一時間。

海沿いに立つ地元でも古い精神科の病院がオイラの入院先になった。あそこは落ち着いたいいところですよ、と心療内科のドクターが薦めてくれたところだ。

ここは戦前、炭鉱成金が贅を尽くして作った自宅を改造したものとか。自宅っても、小学校が数校くらいは出来そうな広大な敷地だ。

松や藤の植栽が美しい。すぐ裏手は、見事な白砂青松の海岸。ストレス遮断の環境としては最高だろう。

少しばかりの着替えと洗面具を手に入院受付に立つと、死んだ祖母が、その病院を「瘋癲病院」といっていたのを思い出した。

チェッ、瘋癲はないよなー、勘弁してくれよ。


入院前のオリエンテーション。

心療内科からの紹介状を手渡す。

ちょっと足の不自由なチーフドクターがゆっくりと読む。

「なるほど、典型的な鬱病ですね。ここはゆっくり休んで、回復を図ってください。お薬もありますが、一番はストレスを遮断して休む事。これが一番です」

「休むたって、眠れもしませんや」

「ええ、そうでしょう。鬱病の方はまず間違いなく不眠も抱えていらっしゃる。効果的な睡眠薬もあります。それと抗鬱剤、マイナートランキライザーなんかを処方しましょう。あ、看護婦さん。病室をご案内して下さい」


初老に近い看護婦さんに同道すると、二人部屋に案内された。

一方のベッドにはすでに別のオッサン患者がいて、ちょうど寝ているところだった。

「ここです。私物はこのロッカーに入れてください。剃刀とかハサミ、ライターなんかお持ちですか?ありましたら預けてください。危険防止のため持ち込み出来ない規則になってます」

あらら、犯罪者扱いかい?

まぁ、キチガイに刃物ってから、仕方ないか。

持っていたナイフと剃刀、それにライターをわたす。ただし百円ライター一個だけは、こっそりポケットに忍ばせた。

「食事は8時、12時、18時です。お風呂は週3回、月、水、金。時間別に男女を分けてあります。煙草吸われましたね。当然ですが、病室内は禁煙です。喫煙室にライターがありますから、そこで。ただし消灯の9時までです」

極めて無味乾燥、事務的な口調で看護婦さんがいった。

「洗濯は朝7時以降にお願いしますね。ときどき、患者さんからウルサイとクレームがありますから。厳守してください」

「はあ、そうっすか」

(ふーん、なるほどね。しかし、こういうドライな口吻でないと精神病院じゃつとまんないんだろな。看護婦さんまでウェットじゃ、いたたまれないよな)

「あ、大切なこと忘れてました。ここは開放病棟ですから、院内は自由に散歩されてけっこうです。しかし外出はドクターの許可がでるまでできません、よろしいですね」

道理でね。

門のところに守衛さんが常時目を光らせている。

あれは脱走防止だったんだ。

なるほど、厳しいや。


すぐに血圧や脈拍をとって問診。

特に緊急にどうということはないらしい。

ドクターの処方箋に従って薬が出される。

薬は一回分づつ分封され、それぞれPCから打ち出された名前が明記されている。これは誤飲防止。

処方された薬を思い出すまま。


デバケン コントミン ドグマチール デパス セルシン ワイパックス レキソタン パキシル トレドミン リーマス ジアゼパム メイラックス ベンザリン プロバリン


まだなにかあったが、もう靄のむこうだ。名前として思い出せるのはこれくらいだな。

ドクター曰く「馬でも寝ますよ」だそうだ。


晩飯を食べて上の薬を服用。

薬だけで、お腹が一杯になりそうだ。

喫煙室で煙草を吸う。

基本的に誰も話しかけない。それがこの喫煙室のルールらしい。

まぁ、オイラも話しかけられたら鬱陶しかったと想像するね。

なんだか所在のない入院第一夜。

遠くから聞こえる波の音に耳を傾けていると、消灯のアナウンスが始まった。

午後9時。

ベッドに潜り込み、目をつぶる。

あれだけの薬を処方されたんだ、きっと眠れるだろう。

頭の中を雑多な想念が渦巻く。

家庭のこと、仕事の事、なぜか小学校時代の失敗。

理科の実験でカエルの解剖を行うことになり、オイラが捕まえてきてやると豪語したのだが、一日中探し回っても一匹も取れない。翌日が実験だというのに、まったく獲れないのだ。平生ならいくらでも、好きなだけ獲れるのに。

翌日の実験でどういう言い訳をしたんだっけ?実験はどうなったんだっけ?

思い出せないのが腹立たしく、頭が冴え冴えと賦活される。

(まぁ、いい。眠れなくても、どうせ入院中だ)

悶々転々と寝返りを打ち、想念の跳梁跋扈を俯瞰しているうちに、さすがに強力な薬理作用、いつの間にか想念は白濁していき、トロトロと眠りに落ちていった。





「×月×日です。みなさんおはようございます」

起床のアナウンスで目が覚める。

熟睡したんだか、してないんだか、どうにも捉えようのない気分。

想像するに、薬理作用が強力で、まだ半覚醒、半睡眠状態だったんじゃないかな。

しばらくして周りの雰囲気が違うのにやっと気付く。

(あー、そうか、オイラは精神病院に入院したんだよな)

ただいつもの朝のような、嘔吐感がない。

そりゃそうだ、ドライで夜を過ごしたなんて、いつ以来だろうか。

結構さわやかな気分…ちょっとうれしい。

どっこいしょ、とベッドから離れ、洗面。

鏡に映った顔は、カサカサの草臥れたオッサン顔。

へんっ、変わらねぇな…ちょっとうれしくない。

朝飯。

まぁ、病院食だから、うまいわけはない。栄養学的完璧性と美味はリンクしないという見事な証明。野菜がすげぇ多いんだな。

なんでぇ、ジュウシマツじゃねぇよ、オイラは、と毒づく…ちょっと腹立たしい。

服薬。

一人一人に名前を確認して手渡し。

厳重だね。

喫煙室でボンヤリ煙草を吸っていると、

「今日のレクレーションは藤棚下で連想ゲームです」

と、小学校の校内放送を思わせる屈託のないアナウンス。

え、え、え、なに、それ?

聞いてねぇーよー。

当たり前の話だが、入院生活は極めて規則正しい。

六時半の起床(寝ててもかまわない)。

八時からの朝食(食べなくてもかまわない)。

十時からのレクレーション(参加しなくてもかまわない)。

こういうことになっている。

まぁ、しばらく世話になるんだから、いっちょレクレーションとやらを覗いてみるかね。


季節は初秋。

天気もいいし、実に爽やかな陽気。半袖で十分、いやむしろ暑いくらい。

藤棚下のレクレーション開始のアナウンスとともに、各病棟からゾロゾロと患者さんが出てくる。

病棟配置は正門から遠い順に重い(後で知った)。

最奥の病棟は全て個室。頑丈なドアと、窓、バルコニー、ありとあらゆるところに、転落防止(飛び降り防止?)の柵が設置されていた。

オイラの入った病棟は正門に一番近い開放病棟。

ここは精神疾患の一番軽い患者病棟。柵もないし、窓の開閉もOKだ。「病室」外への外出自由。ただし、「院外」外出はドクターの承認が必要。それでもほぼ半数は「院外」外出も自由(これも後で知った)。オイラは入院初日なんで、まだ外出は出来ない。

オイラの病棟から出てくる患者さんは少なかった(理由は後で分かる)。

奥の病棟の患者さんになればなるほど、参加率も高そうだが、同道してくるPT(理学療法士、まぁ、介護ヘルパーみたいなもんだな)もずいぶん増えてくる。

最奥の病棟からは、ほとんど1対1ぐらいじゃなかったかな。


こういう言い方が、果たして妥当性があるのかないのか、判断を保留するにせよ、病棟が奥になればなるほど、やはり人格破綻を窺がわせる度合いが大きくなる。

行っちゃてるなー、ミもフタもなくいえばそういうことだ(ゴメン、言い過ぎだとは思う。だけど表現の方法がないんだ)。

自分自身が入院しているという事実にも関わらず、比較している自分がいる。

人よりよくありたい、つまりこの場合は少しでも病状が軽くありたい、という歪んだ思いがある。

なんと、人間とは(オイラだけかもしれないが)底辺にあっても比較として対象を眺めてしまうのだ。

(フーン、オイラは彼よりまだましだな…)

つまり、オイラは絶対の座標軸をもっていないんだ。

原点が揺れるから、比較としての相対的座標しか持ち得ない。

よくいえば人間のフレキシビリティ、融通無碍といってもいいのかもしれないが、つきつめれば、忌むべき差別の構造に乗っかったオイラがいる。

(まだまだあそこまでいってないもんね。まだ大丈夫。ああはならんよ、多分ね)

振り返って考えると、発想が実に薄汚い。情けない。


ちょっと脱線。

こういうエラソウなことを書く自分が、嫌で嫌でたまらくなることがある。

オマエがナンボのもんじゃい、と指弾されて仕方ない、と思う。

エラソウなことを声高に吼えたところで、結局、自らの中味がスカスカなもんだから、吼えた後にいいようのないおぞましさを感じる。背伸びして能書き垂れてんな、と。

徒労の果ての果実、そうだな、徹夜麻雀をやって、結局トータルすれば僅か数百円の負け、そういう心持だ。

むしろ、身包みはがれてスッテンテンの方が、遥かにスッキリする気がする。


入院した精神病院、午前の日課。藤棚下のレクレーション。今日は連想ゲームとあった。

連想ゲームとは、まさに字義通り、ある単語から連想される正解の単語を想起するもの。

例えば、設問が「エベレスト」とすれば「高い」という形容詞からその単語=エベレストを類推するだけのもの。セックス→気持ちいい、でもなんでもいいんだけどさ。

しかし、まぁ、児戯に等しいんだ、これがさ。

この幼稚園児的遊戯に参加している自分が情けない。

確かに、奥の病棟の重症患者諸氏には、太陽を浴び、他者と接触する事で、なんらかの治癒的効果があるのだろう。

さりながら金輪際「行っちゃってない」と自らを規定しているオイラ、あるいは同病棟の患者諸氏には身をよじるような屈辱感だ。


なんで、オイラがこんな下らねぇことしなきゃいけねぇんだ…?

三歳児かい、オイラは、えっ?


多分、同病棟諸氏もそう感じたにちがいない。

一度出れば、普通なら(精神は普通じゃないんだけどね)必ず懲りる。

懲りる、とはちょっと違うか。

んー、そこまで馬鹿にしないでくれ、キチガイ扱いしないでくれ、というのが偽らざるところかな。

とにかく、二度と出るかい、オイラはそそくさと退散した。

それからは、レクレーションがキャッチボールの時に参加したぐらい。

あとはすべてトボけた。

無論、トボけたところで、なんのお咎めも、強制もない。

翌日からレクレーション時間中は、喫煙室がクローズされることもあり、天気のいい日はひたすら院内を歩いた。

なんにも考えずにただ歩く、時間のうっちゃり方は、それくらいしか思いつかなかった。

でなけりゃ、いずれ触れると思うが、ブルースハープをプカプカやってた。まあ、ちっとも上手くならなかったんだけどね。

それになにより、今日は入院二日目なのだ。たった一日で鬱状が改善されるはずもなく、ノラクラしているほうが、ずっと快適だった。





一二時の昼食を摂ると、さあ、それからが長い。

入院前、鬱状態で悶々転々としているころは、少なくとも飲酒という時間のいなしができた。

ところが酒精一滴もなく、ドライなままで過ごす時間の長さといったら!

北朝鮮からの電波で、時計の進行が狂ってるんじゃないか、と冗談にせよ思ったこともある。


話は戻るが、鬱病の前兆は「面白くない」ということに尽きる。

オイラの場合もそう。

釣りも、山も、本も、落語でさえ面白くない。

笑えない。楽しめない。つまらない。なにもかも不愉快極まりない。

ケッ、下らねぇ、なにが面白いんだ、アホクサ…。

読書?

無理だね、無理。

読書とは単語の集合で意味をなし、イメージを喚起することである。

しかし鬱状態では、イメージを引き寄せ、形にすることができないのだ。

例えば、「空」という単語を思い浮かべていただきたい。

普通なら、青く澄んだ空、白い雲、爽やかな風、まぁナンでもよろしいが、そういうイメージが喚起されるはずだ。

ところが鬱状態が進行すると、こうはならない。

「空」という字の「ウ」と「ハ」と「エ」が、部分ごとにバラバラになってくるのだ。単語の持つイメージではなく、漢字の絶対的な記号、それしか思い浮かばない。単語の形が遂には崩壊し、クタクタと崩れていく。

漢字一字の形に拘泥するあまり、一連の流れとしての文章を頭が認識できないのだ。

これでは読書になるはずがない。

テレビも一緒。

鬱病罹患前もほとんどテレビは見なかったが、この状態ではどんな番組を見ても、なにやら和讃念仏を唱える坊主の集会にしか感じられない。

話されている中身が理解不能なのである。コミュニケーション不能、いや自ら遮断している。日常的なイメージが、まったく欠落しているのだ。

第一、面白がる、という気分ではないのだ。


病院の長い午後をどう過ごすか。

結局、煙草をふかすか、フテ寝くらいしかない。

しかし生来、フテ寝ができない。ボーッと過ごすということができない。

なのに鬱病か?と問わないでいただきたい。そういうこともあるのだ。

で。

酒を飲んでりゃ、ボーッともできるのだが、ドライなまま時間を過ごす長さが尋常ではない。

(あーあ、酒、飲めないんだよな)

(しゃーないなー、気分は良くないけど、散歩でもすっかな)

この病院は敷地が広壮だ。

なにしろ昔の炭鉱成金が札ビラにモノをいわせて建てた家の跡地にある。敷地を一周すれば、さあどうだろう、小一時間はかかるんじゃなかろうか。

それに成金が贅を尽くしたんだ、植栽や造園がちょっとしたもん。普通の家なら、固定資産税が悩ましいだろうな、と下らねぇことを思ってしまう。


鬱の散歩。

体力もずいぶん落ちているし、きっと歩く姿勢もひどかったはずだ。

テクテクテクとなるはずが、引きずっているような歩き。

蒼々浪々、ノソリノソリと想像されたらよろしい。

あー、でも一杯飲みてぇな。

真っ昼間から飲むウィスキィはうめぇんだ。

キュッとやるとね、こう喉がグーッとなって、胃の腑の底が明るくなりやがんだよな。

そうすると思考がね、スルスルッと滑らかになってね、あー、ウィスキィとはいわない、焼酎、いや、ビールでいいや、病院のキオスクで売ってないかな…。


売ってるわけはない。


酒精依存が進むと、ビールとか水割りという薄い酒は飲みたくなくなる。

まず酔いたい、これが満たされなければ前に進めない。

だから酒精度数の高い酒、ウィスキィであるとか、ウォッカ、ジンを連続に呷り続けることになる。

昨日まで朝から飲んでたわけで、いきなりドライというのは辛かった。震顫妄想まではなかったが、とにかく目前にあるコップ、茶碗の類に酒が入っていないか、ためつすがめつしていた。

病院なんだから、酒があるわけない。その常識に思い至らない。

それが酒精依存なんだ。

肌もカサついている。平生の過飲で、新陳代謝が肝機能にほとんど向けられているのだろう、肌はだらしなく破綻し、カサカサになっている。

人間の新陳代謝は、無際限に増加するものではないようだ。定量で決まっている、といってもいい。肝臓は律儀に酒精を分解するが、そのために他の機能がめっきり衰えている。

性欲なんてさらさらない。

面倒、それしか思い浮かばない。

いや、思いつきもしない。

朝から酒のことしか考えていなかった。

思い切ってここを脱走すれば、指呼の間に酒屋はいくらでもある。

手元にあるいくばくかの金で酒を購い、口をつければ、面倒や苦いことから逃れられる。

飲みたい、ただただ飲みたい。

琥珀の喉を焼く液体が欲しい。

とぼけて出てしまえば、そこにウィスキィはあるというのに…。

なんで脱走せずに大人しく病院にいたんだろう。

今考えても、なぜ我慢できたのか、釈然としない。


病院の広い敷地を闇雲にオイラは歩き回っていた。

なにかしていないと、脱走しそうな自分がわかっていた。

脱走してでも飲みたいのだ。飲んで潰れて、面倒や苦いことを一瞬でも忘れ去りたかった。

結局、一度も脱走しなかったのはなけなしの見栄だったんじゃないかな。

(なんでぇ、あの野郎、入院したはいいが、酒に飲まれちまいやがったか…)

そういわれたくない、せめてどこかに最低の矜持だけは持っていたい、そんな動機じゃなかったろうか。

しかし、今でこそこう振り返れるのだが、気持ちは激しく揺れていた。


いいじゃないか、どうせ入院までしちまったんだ、今更なんの見栄があるんだ、飲んじまえ、飲んだら忘れられるぜ、さあ、脱走しろ、目の前の酒屋にワンカップの自販機があるじゃねぇか、飲んじまえよ、ひょいと門を渡ればそれでパラダイスだろ?

フーッ、説得力がありすぎるぜ。

煙草はOKなのに、なんでアルコールはダメなんだ…。

クソッ、クソッ、クソッ…。

飲みたい、ただただ飲みたい。

五〇〇円玉を握って出れば、病院の目の前に自販機があるというのに…。


いいかね、これが依存なんだ。

アルコール以外に関心がなくなるのだ。

飲む、その一点だけが目的になっているのだ。

鬱状態から逃げたいがために摂取していたはずが、逃げるどころか完全に落ちてしまったのだ。

はっきりいおう。

鬱は依存を加速する。そして依存は鬱を増幅させる。

呪縛を断ち切るには、医療にすがるしかない。酒とは無縁の環境に自らをおくしかないのである。





オイラには、とにかく歩き回るしか方法はなかった。

体を引きずりながらノソノソと歩く。

ポケットにはご法度のライターと、煙草がある。

病院敷地の隅に座り、煙草をふかす。

目をやれば、柵。木で組まれた柵矢来。

病院敷地はすべて、柵で囲繞されている。

その柵は侵入も逃走も許さない「断固」のメタファーだ。

そしてその柵は隔絶された今を、嫌でも想起させる。


入院したんだ、オイラは…。

社会から隔離されたんだ、柵で、オイラは、キチガイか…。

はは、情けなー、は、は、はは、ははは、はははははは…。


正直にいおう。

オイラはこの柵で完全に打ちのめされた。

まごうことない自分の鬱と依存、このことをありありと刻まれたのだ。

(オレは精神を病み、病院に放り込まれたんだ)

全身からなけなしの気力が蒸発した。

消沈、脱力、憔悴、無残、まぁ、なんでもいい、ああ、そうだ「ガックシ」という表現が最も当を得ているか。

とにかく、どんなにうなだれても、その事実は変わらない。

オイラは煙草の空き箱を握りつぶし、ほうり捨てた。

尻についた砂を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。

悔しくて悲しいが、ここで泣いてどうなる?

悲憤慷慨しようが、鼻汁すすりあげ歔欷しようが、なにがどう変わる?

この病院のワン・オブ・ゼムでしかなかろうて。

エラソウにいってたじゃないか、依存である自分を認めていた、と。

この墜落感の居心地がいいのだ、と。

屈託を相対化できるのは、自らの精神作業にしかぬ、と。


そうね、そうだった。

泣き言がいいたくなったオイラが馬鹿なんだ、それも度し難いね。

ヘンッ、この頓珍漢野郎!

ちったぁしっかりできねぇのかい、この唐変木!


自分に向かって罵詈雑言を浴びせる。

最低のペシャンコ。

ナッシング。

ナーダ・イ・ナーダ。

あーあ、グウの音もでやしねぇや。

なんだか口笛が吹きたくなった。

フッと旋律が滑り出してきた。


(ゴーナ・メーキ・セーンチメーナ・ジャーニー…)


ちぇ、もうちょっと気の利いた曲でもでろよ。

古すぎらぁ。

調子っぱずれな口笛だが、ペシャンコの向こうが、少し近づいた気がした。

オイラは夕食まで院内をヨロヨロと歩き回っていた。

口笛が同道してくれた。

(ペシャンコの向こうはどうなってんだろ、やっぱし鬱と依存かいな?)

ま、考えても分からないことは、とりあえず先送りにしよう。


夕食。

薄味の野菜だらけ。

飲み屋に来ているわけじゃないんだから、こんなもんだろう、と思いつつも、やはり味気ない。

調味料が醤油とウスターソースだけ。せめて酢、胡麻油、一味唐辛子、洋胡椒くらいは欲しい。

よーし、外出OKになったら、調味料はぜひ調達せねばな。

夕食後、大量の向精神薬を飲まされる。

薬の大量摂取のほうがオカシクなるんじゃないのかな?と訝しくなる。

でも、しゃーないわね、入院中なんだし、へいへい、素直に飲みますがな、素直にね。

こいつにアルコールの味でも付いてりゃな、バリバリ齧るんだけどね。

一杯お茶を飲んで、喫煙室で煙を吐き続ける。

昨日よりは、周りを見渡せる。

ときどき囁かれる、先輩患者の低い会話が耳に入る。

あの人は何回目、あら、あの人は1病棟(奥の重篤患者−完全に行っちゃってる−用病棟のこと)からよ、と、人の噂好きはどこも変わらない。

そんなもんなんだろなー、と納得。


筒井康隆氏の「人間衛生博覧会」という傑作があったが、冷静に見ると、病院は面白い(不謹慎は承知の上で書く)人間模様があるんだ。


たとえば煙草氏。

名前は知らない。

年は、そうだな、六十歳くらいかと見た。

彼の特徴のある煙草の吸い方でこう呼んだ。

こういう病院だから、名乗りもしないし、またこちらから名前を尋ねることもない。

彼も一言も発しない(唯一喋ったことがあるが、それは改めて)。それがルールなんだからね。

この煙草氏、煙草に火をつけると、一気に吸う。

普通は一服すれば、火口が落ち着き、ジリジリとなるまで放っておくのだが、煙草氏は勢いに任せるように、火口が赤くたぎったまま、根元まで吸う。

光景としては、煙草全体が真っ赤に焼け、その勢いでフィルターも焦げ始め、もうもうと煙があがっていると想像されればよろしい。煙草氏の指先は、煙草の根本まで吸うもんだから、ヤニですっかり黄土色に変色している。

煙草氏、オイラの入院中、2度ほど閉鎖病棟と開放病棟を往復した。統合失調が進んだり、軽快したりするらしい。

病状が進んだ時は、オイラにもわかった。尋常でない目の光、これはイヤでもわかる。

オヤッ?と思った翌日、閉鎖病棟に行かれたという話しを、噂好きのオバチャンから聞いた。

このオバチャンもよく喋るなー、と思ってたが、このオバチャンは両極性鬱病、つまり躁鬱で、ちょうどその時、躁状態。しばらくすると、一転、鬱に突入、どんより曇ってしまい、なにも喋らなくなった。

やっぱ、いろいろな人がいるんだ。


オイラと同室にいた方を、密かに「役人」と呼んでいた。

他意はない。

近くの自治体のノンキャリ役人だった(休職中)からだ。

この役人さん、寝る、寝る。

オマエ、ホントに鬱病かあ?といいたくなるくらい、とにかく寝てばっかし。しかも壮絶なイビキつき。

朝飯ギリギリまで寝てたかと思うと、食後は薬を飲むと直ちにベッドで睡眠。

ホントに寝てんだよ、イビキガンガンかいてさ。当然、レクレーションはバックレだし、昼食後も大イビキ。9時の消灯後も同じ。

人間って、そんなに眠れるのか?

ある午前中の回診のとき、ドクターから「寝すぎです」と言われてた。

当たり前だい!鬱の過眠ってあるわきゃねぇだろ。

オイラはただでさえ不眠の気味があるのに、隣で大イビキじゃますます眠れない。

ナースステーションになんとかならないか、と相談したら、脱脂綿で作ったイヤーパッドをくれた。

耳栓、なるほど、仕方ないといや、仕方ないんだけど、フ〜ム、耳栓ねぇ…。

オイ!コラ!役人!耳栓だぞ、オイ、コラ、わかってんのか!

も少し、コラエ性のある鬱病らしくしろよな、ホントニ、モウ、怒るよ。


ある日、役人氏と煙草氏が会話をしていた。

珍しいこともあるもんだ、と眺めていた。

両者とも、統合失調気味の鬱病。

これがね、見事に噛み合わない会話。

普通、噛み合わないってな、互いのスタンス、哲学を譲らないということだと思うよね。

ところが、これが全然違うんだ。

煙草氏は保険の話をしてるんだが、役人氏は自分の役人生活を語ってんだ。

えー、つまり、アラビア語とギリシャ語の会話なんだな。それでお互い得心した風なんだ。

信じられるかい?バーバルを越えたハイパーコミュニケーション。テレパシーというか、エクトプラズムの交換というか…。会話の中身を書き連ねても、多分、日本語にならないと思う。

申し訳ないが、オイラはいうよ。

電波コミュニケーション。

これだな。


一日が終わる。

9時、消灯のアナウンス。

考えてみりゃ、9時に寝るなんて、小学生以来だよな。

ベッドで横になり、天井を見上げる。

今日もドライで過ごした。これで2日飲んでない。最後に飲んだウィスキィが、随分前のことのように思われる。60時間前は、ベロベロだったんだけどな、不思議だ。

飲みたい欲求がまだ深奥で蠢いているのがわかる。そこにウィスキィがあれば、間違いなく破滅的飲酒をしていただろう。しかし残念ながら、病院にある液体は、廊下の端にあるウォータークーラーしかない。

起き上がり、廊下の端で水を飲む。

ゴク、ゴク、ゴク…。

胃から腸へスーッと冷たいそれが落ちていく。

口をシャツの袖口で拭うと、強烈な寂寥感が襲ってきた。

一体、オイラはなにをしてるんだろう。

これからどうなっちまうんだ?

一人であること、一人でしか生きえぬこと。

自由と引き換えに得た、病院生活という蹉跌。

グルグルと思惟が右往左往するが、気の利いたことは思い浮かばない。

ま、いっか。

詮無いことではあるんだ。

明日考えよう、面倒は先送り、それで半世紀過ごしてきたじゃないか、今更、なにを今更だぜ、馬に食わせるほど眠剤も飲んでんだ、眠れば変わるさ…。

自分の病室に帰ろうと、踵を返した。

病棟の廊下は冷たく光り、情けないような蛍光灯が輝いている。無機のなかに、各部屋からの鬱の情念が漏れている。

廊下の突当りに、なにか大きな黒くブヨブヨとした闇がうずくまっている。

無論、幻想なのだろう。

しかしそれは、まごうことなく確実にそこに存在した。

オイラを含めた患者達の怨嗟や懊悩が、不気味なおどろおどろしい形を見せたのかもしれない。

ここは神経の歪が吐き出されるところなのだ。

不定形の無告。

ワーッ、と叫び布団の中に飛び込んで目を瞑りたくなる恐怖。

オイラは総毛立ち、思わず立ちすくんでしまった。





不安を抗鬱剤と眠剤で打ち消し、入院も3日、4日と過ぎていった。

ドライな時間を重ねている。まったくアルコールを摂取していない。

と、同時に、段々、渇えるような酒精への傾斜、向性が薄れてきた。

あれほど渇望していた酒精に、ほとんど気が回らなくなってきた自分に吃驚する。

起床から睡眠までがツービートでリズムを刻んでる。

これが入院治療、そういうことなんだろね。


入院後、1週間くらいたってからかな、ゴメンネ君とあったのは。

このゴメンネ君、オイラ達の開放病棟には無縁。かなり進行しているらしく、一番奥と、その次の病棟の往復、えー、つまり、相当行っちゃってんだ。

年は、そうだな、三十歳前だな。二十四、五歳ってとこかしら。

やっぱし、尋常でない目の光りがある。

その時、たまたま彼一人で院内散歩をしていたのだろう。オイラは藤棚の下で煙草をふかしていた。

プーッと煙を吐き出すと、ポカリと頭を叩かれる。

え、え、え、誰?なに、いったい?

振り返るとゴメンネ君が立っていた。

「なにか、用ですか?」

「ごめんね」

「は?」

「ごめんね、って謝ってんの、ごめんね」

「え?」

「だから、ごめんね」

「ん?」

「ごめんねは、ごめんねじゃない」

「はあ…」

「わかる?ごめんねって?」

「ええ」

「だから、ごめんね」

「はあ」

オイラが「は」とか「え」とか、一音のみの返答だから、気に食わなかったのかな。かれは、しきりにゴメンネを繰り返しながら、フェイドアウトしていった。

笑えんぞ。オイラだって行っちゃうことだってあるんだ。いま、こうあることは、たまたまの僥倖、そうなのかもしれんぞ。

その後、ゴメンネ君とは2度ほど会ったが、いずれも介護士と同道してた。

ということは、あまり回復できなかったのだろう。


外出許可がでるまで、約一月かかった。

その間の無聊を慰めたのは、持ち込んだ古々亭志ん生のCDとブルースハープだった。

志ん生はともかく、ブルースハープを吹くのは初めてだった。

きっかけは、こういうことだ。

病棟にギターを持ち込んでる入院患者が何人かいた。結構、値の張るなかなかのもん。オベイション、ギブソン、ヤイリ、ふーん、たいしたもんじゃん。

オイラも多少はいじれるけど、大仰なギターまで持ち込む気はなかった。時々、借りてポロポロやってると、これがなかなかいい。

散歩なんぞとはえらい違い。楽しいし、時間の経つのが早い。なにしろ時間だけは、潰すのに苦労するくらいある。

(そっかぁ、こういう時間の過ごし方もありだよなー)

しかしいつもギターを借りるのは気が引ける。

そのとき、不意に天の啓示というか、福音降下というか、

(そうだ、ブルースハープという手があるじゃん)。

オイラは携帯電話(ホントは携帯もご法度。でも、みんな持ってた)から、通販サイトにアクセスして、教則本とハープを一本入手した。

ところがこれにはちょいとオチがあって、ここからオイラの携帯メールアドレスがじゃじゃもれ。連日、エロメールが嫌になるくらい来ることになる。


懲りた。

どうなってんだ?通販屋のセキュリティは?もう二度と携帯で通販はせんぞ。

ま、ともかく。

ハープはすぐに送ってきた。

長さはたかだか十センチのハモニカ。

そこに十個しかない穴。

この穴を無理やり吸い上げたり、吹き倒して音程を強引に上げ下げする(なんか表現がイヤらしいな)。

これですべてを表現しようというのだ。理論的にはね。

さあーて、果たして鳴るや、否や。


結果からいうとだ、ハープは難しいよ、お立会い。

なにしろ穴が十個しかないのだから、咥え方、吹き方、吸い方、舌の形、口のすぼめ方、緩め方、呼吸方法(あー、これも卑猥な表現だな)、なにやらかにやらで慌てふためく。半音下げ、全音下げ、これをテクニックでやっちまおうって寸法さ。

いや、その前にド、レ、ミ、ファ…とシーケンスがまず吹けない。素っ頓狂な上ずった悲鳴らしきものが鳴るだけで、ヘナヘナと音が崩れる。最初の思いとまったく逆なんだ。

(たかが穴十個じゃん、簡単、簡単…)

大間違い。

十個しかないから、上手下手、巧拙があからさまにでる。当然、教則本CDレッスンは、遅々として進まない。

ヤレヤレ、センスないなぁ。

まあ、何事もハナからうまくいくわけはないのだけどね。それに無聊を慰める手段だから、暇が潰せればいい。プロになるわけじゃないしね。

だけど、悔しい。

せっかく始めたんだもん、笑われない程度には吹きたいやね。

酒飲んで、鳴り物が鳴り出して、さーて、皆さんご陽気に、なんて、ワァワァ始まったら(ジャムセッションの酔っ払いバージョンね)、ギターだ、ピアノだ、ベースだ、ドラムだ、ほい、なんにもなけりゃ手拍子でも、てな光景で、スイッと取り出すハモニカは渋いぜ。

なにしろあんましやってる人間がいないから、マイナーな存在は光る。

ということは、少々下手でも、誤魔化しがきくんだな。

それにたかだか十センチのナリでありながら、骨太な存在感があるもんな。

ブイブイいわせてんない、そら、アンタ、ちょっと、いわせんですばい(この表現は博多弁)。

かっこよくやりてぇ、と入院中練習に励んだが、ま、これから先は武士の情け、惻隠の情をもってご賢察願いたい(つまり、ちっともうまくならなかった、ってこったね)。

しかし、とにもかくにも、これで入院中のお楽しみはできた。

これをメルクマールとし、これ以降をオイラの「ハモニカ的入院生活」と呼びたい。





さて。

入院も一月くらいたった頃、週に2回あるカウンセリングの日。

ドクターがいう。

「どうですか?」

「どうですか、たって、ナンにも変わりませんや。食って、ハモニカ吹いて、寝ての繰り返しです」

「気分は?」

「わかんないっすね。あるがままにある、ってとこですか。人間ですからね、いいときもありゃ、不愉快なときもありまさぁね」

「なるほど、ずいぶんよくなってるみたいですね」

「は?」

「自分の感情がわかる、あるいはコントロールできるということは、鬱状態が相当改善されたと判断できますね」

(ウソだろー?)

入院前もオイラは自分の感情がわかっていたし、コントロールできてたよ…あ、酒はコントロールできなかったけどね。

そんな、あなた、禅問答みたいな診察があるのかい?

診察が続く。


「鬱とはなにかわかりますか」

「えーと、気分が悪くて、やる気がなくて、希死念慮があって、まあ、その…」

「そう、現象的にはね。生理的にいえば、脳内物質のセロトニンが減少、あるいは取り込みが阻害されて、正しい感情物質が脳内にいきわたらない、つまり不足している状態なんです」

「はあ」

「続けていうなら、環境や人間関係、つまりストレスですな、これらが強く脳内物質の分泌に影響している。ストレスを一時的に遮断することで、人間本来が持つ平衡状態、無論それは脳内物質分泌もそうです、その平衡状態に戻してあげることが最も有効な治療法。つまり、現在あなたが入院していること、ストレスを遮断していること、これが治療なんです」

「それを外部的に賦活してあげるのが、抗鬱剤ですし、過剰に分泌されることで悪影響を与える脳内物質を制御するのが向精神薬、と乱暴な分け方ですが、そう理解されればよろしいです」

「つまりあなたは平衡状態にはないし、脳内物質に過不足があるんです」


そうか?ほんとうにそうか?

オイラは与しない。

確かに生理学的側面として真実ではあるのかもしれぬ。

しかし、しかし、だぞ。

人間の精神活動が、化学式で記述されのか?

哲学が、美術が音楽が、すなわち人類が営々層々と積んでは崩し、さらに積み上げた人間の精神活動が化学式ぃ?

(ざけんじゃないよ)

(オイラは認めないよ)

人間はなぁ、深い底の底の底で蠢いている原始感情があるんだい。

食う、寝る、出すだけじゃない。

生まれたての赤子を見て、思わずこみあげる保護感覚、まさにみまかろうとする老人によせる憐れみ、巨大な自然のありように思わず畏まるおごそかな気持ち、どれでもいい、これが化学式ぃ?

断固、認めん。


釈然としないオイラにドクターが尋ねた。

「お酒への衝動はありますか」

「いや、全然ない、といえばウソでしょうが、日に日に依存だったことを忘れているようです。破滅的飲酒をしていたということが信じられない」

「なるほど、そうですか」

「なんだったんですかね、あのころは」

「あなたの場合、酒精依存の程度が軽かったというのが幸いでしたね。重篤なフラッシュバックとかもないようだ。忌酒剤を処方する必要もなかったですからね」

「これからも飲むと思いますが、以前の破滅的飲酒にはならないような予感がありますね」

「鬱状態が依存を加速してましたから。昔は楽しいお酒だったんでしょ?」

「ええ。宴会仕切ってました」

「はは。まぁ、楽しいお酒なら、そこそこね、量さえ過ぎなければ」

「今後飲みませんなんて、宣言しませんよ」

「結構。私もノンベです。ただし、破滅的飲酒はしない。そこが依存になるか、ストレス解消で飲むかの違いですから」

「それではまるで私が破滅的…あ、してたんだ」

「そう、そこに気付いていただきたい。自分でキチンとルールを決めて飲む。だらしなくズルズル飲んじゃいけません。今のあなたならできるはずです」

「こんなになる前、えーと、20代の頃から、休みの日は朝ビールやってましたぜ」

「確かにね。朝ビールはおいしいですからなぁ。おっと、医者がこんなこといっちゃいけませんな。ま、程度、ほど、の問題です」

診断書にペンを走らせながら、ドクターが続けた。

「外出OKということにしましょうか?」

「え?」

「いや、外出制限を解除しましょう、ということです」

「外出していいんですか?」

「毎日はダメですがね。週に3回。午後の4時間ですが、どうします?」

「で、で、で、出ます。直ちに。待ったなしです」

「はは、じゃ、来週から外出OKということで。ナースステーションには、私から連絡しておきます。細かい手続きはナースに尋ねてください」


(ヤッター、ラッキー!)


わからんだろうな、外出のできない入院がいかにシンドイか。

そして外出OKになった時の、高揚感。

わからなければ、一回入院していただければ、否が応でも実感できる。

どうです?精神病院?

ハナシのネタ程度にはなりますぜ。


翌週から外出OKになった。

外出したいときは、外出届をナースステーションで記入し、割符というか、食堂の食券みたいなのをもらって外出する。この割符を門番の守衛さんに提示して、初めて娑婆(それほど大袈裟でもないか)に出ることができる。

オイラは行ってみたいところがあった。

図書館、だ。

病院から最寄JRの駅まで徒歩15分。そこからさらに5分ほど歩くと、町立図書館がある。小説なんぞの散文は読みたくないが、虫、魚、草、木、海、川、山、星…、とにかく図鑑が眺めたかった。

バックパックを背負って歩き出す。

割符を提示し、門を出るときが、ちょっと複雑。人に見られたら(あらー、あの人、あの病院の患者さんなのね)と思われてしまう。

(ウーン、なんかヤダな)

なに眠たいことゆうてんねん、事実そうなんやから、しゃーないやんけ(と、突然、関西弁)!といわれそうだな。

そう。

確かに、そうなんだけど、屈託するとこもわかってよ。

オイラ、そんなに強かぁねぇんだ、なにしろね、鬱、鬱病なんだからさあ…とね、つまんねぇ同情引くようじゃイカンな。


久しぶりに外に出ると、なんかちょっとこそばゆい恥ずかしさを感じる。

んーと、小学校の夏休み明け、登校初日みたいな、ね。

あれはあれで、こそばゆい気持ちがあった。据わりの悪さ、照れくささ、というか、全体がまぶしくて、目をすがめてしまうような…。

それとも、ああいう心持は、オイラだけだったのかな?

ま、いい。

天気もいいし、とにかく歩こう。

そうそう、食事時の卓上調味料を買わなきゃ。

図書館に行く前、駅前のスーパーに寄る。

もともとスーパーで買い物するのが、好きなんだよね。

手提げカゴにホイホイと投げ込んでいく。

カイエンヌペッパー、ブラックペッパー、コリアンダー、チューブ入り生姜、柚子胡椒、柚子酢、オリーブオイル…ま、これくらいあれば、当面はOK、と。

スーパーを出て、図書館へ向かう。

てくてくてく。

そして、そこに、それは、あった。

脳天を突き刺されたように、オイラは立ちすくんでしまった。


あといくらも歩かないうちにJRの駅だった。

風采の上がらない商店の前に、それはあった。

無機質だが強く存在を誇示し、広告ステッカーを満艦飾にした酒の自販機。

酒。

ワンカップ、ビール、焼酎。

視線がねばつき、凍りついたように体が凝固している。

金はある。

ここでこっそり飲んでも、誰も咎めやしないだろう。

そうだ、ばれないんだから、飲んじまおうか…。

いいさ、飲んだって、まるまる1月、ずっとドライだろ、いいって、いいって、飲んじまえ、ちょっとだけじゃないか…。

いいのか、それで、ほんとうにいいのか、オマエは依存だったんだぞ、しかも入院中じゃないか、だめだ、いけない…。

少し逡巡したが、頭を振って、決めた。

飲もう、一杯だけ。

オドオドと周りを見渡しながら、自販機にコインを投入し、ビールのボタンを押す。

ゴロン。

想像する以上に衝撃的な落下音に、思わず弾かれ、少しのけぞってしまった。

リングプルを引き上げる。

飲み口から泡が溢れてくる。

かまわず口にあて、グッ、と喉に流し込む。

黄金色であろうその冷たい液体が、落ちていく。


美味くない。

全然美味くない。

なんなんだ、これは!

こんなものにオイラは縛られ、身動きが取れなかったのか。


結局、缶ビールの半分ほどを残し、そのままゴミ箱に放り捨てた。

このビールを引き金に破滅的飲酒に走れば絵になるかもしれない。しかし、幸か不幸か、そういうことはまったくなかった。

いや、むしろ缶ビールを放り捨てたことで、哀しいようななにもない感、うーん、あの心持をどう表現すればいいんだろうか、えーと、散髪したあとのような切ないサッパリ感とでもいうかな、そんな記憶がある。

つまり、オイラの依存はその程度だったのかもしれない。


酒に逃避する動機というのは、依存者それぞれの理由がある(と思う)。

しかし通底する原始な感情は、酒を飲んでいれば少なくとも、眼前の面倒を一時的には見ないですむということだろう。面倒を代替する高揚感といってもいい。

ギャンブルや薬物依存も、この高揚感を永続させたいという原始感情が動機のはずだ。

オイラの場合は、鬱状態へ加速させていった苦く手酷い出来事を忘れたかった。

どうにもこうにもペシャンコになった鬱屈を、一時的に酒精は解放してくれる。

もう一杯飲めば、さらに高揚するんじゃないか、もう二杯飲めば、今あることがすべてリセットされて、振り出しのチャラになるんじゃないか、そういう(ありもしない)期待をさせる具体が酒だったのである。

シラフで考えれば、ありえない不可能なことであると理解できるのだが、胃袋に酒精が落ちると同時に、そんな理性なんざ、見事に蒸発してしまう。

結局、飲むために飲む、飲まなきゃいられない、この悪循環。酒を愉しく飲むなんて状態じゃない。

翌朝の憔悴と罪悪感。いてもたってもいられない。

で、また飲んでしまう。

破滅的飲酒の開始、そうなる。

その結果が酒精依存と鬱状態の悪化、そして入院だった。

飲み残しのビールを放り捨て、オイラはまた歩き始めた。


酒が不味い、というのは何故だったんだろう。

一月もドライで過ごしたために舌の感性が変わったのだろうか。

それとも、もともと酒が嫌いだったのだろうか。

あるいは、向精神約の大量服用が原因だったのか。

いまは普通に美味しく酒を飲んでるから、やはり長期のドライと薬がそうさせたと睨んでいるんだけど、さて、どうだろう。


外出がOKになると、俄然、入院生活にもメリハリがでてくる。

外に出ると、やはりウキウキする。

とりわけ気に入ったのが、スーパー銭湯と図書館。スーパーや百均での買い物でもいいが、この二つは楽しみだった。

図書館は図鑑、写真集を借りるばかりで、依然として散文はまったく読めなかった。小説の類は、筋が頭に入らないし、イメージができない。というより、数行読むだけで、頭の貧困に頁を閉じてしまう。素寒貧頭にゃ、小説は無理、とわかった。

ところが、図鑑は面白い。

虫の驚異、魚類の奇跡、花の華麗、樹木の静謐、山の亭々、どれやらこれやら、どの頁をくっても唸ってしまう。カメラマンの執念に慈悲し、神が微笑み給うのだ。ナイス、フォトグラフ、ナイス、図鑑、やね。

さーて、図鑑も面白いが、それより楽しいのはスーパー銭湯。

スーパー銭湯のサウナでたっぷり汗をかき、冷水にザンブリ。

これが気持ちいいんだよなー。

で、体をシャボンでアワアワし、一休み。これを3度ほど繰り返すと、体中の汗と脂が穴という穴から排出され、脱皮したての海老気分になれる。

それからのお楽しみ。


ビールを飲んじゃう!


初外出で、あまりの不味さに放り投げたビールであったと、すでに書いた。

ところが。

サウナ上がりは、うまい。

だーれが、なーんといおうと、こいつはうまい!

うまくて、たまらん。

だけど、一本、一本だけね。

破滅的飲酒はもうしないから。

それに、ナースの方に「あら、匂うわね」とか言われたくないもんね。下手したら、強制退院だもんな。ここは隠忍自重しなきゃいかんとこですな。

ついでにばらしちゃおう。

オイラは病院の中でも飲みました。

スイマセン、ホントです。

しかも、ウィスキィを飲んでました。

スーパーの中にある酒屋でウィスキィを購入、お茶のペットボトルに移し変えると、まったく外見はお茶そのもの。これをベッドの脇の小卓に置いといたけど、ナースの誰も気付かなかった。

無論、破滅的飲酒じゃないよ。食後、寝る前に少し。ナイトキャップですがな。





朝食、ハモニカ、昼食、外出、夕食、就寝(寝る前、飲酒)のリズムで、オイラのハモニカ的入院生活も3ヶ月を過ぎてきた。

薬の服用量も目に見えて減ってきている。相変わらず、小説は読めないけれど、ルポルタージュであるとか、紀行文は読めるようになった。

力が出てくる。

朝の気分の悪さを感じなくなってきている。

薬理作用、酒精の呪縛からの解放、ハモニカ、まぁ、なんだかんだあるのだろうが、やはり一番大きかったのは、入院、このことじゃなかっただろうか。

ストレスから、とにかく遮断すること、これが最大最良の手段だったと思う。

ドクターのいったことは、正しかったんだね。


週2回の、いつもの問診が始まる。

「どうですか、気分は?」

とドクター。

「いいんじゃないですかね。朝の気分も悪かないし」

「眠れてますか」

「ええ。あの大イビキのオッサン(役人氏)が退院して、しっかり熟睡できるようになりました」

役人氏、多少快方に向かったのか、一月ほど前に退院した。

もっとも、役人氏、これが4度目の入院だったそうな。職場復帰しても、一年と持たず、入退院の繰り返しらしい。

精神疾患は外科的に切除するわけにもいかないから、再発率は高い。

無論このことは、オイラにもあてはまるわけで、今、調子がいいからといって、自らの状態を過信することはできない。


話は逸れるが、役人氏の後に同室になった整髪料氏(整髪料臭いので、密かにこう呼んでいた)には閉口させられた。

両極性鬱病、つまり躁鬱の躁状態で入院。

ひたすら喋りまくる。話しかけられる。

相槌を打とうにも、相槌前に別の話をおっぱじめるから、そもそも会話にならない。

こっちは鬱病。面倒で、鬱陶しく、はなはだ迷惑このうえない。一切関わらないと決め、ダンマリを押し通した。

すると2、3日たった夕食時。

突然、立ち上がったかと思うと「こんな不味いメシは食えない」と大声で叫び始めた。

皆、箸を止め、あんぐりと見つめていたら、ワァワァ騒ぐ整髪料氏を看護士数人でなだめすかし、個室に放り込んだ。

個室は全面ラバー張り。不用意にぶつけて怪我をしないようになっている(ちょっとだけ見てしまったんだ)。食事は配膳をドア下から挿入する(刑務所懲罰房を想像されるとよろしい)。排泄や用のあるときはブザーでナースステーションに連絡する。

この整髪料氏、個室行きになった当夜は、ずっと鳴らしっ放しだった。

当然のように、翌日、整髪料氏は奥の重篤患者用病棟へお引越し。

病院で悪化するという典型的ケースだった。


ずいぶんよくなってるなー、と自分でも感じていた。

多分、このままで推移すれば、遠からず退院、ということになろう。

しかし、そう簡単ではないのだ。

鬱の原因となった手酷く苦い出来事が、オイラの中では全く解決できていないのだ。

つまり、こういうこと。

問題は先送りにして、とりあえず快適な環境に身を置くことで、一定の平衡状態にはなった。

しかし、その問題は退院することで、間違いなく眼前に突きつけられるし、それを自らの中で解決、いや、きっと一生解決はできないだろうから、せめて相対化できなければ、元の木阿弥、下手すりゃ再入院なんてこともありえる。

(そんな絵はヤダだよなー)

鬱の原因はドクターには話してあった。

問診が続く。

「退院しても、大丈夫ですか?」とドクター。

「わたしが決められることなんですか?」とオイラ。

「いや、退院したらまた鬱状態に落ち込みそうな予感がありますか?」

「わからないですよ、退院していないんだから。それに鬱病なんて初めての経験だし、入院でもなんでも、すべてが初めて。わかりませんや、予想もつきません」

「フム」


結局、これだ。

禅問答になってしまう。


手酷く苦い出来事で、生きていることが面倒になってしまった。これがオイラの鬱状態の濫觴にして、すべて。

この出来事を解決しなければ前に進まない。

それは薬でどうにかなるものではない。

ぶっちゃけていえば人生相談であるとか、信仰による救い、それに近い。今ある入院は、一時の偸安のためということだ。

さ、どうすればいいんだ?





有体に言えば、手酷く苦い出来事は、今にいたってもなんら解決していない。

何とかかんとかわずかばかり相対化すること(全部相対化できれば、解決である)で、自分のキャパシティのなかに押し込めている、という現状だろう。


信仰にその鍵を求めはしなかった。

無論、酒でもない。

結局、入院を含め、時間をかけて事実を事実として受容し、徐々に相対化することで、この堅い澱を溶解させるしかないのだろう。


しかし、遠いよ。

そして難しいぜ。

渺々と広がる無人の野に、孤影悄然と立ち竦むようだ。


ある外出日、オイラは釣竿を手にした。

近くの釣具屋で買った三間の延べ竿に合成餌を付け、病院裏の小さな港で釣りをした。

小春日和の小さな波止場。たまにカモメが絞め殺すような鳴き声をあげるばかりの、シーンという効果音が固まったような港。こんな浅い波止で釣りをするやつなんていないんだろう。竿を振り込んでも、ピクリとも当たりはない。


ま、いい。

釣りに来ているというより、少しの間、無聊を慰められればいいのだ。

一時間ほどすると、小さなアラカブ(=カサゴ)が釣れた。

そいつは、おい、なんてぇことしやがんだい、と恨めしげな表情をしている。

いや、そういうふうに見えた。

なんだ、なんだ、なんだ、なにがおこったんだ?と訝しそうな哀しい目だ。

(はは、こいつはオイラだな)と直感した。


思い通りに世は進まない。

この素っ頓狂なアラカブも、まさか自分が釣り上げられるとは思っちゃいなかったろう。

旨そうなエサは、時として剣呑な凶器であることを、まだ学習していないんだ。

釣られたわが身を哀しんだところで、なにも変わらない。

涙を流せば助かるものでもない(魚に涙はないか)。

釣り上げられてしまった自らの愚かさを、自らに問い、そうして恬淡とその後を受容しなくちゃならないんだ。

もがいても地獄、諦観しても煉獄。

ストリンドベリィ、だったと思う。


苦しみつつなお働け、安逸を求めるな、この世は巡礼である。


ちぇ、巡礼、かよ。





クリスマスも近づいたある日の問診。

「どうですか」とドクター。

(なんでぇ、最初は、どうですかとしか言えねぇのかい)

「変わんないっすね、特にどうとは」

「ほう、特にとは?」

「いや、ずいぶん良くなってんじゃないかな、という自覚はあるんですがね、脳天気にはしゃぐ気分でもない、その程度ですわ」

「眠れてますか?」

(どうですか、と、眠れてますか、しかないのかね)

「ええ」

「お酒への衝動はどうです」

 (まさか、こっそりスーパー銭湯で、サウナ後のビール楽しんでます、なんていえねぇよな)

「ダイジョブじゃないっすかね」

「フム、そうですか。ああ、入院されて三月経つんですね。入院されて来られた時に比べたら、随分とよくなられたようだ」

(だよなー、三月もいるんだ。これが習い性になっちまったぜ)

「そりゃね。あん時ぁひどかったなぁ、って自分でも思いますわ」

「そろそろ、ですかね」

「は?」

「いや、そろそろ退院も視野に入れても大丈夫みたいですね」

「退院できるんですか?」

「まだ無理だと思われますか?」

(自分でも判らねぇよ、精神疾患は数値化できねぇんだからさ)

「ぶっちゃけて言えば、飽きましたね、入院生活は。刺激なさすぎ」

「はは、刺激の多い病院はありませんよ、特にこういう病院はね」

(そりゃそーだろーなー)

「刺激がない、とあなたが感じられるのは、それなりに治っているからだ、と思われますね」

「ですかね」

(まぁ、なんだ、以前みたいな状態じゃないよな)

「正月は自宅で迎えられますか?」

「つまり、年内で退院可能ということですか?」

「ええ、どうされます?」

「自分で決めていいんですか?」

「ええ、これは自分の判断の世界でしょうね」


おい、どうするね?自分で決めていいんだってよ!





結論から言えば、退院することにした。

入院し続けても、今以上に良くなる予感はなかったし、また、退院したからといって、破滅的飲酒を再開することも、鬱状態が進行することもなかろうと直感したからだ。

事実、退院して3年近く経つのだが、予感は誤っていなかった。まぁ、オイラの基本的テーゼとして「直感は過たない、誤るのは判断である」というのがあるんだけどね。

で、その問診の続き。


「しかし、自分で退院を決めるということが、医学的に正しいんですか?」とオイラ。

「医学的に、ではないですね。個としての判断力をわれわれドクターは観察してるんです」とドクター。

「観察、ですか?」

「ええ」

「それで解るんですか?」

「治癒したのかどうか、これは突き詰めていけば判断できませんね。数値化はできないわけですから。ただ、患者さんが、判断を求められる場にあって、どういうプロセスを経て、一定の判断に到達するか、これを見ることで、相当程度、察しはつきますね」

「判断、ですか?」

「いや、判断はどのような判断でもよろしい。極端なハナシ、白が黒であってもいいんです。どういう経過を辿って、その判断に立ち至ったか、そういうことですね」

「どうも禅問答だなあ」

「そうかもしれません。結局、医師として積み重ねた経験から生み出した、知の判断則にのっとっているといえるでしょうね。残念ながら、脳の働きは未だにほとんどわからないのが実情です。例えば精神分析というのがありますね」

「あ、フロイトやユング、アドラーなんての」

「そう。しかしですね、あれはインチキ科学だ、という批判はまだまだ根強いんです。私も精神科医をやってますが、腑に落ちない点も多々ありますからな」

「なるほどね」

ほーれ、見ろ、やっぱ胡散臭いんだ、あの手はね。昔っから、どーも誤魔化されている気がしたんだ。

いいですか、みなさん(と、突然みのもんた風)、だまされちゃいけませんよ。


ま、それはそれとして。

「希望を言わせていただくなら、年末には退院したいですがね、どうです?」

「いいでしょう。大丈夫だと思いますよ」

思います、だからなー。

ダイジョブ、と断言しない、いや、断言できないのが、精神疾患の釈然としない部分だな。





正月まであと数日、という慌しい師走のある日。

オイラは退院の日を迎えた。

朝食後、ドクターや看護士諸兄諸姉に挨拶し、入院費用の支払いを済ませた。

これでよし、と。

なにか索漠感のような気分でも味わうかな、と思ったが、特段どってことない。


考えてみれば、これまで3ヶ月。

鬱病だったんだよな、このオイラが。思いもよらなかった。しかも酒精依存付きだもんな、つまり病の複利計算じゃん。

五十歳の惑いかね。

いや、無茶の積み重ねが一気に、ってことかな。

まあ五十年無茶ばかりだったんだから、どこもかしこも健康ですなんてね、そんな世間様を舐めたようなことはいえんわな。


しかし、依存に鬱病ねぇ…、絵としちゃ美しくねぇな。

それにしてもな。

これでオイラのサラリーマン人生はアガリ放棄ってことか。

それなりには、遅々としてではあるが、着実には進んできたのだけど、仕方ないか、なっちゃたもんは、なっちゃったんだし…。


悔しいという思い、ウン、あるな、ある、ある。

なんでやねん、という屈託、あー、これもあるわ。

やっぱスノッブな俗物だぜ、オイラはね。

ま、クビにならなかっただけヨシとせにゃなるまいね。

立腹してもしゃーないしな、ま、ま、こんなもんか。


ツレアイが車で迎えに来てくれた。たいした荷物はない。着替えとハモニカくらいじゃないかな。

最後の挨拶を事務所ですませ、オイラは車中の人となった。

門を出るとき、守衛さんが敬礼してくれた。

ペコリと頭を下げて通過する時、初めてなにかが動く気がした。

勃然と湧き上がる突き抜けるような情動。

帰り道、ウドンが食べたくなって寄り道する。

カレーウドンを頼む。

熱々のそれを啜り始めると、オイラのヘッポココラエ性が、脆く崩れてしまった。


ちぇっ、涙なんかでるんじゃねぇよ。

みっともねーだろーが!





退院から3年経つ。

まだ少量だが抗鬱剤を服用している。睡眠薬は相変わらず、手放せない。睡眠薬なしだと、まず入眠できないし、入眠しても極めて浅い。それになにより睡眠の質が悪すぎる。ずっと悪夢に追いかけられる。

素敵な女性とあわや、などという淫夢なら悪かなかろうが、そうはいかない。不安や屈託が、形を変えてオイラを苛む。むき出しな原始の不安形だ。

「ま、飲み続けましょう、最近の睡眠薬はよくできてますから」とドクター。

ハルシオン、これ実によくできた睡眠薬。ナイス・スリーピング。あちらじゃ、ハルシオ ン・モーニングというそうな。

さもありなん。


退院後、自宅療養中にオートバイ免許を取った。

五十歳過ぎての大型オートバイは愉しい。

こんな愉快な乗りモンがあるとはな、クソッ、早めに覚えればよかったぜ。

これがよかったのかな、薄皮を剥ぐように回復したように感じる。

入院中のハモニカと退院後のオートバイ。

この2つが「面白がる」ということを思い出させてくれたんじゃないかな。


前にも書いたが、鬱状態に陥ると、面白がるということがまったくできない。

なにもかもが面倒で鬱陶しい。

なにが面白いのかね、そういいたくなるんだ。

だから、オイラが仮にドクターだとすれば、鬱病の基準は、なにかを面白がれるか否か、それで判断するね。

今は釣りもオートバイもハモニカも愉しい。

本でいえば、まだ散文は読めないけど、なに、もとから散文が嫌いだったんだと思えば、別にどってことない。

面白がる、愉しい、それがいかに「生きる」ことの根幹をなすか、それは鬱病になって初めて分かった事かもしれない。


それでは愉しみとはなにか。

簡単に言えば、その個人が快と思うことに他ならない(当たり前すぎるな)。

しかも決して生産的であるとか、生活に資するものじゃない。いや、むしろ非生産的で時間ばかりを食い、無駄金を蕩尽するものだ。


たとえば小バクチ。

これがいい。

2〜3万握りしめ、福岡ボートで勝負する。年に一、二度しか行かないのだから、当然、中穴以上、入れば数千円という配当目を追うことになる。

まず入るもんじゃない。

そんなもん。

そんなもんだが、これでいい。

オイラの大切なお宝を背負って走る選手にボート、ところが一分も経たぬうちに溶けてしまう。一瞬のスリル、お宝が溶けていく喪失感、これがいい。第一、バクチで稼ごうなんて、発想が卑しいや。

そもそもバクチは胴を取らない限り儲からない、そういう仕組みになっているんでね、ならばバクチは遊びで愉しむか、あるいはギャンブルジャンキーでズブズブになるか、そのいずれしかない。

アマチュアはバクチの喪失感を愉しむ、これしかないな。


ああ、随分、本論とはかけ離れてしまったな。

そうだ、鬱病と愉しみだった。

もう一度、書く。

鬱病に最も効果のある薬剤は、面白がれること、これに如かない。

数多、果てしなく愉しみはある。

そのどれでもいい、とにかく面白がれること、それを見出すこと、これが鬱病治療のすべてだ。

これはまず間違っていないはずだ。

なぜなら、それはオイラの依存と鬱病体験から導き出された結論だからである。

薬理的に効あるものもあろう。

しかし、前向きであろうとする静的動的な揺らぎ、「明日、あれで面白がろう」これが始まりにして、終わりだ。


ならば、だぜ。

鬱であれ、なんであれ、今の一瞬を、そして明日のその一瞬を、心待ちにできる面白がり方、これこそが面倒極まりないヘッポコ人生を、ちょいとひねって楽しめる、正々堂々だと思うのだ。


3年前の依存と鬱病体験は、苦い出来事だった。サラリーマン人生もアガリ放棄になってしまった。

勝ち負けでいえば、オイラは負け、そういうことかもしれない。

しかし思考は静かに深くなったと思う。

苦しい、死にたい、辛い、逃げたい、色んなネガティブな感情の中で、なにかしら見つけ出そうとする懸命、これが自らのスタンダード、あるいは座標の原点、不撓不屈の矜持といってもいいかな、これを明示屹立させたと思っている。

時にその規範はヘニャヘニャとみっともなく崩れることもある。

でもいいのだ。

最後に帰るべきスタンダードがあるということ、それは誇っていい、そう自分を納得させている。

すでに陳腐化している用語ではあるのだが。


 革命の局地戦は百戦九十九敗でいい。

 革命に最終勝利すればいいのだ。



さーて。


戦う五十代も人生8回裏、一発、代打逆転ホームランでもかますかね。



(了)


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[一言] 大きく同感、私も今、面白い事探さねばならぬ状況です。
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