七話 誰かに信頼されるというのはしんどいことだけど、可愛い女の子の前だと格好付けたくなるのは全ての男が持つ本能ではないか? ──如月葉月
スライムは雑魚モンスターの代名詞。そんな風に考えていた時期が、私にもありました。
頭の片隅に浮かぶ阿呆なフレーズを押し込めながら身体を震わせ飛ばしてくる粘液を切り払う。元のスピードがないのか、或いは召喚された影響か、余所見をしなければ難なく対処できる。
(けど、それでも厳しい)
何しろ一度に飛ばしてくる粘液の数が半端ない。魔術詠唱をしているミゼンを護りながらの戦闘は必然的に彼女を庇い続ける必要がある。そうでなくてもパリィしながら前進とか俺には無理です。
クレアならその程度、朝飯前だが彼女は完全に近接特化仕様。イエローキングの核を傷付けるには剣の長さが圧倒的に足りない。本来、この手の魔物は魔術による遠距離攻撃でボコるのがセオリーらしい。
そしてもう一つ、厄介なのが──
「悪いミゼン! 流れた!」
「ん……」
頭上にある鍾乳石や岩の存在だ。それをミゼンの頭へ落下するよう粘液を狙い打ちしてくるせいで状況を打破するには至らない。
(こうなれば行くか?)
実のところ、全く手がない訳ではない。あれはぶにぶにと形を変える訳だから上手くいけば成功するかも知れないが、失敗すれば……止めよう。あまり考えたくない。
「ハヅキ君、作戦あり?」
「アイデア募集中だ」
「そお? 私にはなんか秘策思い付いたって顔に見えるけど?」
「…………」
「私もミゼンもまだまだ余力はある。何か仕掛けるなら今のうちじゃない?」
「……分かった」
都合、何度目になるかも分からない粘液を処理して、距離を取る。
「ミゼン、身体強化の魔術は掛けられるか?」
「一応は。私はその手の魔術が苦手。効果は大体十秒程度」
「その魔術を俺に掛けてくれ。で、風の力でも何でもいい。とにかく俺を強制的に加速させてその勢いで核を貫く。洞窟もいつまで保つか分からない。それに強化魔術を掛けた身体ならすぐには大事に至らないだろう」
「それなら私がやるわ。私の魔剣の方が威力は高いし──」
「いいって。それにこういうときぐらい格好付けさせろって。その分、俺はクレアに甘えるからさ」
含みのある言葉を投げかけながらくしゃっと頭を撫でてやるとクレアはうぅ~っと唸り声を出す。
……不覚にもときめいてしまったのはここだけの話だ。
「うし」
自分に気合いを入れるよう小さく意気込んで駆け出す。
後ろからミゼンの歌うような声が脳に心地よい快感を与えるのを感じながら更に加速して、力強く踏み込む。
直後、背中から前進を突き抜ける鋭い衝撃が走る。刃物か何かで背中を貫かれたような威力だが、お陰で俺の身体は空中で更に速度を増した。
追い風を受けた身体に乗せるように剣を水平に突き出す。次に襲ってくるであろう痛みに備えて歯を食いしばる。だが直後にやってきたのは痛みではなく、想定外の出来事だ。
剣がイエローキングに食い込む直前、あろうことか奴は分裂してみせた! 当然、失速する術を持たない俺の身体はそのまま壁に激突して不時着。予想外の痛みで一瞬、的から逃げることを忘れてしまう。その一瞬を突いた魔物は分裂した身体を結合させながら俺を取り込もうと挟撃する。
(あ、これまずいかも)
眼前を黄色い粘液が覆い、俺を飲み込もうとする。次の瞬間にやってくるのは想像もできないような痛み。だというのに俺はゲームのキャラが即死級の攻撃を受けて『あ、死んじゃった……』ぐらいの思いしかない。
どころか、今俺の脳裏を過ぎっているのは過去──それもまだ小学生だった頃、夏休みに体験した出来事だった。
お盆休みということで家族揃って田舎の親戚の元へ向かった俺達。子供である俺は当然、大人の退屈な話になど興味などなかったので都会では味わえない自然を満喫していた。その結果、外灯もろくにない、それも見知らぬ土地で当然のように迷子になった俺は泣きながら山道を歩き、転び、身体中に擦り傷を作りながら翌日の夕方、どうにか無事に帰ることができた。
そこで俺を見た両親の顔は──正直、ある意味ではトラウマとなった。
心配でもなければ迷惑かけたことへの怒りでもない。口には出さなかったが、子供だった俺にもはっきりとその表情は読み取れた。
『どうして帰ってきたんだ?』
その時、俺はハッキリと悟った。両親は俺に期待の欠片も抱いてない。努力すればいつかは認めてもらえるんじゃないかという淡い期待は完膚なきまで砕け散った。
以来俺は、何処かふわふわした感じで日々を過ごすようになった。人間味が欠けた人形、と言ってもいい。
それはこっちに来てからも変わらない。だってほら、俺は今イエローキングに取り込まれた影響で全身が焼けるような痛みに襲われてるんだ。なのにそれを事務的に感じながら藻掻いて、足掻いて、エンチャントされた剣を振って核を壊そうとしてる。
(それなのに──)
なのにどうして俺は今、猛烈に苛ついてるんだ?
痛みが邪魔だから?
身体に纏わり付く粘液の感触が不快だから?
……ふと、視界の隅に映るクレアが見えた。
素直クールという言葉がしっくり来る姫騎士属性の女の子。俺にはない、高潔な魂を持った、心優しい少女。そんな彼女が取り乱しながら形振り構わず、こちらに手を伸ばしながら駆け寄っている。
…………その姿を見て、合点がいった。
(あぁそうか。初めて寄せられた期待に応えられなかったから苛ついてるんだ)
学校の連中は勿論、両親でさえ俺にとっては自分だけの世界を侵食する不穏分子でしかなかった。
期待されないのが当たり前。
例え期待してもそれは上辺だけで、結果を知ると『あぁ、やっぱりか』みたいな顔を浮かべられるのが常。間違ってもクレアのような大人たちはいなかった。
邪魔だ──ストレートな感情がただ胸を支配する。
剣を力一杯振るう。肉が焼ける音と、それを上書きするように体内の魔力が活性化して再生して、また身体を焼く。とんでもない苦痛だが、我慢できないほどじゃない。元より我慢は俺の専売特許だ。
(あぁくそ、こんな剣じゃ駄目だッ! もっと強い剣が……力が欲しい……ッ!)
こんな粘液に足止めされてる暇なんてないんだ。俺は一刻も早くお前を倒してクレアと一緒にこの世界を満喫したいんだ──
『招かれた客人、今こそ使うときです』
万感胸に迫る思いで感情の赴くままにひたすら剣を振るう俺だが、唐突に頭の中に声が響く。それもつい最近、何処かで聞いたことのある声。
『客人、力を希いなさい。あなたが選び取ったのはあらゆるモノを払う利剣』
あぁそうだ。こんな剣じゃ駄目だ。こんなの一瞬で吹っ飛ばすぐらいの力が欲しい……ッ! これ以上あいつに心配かけたくねぇからな……ッ。
もはや原型を留めなくなった剣を放り投げ、意識を右手に集中させると甲がカッと熱くなる。勝手に流れてくるイメージを魔力で具現化させて形成する。不思議とその行程に戸惑いはない。
寧ろ──まるで出番を待ちわびていたかのように全てがスムーズに進んでいく。
『今こそその力を使うときです。さぁ、声高々に宣誓なさい。その剣の名を──!』
「来い、赤獅子の鬣──レベ・グリーヴァ!」
気合い裂帛の叫びと同時に手に伝わる、確かな重量。それを目視する間もなく、遮二無二剣を振り下ろした瞬間、世界が激変した。
目が眩むよう白熱の光と身を焦がすような熱量、そして身体中を振るわす轟音と激しい虚脱感。なんというか、これは──
(燃費……悪、すぎ……)
流石の俺も、一瞬で意識持っていかれるとは思わなかった。
(これが、英雄だけが持ちうる力……)
恐怖を通り越し絶望すら感じさせるほどの魔力の奔流に晒されながら、クレアはしっかりと地に足を付けて現場を見据える。
英雄は魔王を倒す為に喚ばれる存在。その英雄が、何の力もない、平凡な人間である筈ないが、それでも目の前の光景を見れば──
「凄い……」
ただただ、その言葉しか出てこない。
始めてその力の片鱗を目撃したときを思い出す。
あのときは赤い炎が全身を纏い、葉月目掛けて振り下ろされた大剣が一瞬で焼け落ちた。魔剣クラスでなかったとは言え、鉄塊とも呼べる武器を文字通り一瞬で溶かすとなれば、一流の魔術師が全身全霊を込めた最上級の火炎魔術を放つしかない。
演習の件だけ見ても彼の力は凄まじかったが、目の前の光景を見ればそれすら課すんでしまう。
彼を中心とした周囲100メートルは完全に焦土と化した。
余波で生じた火種があちこちでくすぶっている。
異変を察した魔物が我先にと逃げていく。
イエローキングも、洞窟も、山も、本来燃える筈のない地面までもが焼け落ち小規模ながらもクレーターを作った。
伝承にある英雄の力は様々だが、共通しているのはその力が強大であること。
脚色が入りすぎだという思いはある。
いや──あったと言うべきか。
(英雄譚の一つに海を割ったっていう話があったけど、あながち嘘じゃないかも……)
しかも恐るべきことに、今のは力の一部が顔を覗かせた程度のもの。圧倒的な魔力は確かに感じたが、それは本当に一瞬の出来事。
だがその一瞬の出来事で、この惨事だ。心優しい少年が持つにはあまりにも荷が重すぎるその力にクレアは畏怖しつつ、自分が連れ出したのは英断だったかも知れないと改めて思った。
こんな力、飼い慣らすことなど不可能だ。例え鎖で繋ぐことができたとしても、いずれは不満が爆発し、その矛先が国へと向かう。そうなればもはや国家など大した問題ではない。それこそ、魔王を相手にした方が可愛げがあると思えるぐらいに。
(て、のんびりしてる場合じゃないッ!)
あまりの異常事態に頭が混乱して忘れそうになっていた。
彼は魔力なしでは生きることができない身体だ。力を解放した直後となれば……。
未だに熱気が残る爆心地へ駆けつけ、自分と彼を結ぶ魔力ラインを活性化させて魔力を注ぎ混む。だがそれでも足りない。
(私の魔力だけじゃ足りないかも知れない……ッ)
仮にも由緒ある王家に生まれた直系の息女。第一王女には一歩劣るとはいえ、世界基準でクレアの魔力は相当なものだ。その彼女の魔力量も、既に底を尽きかけている。
……と、そこへ白磁色の指がそっとクレアの手に重ねられた。視線を動かすとミゼンが同じように魔力を注いでいた。
「ミゼン?」
「助ける」
「……えぇ。お願い」
言葉は足りないが、瞳に宿る決意を見て承諾し、作業を再開する。ミゼンの助けもあり、どうにか一命は取り留める葉月。だが油断はできない。
「一目散に逃げ出した魔物が関所に飛び火してるかも知れないけど、早いところ移動した方がいいわね」
「どうやって?」
「それは──」
言いかけ、二人の頭上が黒い影に覆われる。反射的に臨戦態勢を取る二人。だが影の正体を認めたクレアが手を出してミゼンを制して、影の主へ駆け寄る。
鮮やかな緋色の鱗に大空を翔る翼。竜族では決してあり得ない、穏やかな気を纏った気配。
間違う筈がない。長年、苦楽を共にしてきた大事な相棒だ。
「クーちゃん!」
「……クリムゾンドラゴン?」
喜びを露わにするクレアとは対照的にくてんと首を傾げる。
クリムゾンドラゴンと言えば竜族の中でも上位に位置するドラゴンだ。戦闘力は勿論、トップランカーのシーカーやハンターですら、一生に一度お目にかかれるかどうかと言うぐらい遭遇率が低い。
「あなたはドラゴンテイマー?」
「ううん。子供の頃に拾った幼竜よ。そのときに契約したんだけど、私もまさかクリムゾンドラゴンだなんて思わなかったけどね」
「そう」
これと言った感想を述べることなく、素直に納得する。第三者が居れば間違いなく『なんでそんな簡単に順応してんの!?』と突っ込みを入れられることは間違いない。ついでに葉月に意識があれば始めて見るドラゴンに間違いなく興奮するだろう。
「最寄りの町までお願いできる?」
クレアのお願いにきゅぅ~っと、一声鳴いて応える。葉月を担ぎ上げながらクリムゾンドラゴンの背中に乗り、ミゼンの搭乗を確認して指示を飛ばす。
目的地は貿易都市メリビア。帝国屈指の栄達都市だ。