六話 私の夢は英雄譚に登場する勇者様に忠を尽くす従騎士。ハヅキ君は勇者様じゃないけど、ハヅキ君に仕えたのは間違いじゃない。 ──クレスメント・イリーガル・フォン・セダス
2013/9/20
本文を大幅に加筆修正。
関所破りはそれほど難しいものではない。究極を言えばリスク上等で周囲の森を突き抜ければそれだけで関所破りは達成できる。街道を使うメリットは魔物とのエンカウント率を下げる。盗賊に襲われる可能性はゼロではないにしろ、治安が行き届いた地域を通れるなら誰だってお金を払ってでも関所を通る。……いや日本人の俺からすればあまり治安が良いとは言えないけど。
「あの、私達は何を手伝えば良いのですか?」
彼女(道中で自己紹介は済ませた。名前はミゼンという)の後を歩くこと十数分。そろそろ目的を教えて欲しい。あと人目を欺く為に女装しているから言葉遣いには気をつけなきゃいけない。
ミゼンは俺の問いかけに反応し、足を止めて振り向く。
「この先に小さな洞窟がある。そこを抜ければ国境を越えられる。だけど、その出入り口を大量のイエロースライムが封鎖している」
「んん? スライムぅ?」
あまりに馴染みのある単語に思わず首を傾げる。
スライムって言ったらアンタ、某人気国産RPGでは定番中の定番とも言える雑魚モンスター。愛嬌あるデザインに殴り愛によって仲間になる魔物だ。逆に負ける理由が思い浮かばないんだが……?
「そっかー、スライムかぁ。確かにちょっと面倒かもね」
対するクレア(俺と同じく変装中)は納得したようにうんうんと頷く。
「お嬢様、スライムは剣士の天敵なんです」
俺の視線を受けて、疑問を口にするよりも早く訊きたいことを説明してくれるクレア。気配りの出来る女ってポイント高いね。俺には一生縁が無いと思ってたけど。
「スライムは普通の手段ではどれだけ斬りつけても倒せません。奴等を倒すには魔法による攻撃、武器に魔法をエンチャントする、魔武器と呼ばれる武器で攻撃する。この三通りしかありません。戦闘力はそれほど高い訳ではないので新米魔術師の戦闘訓練によく討伐対象にされますがその分、数を持って外敵を圧倒します」
「ついでに言うと、イエロースライムの体液には麻痺毒が含まれている。抵抗力が低いと触れただけで半日は動けなくなる」
スライムすげーな。某ゲームでは雑魚の鏡なのに異世界では剣士キラーなのか。
「あなたが私達に協力して欲しいことは頭数が欲しい。そんなとこかしら?」
「その通り。魔術剣士の私なら倒せない相手ではない。だけど奴等は時々、真っ二つに切られても死ぬことなくそのまま分裂する場合がある」
「確実に倒すなら範囲の広い魔術で薙ぎ払う必要がある。でも、それを実行するには壁約が必要……という訳ね?」
無言で頷き、クレアの言葉を首肯する。ネトゲで言うタンクが欲しかったのか。
「事情は分かりましたが、私は魔術というものを使えないのですが」
意識的に女言葉を使って探りを入れる。
……俺はどうして女装なんかしたんだろう。
あぁそうか。追跡者の目を欺く為だったな。くそ、女物の服が似合ってしまう自分が心底恨めしい。
「大丈夫。私はエンチャントも使える。どのみちあなた達も国境を越える必要があるからこれは悪い話ではない筈。後は、あなた達が私の案に乗るかどうか」
私を信用するか、しないか──
ミゼンは暗にそう言ってるんだろう。
身元不明の怪しい人間という意味ではお互い様だし、そもそも俺達は逃亡の最中だ。
彼女が追跡部隊という可能性もなくはないが、その可能性は低いと俺は見てる。
(そういう汚い人間なら向こうで散々見てきたしな)
幸か不幸か、うちは中流家庭でありながら親族揃って政治家や官僚を輩出してきた家だ。そうした事情もあって俺は子供の頃からそういう大人達との面会に事欠くことはなかったし、同時に人を見る目も養われた。
自惚れた言い方をすれば、きっと俺はそっち方面の才能は人並み以上にあったんだろう。俺が直感的に嫌な奴と断定した奴は汚職や天下りを是とする人間だったし、そういう感じがしない人達は至って普通の人だった。その理屈から言えばミゼンは後者だ。
「分かりました。ミゼンさん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。……その前に一つ質問がある」
「何でしょう?」
「……あなたのその格好は趣味?」
……どうやら俺が男だという事実はバッチリばれてたようだ。
ミゼンの先導に従い、道なき道を進むこと一時間。漸く目的の洞窟が見えた。
入り口の幅は馬車が悠々と通れる程度には広い。今でも密国者が後を絶たないのか、或いは雨風を凌ぐ為に立ち寄ったのか、焚き火の跡が残っていた。
RPGみたいだと、ハヅキは思った。洞窟と言えば定番中の定番とも言えるダンジョン。地球の洞窟は大抵、人の手によって管理されてたり立ち入り禁止になってたりする場合が圧倒的に多い。
それがどうだ。この洞窟はまさに彼が思い描いたダンジョンそのものだ。
洞窟を照らすのは光る苔がそこかしこに生えてる。
頭上にはテレビでしか見たことのない鍾乳石。
惜しむべくはこの洞窟は一本道で、特別なイベントも何も用意されてないことだが、そんなのはどうだっていい。
(でも冷静に考えると洞窟内に手つかずの宝箱があるのってすげーおかしいよな。こっちだとどうなんだ?)
そんな詮無きことを考えながら歩くことしばし。半分ほど歩いたところでミゼンが立ち止まる。
「この先にイエロースライムがたむろしている」
「ん。分かったわ。……あぁそうそう、私の武器は魔武器だからエンチャントはハヅキ君の分だけでいいわ」
「分かった」
腰に提げた日本刀を引き抜き、ぶつぶつと呪文を唱える。数秒後、赤く光るオーラが薄く鉄の剣を包む。
「これは……」
「フレイムエンチャント。あなたの剣に火属性の魔力を付与した。それでもイエロースライムに決定打を与えられるかはハヅキ次第」
ぶんっ、ぶんっ……と、その場で軽く振ってみる。薄いオーラが尾を引いて刀身の残像を浮かび上がらせるその光景にほぅっと、思わず溜め息を零す。
「これ、どのぐらい保つ?」
「エンチャントの降下時間は一律三十分。それまでには決着を付ける」
「分かったわ。……ハヅキ君、心の準備はいい?」
「いつでも」
ここに来るまでにイエロースライム戦の作戦は練っている。
作戦、と言ってもその内容は極めてシンプルなもの。葉月とクレアが先行してイエロースライムの足止めに徹する。頃合いを見計らって後退した後、ミゼンによる範囲魔術で一掃する。これだけ。
頭の中でやるべきことを反芻しながら深呼吸一つ。先刻まで高揚していた気持ちは一瞬にして平静を取り戻す。
まずはしっかり一撃を入れる。失敗したらどうしようなど、後ろ向きなことは考えない。兎にも角にも、まずは身体を動かすこと。後のことは勢いでどうにでもなる。
件の魔物が見えた。バスケットボールより一回り大きいイエロースライム達は出口を塞ぐように密集している。
敵の姿を目視で捉えると同時にクレアと併走する。不用心にも近くに居たイエロースライム目掛けて上段に構えた剣を振り下ろす。
ぶちゃっと、音を立てながら液体とも、固体とも呼べない物体を撒き散らす。水滴(?)が頬を掠める。ジュッと、肉を焼いたような音と同時に焼け付くような痛みが小さく走る。
大丈夫。このぐらいは何ともない。
そう自分に言い聞かせ、飛び付いてくるイエロースライムに対して、側面に回り込むようにステップインしてぶった切る。が、当たり所が悪かったのか、斬られたイエロースライムは瞬く間に傷口を中空で再生させ、不時着したときには二匹に分裂していた。
思わず舌打ちをする葉月。だがそれに構っている場合でもない。目的はあくまで防衛なのだから。
「ハヅキ君伏せて!」
クレアの叫び声。咄嗟に葉月は訓練された犬のように上体を曲げて、前方へ飛び込む。いつの間に背後に回り込んでいたイエロースライムはクレアの魔剣によって屠られる。
「悪いクレア。助かった」
「御礼なんていいわよ。私はハヅキ君を護る姫騎士だし」
軽口を叩きながら魔剣の力を使い、イエロースライムを事務的に処理していくクレア。やはり場数が違うと思った。
このまま行けばミゼンの魔術完成まで持ちこたえられるだろうと、既に楽観的に考え始めていた葉月。そんな彼の希望を打ち砕いたのは、あるイエロースライムの集団が取った行動だ。
「なんだアレ?」
己の力では叶わないと悟ったのか、イエロースライム達が一箇所に集結していく。それもただ集まるのではなく、互いの身体を密着させ、そのままもりもりと小山を築いていく。
何処かで見たような光景だが、すぐには思い出せない。
スライム。集団。個体が山のように集まる。
(もしかして……ッ)
奴等のすべきことに気付く。だが時既に遅し。
小山のように集まったイエロースライム達はそのまま溶け合い、やがて一つの個体へと昇華していく。
姿形はそのままに。大きさは成人男性と同程度。
「合体、するのかよ……」
溜め息一つ。存在が似ているとは思っていたが、ここまでくるともはやパクりとかそういうレベルでは済まされない気もする。
「キングイエロー……見るのは初めてね」
表情を引き締めたクレアは柄を握り直しながらごちる。
「どのぐらい強い? 三人でどうにかなるか?」
「ミゼン次第ね。ここまで来ると大きさの関係で武器で斬りつけても大した効果はないわ。……ミゼン、あれをどうにか出来るだけの魔術はない?」
「覚えてる。だけど詠唱時間の確保さえ出来れなければ話にならない」
「いいわ。あれは私とハヅキ君でどうにかするからミゼンは魔術に集中して」
やるべきことが決まれば後は実行するのみ。
仕切り直しとばかりに自己強化の魔術をかけ直し、イエローキングを正眼に捉えるクレアと、肩を回して気合いを入れ直すハヅキ。
「ハヅキ君、危なくなったら下がってね」
「そうならない為に姫騎士様が護ってくれるんだろう? なら何一つ問題はない」
「プレッシャーだなぁ」
ハヅキの冗談に思わず笑みが浮かぶ。
同時に、異世界のゴタゴタに巻き込んだ王族である自分に対してここまで信頼を置く少年に対して、密かに誓いを立てる。
(ハヅキ君は絶対に私が護る)
この世界の問題に無関係な自分が巻き込まれれば、普通は激怒してもおかしくはない。
流石にお人好しな彼でも世界を救うとは言わなかったが、それでもクレアの信頼には応えたいと、面と向かって言った。
葉月はクレアを信頼し、それに応えるべく行動を起こしている。
だからこそ──
「私もハヅキ君の信頼に応えなきゃ嘘だね」
そう一人ごちながら、クレアはイエローキングの懐に飛び込んだ。