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異世界旅行記  作者: 想明 芳野
異世界召喚編
5/25

五話 ダンボールのない潜入ミッションはただのHARDモードだ ──如月葉月

2013/7/31

本文を大幅に加筆修正。

 セダス国は弱者に厳しい土地だ。その昔、魔竜騎士団との戦いの影響で多くの魔物が凶暴化して、それが今の魔物にも遺伝したとクレアが教えてくれた。幸いにして国の周辺地域には良質な魔石を採掘できる鉱山があると聞くが、それを聞くとどうしても未来に不安を感じずにはいられない。

 自然は有限だ。今は魔石鉱山があるからいい。だけど全て採掘し尽くしてしまった後は? それは一年後かも知れないし十年後かも知れない。とはいえ、セダス国は他人の国でしかないから俺が心配するようなことではない。

 差し当たり、今俺たちが直面している問題と言えば──

「あれがカンザス関所? 宿場町みたいだな」

 国境を如何にして越えるか。その一点に尽きる。

 セダス国は背後に断崖、周囲を山に囲まれた、自然の地形を活かした難攻不落の国家。

 勾配のキツい坂道。

 馬車一台通るのも困難な細道。

 凶暴な魔物。

 夜中に出立したのが幸いしたのか、俺たちは首尾良く追っ手を撒き、山を知り尽くした人にしか分からないような獣道をひたすら進む。背の高い樹木が陽射しを遮ってくれたお陰で竜騎士団は上空からの捜索はほぼ不可能な状態。

 それでも荷物を担いでの、しかも慣れない山道の行軍は流石の俺も堪えた。トレッキングシューズでなければもっと大変だったに違いない。

 しかし、苦労の甲斐あって昼頃にはもう山の麓にあるカンザス関所まで辿り着くことができた。関所と聞いてたからもっとこう、いかつい感じの場所を想像していたけどなんてことはない。刑務所を思わせる高く、分厚い壁と物見櫓。出入り口に立ち並ぶ人達と武装した兵士……て、良くみるとあれ男じゃん。

「国境警備には男が使われてるのよ」

「あれ? 俺独り言言ってた?」

「ううん。顔に書いてあった」

 異世界人、なんて恐ろしい娘……っ!

「雑に説明するとね、セダス国の女性は本国を守って男は国境を守るのが慣わしになってる。代わりに男たちの殆どはこの関所で生涯を終えるって人は少なくない」

「仮にも国境を守る要所だろ? そんな大事なところに精鋭を派遣しなくていいのか?」

 素人なりの考えだが、これは良くない気がする。いくら天然の要塞だからと言って、この警備は少々、ずさんに思えてならない。逃亡中の俺たちにとってはありがたいが。

「ここに居る軍人は皆、使い魔と本国から派遣された魔術師によって監視されてるわ。だから最低限の仕事はするけど、逆に言えば最低限の仕事しかしない。この関所だってないよりはマシって程度に建ててるものだし、本当のところはどの程度、国内に人が入ったかを調べるだけの場所に過ぎない。本国に居る騎士って基本的に来るなら来いって感じの娘が多いから」

「国を預かる人間の発想じゃないだろ」

「それについては同意見」

 とはいえ、ここで無駄話をしていてもやることが変わる訳でもない。俺たちは国境を越えて、そこから……そこから…………うん! まぁ色々世界を旅するってことにした!

 だが俺たちはすぐに烈に並ばず、適当な茂みに身を潜める。流石にこのまま突撃するほどバカではない。

 クレアの代わりに持っていた旅行鞄を降ろして開ける。フリルのついた、如何にも女の子らしい服といくつかの生活必需品。食料は全て現地調達している。

 ……やることは分かってる。だけどいざそれをやるとやっぱりこう、男としてのプライドが邪魔する。……いや、プライドに拘っている場合じゃないってことは重々承知してるけど。

「ハヅキ君……」

「あー、うん……分かってる。……くそ、なんでこんな顔に生まれたんだ俺は」

 非常に不本意ではあるが、どうも俺の顔は中性的な顔立ちのせいで女物の服を着ると立派な女の子に見られてしまう。十六にもなった男としてそれはどうなんだと叫びたい。

 地球産の服からクレアが用意した変装用の服に着替える。当然、女物の服の勝手など分かる筈もないので着替えは手伝ってもらった。

「うーん……一応、私も女だし自分の容姿にはちょっと自信あったけどハヅキ君見ると思うところはあるかなぁー」

「俺はクレアの方がずっと可愛いよ。俺が保証する」

「ハヅキ君にそう言ってもらえるのは嬉しいかな」

 ということで──

 俺が変装用に着たのはハイビスカスを思わせる真っ赤な服。おしゃれ感を出しつつ、機能性を持たせたアウトドア用の服。ドレスもあるけど流石にそれは怪しまれる。ついでに身元が分かりそうなトレッキングシューズも履き替えておく。

「うんうん、何処から見ても立派なお嬢様だよ。レイコちゃん」

「そういうマリーこそ、立派なメイドじゃないか」

 せめての意趣返しとばかり皮肉を皮肉で返す。

 レイコとマリー。語るまでもなく変装中の偽名だ。

 余談だがレイコは俺の姉・玲子の名前をそのまま拝借しただけの名前だ。マリーは……クレアのネーミングセンスがアレだったので俺が付けてやった。何だよ、サビーナクレスタって。馬の名前じゃないだろ。

「では、参りましょうか」

「はい、お嬢様!」

 なお、クレアがやけにノリノリでメイドをやっていることを追記しておく。


 私、クリスティナ・アールグレイ・フォン・セダスは英雄叙事詩が大好きだ。

 叙事詩に登場する主人公は一騎当千の勇者は百戦錬磨の古強者たちから一身に信頼を寄せられ、仲間達と共に邪悪で強大な悪の化身を倒す!

 同年代の娘たちは勇者に憧れた。セダス国の女たちは皆、逞しい。誰もが一度は勇者のようになりたいと無想する。プライドしかない男たちをぎゃふんと言わせ、救国の英雄となり、拍手喝采のパレードに見舞われ、困っている人がいれば即座に駆けつける──そんな、英雄になりたいと願う娘は男嫌いのセダス人でさえ、例外ではない。

 だけど私は人々に称賛される英雄よりも、英雄に付き従う従騎士に憧れた。富も名声も要らない、ただ一途に勇者に尽くして、勇者が唯一認めた相棒。

 ナンバーワンではなく、オンリーワンに憧れた私は子供の頃、いつも勇者を守る役に徹していた。だけど大人になるに連れて私の立場がそれを許さなくなった。

 王族としての責務と天空騎士団としての責任が、私の両肩に重圧としてのし掛かる。肩こりに苛まれたのはおっぱいのせいじゃない。

 そんな感じで悶々と日々を過ごしていた私は、反対の声をガン無視して外の世界に触れることにした。遠征任務を積極的にこなして、時間の許される限り地元住民と友好を深める。子供の頃に抱いた英雄に付き従う従騎士の願望は歳を重ねる毎に強くなっていく。

 そんなときだ。私がハヅキ君と出会ったのは。

 見た目も、考え方も、きっと彼は凡人そのものなんだろう。失礼な言い方だけど、彼には英雄になる素質なんてない。

 だけど──優しかった。魔力補給の為に、彼と一つになって私は彼の心に触れた。

 ハヅキ君の心を上手く表現できない自分の頭が恨めしいけど……なんて言うのかな、彼と一緒に居ると優しい気持ちになる? 安心する?

 普通、男と言えば見栄を張ったり力で成り上がろうとする人が多い。セダス人の女性に関しては似たようなところがあるけどあれは国がそういう教育をしたからそう考えてしまうのも仕方ないんだけど……。

 でもハヅキ君からはそういう臭いが全然しない。むしろ自分の汚い部分を隠さず話して、それを恥じている傾向すらある。人間、自分の汚い部分はそう簡単に見せたくないもの。プライドがそれを邪魔する。

 だけどハヅキ君は──私達が一方的に巻き込んだにも関わらず、それを受け入れようと自分なりに努力している。

 重ねて言う。ハヅキ君には英雄としての素質はない。あるとするなら英雄に勝るとも劣らぬ力をその身に宿していることぐらい。

 だけど私にとっての彼は仕えるに値する人間。例えこの先、不自由な生活が待っているとしても、私は最後までハヅキ君の味方であると決めた。そうでなければ国を出る、なんて大それたことは絶対にしない。


 そんなこんなで私達は今、カンザス関所までやって来た。女装したハヅキ君──いや、ここは敢えてレイコちゃんと呼ぼう。彼、もとい。彼女は真っ赤な服と麦わら帽子とだて眼鏡を掛けている。中性的な顔と相まって、流石の衛兵もまさか手配中の人間が女装してるなんて思わないに違いない。

 私に関してはディスガイアの魔術が込められたスクロール──魔術を封じ込めたマジックアイテム──を使って顔だけを変えてる。変装魔術ってスクロールだと三十分しか持たないからカンザスに入るぐらいが限界でしょうね。予備のディスガイアスクロールなんて持ってないし。

 やがて私達の番が回ってくる。槍と胸当てで武装した男の門番はやる気のなさそうに声を掛けて事務的な質問をぶつける。

「見ない顔だな。本国から来たのか?」

「はい。訳あって女二人で旅をすることになりました」

「ふむ。身なりからして貴族のようだが、身分証はあるか?」

「勿論です。……マリー!」

「はい、お嬢様!」

 張りぼての笑顔を浮かべた私は急ごしらえで作った偽造身分証を突き付ける。こうなると予想して判子もばっちり持ち出しておいたのは正解だったらしく、門番はセダス国の紋章だけを確認すると明らかに斜め読みで確認したと思われる速さで返してくる。

 逃亡中の私達にはありがたいけど、もうちょっと、ねぇ……?

「入れ」

 短く男が告げて、レイコちゃんが『ありがとう御座います』と、微笑を浮かべて会釈する。一応、ハヅキ君が女の子やっている間は私はメイド、彼はお嬢様ということになっている。

 勿論、戦闘になることも予想して剣は帯剣している。他国はどうか知らないけどセダス国はお嬢様であっても最低限、剣術は習うのが仕来りだからレイコちゃんが剣を提げてもそれは不自然なことじゃない。

 カンザス関所に入った私達を出迎えてくれたのは出店と客引きに励む商人たちだ。ここで一夜を過ごして本国へ、或いは取引先の村へ向かう人が多いということでカンザス関所は宿場町という一面もある。

 私は天空騎士団という立場上、移動手段はもっぱら竜に乗ることが多い。だからカンザス関所へ足を運んだことは数える程度しかない。

 最後にここへ来たのは多分、一年以上前だと思う。それを差し引いても宿場地区内にいる冒険者の数が多いような気がする。

(やっぱり指名手配されてる?)

 とはいえ、もしそうなら関所前の門に人相画が貼り付けられてもおかしくない。それがないということは呼び掛けだけに留めている?

 ……ダメだ。いくら考えても埒が明かない。そもそも疲れた身体で考え事をするのは私の性分じゃない。まずは今日の宿を確保するのが先ね。

「……お嬢様、こちらですわ」

 間違えてハヅキ君と呼ばないように、一呼吸置いてから呼び掛ける。人混みを掻き分けて前へ前へと進む私が選んだ宿はこの宿場地区では最も豪華な礫の揺り籠。限りある資金を節約しなきゃいけないのは旅の常識。だけど私達──繰り返し言うが逃亡中の身。安宿に泊まっている、魔物討伐の遠征に来たガラの悪い冒険者たちとトラブルを起こして注目を集めるのは絶対に避けなければならない。

 店員に二人分のお金を払い、足早に客室へ向かう。上等な宿、と言ってもあくまでこの宿場地区の中では一番という意味で、私からすればもう面白いくらいフツーの部屋。

「ふーん……結構良い部屋じゃん」

「そ、そお? ……まぁくつろぐ分には悪くないよね」

 あ、でもハヅキ君と、その……アレするときってどうなんだろう? やっぱり私も女の子だし、そういうのって気になるっていうか……。

「さて。これからどうするかだな」

 ハヅキ君の声に現実に引き戻される私。

 そう、カンザス関所に入るまではいい。だけどそこから出るとなれば話は別だ。

 他国側から出入国する際、関所の門番から魔力が付与された割り符が渡される。これは本国へ入国する際に必要な割り符だ。そして出国する際にそれを返却しなければならない。

 当然、私が王族だからと言ってカンザス関所で配布されてる割り符を持っている筈もない。

 そのことをハヅキ君に正直に話すとやっぱりハヅキ君も少し困ったような顔を浮かべる。それから少し考え込んでからおもむろに立ち上がった。

「まずは地理を確認しよう。ひょっとしたら突破口があるかも知れない」

「そうだね」

 うだうだ悩むのは性に合わない。ということで私達は早速関所破りの為に下見をするのだった。


 遠目から見て分かっていたことだが、カンザス関所を囲む柵は二階建ての家に相当する。門前には常時、武装したセダス人が四人。本国側を、義務感で警備しているだけの男とは明らかに練度が違う。

 一人が出入国者に対応し、一人は荷物の検分。残り二人が臨戦態勢を取る。

 こうして見ればなるほど、たった二人で関所を突破するのは困難に思えるが、幸いにして付け入る隙はある。

「検分が少し甘いわ」

 英雄としての補正か、今の俺はかなり離れた場所からでも関所の様子を事細かに観察することができる。勿論、一目があるので女言葉を心がけながら。

「甘いって、具体的には?」

「荷馬車です。交易品は必ずチェックが入るが水瓶はその限りじゃない。ただ、人によっては徹底的にチェックされたりそうでなかったりしている。多分、顔馴染みの商人、それも頻繁に立ち入りしている人だと思うわ。あと、商人でも男だと露骨に徹底的にチェックが入っている」

「ここまで露骨だと私も引くわ……」

 とは言え──

 それが分かったところで足掛かりになるかと言えばノーだ。荷馬車を調達する余裕などないし、都合良く捕まえたところで俺たちを匿ってくれるような商人が現れるかどうか……。

 いや、開始早々そんなご都合主義に頼ってはダメだ。言うなればそれはモンスタードロップで店売り武器を狙うぐらい愚かなことだ。

 割り符がなければことは単純だった。変装したまま堂々と潜ればいい。例え怪しまれて、剣を突き付けられたところでセダス人四人を相手取ることぐらい造作もない。

 領土侵犯の問題もある。一度他国へ入国すればセダスもそう簡単には手出しできない。誰だ、割り符なんて考えたバカは。

「あの……」

「なに?」

 思考の海にどっぷり浸かっていた俺を呼び戻したのはクレアではない、第三者の存在だった。

「お嬢様に何か御用ですか?」

 表面上は友好的な態度を取りつつ、いつでも抜剣できるようさり気なく武器に手を掛けるクレア。

 彼女は……一言で言えばエルフっぽい少女だ。但し、俺の知ってるエルフと違う。

 腰まで伸びた、枝毛知らずの艶やかな黒髪。シャンプーのCMに登場する、あのメチャクチャ綺麗でさらさらしてる感じの髪だ。

 髪の毛もそうだが顔立ちはもう筆舌し難いほどの、それこそ今をときめくトップアイドルや人気グラビアアイドルが一瞬で平凡レベルに見えてしまうぐらい美しく、神秘的だ。その美貌を余すことなく伝えることのできない自分の語彙力が恨めしい。

 ただ、その美貌に反して服装は日本人にとっては妙に馴染みのあるものだ。

 一言で言えば学生服。それもネクタイを着用するタイプ。上は紺色で下はチェック柄のスカート。極めつけは左手に持った黒塗りの鞘に収められた日本刀。何処からどう見ても日本刀。

 …………。

 ……。

 うん。何て言うか、その……異世界まで来て日本刀と制服見るとは思わなかったよ。

「関所、抜けたいの?」

「あー、えっと……」

「取り引き」

 どう取り繕えばいいか悩む俺の苦悩を遮るように、彼女は言った。

「関所を突破する代わりに、手伝って欲しいことがある」

 感情の起伏を感じさせない、抑揚のない声で彼女はそう言った。

ミゼンの設定を少し変えてみた。

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