三話 一度失敗した人生だからこそ、今度は間違えたくないんだ ──如月葉月
2013/7/10
本分を大幅に加筆修正。
「うーん……」
夜中に目が覚めて、隣で色っぽい声を出しながら気持ち良さそうに眠るクレアの横顔を覗き込む。
英雄として呼ばれた俺。
魔力なしでは生きていけない身体。
人外とも呼べるチートスペック。
ラノベも真っ青な展開だ。おまけに帰れないかも知れないという保証付きで。
(自分の国のことだから自分たちでどうにかしろって話だよな……)
憤りはある。誰だってこんな状況に放り込まれればそうなる。
けど──同時に思う。今から日本に帰れたと仮定して、それはベストな結果なのか?
現状、異世界で生活することも日本に戻って元の生活に戻ることも、最良とは言い難い。早々に俺に対して見限りを付けた、キャリア意識の塊とも言うべき両親が面と向かって落ちこぼれと言うくらい、経歴や世間体を気にする人間だ。それは親戚連中も変わらない。だから帰ったら帰ったでまた最悪な日常が待っている。
一方、異世界で生活すると決めた場合。
今のところクレアがこちらの肩を持つかどうかはかなり怪しい。好意的な態度ではあるが、仮にも軍人だ。いざとなれば俺を切り捨てるだろう。
ましてや俺はこの国の人間ですらない。差し詰め、お姉さんから見た俺は都合の良い捨て駒と言ったところか。
「…………」
もういっそのことここで玩具が欲しいと駄々をこねる子供のように暴虐の限りを尽くしてみようか?
そんな暗い考えが脳裏にちらつく。だけどそれは間違いなく意味のないことであり、最悪の手だ。俺が暴れれば俺を殺す大義名分を向こうに与えるし、魔力なしで生きることのできない俺は勝手に自分の首を絞めるだけ。そもそも個人が腕っ節一つで国家に勝てるということ事態、おかしい。某グラップラーの親父みたいなことはできない。自殺願望がないからな。
「…………あーくそ、どうすりゃいいんだマジで」
堪らず、頭をガシガシと掻く。理不尽な怒りと冷えた理性が半々になって混ざり合う。こんな状態になってもキチンと自我を保てているのも実家で散々嫌がらせを受けていたから。
……本当、親父や親戚連中も嫌がらせのやり方が上手かったなぁ。反応すれば相手を悦ばせるだけだし、言葉巧みにこっちのプライドや感情をゆさぶってくる。
胸に手を当てて深呼吸をする。冷や水を掛けられたように急激に頭が冷える。
「眠れないの?」
ギュッと、手を握りながらクレアが呼び掛ける。地球と違い、LED蛍光などないこの世界の光源などたかが知れている。
いつも腕に嵌めているソーラー電波タイプの腕時計に目を落とすと丁度日付が変わった頃だ。
クレアは何も言わず、ただギュッと手を握り返すだけ。それが心遣いなのか打算なのかは分からないが、今の俺にはとてもありがたいものだった。
「なぁ……ちょっと愚痴ってもいいか?」
「ん、いいよ」
「正直言ってさ、英雄とか言われても冗談じゃないって思ってるんだ。百歩譲って──て言い方したらクレアは違和感覚えるかも知れないけどさ、自分の国ならいざ知らず、他人の国の為に命賭けろって言われても俺は嫌だと思う。元の世界に帰りたいかと聞かれるとさ、それも嫌だって言いたくなるんだ。あっちじゃ俺、親から面と向かって落ちこぼれって言われるぐらいダメダメだったし、この世界から見ればとんでもないぬるま湯で育ってきたって言える。ぶっちゃければさ、今の俺はきっと被害者面してる自分に酔いしれたいんだと思う。異世界の人間を犠牲にとかふざけるな、元の世界には帰りたくない、でも責任は取れって。ホント、どんだけ自己中なんだって叱られても仕方ないって思うよ」
一気に話したせいか、ほんの少しだけ心が軽くなった気がする。
結局のところ、そういうことだ。
理不尽な仕打ちに対して怒りを覚えつつも元の世界には帰りたくない。思い入れも少ないし、帰っても嫌味を言われるだけの日常。先行きの暗い未来。勝手に呼んだから責任取れ。支離滅裂も良いトコだ。
クレアはジッと俺の愚痴を聞いてくれた。きっと彼女はこんな情けない英雄に心底呆れかえっているに違いない。
セダス国の人間は現状を打破する為に英雄召喚を行った。それが蓋を開けてみればこんな頼りない英雄がやって来たんだ。失望されてもそれは仕方のないことだ。
「……ねぇハヅキ君。私からの提案、聞いてくれる?」
「なんだ?」
「いっそのこと、二人で一緒に何処か遠くに行かない? 逃避行っていうより旅行的な感じで」
「…………えっ?」
「私ね、ずっとこの国で育ってきたけど外の世界に凄く興味がある。姉さんは男嫌い、臣下達は偏った考えばかり。正直なところ、うんざりしていた。それでも私がこの国を飛び出さなかったのはきっと国を出る為の言い訳が欲しかったから。そして今の私はハヅキ君への罪滅ぼしという言い訳を使って一緒に国を出たいって思っている。魔王はどうにかしたいって思うけど、それはきっとハヅキ君に強制できることじゃないから私からは何も言わない。それに、これはハヅキ君にとっても損じゃない提案だと私は思う。字の読み書きとか、この世界の常識、そして頼るべき相手の有無。……ハヅキ君は、この世界でたった一人で生きていける自信ってある?」
「………………」
クレアに諭され、至極真面目に考えてみる。
普通に生活するだけでもお金は必要だ。その金を手に入れる為には当然仕事をする必要がある。
だがこの世界の常識に疎い俺がまともな職業に就けるかどうかは怪しい。もっとハッキリ言ってしまえば頼れるべき存在がいない状態で独り立ち出来るほど俺は生活能力がない。
ここが日本なら事は単純だ。少し前の話になるがロードバイクで数日ほどの自転車旅行をしたことがあったが、その時は数着の着替えとお金さえあればどうにでもなった。異世界でも同じことが出来ると思うのは流石に安直な考えだろう。
ましてや今の俺は定期的に魔力を補充しなければ生きることすら危うい身体だ。並み大抵の魔物に負ける要素こそないが、普通に生きるだけでも困難を極めるのは確かなことだ。
とは言え、被害者的な立場を利用してクレアをいいようにしたいという気持ちもない訳じゃない。つくづく最低な生き物だな、男ってやつは。
「……あのさ」
「なぁに?」
「例えばの話だけど、俺がこの国を出たいと言って、その際にクレアも一緒に何処かの国へ亡国するなり放浪の旅に出たいけど頼れる相手がいないから俺の為に国を捨てて欲しいって言ったら、クレアはどうする?」
「ん? さっきも言った通り、私は国を捨てる言い訳が欲しいからハヅキ君の言う通りにするよ。天空騎士副団長の座も王族にも未練はないし」
「……本当に、良いのか? これからもクレアのこと求めちまうし、ひょっとしたらスゲー我が儘言うかも知れないぞ?」
「全然構わないよ。それハヅキ君に抱かれて分かったこともある。……ハヅキ君って、女性に対してすっごく優しいよね。私の知っている男とは大違い。それに私の直感もハヅキ君は悪い人じゃないって告げてるから、全然大丈夫だよ」
女性に優しいって……もしかして愛撫のことを言っているのか? 個人的な感想としては愉しむなら相手にも愉しんで貰いたいっていう気持ちがあったから拙い知識を総動員させてやっただけのことだけど……うん、まぁいっか。
「じゃあ、改めて……俺と一緒に来てくれるか、クレア」
「はい。クレスメント・イリーガル・フォン・セダスは、あなたをただ一人の主人として、身命を賭して貴方に仕えます」
す、すげぇ……流石ファンタジーだぜ。
自分でも訳の分からない説得力を感じながら、しばらくお喋りに興じてから俺たちは再び眠りに付いた。
異世界旅行記というタイトルだからあちこち旅させる方針にしました。
あと、作者的には主人公を少しだけ前向きにしたつもりですがどうでしょう?