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異世界旅行記  作者: 想明 芳野
リヴァイアサン討伐編
24/25

リアルだとフラグ臭を見逃すのは稀に良くある

できることなら異世界旅行記は月に二度は更新したいのが本音。

 分かりきっていたことだがこの世界には娯楽があまりにも少なすぎる。

 文化の違いということもあるが俺ぐらいの歳の子の娯楽というのは娼館か酒ぐらいらしい。読書は知識人の嗜みであって、庶民が楽しむようなものではない。小説の類がない訳ではないが、そもそも俺は自分の名前と本当に簡単な単語しか読み書きできないから字が読めないと言っても差し支えがない。

「暇だ……」

 移動中、もう何度目になるか分からないくらい繰り返してきた言葉。セダス国を出立して早三日。ショージキ暇過ぎて死にそうデス。こんなのが後12日も続くのかと考えるとゾッとする。

 携帯電話も、ラノベも、MPも、時間を潰せそうな娯楽もない。魔物が出て来ても瞬殺だからやることがない俺は、クレアの言葉を借りれば士気の低い表情でぼんやり歩いてる。周囲の警戒? 頭上で哨戒してるクレアがやってるし、こういうのは専門家に丸投げするのが一番。

「ハヅキ、緩みすぎ」

「あー、うん。ゴメン……」

 とはいえ、あまりだらけすぎるとミゼンから叱責が飛ぶので適度に意識を保つ必要はある。

 現在、俺たちはリヴァイアサン討伐の為にロクサスへ向かっている。直線距離なら半月で到着できるが帝国領内にある都市を経由する必要が出てくるのでわざわざ大外周りのルートで向かっている。山を下りてからはずっと海岸線沿いを行軍。顔をビュンビュンと叩く潮風が肌寒い。

(今更だけどリヴァイアサンとどう戦うつもりだ?)

 本当に今更って気もするが気になり始めたらとまらない。

 リヴァイアサンと言えば海の魔物。そんな相手に船乗って戦うのっていくら何でも無謀過ぎるんじゃないか?

 素人なりに戦略を練っても海面を凍らせて足場を作る、遠距離からチマチマ削る、海に雷撃ち込んで感電させる、この三通りしか思い付かない。到底、近接戦闘が通じる相手とは思えない。

「海の魔物相手にどうやって戦うつもりかねぇ。無駄死にしなきゃいいけど……」

 殆ど独り言として呟いたその言葉は、意外なことにしっかり帰って来た。

「弩弓を使うのよ」

 答えたのはミゼン──ではなく隣を歩いている天空騎士団とは対となる魔剣騎士団所属の騎士。一応、俺の監視役らしい。

「ロクサスは元々海獣種の魔物が住む海域にある港町。だから当然、そうした魔物の対策は抜かりない。私もロクサスにある弩弓は見たことあるけどかなり大きいわ」

「大きいって、どのぐらい?」

「長さ10メートル、太さ80センチの矢を高速で射出できるぐらいには」

 ……数字だけ言われてもピンと来なかったけど20メートル級の矢を撃てる弩弓が凄い、ということは分かった。しかし、剣と魔法の世界だってのに変なところで原始的な兵器が主力兵器になってんだな。もっと魔法の力を存分に使った兵器ってないもんかね。

 それとなく訊いてみたところ、今度はミゼンが答えてくれた。

「魔法兵器は知らないけど、戦術魔法ならいくつかある」

「戦術魔法?」

 名前からして物騒な臭いがするのは分かる。けど普通の魔法とどう違うんだ?

「術式を儀式に組み込んで個人単位では再現できない力を行使する。威力によって呼び方が変わるけど今は戦術魔法というカテゴリに一括りされている」

「威力がある、というのは分かった。でもそれって戦場じゃ使いづらくないか?」

 何となくだが、このテの世界の戦争と言えば歩兵同士がぶつかり合うものしか想像できない。大砲や矢を撃ち込むのはいい。魔法部隊の援護射撃も有効かも知れない。だけど戦術魔法ともなればその威力の高さ故に仲間を巻き込んでしまうんじゃないか?

「戦術魔法が生まれたのは暗黒時代、つまり魔王が地上に居た頃よ」

 ミゼンに変わって答える監視役のお姉さん。ミゼンがちょっとむすっとしてるような気がするが気のせいだと思っておく。

「魔王だけじゃない、魔竜十三騎士団に対抗する為にはどうしても致命傷を与えられるだけの威力が求められた。多少の犠牲をどうこう言える状況じゃなかったこともあるけど、一番の理由は単純に奴等が大きかったから」

「そうか」

 やはり犠牲を前提とした行動に慣れてる異世界組はメンタルが強い。俺も周りの人みたいに『分かりました。じゃあ犠牲出しましょう』ぐらいの図太さがあれば……と思ったことは一度や二度じゃない。

(だからと言って余所者の俺を頼るって発想は正直どうかと思うけど……)

 自分たちの世界のことだから自分たちでやれ、という気持ちがない訳じゃない。ただ、そう面と向かって言えないくらいにはもうこの世界の住人と関わりを持ってしまったのも事実。

 それに──認めるのは癪だが、こっちの世界にいる俺は地球に居た頃よりはマシになってる。

 如月家に居た頃は将来の夢とか目標とか、そういうのが全く持てなかった。朝起きて、葵姉さんと奈々に挨拶して学校行って、教師の話を聞きながら昼飯のこと考えたり、家に帰ったらゲームやったりラノベ読んだり、親に会ったら姉と妹を引き合いに出して比較して罵倒される。罵倒に慣れた俺は心を壊すことで両親の言葉を流すことができた。でなきゃ気持ちが保たなかったかも知れない。

 そういう意味ではこの世界の目的というのは実にシンプル。元の世界に帰れないと、クレアに面と向かって言われたとき、俺は自分でもビックリするくらい素直にその言葉を信じた。最初、どうして信じられたのか理由が分からなかったけど今にして思うとあの如月家の閉塞感から解放されたという喜びがあったのかも知れない。そのせいで命懸けの生活を強いられることになった訳だが、目的意識のなかった頃に比べると遙かにマシだ。例えそれが第三者から与えられた仮初めの目標だとしても……。

 ただ、そうだからと言ってこの世界の為に頑張れるかと聞かれたらやっぱり頑張れるとは即答できない。ミゼンやクレアが大事なのは認める。彼女たちが窮地に陥ったと聞けば多分、俺はどうにかしたいという一心で足掻くと思う。でもやっぱりそれはあくまで個人を助けたいという感情であって、総理大臣や大統領のように国を思っての行動という訳じゃない。今回の討伐にしたって断るとクレアの立場が悪くなるから引き受けよう、という気持ちとクレアと離れたくないという気持ちが半々だし。

 ……こんなんで本当にこの世界で生きていけるのか俺? そもそもそれ以前にこんな調子でミゼンにキチンと教養教えられるのか?


 行軍を始めてから五日目。その日は比較的豊かな村で一夜を過ごすことになった。

 人口は100人ちょっと。行商の中継地点ということもあって村という小さな集落にしては珍しく宿屋がある。村人達の人当たりも良いし、便宜を図ってくれたりもする。

 こういう小さな村に金を落とすのも大事なことだという、クレアの主張で一部の人間は金を払って宿屋を利用するこになった。クレアのような部隊の責任者が利用するのは言うまでもない。

 急いでいるのに呑気に休んで大丈夫なのか? という気持ちもなくはない。だがこの世界に住む人たちが抱く時間の概念はかなり大雑把なもの。一分一秒を刻む時計はア・キーバ共和国にいかなければ存在しない……らしい。稀にロクサスで振り子時計がオークションに出品されることもあるがかなりの芸術的な価値と相まって値が付くとか。

 じゃあどうやって時間を計っているのかと言えばそれは日時計と鐘の音。曇りや雨の日には対応できないのが玉に瑕だけど日時計に従って規則正しく生活している人は日時計に頼らなくても体内時計が出来上がっているからあまり問題ない……らしい。

 一度、ソーラー充電タイプの腕時計で時間を計ってみたところ、鐘は三時間毎になる。その鐘を基準に人々は仕事を進め、或いは生活する。職場でも10分20分の遅刻は当たり前。長距離移動なら約束の日より3日遅れて到達しても許容範囲。それをネチネチ言うのは心の狭い人間。俺たちは教師や親からは『どんな時でも五分前行動を心掛けなさい!』と、何度も注意されたがここじゃ寧ろ『時間通りに動けるよう心がけなさい』と言うのが普通。

 それはそれとして、俺は今、ミゼンと世話役として同行してきたドジッ娘のノワールの三人で村を散策している。村人に混ざってセダス国の兵士が行き交っているせいで都会のような騒がしさが感じられる。

「やっぱりコンクリじゃないんだな……」

 セダス国にアルヤードは地面に石が敷き詰められていたけど、流石に村となればそうでもない。踏み固められた地面とは言え、雨の日や雨上がりの日はきっと凄いことになるだろう。

「こんくりって何ですか?」

「人工的に作られた石……で、いいのかな? 俺の居た世界じゃ殆どの地面はこれで舗装されてるんだ」

 本当、小さなところで自分の住んでいた世界が如何に凄いところなのかを実感する。それは行軍中でもそうだった。

 保存食の事情もそうだが、一番驚いたのは飲み水。だって普通に暮らしていれば水に困るようなことなんて全くなかった訳だから水が腐るなんて発想は言われるまで全然気付けなかった。

 行軍に必要な水は殺菌効果のある青銅製の水瓶に入れて、馬車に固定して振動を与えることで長期に渡って使えるようにする。水道水が何となく不潔そうで嫌とかいう日本人に聞かせてやりたい。その不潔そうな水もここでは大変立派な飲み水だってことを!

「この村、少し変」

「そうなのか?」

 ミゼンは気になってるようだが俺としてはこのぐらいの用心は普通だと思ってる。

 村の周りを囲む深くて大きな溝と丈夫な柵。30人程度で構成された自警団は鉄の胸当てとバトルソードが標準装備。東西南北に建てられた櫓。行商人の中継地点ともなる村だしこのぐらいは普通だと思うけど……。

「ミゼンさんもそう思いますか? 私は畑の少なさが少し気になりました」

「畑が少ない?」

「はい。特産品になるような物もない小さな村では日々の糧を得る手段が農業か狩猟に限られるのですが…………」

 そういうものなのか。生まれてこの方、食料に困ったことなど一度もない上に農業のなんたるかを考えたこともないからピンと来ないが。

「この村は如何ですかな?」

 キョロキョロとあちこち見渡してた俺たちを気に掛けた村人の一人が声を掛ける。見た目20代半ばの好青年。自警団の一人なのかバトルソードを帯剣してる。

「えぇ。のどかでいい村ですね。私は都会出身なのでこういう牧歌的な村に来ると心が癒されます」

 都会出身……うん、嘘じゃないね。俺が住んでた地域は歴とした都会だし。

「そう言ってくれると僕も嬉しいです。まぁ、のどかな村と言えば聞こえはいいですけど本当に何もない村で住んでいる人からすれば退屈極まりないですけどね」

「で、でも! 私の住んでいた村と雰囲気が似てて私は好きですッ」

 そうか、ノワールは村から出稼ぎ(?)に来たドジッ娘だったのか。

「……ハヅキさん、今余計なこと考えてませんでした?」

「失敬な。疑り深いと耽るぞ」

「まだそんな歳じゃありませんッ。というか否定しないってことは認めてるようなものじゃないですか!」

 チッ、ドジッ娘のくせに聡いな。

「お二人とも、仲がよろしいですね」

「一番仲がいいのは、私」

 そう言ってグッと腕を絡めて抱きついてくるのはミゼン。最近思うんだがこれは何に対する嫉妬なんだ? 好意から来ているものとは考えにくいけど……。

「あはは……。まぁ楽しんで貰えているのでしたら僕としても嬉しい限りです。あ、そうだ。今夜は村をあげてささやかながら歓迎会を行いたいと思うので楽しみにしてて下さい」

「えっ、でも俺たち今日一日しか滞在しないけど……」

「まぁ、そうなんですけどね。本音を言えば理由をつけて僕たちが騒ぎたいだけなんです。……それとも、ご迷惑でしたか?」

「……いえ。そういうことでしたら断る理由はありませんね」

 理由をつけて騒ぎたいって気持ちは俺にも分かる。特に大学生なんかは理由を付けて飲み会したりするからな。高校卒業すらしてない俺が言うのもおかしな話だが。

『では、また後ほど……』と、ぺこりとお辞儀をして俺たちの前から立ち去っていく青年。

 自分の生まれ育った村が好きで、突然の来客にも嫌な顔をするどころか快く迎え入れる好青年というのが俺とノワールの共通認識。ただ、少し気掛かりな点があるとすれば──

「ちょっと不健康そうだったな」

 足取りがふらついているとか、病的な臭いがするとかじゃなくて、何となく顔が青白いように見えた。まぁここは日本じゃないからそれなりに活気のある村でも軽い栄養失調ぐらいは起こしてるんだろう。

「嫌な臭いがする」

 対するミゼンは、俺とは違い嫌悪感を出してた。青年に対する嫌悪感というよりはあの男から滲み出る負の臭いを嗅ぎ取ったというべきか。こういうとき、ミゼンの勘ってバカにできないから怖い。

「そうですか? 良い人だと思いますけど」

 ノワールはやっぱりあの青年を良い人と評価した。良い人と評価してるのは俺も同じなんだがミゼンの一言でそれとなく灰色に変化したのはここだけの話。

(流石に考えすぎか)

 自分にそう言い聞かせて至高を打ち切る。その後は村内に張ったテントに戻って三人でトランプに興じ、飽きてきたところで一休みすることにした。

 ただの結果論だが、このとき取った行動が後の展開を大きく左右することになると一体誰が予想しただろうか。

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