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異世界旅行記  作者: 想明 芳野
リヴァイアサン討伐編
22/25

目標

試験的に雑魚相手の無双やってみたけどあんま無双っぽくない。orz

「お兄ちゃん、お薬だよ。苦いかも知れないけど我慢して飲んでね。そしたらきっと良くなるよ……」

「けほっ、けほ……っ、スマネェなアリス。こんなダメなお兄ちゃんで……」

「もぉ、それは言わないって約束したでしょ?」

 健気に看病するアリッサの背中を見つめながら手分けして部屋を片付ける俺たち。口には出さないが、酷い衛生環境だと思う。

 薄汚れた部屋──なんて言葉は生易しい。俺がこの部屋に住み込みでもしたら多分、数ヶ月で病原菌か何かに感染するんじゃないかと思うぐらい酷い。

(これからこの子たちはどうなるんだ……?)

 日本なら、運が良ければ施設が保護してくれるかも知れない。親が居てもやむを得ない事情があって生活費を稼ぐ能力がなければ生活保護を申請して、それを受け取ることも可能だ。

 仮に、そうした恩恵を受けられなかったとしても本当の意味で食べるものに困ることは滅多にない。スーパーやコンビニに行って、プライドなんか捨てて頭を下げれば期限切れの弁当や惣菜を分けてくれることだってある。

「ハヅキ君? 顔暗いけど何かあったの?」

「……いや、別に…………」

「……?」

 結局俺は、気の利いた言葉の一つも掛けることもなく、当たり障りのない挨拶を済ませて出て行った。本当に頑張っている人間に対して掛ける言葉がなかったからだ。

(俺、何がしたいんだろうな……)

 異世界に来る前からそうだが、俺は基本的に受け身体質だ。リーダーシップを発揮して周りを引っ張るタイプよりは裏方でこそこそ頑張るタイプ。リヴァイアサン討伐に参加するのも結局は頼まれたのが半分と、周りの雰囲気に合わせてるのが半分。後は余計な軋轢を生まない為って理由もある。流石に他人の国の為に命投げ出して戦えるほど酔狂な人間じゃない。

 ミスリルゴーレムの一件で少しは変わった……と、思う。そう思いたい。相変わらずやりたい事ってヤツが見つからない俺だけど、ハッキリしていることもある。

 まず、セダス国から他国へ籍を置くというのは現状、あり得ない。召喚術ってのは場合によっては異世界から人間を呼び寄せる代物らしい。ならばその逆、異世界への扉を開くことも可能じゃないか──というのが俺の見解。そういう風に解釈すればセダス国に居ることが元の世界に帰る一番の近道のように思える。

 ……まぁその代償として色々危ない目に遭わなきゃいけない訳だけど。

「明後日にはセダス国を出るんだよな?」

 先頭を歩くクレアに今後の日程の確認を取る。メモ帳なんて洒落たものがないこの世界では予定を全て頭に叩き込む必要があるのは何かと不便だ。

「えぇ。それでそのことなんだけど、ハヅキ君とミゼンは最前列に配置されるからそのつもりでいて」

「それは構わないけど、移動するときはどういうするんだ?」

 仮にも軍人の行軍だ。数が数だから大名行列みたいに一列になって街道を移動したりはしないだろう。………………多分。

「魚鱗の陣形だけど、ハヅキ君には解らないよね?」

「俺の知ってるのだと部隊をいくつかに分けてそれを三角形の形になるように配置する陣形だけど、この世界だとどうなんだ?」

 もしそうだとするなら注意すべきは両側面と背後からの攻撃だ。元々この陣形は奇襲を想定してない陣形だ。大陸平野の会戦には適さない代わりに山岳、森林、河川と行った地形要素が多い日本では戦国時代によく使われた──て、昔やった戦争シミュレーションの解説にあった。

「へっ? ……う、うん。大体それで合ってるよ。うん、合ってるけど……ハヅキ君って軍人でもないのによく陣形のこと知ってるね」

 あー、そういやこの世界の人の感覚からすれば当然そうなるか。サブカルチャーの中には設定を練り込んだ作品が結構あるから自然とそういう深い知識が身に付く場合が多いからな。とは言え、流石に正直に話しても文化の違いで納得はしないだろう。

「昔読んだ戦争物の小説にそういう解説があったのをたまたま覚えていただけだよ。結構細かいところまで説明してあったのが印象的でね」

「ふぅん。ハヅキ君ってそういう小説が好きなの?」

「いや、どっちか言えばファンタジー派かな」

 具体的には素人が書いた二次創作とか●リー●ッターとか●輪物語とか。今現在そのファンタジーを実体験してる訳だが。

(そう言えば俺、どうしてミスリルゴーレム倒せたんだろう)

 ファンタジーのくだりで思い出したことだけど、俺に関する謎が一つ増えたことを今更ながら思い出す。

 帰り道、クレアにミゼンの魔法がどの程度のものか尋ねてみたところ、雷魔法を使える時点で超一流の魔法使いとしてもやっていけると教えてくれた。その超一流の魔法攻撃を以てしても決定打に繋がらなかったミゼンの魔法攻撃に対して、俺のは至ってシンプル。レッドダガーを魔力操作の補助装置として、純粋に魔力を圧縮して放っただけ。魔法には分類されないがこれは魔法が苦手な戦士でも使える遠距離攻撃手段として覚えさせるそうだが、同じ魔力でレーザーを放つのとキチンとした魔法を撃つのでは威力に違いがある。レーザーはあくまで保険。それでも使う場面など早々ない。

 込めた魔力が多いのでは、という案もあったがそれはないと、ミゼンの一言でばっさり。ミゼンの前でレーザーを発動させたときと同じくらいの魔力を込めて見たところ、【サンダーストラック】を発動させるだけの魔力はないと断言。使えて【ファイア】や【フリーズ】といった初歩的な魔法、腕に覚えのある魔術師でも【ファイヤジャベリン】が限界。常識で考えればその程度の魔力であの堅牢な身体をぶち抜くのは不可能だと親切に教えてくれた。

 ……クレア見てドヤ顔決めた理由が未だに解らないけど。

 余談だが俺の魔力操作はかなり効率がいいらしい。普通の魔術師が魔力を10消費して【ファイア】を使うなら俺は3の魔力で【ファイア】が撃てるらしい。因みにミゼンも3でクレアはそもそも【ファイア】を覚えてない。魔法は全部クーちゃんがやってくれるから覚える必要なんてないと半泣きしながら叫んでたことを言っておく。実に個性溢れるパーティーだ。


 今日もクレアと同じ部屋で寝る……なんてことはなく、彼女はこれからサボッた分の仕事の埋め合わせをしなきゃならないと言ってきた。両手をパチンと合わせて謝る姿はなかなか板に付いていた。

 じゃあどうしようかと思ったところで真っ先に思い付いたのはミゼンと一緒に過ごすこと。誰だって一人で過ごすよりは可愛くて自分に毛の先ぐらいは気のある女の子と一緒に過ごした方がいいに決まってる。

 可愛い女の子と一緒に過ごす。地球に居るオタク仲間が見れば俺は間違いなく嫉妬の炎で焼き殺される。だがそんなのはどうだっていい。重要なのはミゼンと過ごせるというこの事実……ッ!

「どうだった、ミゼン?」

「近接武器で武装したオークが5体、その後ろにオークアーチャーが2体いる」

「全部で7体か。向こうは窪地に居るからどうにか地の利を活かしたいとこだけど……」

「正面突破するのが一番早い」

「うん。ミゼンならそう言うと信じてた」

 デート感覚で魔物狩りをする少々やんちゃな娘なのが玉に瑕だが。

 これが終わったら一度普通のデートがどういうものなのか教えてやった方がいいかも知れない。だってアレだぞ? デートしようって誘われた時は俺だって浮き足立ったさ! なのにいざ蓋を開けてみればこれだぜ?

「背中、任せるから」

 言いたいことだけ言って、勇ましくオークへ突貫するミゼン。あいつ、魔物を見ると突撃したくなるような性格なのか?

 勿論、そんな野暮なことは口に出さず彼女に倣うように走り出す。奥に居た弓兵がこちらの存在に気付き、素早く矢を番える。

 オーガほどではないが、オークも人族に勝る体格を持つ。現に俺たちが狩ろうとしてるオークはどいつもこいつも身長が2メートルオーバー。肉付きもミゼンのような細身ではなく、かと言ってボディービルダーのような作り込まれた肉体美という訳でもない。敢えて言うなら数多の実戦を経て鍛え上げた体躯。人間なら骨まで噛み千切る咬筋力。振り上げた野太い腕で押し潰す光景はマシンプレスならぬマッスルプレス。暗に『脆弱な人間とは格が違うのだ!』と、言わんばかりの存在感。

 そんなもの凄い力で、これまたでかい弓を構えるオークアーチャー。弓一つ取っても俺の身長ぐらいあるんじゃないかと思う。そんなオークアーチャーは矢の代わりに殺した人間が使っていたと思われる剣を矢の代わりにしている。それをはっきり識別するよりも早く、矢──そう言っていいか解らないが矢と言っておく──を放つ。

 バビュンッ! と、風を斬るような鋭い音をあげながら飛来してくる金属の矢。狙いは俺とミゼン。ミゼンは苦もなく魔法で迎撃したのに対して、俺はほんの少し、走行ルートを変更して躱す。これだけ。飛んでくる矢を捌く高等技術はないし、バトルソードで受けたら剣が大変なことになるか、面積の少ない剣で防げば衝撃で矢がデタラメに回転してそのまま切っ先が当たったり、或いは破片でやられたりするかも知れない。やる前に気付いて良かったと本気で思った。

 矢を撃ち落としたミゼンは足を緩めることなく、一足飛びで前衛の頭を飛び越える。慣性の法則に身を委ねながら切っ先を突きのように構える。目の前で二の矢を番えようとしてるオークアーチャーの喉元にヒヒイロカネを突き刺して、左足でオークアーチャーの肩を蹴って強引に軌道修正。脚力と腕力にモノを言わせて喉に刺さったヒヒイロカネで内側から居合いのように振り抜いて斬る。首を半分ほど断ち切ったヒヒイロカネの向かう先はやっぱりオークアーチャー。但し、こいつは首ではなく顔面、それも肉質の柔らかい目から切りつけられた。正直、滅茶苦茶グロいです。そしてそんな現場に慣れてしまった自分が嫌になる。

(ホント、容赦ねーなミゼンのやつ……)

 いや、前々から思ってたけどミゼンが戦うとスプラッター映画みたいな惨状になる。頭は回る方だけど戦い方はまるで蛮族。見方を変えれば如何に早く敵を殺すことに腐心しているとも取れる。唯一の救いは話が通じるということぐらいか。

 だがミゼンの凶行に目を奪われている訳にもいかない。5体の前衛のうち、3体はミゼンへ、残りは俺に襲い掛かろうとしてる。俺を標的と定めたオークの獲物は雨で錆び付いた大剣とオークの体躯に合わせたと思われるお手製の手斧。相手にするのもいいがそうするとミゼンに斬りかかっているオークの攻撃を許すことになる。

 だがそれは想定内の展開。まだ数回とは言え、ミゼンとは一緒に魔物狩りをした仲だ。雑魚が相手ならワンパターンとも言える動きをする相方の行動と、それに合わせて敵が取る行動は実に予想が立てやすい。

 だから俺はバトルソードと一緒にレッドダガーも構えていた。ミスリルゴーレムの時は握り拳ほどの魔力を込めたが今回は掌に収まるぐらいの魔力を込めてレーザーをぶっ放す。

 魔力を込められたことで刀身が真っ赤に輝く。次の瞬間には赤い光線となった魔力がオークの左腕を肩口から吹き飛ばす。ほぼロスタイムなしで眼前のオークを処理した俺は続けてレーザーを撃つ。狙いはミゼンを狙うオーク3体。普通に対処しても間に合わないから少し工夫する。

 踏み込み足の関節部に魔力強化を施して地面を蹴って側面に回り込むことで3体のオークを射線に入れる。

 一呼吸でレーザーを発動。三体纏めて屠ることを考慮して握り拳程度の魔力を込めたが、威力過多だったのか、薄いノートに穴を開けるような感じで3体のオークは脇腹に風穴を開けられる。レーザーはそのまましばらく伸びたが、込めた魔力がなくなると朝霧のように消えてなくなる。

 その余韻を打ち消すように陽射しを遮るように覆う黒い影。迷わずサイドステップを踏むと耳元で風が唸りをあげながら頬を叩く。横目で確認すると俺が立っていた場所には無骨な手斧が深く地面に食い込んでいた。

 こうなると後はもう処理に近い。万全を期する為にサイドステップを踏んだまま、出来るだけスムーズに動いて背後を取り、強化なしの右足で前蹴りを打つ。……両足の付け根の真ん中目掛けて。

 低く、唸るような、そして言葉にできないような呻き声が響く。如何に身体を鍛え上げても剥き出しの臓器、つまり金的は全ての男に共通する弱点。俺の非情な一撃によって前のめりに倒れるオークの背中に乗り、バトルソードに体重を乗せた突きで頸椎目掛けて突き立てる。ミゼンやクレアのように魔力強化を使えばもっと楽に勝てるが、俺の場合は乱用できないので魔力は要所要所で使っていくしかない。

「ふぅー……」

 オークを殺して思い切り息を吐く。この後は討伐証明部位を剥ぎ取って献金を貰うだけ。オークの場合は所持してる武器がそのまま証明になる。理由は単純に大きいから。

(だいぶ慣れてきたな)

 この世界に来たときにあった、命を刈り取るという忌避感はだいぶ麻痺してる。今も全身返り血を浴びてべっとりしているけど洗えばいいと思う程度だ。それに全身真っ赤なミゼンと比べれば俺なんて生温い方だ。

「なぁミゼン」

「なに?」

 てってってっ……と、オークアーチャーが使ってた弓を両手で抱えながら駆け寄ってくる。とてもオークアーチャーを無慈悲に殺した娘とは思えないくらい、無警戒に近寄ってくる。

「ミゼンはさ、こういうのを嫌だと思ったことってない?」

「ない」

 一瞬の躊躇いもなく、きっぱりと答える。

 いや──寧ろ『どうしてそんな当たり前のことを訊くの?』みたいな感じで首を傾げてる。

「魔物は、放っておくと危ない。コボルトみたいに人族の生活に馴染む種族も、たまに居るけど……」

「人間相手でも同じことが言えるのか?」

 こちらも間を置かず、こくりと頷く。それを異常と感じるのは俺が地球人だからだろうか?

「どうしてそんなことを訊くの?」

「…………」

 上手く言葉が出てこない。価値観の違いと言えばそれまでだが、その一言で片付けていい問題でもないし、魔物に関してはミゼンの方が正しいだろう。実際、冒険者向けの掲示板には魔物の討伐依頼が必ずと言っていい程に溢れてる。騎士と冒険者の努力に対して魔物の繁殖力・行動力が追いついてないのが現状だ。

 魔物はそれでいいかも知れない。だったら人間も同じ様に殺していいと言う訳じゃないけど、これを伝えるには──

「……ミゼン、今日から勉強しよう」

「効率的な殺し方?」

「違う。……道徳とか倫理とか、そういう難しいこと」

 ──彼女の側まで歩み寄って、時間を掛けて話し合うしかない。

「ミゼンだけじゃない、俺も勉強しなきゃいけないことだ。それもこれが絶対っていう答えのない課題で、それでも勉強しなきゃいけないんだ。ミゼンが俺と一緒に居る為にも、俺がミゼンを知る為にも」

「ハヅキも勉強するの?」

「あぁ。本当は勉強なんて嫌いだけど、こればかりはやらなきゃいけないことだから」

「……うん。ハヅキがするなら、私もする」

 少しだけ考える素振りを見せてから頷くミゼンを見て、俺は確信した。

 こいつはまだ手遅れなんかじゃない。素直な分、根気よくキチンと話を続けていけばきっと理解してくれるって。腫れ物扱いしたり、恐れて距離を取っていたら彼女はきっとダメな方向に落ちていく。

(取り敢えず当面の目標はミゼンに常識を身に付けさせること!)

 この日、俺は異世界に来てから初めて作った明確な目標を掲げた。

そろそろ番外編とか書きたい……。

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