月蝶花を求めて・後編
明けましておめでとう御座います。……今更感全開ですね。
それはともかく、本年も異世界旅行記を宜しくお願いします。
魔法生物に分類される魔物・ミスリルゴーレム。
それは魔力を帯びた大量の鉱物が特定の条件を満たすことによって突如魔物化したもの。原因は諸説あるが原因は未だに分かってない。
元が鉱物であるだけに加えて、魔法の金属の代名詞とも言えるミスリルで出来た身体だ。機動力を犠牲にして得た物理・魔法耐性はドレイク種の比ではない。攻撃力だって馬鹿にならない。経験を積んだ者なら避けられない速さではないにしろ、常に避け続けなければならない重圧が付きまとう。
オーガと戦えば必然的に純粋な力勝負となりオーガの負け。ドレイクは機動力で優位に立てるがミスリルゴーレムの身体に傷を負わすことができず、持久戦で負け。それが魔物格付けの評価だ。
「舞い踊れ、雷鳴の獣。その咆吼は命を焼き切る、【サンダーストラック】」
ミゼンの魔法が至近距離で炸裂する。全身から青白いスパークを発しながら太い、一条の光となったそれはミスリルゴーレムの胸に吸い込まれるよう射出される。
直撃。鼓膜が破れそうな破裂音が辺りに響く。堪らず両耳を抑えるが顔はしっかりと標的を見定める。
「やったか……?」
思わず典型的なフラグを建ててしまう。そして俺の希望を否定するかのように悠然と立つ奴の姿。鉱物から生まれた魔法生物の弱点は核。それを破壊しない限り半永久的に活動を続ける。最初は簡単に考えていたが、今では暗礁に乗りかかってる。
「魔法が駄目なら剣があるわッ!」
副団長の名に恥じぬ勇ましい声を上げ、抜剣と共に駆け出すクレア。ミスリルゴーレムの振り下ろし攻撃を跳躍して回避し、同時に腕に着地して助走を付けて一気に核まで飛ぶ。だがそれは直前で伸ばされた手によって阻まれる。だめ押しとばかりに愛剣を突き刺すも、半分ほど埋まるだけでダメージを与えるまでには至らなかった。
手の甲に刺さった剣とクレアを、まるで蚊を追い払うような仕草でふっ飛ばす。地面に強打しないよう着地点を予想してしっかりキャッチする。
「あ、ありがとう……」
「御礼は後。まずはアレをどうにかしなきゃな」
と、それっぽいことを言う俺だが実のところ一番の役立たずだったりしてる。分かっていることはミゼン並みの魔法でも決定打に繋がらないこと。二人が持つ剣なら或いは……という希望もあるが正直、過度な期待はしない方が賢明だと言われた。
「セダス国ではミスリルゴーレムが現れたとき、どう対処してたんだ?」
突破口がないか、国レベルでの対策を訊いてみる。色好い返事が返ってくるとは思えないが、訊かずにはいられない。
「よほどの事情がない限り、セダス国でもミスリルゴーレム狩りは行わないわ。彼らは縄張りにさえ入らなければ仕掛けてくることはないから」
つまり、俺たちは知らなかったとは言え地雷を踏んてしまったってことか。
(月蝶花だけ摘んで逃げるってのが理想的だけど……)
ミスリルゴーレムからは目を切らず、穴を見上げる。浮遊魔法はあくまで地面から浮かぶ、或いは着地の衝撃を殺すのが目的の魔法。飛行魔法は完全に一人用で誰かを担いで飛ぶことが出来ない。よって、帰りは登攀を余儀なくされる。全力で、それこそ昔話題になった某映画みたいな壁走りをしたところで狙い打ちされるだけ。
……と、こちらが思考に浸っているのを見透かしたようにミスリルゴーレムの野太い腕が迫ってくる。回避しながら手にした剣で側面を叩くように切りつけると拳の軌道がずれた。
「っつー……固すぎだろ」
「ミスリルゴーレムの腕を弾くなんて……。もし万全の状態だったら一体どれだけの力が……」
……そういや俺、ベストコンディションとは程遠い状態だったっけ。元のポテンシャルが高すぎてイマイチ実感持てないけど。
「ハヅキはあいつを引き付けて。私がコアを叩くから。ミゼンはフォローをお願い」
事態が事態なだけに、この時ばかりはミゼンも素直に頷く。クレアを庇うように前に立ち、迫る拳を先と同じ要領で弾く。そのタイミングに合わせてクレアが腕に飛び移り駆け出す。奴もそれを見越して、既に次撃を撃つべく構えに入っている。
「ハヅキ、レッドダガーで援護して」
「分かった」
ミゼンの魔法にも耐える身体だが、何もしないよりは百倍マシだろう。ミゼンの呼吸に合わせて、左手に持ったレッドダガーに魔力を込める。イメージするのは刀身から超高速で射出される水圧レーザー。こういうとき、サブカルチャーで鍛えまくったオタクの知識は役立つ。
「今!」
掛け声に合わせてレッドダガーから放出される魔力の塊。闇夜を切り裂く一条の光はミゼンの放った【ファイヤジャベリン】よりも早く飛翔し、ミスリルゴーレムの腕を貫通して、そのまま肩をぶち抜いて後ろの壁に吸い込まれるように突き刺さった。
「…………はっ? え、どうなってんの?」
大した魔力は込めてない。そもそも俺の魔力量は平均値を少し上回る程度。せいぜいミゼンの【ファイヤジャベリン】を後押しできたらいいなー程度にしか思ってなかった……のだが……。
「……ハヅキ、全力で撃った?」
驚きと、ほんの少しの怒りの混ざった声でミゼンが尋ねてくる。暗に『魔力を使いすぎると死んじゃうから無理するな』と言ってるんだろう。
「いや……握り拳ぐらいの魔力しか込めてない。一体なんで……?」
「私にも分からないわ。……だけど、一つハッキリしてることと言えばハヅキの攻撃は通じるってことね」
ストンと、着地を決めながら会話に割り込んでくるクレア。多分、コアへの攻撃は失敗したんだろう。いや、そんなことより──
「あのミスリルゴーレムの身体に穴を開けられるならハヅキが攻撃に回った方がいいわね。その為にもまずは魔力を回復して」
言いながら、懐から菱形に似た形をした瓶を纏めて渡してくる。ミゼンもそれに倣ってエーテルを渡してくる。その間にミスリルゴーレムは破壊された腕を修復する。
「私たちが引き付けてる間にハヅキが決める。こっちの方が現実的ね」
「それなら近い方がいい。レーザーの威力は距離に依存する」
エーテルをがぶ飲みしながら二人の会話に耳を傾ける。
作戦を要約するとこうだ。
二人がミスリルゴーレるを挑発して攻撃を誘う。振り下ろすタイミングに合わせて俺が腕に飛び移り、できるだけ距離を詰めてからレーザー攻撃。……うん、俺にはハードル高いね。
(腕に飛び乗って走るとか漫画の世界かよ)
剣と魔法の世界に飛ばされておいて今更って感じもあるけど……いけるかなぁ。
本音を言えば自信なんて全くない。体育の授業を例に挙げると分かり易い。野球は空振りが当たり前。マウンド上でボールを投げても捕手に届くかすら怪しい。バスケでボールが来たら早く誰かにパスすることで頭がいっぱいになるし、テンパってトラベリングしたりボール取られてパッシングされる。平均台の上を全力ダッシュしろと言われても絶対途中で落ちる。
そんな運動音痴の限りを尽くした俺に腕の上を走れ? チート能力貰ったとは言え流石にそれはちょっと……。
「ハヅキ? どうしたの……?」
「いや…………」
……言えない。現状で有効打を与えられるのが俺である以上、そんな甘ったれたことが言える筈がない。
出来る・出来ないの問題じゃない。やり遂げて勝利を勝ち取るか、二人の失望を買って敗北するか。
チップは自分の命。降りることは許されない。出来る以外の結果は認められない。俺がしくじれば攻撃手段のない二人はここで命を落とす。つまり、俺の両肩には二人分の命が乗っかってる。
「……クソッ、何だよ。空気読めよ俺の身体……ッ」
指先の震えが止まらない。胃がきゅぅっと締め付けられる。重圧が質量を持ち始めたかのように身体にのし掛かる。
今までは別にどうでも良かった。俺の力が必要とされる場面はあっても、俺は脇役でいられた。
ファントムと対峙したときは余計なことを考える余地がないほど圧倒的だった。
こんなのは俺の柄じゃない。こういう英雄譚じみた八面六臂の活躍は創作物で楽しむものであって、間違っても舞台の上に立つものじゃない。
これじゃあまるで物語の主人公みたいだ。如月葉月という人間は日本育ちのオタクで権力の前に媚び売って、正義感があっても行動に移せずネットの掲示板に不満をぶちまけ、将来は中小企業の社畜になって、ストレスと闘いながらペコペコ頭を下げて社会の隅っこで細々と暮らす程度の男だ。
それが、どうした。いきなり訳の分からない世界に放り込まれて早幾日。頼んでもいないチート能力を貰った俺は魔王を倒す為だとか言われた挙げ句、二人の少女と病気と戦ってるお兄ちゃんを助けて欲しいと懇願したアリスの為に、デカくて固い魔物相手に一世一代の大勝負に出なきゃならない。今更引ける状況じゃないのは先刻承知。
……だってのに、くそ。なんでここに来てヘタレてんだ俺は……ッ! やらなきゃクレアとミゼンが死ぬかも知れないんだぞ! 俺たちがしくじればアリスのお兄ちゃんが死んで、アリスも惨めな最期を迎えるかも知れないってことぐらい分かるだろ?!
「──キ……!」
(俺がやらなきゃいけないんだ……そうだ、俺がやらなきゃダメだ。俺が──)
心音がバクバク鳴ってる。震えを抑えようと握りつぶすぐらいの勢いでレッドダガーを握る。それでも震えが止まらない。
「──キ……ヅ、キ……くん…………っ!」
(やるんだよ俺! 今やらないでいつやるんだ!?)
地面に縫い付けられたようにガチガチに固まっていた足を引き剥がすように前へ進もうとする。なのにどうして、俺の歩みを妨げるかのように腰回りが急に重くなるんだ……ッ!
邪魔をするな。俺がやらなきゃ全部終わるんだ。だから──
「──ハヅキ君ッ!」
悲鳴に近い声がした。それはまるで脅迫概念にも似た、思考の鎖を吹き飛ばす風のような声。
そっと視線を後ろに向けるとクレアが両手を腰に回して俺を引き留めていた。
「良かった……私の声、届いた……」
「クレア……」
一体何してんだ? 今は一刻を争う事態だってのに……俺に抱きつく暇なんてないだろう。彼女とてそのくらいは分かってる筈だ。だからこそ、俺はクレアの行動が理解できなかった。
「あのね、ハヅキ君。さっきはああいったけど別に私たちの命まで背負う必要なんてないんだよ?」
聞き分けの悪い子供を諭すように、優しく愛でるような口調で、クレアはそう言ってきた。
「私だって女の子だから、年頃の男の子が格好良く登場して守ってくれたら心ときめいちゃうのは認めるよ? でもね、私は女の子である前に弱きを護る正義の騎士だから。例え……そう、万に一つハヅキ君が失敗して死んでも私も、そして勿論ミゼンもハヅキ君のこと、責めたりしないよ。私もミゼンもそういうのが当たり前の世界で育ってきたから。……ね、だからそんなに深く考えないで。これはいつもと変わらない戦いだよ。仲間のことを信頼しつつ、自分の身は自分で護る。私たちはハヅキ君が成功するって信じてるから、ハヅキ君は私たちは絶対死なないって信じてる」
「…………」
「どう? 落ち着いた?」
「あぁ……びっくりするぐらい落ち着いた」
そして同時に情けなくなった……。
いや、だって考えて見ろ? 普段から魔力供給という名目でギシアンしてる相手に気遣われて、包み込むような優しさで諭された挙げ句背中まで押されたんだぞ? もうね、ここまで来ると年頃の男としてはなけなしのプライドがズタズタにされた訳ですよ。
「……こういうとき、女って卑怯だよホント…………」
「ん? なんか言ったハヅキ君?」
「いや、何も。……それよりクレア、信じていいんだな?」
「ん、トーゼンよ。ハヅキ君に信じてもらえるように私は頑張ってるんだよ。今までも、そしてこれからも、ね」
「…………私もハヅキこと、信じてる」
と、ここに来て一人で囮役を引き受けていたミゼンが加わってきた。あぁそうか、なんか空気読んでるかの如く攻撃が来なかったと思ったらミゼンが対応してたのか。
「そうだったな。……悪いミゼン。もっとお前のこと頼るべきだったな」
「ハヅキは、一人で抱えすぎ」
「そうそう。もっと私たちを……とっ!」
ズドンッと、俺たちの会話を中断させたのはミスリルゴーレムのスタンプ攻撃だ。そろそろ気持ち切り替えないとヤバイかもな。
「ハァ……楽しかったお喋りタイムは終わりか」
「どさくさに紛れてセクハラしてただけの人が何を言うの?」
「おぉミゼン、今日はやけに辛口だな……」
などと軽口を叩きつつも、俺たちは既にばらけて動いてる。正直、両肩にのし掛かる重圧が吹き飛んだ訳じゃない。だけどもうそれで動きを妨げられることはない。
状況は変わらない。だけど気持ちは変わった。あれこれ考えてたさっきまでの自分はもういない。あるのは確実に攻撃を決めてやるという、やる気に満ちた俺。
(チャンスは一度。それだけあれば充分……ッ)
さっきまでは滅茶苦茶格好悪かったんだ。最後ぐらいはビシッと決めたいものだ。
「ハヅキ……ッ!」「今よ!」
二人の合図と同時に、猛スピードで突っ込む。本日三度目の振り下ろし攻撃。一瞬タイミングをずらして腕に飛び移る。だが流石に奴も学習したようで、腕を振り下ろしたときには既に次の攻撃モーションに移ってた。
迎撃はしない。振り向く時間すら惜しむように駆け上がる。鈍色の腕はもうそこまで迫ってるにも関わらず俺の心はさざ波一つ立たない。何故なら俺は信じているから。
仲間が、この攻撃を防いでくれることを……ッ!
『させない!』
声は同時に近くから。ヒヒイロカネの力を解放した赤髪のミゼンと魔力を筋力に極振りしたクレアの同時攻撃は、轟音と共にその野太い腕の進撃を止めた。感情がない筈のミスリルゴーレムの瞳が、僅かに揺れた……ように見えたが、これから倒す相手のことなんてどうでもいい。
「終わりだ、デカブツ」
限界ギリギリまで距離を詰めるべく、核まで一気に飛ぶ。突き出した左手で出っ張りを掴んでぶら下がる。そのまま右手に持ったレッドダガーに魔力を込めてゼロ距離でレーザーをぶっ放す。
直撃。そして炸裂。
抵抗らしい抵抗を見せる間もなく核は容易く打ち抜かれ、爆発する。核を抜いたレーザーはそのまま背後の絶壁に直撃するも、崩落が起きるといった最悪の事態は避けられた。
爆風に煽られながら空中に放り投げ出された俺はミスリルゴーレムを見る。核を失ったことによって奴は身体を維持できなくなり、ガラガラと轟音をたてながらその巨体を崩していく。
「よっと」
空中に投げ出されるのは予め予想してたので、ミゼンの【レビテーション】に頼ることなく両膝をバネのように縮めながら両手を付いて着地する。少々不格好だかそこはご愛敬ってことにして欲しい。
「終わったわね」
チンッと、剣を鞘に収めながら呟くクレア。
「いや、まだだ。月蝶花を摘んで、それを薬にしてアリスの元に届けて初めて終わりだ。家に帰るまでが遠足って言うだろ」
「『えんそく』っていうのが良く分からないけど、ハヅキ君の言いたいことは分かったわ。……えっと、薬の作り方はミゼンが知っているんだっけ?」
「らしいな。ミゼン、ここで調合するか? それとも一度戻るか?」
「ここで大丈夫。調合そのものは簡単だから」
「そっか。なら俺たちはその間に登攀の準備をしなきゃな。…………はぁ、ミスリルゴーレム倒すより面倒臭そうだな」
俺の限りなく本音に近いぼやきは、二人の苦笑によって掻き消された。