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異世界旅行記  作者: 想明 芳野
リヴァイアサン討伐編
20/25

月蝶花を求めて・中編

息抜き用にオンラインゲームの世界で生きてますという作品を始めました。

お目汚し程度に読んで頂ければ幸いです。

 グランドリヴァーはセダス国の背後に聳え立つセダス連峰を上流に海まで続く大河。人間の為の飲み水には適さないが植物が育つのに必要な稟分を大量に含んでいる為、上流に近づくにつれて緑が増えていく。

 件の月蝶花はその上流──ではなく湧水ポイントとなる地下にあるらしい。丁度、大地をクッキーの型でくりぬいたような大穴があり、月蝶花はそこに群生する。濁りのない清流と豊富な栄養、そして強すぎない陽射しと月光が当たる環境。その全てが揃って初めて月蝶花は開花することが許される。それが万病薬の元とも言われる月蝶花の正体。

 しかしこの月蝶花を求めるのは人間だけではない。花の蜜をご馳走とする蝶に酷似した魔物は麻痺毒を含んだ鱗粉を撒き散らし、月蝶花そのものを信仰の対象とする不思議な魔物もいる。

 それでも月蝶花を求める人間が後を絶たないのはそれだけ万病薬の需要が高いからに他ならない。治癒魔法は存在しても術者が少ないせいで供給は追いつかない。傷を治す魔法薬は貴族や一流冒険者でなければ買えない上に生産量が少ない。

 病気に至っては最悪と言ってもいい。ただの風邪ならまだしも、コレラやインフルエンザ、ボツリヌス菌などに至っては打つ手がない。稀に風邪すらも完治できる凄腕の治癒魔術師が現れたりもするが、そういう人間は決まって国が独占するので民衆がその恩恵を受けることは滅多にない。

 だがもし、手の届く範囲に、どんな病も治せる手段があるとすれば?

 それだけ凄い効能を持つものだ。危険は承知の上で一縷の望みに賭けて月蝶花を求めるのはある意味当然と言える。実際、毎年数十人は月蝶花を求めてグランバレーへ向かい、そのまま帰らぬ人となるという報告が入ってくる。国で入場制限を強いても病気の友人や家族を助ける手立てがあるならそこに走る。そうしたことが国内で起こるのはやはり国の責任なのかも知れない。


「──以上、クレア先生による月蝶花講義でした~」

 ぱち、ぱち、ぱち……と、ご満悦な彼女に投げやりな拍手を送る。それでも機嫌を悪くしないのはそれだけこの外出を楽しみにしてたんだろう。

 ……仕事はいいのかと訊いたらフィリーに押しつけてきたの一点張り。あぁ、きっと次会ったときは絶対何か言われるな。

「なんか普通に意外だな。魔法ってもっと便利なものかと思ってたけど」

 何もない空間から火は出るわ水を出すわ風を起こすわもー何でもアリアリの世界。おまけに各属性に対応した神様まで居るんだ。ここまで色んなことが出来ておきながら治癒魔法だけは今一つ進展がないなんて……。国家事業として取り組んでないのだろうか。

「ハヅキ君が考えてるほど魔法って便利なものじゃないよ。それに才能があっても開花しない人もいるからね」

「それって国が教育に力を入れてないからだろ?」

 クレアの考え方が普通なのか、俺が異常なのかは置いとくとして、この世界の識字率の低さは異常だ。自分の名前すら書けない、計算ができない大人がいる。それを習う為には高い金を払うか商人に弟子入りするしかない。それが当たり前だという考えが浸透してるこの世界は俺から見れば異常そのもの。

 だってそうだろう? 国の質を上げるにしても国を支えるのは国民だ。その国民に教育を施すのは国家としての義務であり責任だ。何故ここまで放置してるのか疑問は尽きない。

「ハヅキ君の世界は違うの?」

「特別な例……病気とかそういうのを除けば殆どの国民は読み書きと計算ができるし、それが出来ないと普通に生活することすら難しい」

 それを思うと日本って本当恵まれてたんだなと改めて思う。政治がどうとか環境がどうとか言ってた頃が懐かしい。ここじゃ政治に口出しすらできない。お姉さん──いや王族の力強すぎだろ……。

「そっかー……識字率と計算は大事かぁー。私は騎士だからそういうのは全部文官に丸投げしてたけど……うん、今度宰相に相談してみようかな」

「……え、余所者の言うことそんな簡単に受け入れちゃっていいの?」

 自分で言っておいて何だが、こんな簡単に受け入れられるなんて夢にも思ってなかった。

「うん。ハヅキ君の言うこと、私なりだけど納得できるしその通りだって思ったから。姉さん達からは『お前はもう少し考えろー!』って、良く叱られるけどね」

 てへっと舌を出しながらはにかむ。三次元の女の子がこんなことをしても見苦しいだけだと思っていた俺だが、クレアほどの美人がやるとなかなか絵になる。具体的には胸キュンしちゃうレベル。

「………………」

 と、ここに来て今まで一言に会話に参加しなかったミゼンが無言で訴えてきた。ぎゅ~っと、脇腹を抓りながら。痛いという感覚はあるが、それは痛みというよりも握られてる程度にしか感じない俺の身体はもう色々と麻痺してるな。

「なぁ、ミゼン? なんで無言で脇腹抓るんだ?」

「…………別に」

 首だけ動かして振り向いてもぷいっとそっぽを向く。クレアはクレアで『ハヅキ君も鈍いねー』とか言うし……。

 ……後回しになったら現在の状況を教えよう。

 俺たちは月蝶花を求めてグランドリヴァーを目指す訳だがここで一つ問題が発生した。

 それは移動時間。徒歩で月蝶花が軍政する地域まで行くとすれば片道二日。実際は道並み道を進み、現地の魔物と戦い、休憩や仮眠も入る。ましてや俺もミゼンもそういうのには全く慣れてないから片道だけで実質四日は掛かると見ていい。

 そこでクレアが提案したのがドラゴンを使った移動。これなら一日どころか半日程度で月蝶花が群生する大穴付近まで辿り着ける。クレアが操るのは伯爵級のクリムゾンドラゴン。マグマのように煮えたぎる紅い鱗で全身を覆うそれはイザベラの操る侯爵級のフリーズドラゴンに勝るとも劣らぬ強さを誇る。違いを挙げるとするならクレアの操るクリムゾンドラゴンは大人しく、フリーズドラゴンは気性が荒いと言ったところか。

 で、俺たち三人はこのクリムゾンドラゴンの背中に相乗りしてる格好だ。御者……と呼んでいいか分からないが手綱を握るクレアを先頭に俺、ミゼンの順番に抱きつく形となってる。

 クレアと一緒にグランドリヴァーへ行くのが決まり、移動手段として使うクリムゾンドラゴンを間近で見たときはドラゴンを生で見たことに対する感動が半分と自分より遙かにでかい生き物の圧倒的な存在感に恐怖半分といった、複雑な感情を抱いて見上げた。

 だってさ、二足で立ち上がると電柱ぐらいの高さになるだぞ?! ビビるなって言う方が無理だって絶対! しかもそんな俺を見たクリムゾンドラゴン(クレアはクーちゃんと呼んでる)がぬっと顔を近づけてきたかと思うとぺろって犬みたいに顔舐めてきたんですよ!? ある意味、あの黒ずくめの男との戦闘よりも怖い体験となったが大人しいと分かればおっかなびっくりではあるが触ることはできる。……睨めっことかは絶対無理だけど。

「…………ばか」

「ん? 何か言ったか──て待て待て本気で抓るのだけはヤメテ! 脇腹凄く痛いからッ!」

 結局、俺はミゼンが不機嫌な理由も分からないまま目的地に着くまで理不尽な攻撃に遭うのだった。


 大穴の近くまで来るとすっかり日も暮れて夜になってた。万全を期する為に翌朝向かおうと提案してみたが月蝶花が開花するのは夜だけ。つまり、夜のうちに摘み取って薬として煎じる必要があるという訳だ。

 とはいえ、月蝶花が咲くまでは幾ばくかの時間があるので本格的な採取に備えて休憩を挟むことにした。

 クリムゾンドラゴンことクーちゃんの背中に積んで置いた冒険セットの中からシートと毛布を引っ張り出して即席の布団を作る。高地というだけあって、夜になると寒いので服も靴も脱ぐことはない。

 ごろんと仰向けになって寝そべる。空に浮かぶのは赤い三日月と──赤い月に負けないくらい輝きを放つ無数の星たち。昔見た天空の城を探すアニメで、洞窟内が幻想的な空間に早変わりしたシーンがある。俺が見てるのは丁度それの星空バージョンだ。

「綺麗だ……」

 殆ど無意識に出た言葉。日本で星空を拝むことは殆ど不可能と言っていい。田舎に行けば多少なりとも星を見れるかも知れないが、都会育ちの感覚としては都会で星を見るなんて不可能、というのが常識的な発想だ。

 それがどうだ。この異世界では星の光を掻き消すネオンに輝きも、光化学スモッグもない、少し視線を上に向ければ濁りない夜空を見ることができる。こんな綺麗なものが近くにあったにも関わらず、俺は今までそれを認識してなかったのか……。

「綺麗でしょう。今は特別変わったものはないけど夏になれば流れ星が、冬になるとオーロラが見れるのよ」

「オーロラ……」

 それは、凄く興味があるけど……オーロラが見られるってことはここら一帯が地獄のような寒さになるってことですか?

「ハヅキは、星が珍しい……?」

 クレアほどではないが夜空には星が輝くものだと認識してるミゼンからの質問に、俺は素直に答える。

「日本じゃ見れないな。なんつーかこう……目に見えない邪魔なものが空を覆ってるから星の光が届かないんだ」

「んん? それってつまり星がないってこと?」

「ないっていうか見えないって言った方が正しいな」

 そんな調子で適当に雑談を交えてから頃合いを見て仮眠を取る。3時間経てばクリムゾンが起こしてくれるとクレアは言ったが念には念を入れて……ということで常に付けてる腕時計のアラーム機能をオンにしてから二人に習って寝る俺。

 ……それでも耳の中に舌を入れられるというとんでもないプレイで目が覚めたから殆ど無意味なことだったけどね。


「じゃあ、大穴の下に下りるわね」

 星と月明かりが微かに届く山の中。手頃な大木にロープを括り付けてそれを身体に巻き付ける。目測で大体深さ20メートルはあろう大穴を下りるのはかなり危険を伴うが引き受けた手前、今更戻るということはない。

 その為の安全策もバッチリ対処してある。ロープを使って下りる俺とクレアをサポートするのはミゼン。彼女は戦闘特化のホムンクルスであるが、同時に優秀な魔術師でもある。単体浮遊魔法【レビテーション】や飛行魔法【フライ】が使えるミゼンにロープなど無用の長物だ。……【レビテーション】も【フライ】も単体専用というのが悔やまれるがそういう仕様だ、仕方ない。

 ならクーちゃんを使えば……とも思ったが、戦場では圧倒的な存在感を放つその巨体が今回は裏目に出てしまい、断念せざるを得ない。

「じゃ、ハヅキ君。私から先に降りるけど、私が通ったところ以外は絶対に通らないでね」

「分かった」

 足場を【ライト】で照らし、逐一安全性を確認しながら降りていくクレア。俺もそれに従い、ロープを握る手をしっかり握り、彼女と同じルートを通っていく。

「……うん、大丈夫。……でも運が良かったわ。足場って普通、もろくて崩れやすいものだから……」

「そうだな。……うん?」

 ふと、何気なく言ったクレアの言葉に引っ掛かりを覚えた。

 足場は脆くて崩れやすい。にも関わらず足場はしっかりしてる。

 ……言われて見ればそうだ。今、俺が足場にしてる出っ張りも、【ライト】によって照らされてる岩肌も、到底自然のものとは思えない。自然の岩肌ってもっとこう、崩れやすい箇所があったり、それで土とか泥が付いてるものじゃなかったっけ……?

 …………サァーっと、血の気が引くのを感じる。どうか思い過ごしであって欲しいと心から願う。しかしその願いを無情に否定したのは、ミゼンの鋭い声だった。

「二人とも飛んでッ!」

 それはミゼンが飛ばした警告とほぼ同じタイミングで起きた。それまでは安全と思われてた岩肌がいきなりぐらりと大きな塊が剥がれるように崩れる。

「……っ!?」

 いや崩れたんじゃない。動いたんだ……ッ!

 事の重大さに気付いたクレアは躊躇せず飛ぶ。だけど俺は飛べない。身体が丈夫だということは嫌ってほど理解してる。してるが……それでも20メートル級の高さから飛び降りるのは躊躇うし、恐怖のあまり反射的に岩肌にしがみついてしまう。

 オォオオオオッ! と、闇夜を裂くような咆吼。そして逆転する天地。力ずくで振り落とされた俺は空中できりもみしながら落下する。何かに捕まらなきゃと思い必死に手足を動かすが何かにしがみつける筈もなく、無情にも迫ってくる地面。

 だが俺の身体は地面に打たれることはなかった。寸でのところでミゼンがかけてくれた【レビテーション】のお陰で間一髪、直撃を避けることができた。

「た、助かった……」

「いいえ……寧ろヤバい状況よ」

 険しい表情のまま、やおら剣を抜き注意を促すクレア。ミゼンもクレアと似たような表情だ。

 俺は、戦闘に関しては素人に毛が生えた程度の人間だ。だからこそ、現場がどれだけ危険かは二人の表情から察するしかない。その二人が揃って険しい顔になっているということは今まで出会った魔物の中では最悪と言っていいかも知れない。

【ライト】によって全身を照らされる魔物を見上げながら自らの得物・バトルソードとレッドダガーの位置を確認する。オーガの二倍はあろう鈍色の体躯はさながら●神兵。鳩尾に埋め込まれた●ラータイマーっぽい何か。光どころか感情すら失せた、無機質な目で見下ろすそいつ。

 ミスリルゴーレム。それが月蝶花を求めにやってきた俺たちの前に立ち塞がった強敵の名前だった。


今年の更新はこれにて終了。

皆さん、良いお年を。

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