話し合い? いいえ、お茶会です
二章の始まりです。
さっさと主人公無双させたいです。
今朝は生憎の雨降りだった。この世界に来てからは初めての雨で今日から雨期が一ヶ月以上は続き、それが過ぎると乾期に入るとクレアが教えてくれた。必然的に待ち合わせ場所は冒険者ギルドとか喫茶店とかになる。あまり余計な注目を浴びるのは嫌だが席を借りるだけなら冒険者ギルドの方が都合がいいのでそっちにした。
席取りだが当然、俺は出口に近い場所を陣取りミゼンを隣に配置。クレアはセダス国の人間を護衛として何人か派遣すると提案したが俺から断りを入れておいた。荒事になったら逃げる気満々だし、王城にさえ入ればどうにでもなるというのが俺の算段。
……計画性の無さには目を瞑ることにする。
「どうした、食べないのか?」
「…………」
「まだ昼飯食ってないんだろ? 冷めると不味くなるぞ。自分で言うのも何だが、なかなか美味く作れた渾身の一品だ。美味しいうちに食べてくれた方が作り手としては有り難い」
「……この仕事やって色んな人見て来たけどあなたほど無警戒な人間は初めてです…………」
溜め息と共に顔を手で覆うのは俺の引き抜き工作(?)として派遣されたア・キーバ共和国の諜報員。フードを目深く被り、更には顔の下半分をマスクで覆ってるせいで表情が読めない。ついでに【シャドウクローク】なるスキルが発動してるらしく、周りの人間は彼女に感心を示してない。
「あ、紅茶もあるけどどう?」
「ハヅキ、油断しないで……」
「そうは言うがな、向こうは話し合いをすると言ってるんだ。なら俺はその言葉をキチンと汲んで──」
「お茶会をしに来た訳じゃないわ」
心に余裕のねー奴だな。とりあえず俺とミゼンの分だけ注いで本題に入るとする。チラリとミゼンの様子を見ると……小動物のように両手でピザ持ってモグモグしてる。……ハムスターみたいで可愛いな。
「じゃ、最初に確認するけどそっちの要求はリヴァイアサンの討伐で軍を出す……でいいんだな?」
「えぇ」
「手紙にはなかったけどどの程度の戦力を派遣してくれるんだ? それ次第じゃセダス国としては断ると言ってた」
多分俺とミゼンが派遣させるだろう──とは言わない。
「派遣できる兵力は200人。内訳はアーマー部隊が100人、銃士隊が60人、船を動かす水兵が40人ってとこね」
船を動かすのに40人もいるのか?
……いや、流石に船員全員が24時間フル稼働する訳じゃないんだ。ローテーションを組んでの作業を考えると……まぁ大型船動かすのには充分な数かな?
「アーマー部隊というのは?」
「スメラギ首相の言葉をそのまま伝えるなら等身大の●ンダムと言えば分かる……と言ってました」
「まてまてマテ、待てって……」
●ンダムっつったらあーた、もろ地球のサブカルチャーじゃないですかーやだー!
しかも名前がスメラギと来やがりました! 日本人確定ですよ!
「あのさ、そのスメラギって人、もしかして日本人?」
「スメラギ首相は違いますが、首相の祖父が異世界の人間だそうです。その辺の事情はセダス国にいる貴方がお詳しいのでは?」
「…………」
ひょっとしてこれ、お姉さんの男嫌いと関係あるのか?
面と向かって話した時間なんて殆どないけど、城下町での評判を聞く限りじゃ悪い人ではない。男にはとにかく冷遇した対応を取ってるけど、少なくとも日本の政治家と比べるのは失礼と言えるぐらいには優秀だ。
……ここ、考えようによっちゃ反日国家ならぬ反男国家だよなぁ。
(クレアの話じゃ討伐はしたいってのが国の意志なんだよなー)
必要なら受けるに越したことはない。ただその場合、ほぼ間違いなく俺が引き抜かれるというかそういうお誘いがセットで付いてくる訳で……。
「リヴァイアサンの討伐には協力する。共和国への亡命はしない。俺に言えるのはこれだけだ」
「いいわ」
「いいのかよ?!」
てっきりもっとゴネるんじゃないかと思ってたんだが……。
「今回の勧誘はダメ元でのお誘い、言うなればこちらの意思表示のようなものです。あなたにその気があるならア・キーバ共和国はいつでも貴方を受け入れると、スメラギ首相は仰せです」
ダメ元で勧誘……まぁアリっちゃアリなのかな。地球よりも遙かに文明が劣っていることを考えれば有能な人材というのは是が非でも確保したいんだろう。ましてや俺は、専門家ではないとは言えこの世界にはない知識を持っている。素人に毛が生えたレベルでもそれを提供すればほぼ間違いなく技術革命が起こる。面倒そうだからやらないけど。
「けど、分からないこともある。この国が貴方にとって住みづらい環境であることは理解してる。そうよね?」
「うむ。まぁそうだな」
自由に外出できない、本命から魔力供給は未だにされない。
未だに俺を見る視線は厳しいがそんなのは地球に居た頃、親族たちから散々鍛えられてきたお陰……というのも癪だが慣れてる。
「ぶっちゃけると俺がセダス国に居るのは義理みたいなもんだ。俺はクレアの希望をできる限り叶える。そしてクレアは俺の見方になる。悪いのはあくまで俺を取り巻く環境で、対人関係に関してはそう悪いものじゃない」
環境が悪いと言ったがそれは環境のせいにしているという意味じゃない。被害者面してそれに乗っかるのは誰でも出来るし、それは当然の主張だ。だけどここは自分が今まで住んでいた世界と比べて格段に厳しい。少なくとも前向きに生きる意欲がなければ簡単に死んでしまう。
犯罪者一つとってもそうだ。この世界に蔓延る盗賊と犯罪に走る若者。犯罪行為が許されないのは何処の国も同じだが、少なくとも盗賊たちは遊び半分、仕方なくといった気持ちで荷馬車を襲ったりはしない。それが自分に残された最後の手段だと知っているからこそ本気で襲い、冷酷になる。やってることは間違ってるが、少なくとも生きることに関しては俺なんかよりずっと前向きで精神的にも強い。
……庇護してる訳じゃないですよ?
「つまり、貴方がセダス国に居るのはクレスメントが居るから……そういうこと?」
「他にも友人はいるけど……まぁ概ねそんなところ」
魔力的な意味もあるけどね。
「話が大分逸れたけど、それぐらいの戦力なら多分セダス国も協力してくれると思う。事前に確認を取ったけどこっちからはクレアと騎士団、宮廷魔術師を50人ずつ派遣する。これ以上は出せないと言ってたけど問題あるか?」
「ないわ。じゃあ──」
「質問がある」
と、ここまで我関せずとばかりにピザを食べてたミゼンが口を挟んできた……口元をトマトソースで汚したまま。いくら何でも締まらないのでハンカチで拭いてやった。
「ハヅキは今、魔力制御すらできない状態。そして戦い方も知らない。彼を犠牲にするなら、私は絶対に許さない」
ミゼンからありったけの殺気をぶつけられているにも関わらず表情を崩さない諜報員。強いのか、肝が据わっているのか、素人の俺では判断しかねる。
「あなたが魔力制御ができないのは知ってるわ」
ギシッと、木製の椅子を軋ませながら答える。
「魔法のない世界から来た人間がいきなり魔法を使える道理はない。勿論、それはやり方を知らないだけでコツさえ覚えれば異世界人でも使える。水泳と同じ理屈よ。一度泳ぎ方をマスターした人間は5年、10年というブランクがあっても泳ぎ方を忘れない」
言われてみれば確かに納得できる。苦労して身に付けたことは月日の経過に関係なく身体に染みつくもの。自転車なんかもこれに当てはまる。
「そのコツってのは一体──」
「私がそこまで教えてあげる義理があると思う?」
うっ……ぐぅの音も出ないくらい正論デス。
「まぁ、リヴァイアサンの討伐したいのは事実だからヒントはあげるわ」
いっそのこと答え教えてくれて欲しいんだけど……流石にそれは甘えか。
「察するに、あなたが教わったやり方自体は間違っていない。それでも一切の進歩がないのはあなたが魔力を漠然とした何かとしか捉えてないから。これをハッキリさせないことには魔力制御なんてできないし、魔法を使える日もやって来ない」
もう話は終わったのだろう。諜報員は『一ヶ月後にロクサスで……』とだけ言い残してその場から立ち去っていく。
「ハッキリとしたもの……」
心当たりがあった。制御訓練初日の俺はとにかく魔力を単純に魔法を使う為の触媒としか捉えてなかった。彼女の言葉を租借するなら想像するものは何でも良くて、要は『こういうのが魔力です』と、自分だけが納得できるものを想像すればいい訳だ。
(具体的にイメージするなら何とかなるかも)
正直、オカルトの類ならお手上げだったがそれなら話は別だ。現代人、それもオタクである俺はそういうのはわりと得意だし。
……と、ここでクイクイとミゼンが袖口を引っ張ってることに気付く。
「ん? どーしたミゼン」
「私も手伝う」
「んー、手伝うって具体的には何を?」
「戦い方。闇雲に剣を振り回すよりは、動く相手と戦った方がいい」
確かに。今までは与えられた身体能力でどうにか切り抜けてきたけどここから先はそうもいかない。それにミゼンは……俺より強い。万が一、なんてことにはならないだろう。…………多分。
「そうだな。……それじゃあミゼン先生、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「……先生は、いい…………」
ぷいっと、真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向く。クレアも可愛い女の子に入るけど、今のミゼンもなかなか……。
そんな不謹慎なことを考えながら俺たちも店を後にするのだった。
葉月:毒なんて入れる筈ないのにどうして食べなかったのかなー?
クレア:……普通、食べないわよ?
葉月:あー、ひょっとしてピザがまずかったか? 確かに油っぽいけど……。
ミゼン:あんなに美味しいものを……勿体ない。
クレア:ダメだこの人たち……。
というやり取りがあったようななかったような。