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異世界旅行記  作者: 想明 芳野
異世界召喚編
16/25

平穏はやって来ない

一区切り付けるという意味も兼ねてセダス国編はここで終了。

次回から新章突入ということで。

 セダス国に限らず、身分という概念が根強いこの世界において下々の人間は住み分けがされる。セダス国の場合、貴族を王城領に、平民を城下領に、そして男を始めとする奴隷や犯罪の収容を地下領ことアンダー・グランドへ押し込める。

 その地下領にミゼンは居た。全く女のいない場所ではないがそれでも好奇心の的となるのは必然。勿論、悪い意味で。

 何しろアンダー・グランドに存在する宿屋は一軒。それも個室ではなく集団部屋が主流。当然、盗難事故や小競り合い、若い男たちの捌け口などは日常茶飯事。自分の身は自分で守るというのがアンダー・グランドに置ける暗黙の了解。故にこの地域には自警団なんて気の利いたものは存在せず、弱き者と──

「ぐぁあああっ! お、俺の腕が、腕がぁあああッ!」

「ひ、ひひ人殺し! この化け物が……ッ!」

 自分が強いと勘違いした馬鹿は早死する。

 こうした事件は当たり前のように起きるダークリッチなる宿屋の食堂。だが宿を利用していた客は例外なく少女の凶行に目を見開いていた。

 体つきのいい男がミゼンの肩を掴もうとした瞬間、男の腕は切り落とされた。

 殴りかかろうとすればカウンターを貰い、手足が不自然な方向に曲がる。

 どう見ても喧嘩の枠組みに収まる行いではない。しかもこの惨劇の主犯たる少女は血まみれのまま食べかけの食事に手を伸ばすとそのまま部屋の隅に座り込む。

(化け物……私、やっぱり化け物……)

 最後に手足をへし折った男の声がミゼンの心にナイフを突き立てる。実のところ、彼女を落ち込ませた原因はこれだったりする。

 世界でも有数の戦闘力を持っていても、心は豆腐メンタル。

 そういう意味ではミゼンと葉月は似たもの同士なのかも知れない。因みに真っ先に凶行に走ったのは友達ノートに『下卑た輩は問答無用で殺ってヨシ!』と、ギザギザの下線を引いた上で太字でしっかり書かれてたからだったりする。取り敢えず相手が悪党であっても闇雲に人を殺すのは良くないと葉月に注意されて自重するようになったのはしばらく先の話。

(ハヅキに会いたい……)

 失意の底にいる彼女の胸中にあるのは初めて出来た友達の笑顔。

 セダス国は嫌い。博士や友達を見殺しにしたから。

 ハヅキは好き。セダス国に友達がいると言ってたがそんなのは関係ない。だからこそ、ミゼンはこうして地下街に居座っている。ハヅキの友達と仲良くすることは出来ないが、邪魔をしようとも思わない。そんなことをすれば嫌われるのは百も承知。

 友達の邪魔をするのは良くない。でも会いたい。ほんの数分だけでもいい、たった一言『頑張れ』と言ってくれるだけでもいい。化け物じゃない、ミゼンを見てくれる人がこんなにも大きな存在になるなんて知らなかった。

「会いたい……」

 ぎゅーっと、膝を強く抱きかかえて呟くミゼンの独り言は誰にも聞こえない。

 ……髪の毛から衣服まで血まみれのまま座り込んでる凶人に近づける人間がいないというのが一番の原因なのは言うまでもない。


 女の買い物は長い。昔は姉妹の買い物に付き合っていた俺だからこそ言えることだ。

 目当ての買い物たる食料の買い付けはその場で注文して従業員に運ばせるというやり方なので五分と待たずに終わる。

 問題はノワールとリサの個人的な買い物だ。

 ブティックに入ってから既に30分。あーでもないこーでもないとデザインと財布の中身と相談しながら品定めをする美女二人と場違いな俺。来客の半分は『なんで男なのにこんなとこいるの?』という視線と『ふん、異民族め……。汚らわしい』という侮蔑の眼差しが半々。もっとも、こういう見下されることは親や親戚などで慣れてるからどうってことはないので堂々と腕を組んで壁に背中を預けて二人を見守ってる。

「ハヅキさん、どれが似合うと思います?」

 本日何度目になるかも分からない、ノワールのどれが似合う発言。最終的に彼女が絞り込んだのはアクセント程度に飾りの付いたワンピースと中東の民族衣装っぽい服。因みにリサは青いイブニングドレスを買った。

 ……この国、服装に統一感がないけどこれがこの世界のデフォなのか?

「へぇ……いいセンスしてるよノワール。どっちも似合うと思うけど俺個人の好みで言えばワンピースが似合うと思うよ」

 この時、間違っても『どっちも似合うよ』とも『いいんじゃない』なんて簡単に終わらせようとするのは悪手だ。一秒でも早く切り上げたいなら相手の美的センスを褒めつつ自分の好みでこれがいいと伝える。こうすると姉妹たちはあっさりと決める。なら最初から俺に訊けよとか言わない。言ったらいけないことぐらい俺にでも分かる。

「じゃあちょっと試着してきますね」

 そう断りを入れて試着室へ消えていくノワール。リサはその手伝い。服選びだけでこの調子だ。きっと他にも何か色んなものを欲しがるに違いない。こうなると本格的に暇なのでそれとなく周囲を見渡してみる。

(ま、素人じゃ分からないよな……)

 出掛ける前、タバサに忠告されたことだが俺には複数の手練れによって監視されてる……らしい。正直な話、俺なんか監視するほどの価値があるとは思えないが、お姉さん的にはそうもいかないだろうなと思う。仮にも王族だから警戒するのは当然。寧ろクレアが無警戒過ぎると言える。個人的には好みだから嬉しいけど。

 ……と、そこまで考えてると不意に一人の女性が背後から近づいてきて俺の背中を──

「本当に無防備ね。気付かれる方が難しいくらい」

 ──ナイフに見立てた何かを突き立てながら話しかけてきた。

 反応する価値がなかったから反応しなかっただけさ……なんて格好良いこと言うとでも思ったか? 反応できなかったのはガチですよ!

「俺は複数の手練れに監視されてる。それを知った上で接触するのか?」

 動揺したら負けだと開き直った俺は敢えて堂々とした姿勢を保ち、謎の女と話をしてみることにした。

 情報収集? 退屈凌ぎですが何か?

「私のスキル【シャドウクローク】を看破できる人間はごく少数。だから問題ないわ」

 スキルってなんだ? 後でミゼンかクレアに訊いてみよう。

「で、わざわざ種明かしした上に脅し紛いなことをするあなたの目的はなんです? 物騒なものを突き付けられたまま話すのは居心地が悪くて堪らないので引っ込めてくれませんか」

「失礼。あなたがどれだけ出来るかどうか試しただけなので……」

 スッと、背中に押しつけられていた感覚がなくなり、代わりにポケットに何か突っ込まれる。

「委細はその手紙に。色好い返事を期待してます」

 時間にして凡そ20秒ちょっと。詳しい目的も分からないまま彼女は姿を消す。監視者らしき人間の動きがないことを見ると本当に俺しか彼女を認識できなかったということになる。

「お待たせしましたハヅキさん。どうですか? 実際に着てみた感想は?」

「………………」

「ハヅキさん?」

「あら、もしかしてノワール先輩に見惚れちゃった?」

「えっ? ……あ、あぁ……そんなとこ。すぐ褒め言葉が出なかったぐらい」

 ぶっちゃけ間者(?)の手紙を今読むべきかで悩んでたんだけどそんなこと、口が裂けても言えない。

 ……結局その日は色んなお店を冷やかしたり食べ歩きなんかして一日を過ごすことになった。


「怪しい女から手紙貰ったから読んでくれ」

 一日の仕事を終えたクレアを労うべく、背中をさすったり足裏を揉んだりして労ってある程度気力が回復したところを見計らい、本題を切り出す。

「……マジ?」

「うん。マジ」

 目を点にしたまま聞き返した彼女にもう一度頷く。帰り際、ちょろっと見たけど字は読めなかった。ミゼンに会うべく安宿に行こうとも思ったが門番に止められたので断念。

「どんな人だった?」

「後ろから声掛けられたからそのままの状態で話したから容姿まではちょっと……。声聞いた感じだとお姉さんより年上て感じ」

「そう。それで、その手紙は?」

「これ」

 ポケットにねじ込まれていた手紙を広げて見せた途端、クレアの表情が変わった。

「見たことない素材ね。羊皮紙──とは違うみたいだけど」

「あー……それ、多分和紙だと思うよ。羊皮紙に比べたらずっと書きやすい紙」

 クレアに指摘されるまでは全然気付かなかったけどこの手の世界の紙ってみんな羊皮紙なんだよな。アルヤードにあった依頼書も、ミゼンの居た研究所でも羊皮紙が使われていたし。馴染みがあり過ぎて気付かないってのも滑稽だよなぁ。

 紙への言及は後回しにして、早速クレアは手紙を朗読する。

 魔竜十三騎士団序列八位・リヴァイアサンの復活の兆しがあり、そいつが完全復活する前に叩いて置きたいから俺とミゼンの力を借りて、あわよくば永住して欲しいとのこと。どうしてミゼンのことを知ってるのかはこの際置いておく。

「報酬は爵位と領地。差し出し人は……え、ア・キーバ共和国?」

「……なん、だって?」

「ア・キーバ共和国。人づてにしか語られてない未知の国よ」

「…………」

 ハーレム至上主義帝国の次はア・キーバ共和国って……マジでとんでもない世界に毎夜込んじゃったな俺。ア・キーバ共和国ってまんまアキバじゃねーか。

「ア・キーバ共和国っていうのは?」

「あー、うん……大陸の南西端にロクサスっていう港町があってそこが唯一共和国の玄関になってるんだけど、実際のところは殆ど鎖国状態と言ってもいいわ」

 鎖国って聞くと真っ先に江戸時代と出島を連想するのは日本人の性だろうか?

「ロクサスと共和国の間に小さな島があって、セントラル大陸の人間が上陸できるのがその島までなの。それでも入島には厳しい制限が設けられてるし年間で20人、それも商人しか上陸できないって話。前に一度、上陸しようとした何処かの国の部隊があったけど問答無用で落とされたって話よ。……まぁア・キーバ共和国のある大陸の八割が砂漠だから今じゃどこも放置してるってのが現状なんだけど」

「ふーん……」

 要するに自宅警備ならぬ自国警備ってことか。

「リヴァイアサンっていうのは?」

「魔王が従えていたと言われる下僕の一匹ね。こいつのせいでセントラル大陸南部の三割が海の底に沈んだのは有名な話よ」

 海の底って……馬鹿でかい津波でも呼んだのか?

 何年か前に起きた津波の災害事故をテレビで見たことあったけど、あれは本当凄かった。家とか普通に流されてたし。そして一部の政治家と某会社の無能さが露呈した事件でもあった。

「どうするの、これ?」

「どうって、普通に断りたいんだけど……」

 なんたってクレアとイイコトできなくなるし。

「ま、ハヅキ君ならそうよね。けど実際問題、リヴァイアサンは放置できないわ。さっきも言ったけど、伝承では上陸する為に津波を起こしては大陸を削って周囲の島を悉く飲み込んだって伝えられてるのよ。そしてリヴァイアサン復活の兆し……これはロクサスに派遣してる諜報員の情報と一致してるわ」

 セダス国としても放っておけないし──と、小声で呟く。

 しかし、魔竜十三騎士団か……なんかこう、完全に厨二病煩った人間がほくそ笑みながら付けそうな名前だな。

 勿論、俺個人が戦うという選択肢はない。飛んで火に入る夏の虫になるのは明白だからな。

 無論、これはあくまで個人的な感情。何処かお気楽なクレアが放って置けないような相手だから現実的に見れば放置はできないだろう……けど──

「いつ会うの?」

「いや、そこまでは訊いてない。……そういや向こうはどうやって連絡取るつもりだったんだ?」

 てっきり手紙にそのことも書いてあると思ったんだが……。

「考えても仕方ないわね。私は一旦姉さんに報告するわ。……多分、駆り出されることになると思うから覚悟だけは決めておいて」

「それはクレアのサービス次第?」

「勿論よ。それにハヅキ君のこと、気に入ってるのは本当のことだからそれ以外のことも遠慮なく言っていいからね♪」

 去り際、軽いキスをしてから優しく笑いかけるクレア。

 なんか……うん、普通にいい娘だわ。王族としての義務を全うしつつもこっちを気遣う余裕。自分の時間なんて全くないと言ってもいい。それをおくびにも出すことなくフレンドリーに接してくれる。

 ……それすらも計算された行動ならとんでもなく腹黒女ってことになるが彼女はそんな人間じゃないと俺は信じてる。


「リヴァイアサン……確かにここは内陸だけど無視できる相手じゃないわね」

 クレスメントの報告を受けて開かれた緊急会議。この場に居るのはいつもの面子。

「再編はどの程度終わってる?」

「明日には調整が終わります」

 クレスメントではなくイザベラが答える。

「ですが、ロクサスから離れてる以上、無用な消耗は避けるべきです。充分な迎撃体制を整えた上で討伐に望むのが得策かと」

「私は反対です。情報によれば現在の皇帝は魔王討伐には消極的で、寧ろ復活そのものを心待ちにしている様子すらあります。それが事実ならば最悪、リヴァイアサンは我々だけで討ち取らねばなりません。どの程度の協力かは分かりませんがア・キーバ共和国と連携して当たるべきです」

 イザベラの提案に異を唱えたのはメリアだ。セダス国特有の男嫌いを体言化したような臣下だが、祖国に危機が迫るとなれば流石に主義を変えてくる。

「件の男に接触したという間者については?」

「はっ。手の者を使い探らせてますが成果は芳しくありません」

「…………」

 軽く目を閉じてクリスティナは考える。リヴァイアサンの件を疑うという選択肢はない。信を置ける部下に探らせた結果、得られた情報なのだ。それを疑うという考えは彼女にはない。

 問題なのはリヴァイアサンをどのタイミングで撃退するか。早期に魔竜十三騎士団の戦力を落とせるならそれに超したことはない。男が嫌いだから──と言った個人的な感情で他国との関係を蔑ろにするほど彼女は子供ではない。

 それでもすぐに出撃命令を出せないのはア・キーバ共和国が未知数だからだ。分かっているのは神に見放された大陸で文明を築き上げた事、領海侵犯をした者は容赦なく敵と認識する事、そしてこの大陸にはない独特の道具を持つこと。

 一番有名なのは時計だ。この世界にも時計は存在する。食堂に置かれてる振り子時計などがそれで、値段も破格。到底、個人が持てる代物ではないがア・キーバ共和国では懐中時計なる、掌サイズの時計が存在する。これはロクサスでも手に入るが吹っ掛けてるとしか思えない値段で販売されてる為、金を持て余した好事家でなければ手に入らない。

 技術的に劣っているのは認める。しかしそれがイコール軍事力の高さと結び付けるのは早合点というもの。これこそがクリスティナたちの決断を悩ませてる最大の原因だ。

 討伐には協力する。軍事力は教えない。相手の正体は不明。そして葉月を寄越せと来たもんだ。唯一の救いは葉月が独断でホイホイ付いて行かなかったという点ぐらいか。

「情報を集めてからでも遅くはないわ」

「…………」

「向こうは必ずもう一度接触してくる。その時に可能な限りの情報を引き出す。クレアからもそう伝えて頂戴」

「伝えるのはいいけどハヅキ君、腹黒い姉さんと違ってそういうの苦手だと思うよ?」

「そこまで期待してないわよ。彼はあくまで窓口。やるべきことはこっちでやるわ」

 方針が決まれば後は早かった。監視者の再選別に予想されるであろう展開を詰めていく。このとき、気付いていたのはクレアとメリアだけだったが、セダス国は無意識に彼を頼り始めていた。捨て駒という意識は抜けてないけれど。


 こうして国の首脳陣が頭を悩ませつつも方策を練っている頃、同じように頭を抱えてる人物が居た。

(やーらーかーしーたーッ!)

 頭を抱え、じたばたと藻掻くのは昼間、ハヅキと接触したア・キーバ共和国の人間。周りの人間──地下街の宿屋にいる客たちは見て見ぬ振りをする。近くミゼンが居るというのが一番の理由だが。

(日程伝えるの忘れる上に戦力の内訳伝え損ねるとか間抜けにも程があるわーッ!)

 首脳陣からすれば秘匿性を重視した結果として映った彼女の行動は、実のところただのミスだった。無論、これが表沙汰になる日は永遠にない。

「…………。ハンチントン舞踏病?」

「あーうん、何でもないから気にしなくていいわ」

「……。私でよければ、相談に乗る」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。お姉さん感激よ。ねぇ、良かったらこんなかび臭い国なんか捨ててア・キーバ共和国に来ない?」

「……ハヅキがいいって言うなら、私も行く」

(……あれ? この娘もしかして情報にあったミゼン?)

 怪我の功名とも言うべきか、計らずとも明日接触を図ろうと思ってた少女と出会えた彼女。もう己がやらかしたミスは忘れて早速情報収集に取り掛かるのだった。

真面目な話が続くと茶々を入れたくなるのはきっと私の性分。

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